レッドリアリティ

アタラクシア

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4日目

怨嗟

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ナタは振り下ろされた。――ただし桃也には当たらない。

「え……」

腹から大量に血が出ている。なぜ。

Q.噛みちぎられた?
A.そんな訳ない

Q.撃たれた?
A.こんな傷にはならない

Q.斬られた?
A.正解。斬られた

じゃあなにで斬られた。どうやって斬った。桃也は武器を持っていなかった。まさか素手。違うそんな芸当はできない。


――桃也が視界に映った。自分の腹を斬った答え――それはであった。

「は……ぁ……!!??」

さっき切り落としたはずの左手だ。生えてきていた。そんなんじゃない。それこそ本当に人間じゃなくなる。

そもそも刀はどこから出てきた。いつ持っていた。どれだけ思考を巡らせても答えが出てこない。出てきても意味がないが。


地面に倒れる時。もう1つのものが視界に映った。それは――死体。桃也が盾にしようとしていた死体だ。

死体にはがなかった。肘から先の前腕。注意深く見なくても分かる。

「く……そ……がぁ……」

全ての答えが出た。木に隠れた時から桃也の作戦は始まっていたのだ。



これも単純な作戦。死体の腕を切り取って偽装する。ナイフを投げたのは死体に意識を向けさせないため。そして素手で勝負したのは、武器を持てない左手を誤魔化すためだ。

左腕を斬られても反応がないのは当然の結果。だってなのだから。よく考えてみれば他の攻撃で桃也は痛がっていた。もっと痛いはずの腕だけ痛まないなんておかしい。

もっと注意深く見るべきだった。何もかもだ。目の前の戦いに集中しすぎていた。真面目すぎたのだ。それが――敗因だった。



(ちく……しょう)

心の中で悔しがっても、悪態をついても、負けは負け。猟虎の完全敗北だ。

(死にたくない……死ぬのは嫌だ……)

誰だって死の間際は思うことだ。時と場合にもよるが。だが猟虎は単純に死ぬのが怖いから死にたくないのではない。

――氷華。自分の妹が心配なのだ。もし氷華が捕まれば拷問される。何度も見てきた拷問。自分が受けるならまだしも、妹が受けるなど考えるだけではらわたが煮えくり返る。

(氷華……氷華ぁ……神様頼むから……氷華だけは……)

心にも暗闇が迫ってくる。もう耐え切るのは不可能。意思も届かぬ領域に近づいてきた。

(あんなのを……氷華が受けるくらいなら……)

自分が動けないならせめて。
自分が死ぬのならばせめて。

せめて氷華だけは。氷華だけは生き残ってもらわないといけない。それが猟虎の願いだ。

(……あの羽衣桃也クソッタレのやろうとしていることが……成功しますように……)



倒れている猟虎を見下ろしている桃也。頭の標高は桃也の方が高い。なので勝者は――桃也だ。

「……言った……はずだ」

猟虎の腹から内蔵が出ている。腹部を切り裂いたからだ。

「お前の臓物を引きずり出してやる……ってな」

――言った通りだ。まさに有言実行。完璧にやりきった。

だが桃也も限界。全身くまなく出血。場所によっては骨も折れてる可能性がある。体力ももうない。

満身創痍の言葉にピッタリだ。今桃也の命を繋ぎ止めているのは意思。その意思は猟虎を撃破したことによって――解かれる。


横に倒れる。ここは坂道。力を失った桃也はタイヤのように坂道を転がっていった。

(あぁ……くそ……)

転がって、転がって、転がって。木にぶつかりながら転がっている。頭からも出血した。

(力が出ない……)


永遠には転がらない。しばらくして桃也も止まった。

「……」

意識は徐々に消えていく。体の痛みも。もうすぐ死んでしまうかのように。海に沈み込むかのように。

(美結……凛……)

ゆっくりと。桃也はゆっくりと。深い眠りについた――。





――その頃。凛は村の中を走っていた。

わざわざ走る必要もない、と考えたのだろうか。義明は早歩き程度のスピードで凛を追いかけてきている。

全速力で走っている凛だが、大人と子供の差は絶大。しかも大人の方は2m近くある。自分の父親よりも大きい男だ。

早歩きでもすぐに追いつかれてしまう。後ろから迫ってくる音に凛は恐怖の感情を隠せずにいた。

「うぅ……あぅ……」

泣きながらも走る。小次郎に言われた言葉を思い出しながら走る。それが頼まれた『お願い』なのだから。


義明が近づいてきた。もう手を伸ばせば届く距離。首根っこを捕まえれば凛も逃げることはできない。

手を伸ばして凛の首根っこを――その瞬間、凛は一気に方向転換した。空ぶった手。行き場を失った力は義明を地面に転ばせようとしてきた。

「なっ――」

凛が向かったのは他人の家だ。助けを呼びに行くのではない。この場で味方になってくれる人など居ないことは凛でも分かっている。

だから義明を撒くのだ。考えが読めた義明は面倒くさそうに凛を再度追いかけ始めた。

「鬱陶しいガキめ……親が親なら子も子だ」

そう呟く義明の顔から見て、その言葉は本心から思っているようだった。
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