レッドリアリティ

アタラクシア

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4日目

過去

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それからだった。悠介のタガが外れたのは。毎日のように美結を襲いはじめたのだ。

段々と暴力も振るい始め、美結の体にはアザが出てくるようになった。初めは背中。次に足。顔も腫れることがあった。

周囲がそれに気づかないわけがない。しかし悠介は弁護士だ。周りも正義感が強い……正確にはことは知ってる。

誰も夢にも思わなかった。悠介が美結のことを襲っているなど、誰も考えもしなかったのだ。そして教えさせなかった。

荒っぽくなっていく性格に美結は恐怖を覚えた。だが逃げることはできない。誰かに教えようとすると、悠介の顔が浮かんで身がすくんでしまう。完全にトラウマとなっていた。


親子と言えど性行為をすれば子供はできる。妊娠は9年間で6回。全て中絶を行っている。金ならあった。

体へと負担は計り知れなかったが、それよりも美結にダメージを与えたのは精神の方だ。

嫌な記憶とはいえ子供を殺す。産まれてもない我が子を殺す。自分が殺したのと実質一緒だ。

なによりも嫌だったのが、中絶の回数が増えるにつれて精神的苦痛が減ってきている面だった。辛くなくなってきていた。もう人間性すら消えかかっているかのようだった。

(私は……何のために……なんで……生きてるんだろう)

地獄。悪夢。そんな言葉じゃ言い表せない。毎日のように吐いた。毎日のように自殺しようと考えた。

だけど自分が死ぬのは怖かった。直前でいつも止まってしまった。死にたいはずなのに「死にたくない」と考えてしまう。

もうトラウマになる精神力も残っていない。父親による強姦も最初と比べて苦にもならなくなってきていた。

(誰か……私を……)

勉強して、犯される。殴られる。
勉強して、犯される。殴られる。
勉強して、犯される。殴られる。
勉強して、犯される。殴られる。
勉強して、犯される。殴られる。

永遠にも思える時間をループ。今が何月何日で何曜日で、今が何時かも、どんな天気かも分からなくなる。

どうでも良くなる。晴れた日の空も。曇りも。雨も。雪も。何も感じなくなる。自分が殺した命に対する想いも。消えかかってきていた。

(――殺して)

もう誰も。誰のことも。美結は頼らなくなっていた。頼る気もなくなっていた。





――美結が19歳の時。止まっていた歯車は流れ出る血と共に回り出した。


その時の美結は大学2年生だ。青い春を楽しむような時期だが、美結にそんな余裕はない。サークルにも入らずにポツンと1人で居た。

顔はいい。身長が低めで童顔。男には割とモテていた。何度かセックスもしたことがある。特に何も美結は感じなかったが。

同性からは嫉妬されることもあった。だが父親と比べたら何も問題はない。むしろ自分を見て構ってくれてるだけ幸運だ。


ただサークルにも入らず、誰とも会話しないようなら、どれだけ可愛くてもぼっちになってしまう。

中学も高校も対して友人はいなかった。大学もそうだ。しかし美結は気にしていない。気にする余裕もない。



それは昼ご飯の時間だった。美結は食堂で1人、カウンターでご飯を食べていた。カレーうどんだ。安くて味が濃い。腹にも溜まるのでよく食べていた。

「――隣いいですか?」
「え――あ、はい」

別段混んでいる日でもなかった。なのにわざわざ横へと座った。まぁつまり――ナンパだ。何度か美結は経験してきた。

横に座った男はトレーを机に置くと、いきなりコップの水を全部飲み干した。

(……飲むの早)

そんなことを思いつつ麺をすする。男は何も言わない。黙々とトンカツ定食を口に運んでいた。

数分。数十分。両方とも一口が小さいようで、食べるのがなかなかに遅い。その間も会話はなかった。


先に食べ終わったのは男の方だ。定食のキャベツも全て食べ切り、更には米粒一つも残っていない。

空になったトレーを持って席を立ち上がった。そしてキッチンの横にあるトレーを返す所へと――。

「――え、え?」
「……え?」

――普通にナンパだと思っていた美結だったが、まさか話すらしないと思わなかった。

食堂はガラガラだ。席なんていくらでも空いてる。なのに自分の隣に座ってきた。これは普通にナンパだろう。

過去の経験則から導き出した答えだ。外すとは思っていなかった。だとしたらなんで横に座ったのだろうか。

ともかく意図せずして呼び止めてしまう形となってしまった。話すことを考えていなかったので脳も体もフリーズしてしまう。

「……」
「……」
「……」
「……えっと、どうかした?」

しばらく他人と話す機会がなかったからか、言葉が出てきてくれない。流石に「ナンパじゃないんですか?」なんて自意識過剰な言葉は出せない。


「え……あ……な、名前」
「ん?俺の名前?」

特に考え無しで出てきた言葉。男の問いに美結はコクコクと頷いた。

「俺は――」





「――羽衣桃也。変な名前だろ?」

桃也は美結にニコッと笑いかけた。人生で2個目の忘れられない記憶ができたのだった。
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