レッドリアリティ

アタラクシア

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4日目

熾烈

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ライフルを桃也に向ける。狙いは頭。刃のぶつかり合いでマチェットは振り抜いている。引き金を引く方が速い。

頭を撃たれれば即死だ。なのでまずは当たらないように斜線上から出る。体を低くすれば銃弾には当たらない。猟虎の指は引き金を引きかけていた。

しかし――それはブラフだ。下がってきた頭に膝蹴りを入れる。

「ぐぶ――!?」

跳ね上がった頭。起き上がった体。桃也の体に更なる追撃。みぞおちに蹴りを放った。

「がっっ――!?」


背面から木に激突。まだ膝蹴りの衝撃が顔から抜けていない。これはピンチだ。

そんな状況を逃すまいと猟虎のナタが襲いかかってきた。顔面に振りかぶったナタが桃也の視界に迫ってくる。

「くっ――」

回避――はするものの、同時に猟虎の足と絡まってしまい地面に倒れた。ナタは木に突き刺さる。


ピンチをチャンスに。ローアングルでマチェットを振るう。狙いは足。機動力を消す。

「――っっ!?」

そんなことをさせてくれるほど弱くない。桃也のマチェットを持っている方の腕を踏みつけた。

「はははは!!」

殺せる。確信した猟虎が桃也の額に銃口を突きつけた――。


走馬灯――は見えない。残った腕を封じておかなかったのがミスだった。

ライフルの銃身を掴んで額からズラす。放たれた銃弾は桃也の顔の横、地面をえぐりながら突き進んでいった。


脚をねじ込んで猟虎を蹴り飛ばす。距離が離れるのはヤバいが、マウントを取られているのもいい状況とは言えない。なのでマシな方をとる。

「ぐっ……ぬぅ……」

避けられたとはいえ、耳元で銃声を鳴らされた。鼓膜は破れていない。しかし桃也の耳には甚大なダメージが入っていた。


猟虎はコッキングをしながら立ち上がる。距離は離れた。詰められはする距離だが、先に撃たれるか先に攻撃できるかは半々の確率。それにブラフの可能性もある。

またマウントを取られれば逃げられる確証はない。今のところ常に優位を取られている。これ以上は――取らせない。



桃也の横には死体がある。仲間の死体だ。死人とはいえ撃つのに躊躇するはず。

死体の髪を掴んで持ち上げた。そう、盾である。まさに肉壁。鎌倉時代の兵士と同じことを現代でも施行する。

「――」

この死体を投げつけでもしたら猟虎は怯むだろう。その隙に距離を詰める。そのままマチェットを――。



「――は――ァ――!?」

――1つ。銃声が桃也の耳を貫いた。痛みが。痛みが脳を殴ってくる。

撃たれたのだ。死体ごと。まるで躊躇わなかった。ここまで躊躇わないのは桃也でも予想外だ。

銃弾は肋骨の隙間を通った。骨に食い込まなかったのは幸か不幸か。重要な内蔵の器官が壊れたような感覚を桃也は感じた。

「お前っ――人の心とかないのか!?」
「てめぇが言うか羽衣桃也!!」

どんなことにしろ誤算だった。一撃は防げると思っていたが、死体は案外硬くない。

「あぁもうちきしょう!!」

死体を掴みながら木の影に隠れる。猟虎もコッキングを済ませていた。死体でダメなのなら、躊躇させる方法は存在しない。

また距離ができた。今度は詰める前に撃たれる。死体で撃たれないとはいえ、目くらましくらいはできるだろうか。

「――それじゃジリ貧だ。もっといいアイデアは……」

真っ向勝負では勝ち目がない。百も承知だ。猟虎に勝つには搦手を使わないと。

「何か持ってないか――おっ、いい物持ってんじゃん」



息を大きく吐く。羽衣桃也はすぐ近くにいる。殺せるチャンスはあった。次は必ず殺す。もう逃がさない。

相手は近接武器のみ。ライフルを持っている自分が圧倒的に有利だ。適当に回り込んで殺すのは簡単――と言いたい。

ついさっき出し抜かれたのだ。警戒するのは当然のこと。下手に距離を離せば、何か策を弄される。

別に近距離戦は桃也の方が強い、なんてことはない。むしろ猟虎の方が上だ。だからあえてこちらから距離を詰める――。
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