レッドリアリティ

アタラクシア

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4日目

化物

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痛む背中。流れる鼻血。どちらもダメージとしては上等。それでも止まる理由にはならない。なるはずがない。


桃也が走り出した。どっちも素手なら近づかないと勝負にならない。今のところは互角。もう少し耐えれば勝機もある。

それが――素手同士の戦いなら。走ってくる桃也に対して、猟虎は手を伸ばしていた。落ちているマチェットだ。

殴り合いで絆が芽生えるというのはよくある話だ。しかしこの2人に限っては違う。単なる殺し合い。別にこだわる必要も無いのだ。

「「――」」

距離は近い。武器とも、桃也と猟虎との間も。先にたどり着いたのは――マチェットだった。


あとは振るうだけ。桃也の胸元を切り裂こうとマチェットが横一文字に襲いかかってくる。

思わず手でガード。しかし相手は金属。それも刃物だ。無傷で抑えられるはずがない。予想通り。いや、予想以上のダメージ。

――桃也の手は切り落とされた。前腕から先。骨を軽く断ち切られた。肘までは行ってないが、それでも大傷。露出した断面図から血が滲み出ていた。


「――」

痛い。痛む。そんなレベルじゃない。人生で腕を斬られる体験なんてそうそうない。

本当に痛い時は声も出せない。体も動かせない。左手を失った深い絶望。押し寄せてくる痛み。脳の情報が追いつかない。

それが普通だ。普通なのだ。そう――ならばだ。



「――ははは!!」

なんと怯む素振りすら見せなかった。残った右腕で猟虎の顔面をぶん殴る。

「――!!??」

猟虎は腕を斬られた人を何人も見ていた。狩猟でもそう、拷問の様子でもそう。腕を斬られた人がどんな反応をするかは分かっているつもりだった。

今まで見てきた人は全て痛がっていた。絶望していた。泣いていたし、叫んでいた。とても動けるような状態じゃなかった。

――こいつは違う。羽衣桃也は違う。痛がりもしない。絶望もしない。泣かない。叫ばない。普通に動いている。

どうなっているのかもはや分からない。同じ人間とは思えない。思考回路を覗きたいとすら思わない。


「腕を斬られても無反応……化け物が!!」

啖呵を切る猟虎だったが、明らかに桃也に対して恐怖を抱き初めて居た。それは隙として現れる。

――桃也は猟虎の腕を踏みつけた。マチェットは手から離れる。

「よく言われるよ」

そしてサッカーボールを蹴るようにして顔面を蹴り飛ばす。


恐れ。獣の姿は何度も見た。死にかけたことも。自分を殺そうとする者も少なからずいる。あんな儀式をやっているのなら当然だ。

何度も恐れというのは感じてきた。恐怖に一晩中体を揺らしたこともある。母親に抱きついた回数は数え切れない。

――どれとも違う。得体の知れない恐怖だ。自分を殺そうとしてくるのは何回もあった。もっと上のヤツだ。未知の生物に体を舐められているかのような恐怖。

「――ひっ」

情けなく漏れ出た声は桃也の耳にも届いた。腰が抜けて後ずさりする姿は桃也の目にも映った。

「や、やめろ……来るな……!!」

地面に落ちている木の葉を桃也に向けて投げつける。……情けない姿だ。さっきまで本当に殺しあっていたのか疑問に思う。

しかし桃也は幻滅しない。それどころか興奮してきていた。――あの殺人鬼の時代。相手が自分に恐れる表情。慄く声。

その全てが加虐心を満たしてくる。久しぶりの快感。段々とボルテージが上がっていくのを感じる――。





「――?」

桃也は胸に痛みを感じた。息がしずらい。呼吸ができない。

「――がふっ」

口から血が出てきた。見慣れた血。なぜか膝から崩れ落ちた。

「……ふぅ」


猟虎はライフルを持っていた。死体が持っていたライフル。銃口からは煙が出ている。撃ったのか。いつ?

……だ。今撃ったのか。どうりで胸が痛むわけだ。恋に落ちたわけでもあるまいし。

「俺が……こんなビビり方をするとでも思ったか」

ライフルを横に捨てる。代わりに持ち上げたのはナタだ。さっき捨てたナタ。猟虎が所有していなナタ。

「何でもかんでも上手くいくと思うなよ異常者め」

猟虎が歩いてきた。桃也の目の前まで。

「別に銃で殺してやってもいい。だがそれじゃつまらない。――この手で。俺の手で殺してやるよ」

振り上げたナタ。避けようにも苦しくて避けられない。狙いも分かっている。桃也の脳天だ。分かっているのに避けられない。なんともどかしいことだ。

「じゃあな化け物。せいぜい地獄で苦しめ」
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