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5日目
逆転
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――何かがあった訳じゃなかった。大きな音が出たとか、眩い光が目の前に現れた、そんなことはなかった。
ただそこに人がいる。合図も何も無かったが、全ての村人がそう感じ取った。パニックになっていた人も、誰かを助けようとした人も。
不思議な現象。そうじゃない。現象じゃない。たまたまじゃない。偶然でもない。必然とも言うべきか。
その場にいた全ての村人が同じ方向に顔を向けていた。これも合図なんてない。興奮状態にあった蓮見ですら振り向いていた。さっきまでの怒りはどこへやら。今は驚く程に冷静になっている。
美結ですら同じ。痛みで頭がいっぱいのはずなのに。今は痛みも感じない。恐怖も感じない。ただ見ていた。
頭に浮かんだのは『悪魔』だった。明瞭な殺意の塊。背筋が凍るなんて生易しいものじゃない。例えるならば刃が背骨を削っているような感覚。不快よりも恐怖が勝った。
真っ黒な男が現れた。奥に引きずり込まれるようなドス黒い深淵。手には赤黒くなったマチェットを持っている。
男はズルズルと何かを引きずっていた。大きさは男と同じ。それは死体だった。顔が鬼のように赤くなった死体。赤いのは死体の血だと全員すぐに理解した。
距離は20mほど。男の大きさも異常なほどじゃない。平均身長よりは少し大きいだけ。肩幅も普通だ。
目が離せない。目を背けることができない。本当の恐怖に陥った時、人は震えることすらできなくなる。呼吸すらできなくなる。
周りの炎は音を発しているはずだ。しかし音が聞こえてこない。心臓の音が体内で反響するだけ。
その音も徐々に小さくなっていく。心音が消えた。そう錯覚するほどに。完全なる無音な世界へと。
「――人はいずれ死ぬ」
男が口を開いた。――この声を聞いたことがある。私たちは聞いたことがある。
ほんの少しだけ話した者。声を少しだけ聞いた者。そもそも声すら聞いたことがない者。全員が誰の声かが分かった。
「人だけじゃない。生命ある限り、死というものからは逃げられない。それは生物である以上、変えられない事実だ」
声は決して大きくない。炎と爆音で掻き消される程度の声。だが全員が男の声を聞くことができた。
「お前らはここで死ぬ。俺に殺される。変えられない事実を俺が与える」
死体がボトリと地面に落ちる。なのに誰も死体には目を向けない。
「じゃあ俺はなんだ。神か?仏か?悪魔か?怪物か?」
一人一人じっくりと頭に刻み込むように。言葉は脳にしがみついてくる。頭が潰れてもこの言葉は忘れないだろう。声は忘れないだろう。
男は見知った声で。
聞いたことのある声で。
嘲笑に満ちた声で。
自信満々な声で。
殺意に満ちた声で。
全てを殺す声で。
悪魔のような声で。
死神が発しているような声で。
その言葉を発した――。
「――俺は『死』そのものだ」
その言葉によって全員が興奮を取り戻す。男が誰かも理解した。半分に割れている仮面から露出している顔を知っている。
顔は狂気に満ちた笑みを浮かべており、真っ赤に染った両手と体が更に恐怖を駆り立てる。
「――」
止まった呼吸を再開。蓮見は村人全員に聞こえる声量で叫んだ。
「――羽衣桃也を殺せ!!」
声に反応して村人たちはすぐに武器をとった。武器といっても本場のものとかじゃない。鉄の棒やら鍬、草刈りに使うような鎌など身近にあるものだ。
むしろそれで十分。相手がどんな悪魔じみているとしても、結局は人間。数の有利はこちらが圧倒的に上だ。
……結果的にこれは愚かな選択だった。全員がここで逃げるべきだった。結果論ではあるのだが。
「――ははははは!!」
襲いかかってくる村人たち。武器が無くて探しに行っている人もいるので、これが全員ではない。だがそれでも波のような人の数だ。
どこぞのゲームじゃないのだから全員とまともに戦うのは無茶だ。それも桃也は分かっている。だから仕込ませたのだ。
桃也から見て横の平屋。草むらに手を突っ込んで何かを取り出す。――爆弾だった。麻布に包まれた火薬の塊。
ポケットからマッチを取り出すと即座に点火する。気がついたのは最前列の村人。予想外の爆弾に足を止めようとする。しかし後列は桃也が何をしているのかが見えていない。立ち止まれない。
そんなこんなでもたついている隙に桃也は爆弾をぶん投げた。
「あ――」
ちょうど村人たちの前に楕円の起動を描きながら爆弾が投下される。逃げられない。避けられない。
怯む暇も。避ける暇も。反応する暇もなく。爆弾は大きな音と衝撃と共に爆発した。
ただそこに人がいる。合図も何も無かったが、全ての村人がそう感じ取った。パニックになっていた人も、誰かを助けようとした人も。
不思議な現象。そうじゃない。現象じゃない。たまたまじゃない。偶然でもない。必然とも言うべきか。
その場にいた全ての村人が同じ方向に顔を向けていた。これも合図なんてない。興奮状態にあった蓮見ですら振り向いていた。さっきまでの怒りはどこへやら。今は驚く程に冷静になっている。
美結ですら同じ。痛みで頭がいっぱいのはずなのに。今は痛みも感じない。恐怖も感じない。ただ見ていた。
頭に浮かんだのは『悪魔』だった。明瞭な殺意の塊。背筋が凍るなんて生易しいものじゃない。例えるならば刃が背骨を削っているような感覚。不快よりも恐怖が勝った。
真っ黒な男が現れた。奥に引きずり込まれるようなドス黒い深淵。手には赤黒くなったマチェットを持っている。
男はズルズルと何かを引きずっていた。大きさは男と同じ。それは死体だった。顔が鬼のように赤くなった死体。赤いのは死体の血だと全員すぐに理解した。
距離は20mほど。男の大きさも異常なほどじゃない。平均身長よりは少し大きいだけ。肩幅も普通だ。
目が離せない。目を背けることができない。本当の恐怖に陥った時、人は震えることすらできなくなる。呼吸すらできなくなる。
周りの炎は音を発しているはずだ。しかし音が聞こえてこない。心臓の音が体内で反響するだけ。
その音も徐々に小さくなっていく。心音が消えた。そう錯覚するほどに。完全なる無音な世界へと。
「――人はいずれ死ぬ」
男が口を開いた。――この声を聞いたことがある。私たちは聞いたことがある。
ほんの少しだけ話した者。声を少しだけ聞いた者。そもそも声すら聞いたことがない者。全員が誰の声かが分かった。
「人だけじゃない。生命ある限り、死というものからは逃げられない。それは生物である以上、変えられない事実だ」
声は決して大きくない。炎と爆音で掻き消される程度の声。だが全員が男の声を聞くことができた。
「お前らはここで死ぬ。俺に殺される。変えられない事実を俺が与える」
死体がボトリと地面に落ちる。なのに誰も死体には目を向けない。
「じゃあ俺はなんだ。神か?仏か?悪魔か?怪物か?」
一人一人じっくりと頭に刻み込むように。言葉は脳にしがみついてくる。頭が潰れてもこの言葉は忘れないだろう。声は忘れないだろう。
男は見知った声で。
聞いたことのある声で。
嘲笑に満ちた声で。
自信満々な声で。
殺意に満ちた声で。
全てを殺す声で。
悪魔のような声で。
死神が発しているような声で。
その言葉を発した――。
「――俺は『死』そのものだ」
その言葉によって全員が興奮を取り戻す。男が誰かも理解した。半分に割れている仮面から露出している顔を知っている。
顔は狂気に満ちた笑みを浮かべており、真っ赤に染った両手と体が更に恐怖を駆り立てる。
「――」
止まった呼吸を再開。蓮見は村人全員に聞こえる声量で叫んだ。
「――羽衣桃也を殺せ!!」
声に反応して村人たちはすぐに武器をとった。武器といっても本場のものとかじゃない。鉄の棒やら鍬、草刈りに使うような鎌など身近にあるものだ。
むしろそれで十分。相手がどんな悪魔じみているとしても、結局は人間。数の有利はこちらが圧倒的に上だ。
……結果的にこれは愚かな選択だった。全員がここで逃げるべきだった。結果論ではあるのだが。
「――ははははは!!」
襲いかかってくる村人たち。武器が無くて探しに行っている人もいるので、これが全員ではない。だがそれでも波のような人の数だ。
どこぞのゲームじゃないのだから全員とまともに戦うのは無茶だ。それも桃也は分かっている。だから仕込ませたのだ。
桃也から見て横の平屋。草むらに手を突っ込んで何かを取り出す。――爆弾だった。麻布に包まれた火薬の塊。
ポケットからマッチを取り出すと即座に点火する。気がついたのは最前列の村人。予想外の爆弾に足を止めようとする。しかし後列は桃也が何をしているのかが見えていない。立ち止まれない。
そんなこんなでもたついている隙に桃也は爆弾をぶん投げた。
「あ――」
ちょうど村人たちの前に楕円の起動を描きながら爆弾が投下される。逃げられない。避けられない。
怯む暇も。避ける暇も。反応する暇もなく。爆弾は大きな音と衝撃と共に爆発した。
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