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エピローグ
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「――何も――ありませんでした」
「……そうですか」
私は逃げた。結局は逃げた。あれだけ自己嫌悪なんてしておきながら、自分が罰を受けるのからは逃げている。
なんやかんやと言い訳をつけて。殺したみんなから目を背けて。そんな。そんな最低な人を誰が――。
「――本日はありがとうございました」
「こちらこそ……」
席を立ち上がると同時に安心感が体を包んだ。……安心。やっぱり私は最低だ。
「……それともう一つだけ。氷華さんは儀式にも祭りにも参加していないのでしょう?」
「はい……」
「なら大丈夫。氷華さんに罪はありません。自分を責める必要なんてありませんから」
――あぁ、やっぱりこの人はいい人だ。すごくいい人だ。こんな私のことを慰めてくれている。マニュアル通りだったとしても嬉しい。
立志さんが病室から出ていって私は1人になった。静かだった部屋がより一層静かに感じる。
外の景色も相変わらずだ。車が走って人が歩いて。たまに通る自転車を眺めるのも悪くない。意外と暇でもなかった。
こうやって何も考えずに外を見てる時が一番楽な時間だ。何も考えずにボーっとして。ふと今日のご飯はなんだろうと思って。雲の形で妄想してみたりなんかして。
でもやっぱり――あの八月村のことを思い出してしまう。そしてずっと自分を嫌悪し続ける。自分を許せなくなる。
許せなくなって自分を怒る。何度も頭の中で自分を殴る。謝ってももう遅い。そんなことを分かった上で何度も謝る。
鏡を見る度に裂けた頬が痛くなる。自分の後ろにつーねぇの幻覚が現れる。現れてこう言う。
「なんで氷華は生きてるの?」
私は何も答えられない。何も答えられないままつーねぇは消える。
眠っている夢の中で。みんなが私を見つめている。殴るでもなく。蹴るでもなく。罵るでもなく。殺すでもなく。ただ見てくる。
私が「ごめんね」と言っても何も答えてくれない。私が「こんな私でごめんね」と言っても何も答えてくれない。
そうして私が「罰は受けるよ。みんなの分まで苦しむよ。みんなの分まで生きるから」と言った。その時に初めてつーねぇが口を開いた。
「生きてね。ちゃんと。私達も苦しむから。氷華は自分の苦しみと向き合って――」
私は全て気がついた。目を背けていた、の方が正しいのかもしれない。――私は桃也のことが好きになっていたのだ。
拷問されても何も思わなかったのはそのせいだ。ずっと桃也のことを想っているのはそのせいだ。桃也が美結の頬を撫でている時に胸がモヤモヤしたのもそのせいだ。
辻褄が合う。合ってしまった。好きになったってしょうがないのに。愛してくれるわけないのに。
「――ぅぅ」
桃也は人を殺しても平然としていた。私と違って言い訳もしなかったし、逃げもしなかった。きちんと向き合っていた。
それがいい事とは言わない。開き直ったとも言い直せる。しかし桃也は私とは違う。私なんかとは違った。
頬を伝って落ちる涙。何粒も。何十粒も。悲しくて泣いている。惨めで泣いている。初めての恋愛がこんなのになるなんて。
口に入った涙がしょっぱい。落ちる涙を止められない。泣いて泣いて。子供のように泣いて。でも泣いても誰も慰めてくれない。
慰めてくれる人は私が殺した。全員。もしかしたら――もしかしなくても、桃也は私の前から居なくなる。そういう人だ。
そうなったら完全にひとりぼっち。そんなの嫌だ。それなら死んだ方がマシだ。こんな重圧を一人で抱え込みながら生きるなんて。
でも生きないと。それが私に課せられた罰なんだから。人を愛して結ばれるなんて許されるはずがない。
私は病院に来てから初めて「桃也に会いたくなかった」と思った。こんな思いをするなら。こんな辛くなるのなら。
このまま私は報われない人生を送るのだろう。苦しみに満ちた人生を送るのだろう。それが罰なら、否が応でも受け入れなくてはならない。
――それが私の選んだ道だ。
「……そうですか」
私は逃げた。結局は逃げた。あれだけ自己嫌悪なんてしておきながら、自分が罰を受けるのからは逃げている。
なんやかんやと言い訳をつけて。殺したみんなから目を背けて。そんな。そんな最低な人を誰が――。
「――本日はありがとうございました」
「こちらこそ……」
席を立ち上がると同時に安心感が体を包んだ。……安心。やっぱり私は最低だ。
「……それともう一つだけ。氷華さんは儀式にも祭りにも参加していないのでしょう?」
「はい……」
「なら大丈夫。氷華さんに罪はありません。自分を責める必要なんてありませんから」
――あぁ、やっぱりこの人はいい人だ。すごくいい人だ。こんな私のことを慰めてくれている。マニュアル通りだったとしても嬉しい。
立志さんが病室から出ていって私は1人になった。静かだった部屋がより一層静かに感じる。
外の景色も相変わらずだ。車が走って人が歩いて。たまに通る自転車を眺めるのも悪くない。意外と暇でもなかった。
こうやって何も考えずに外を見てる時が一番楽な時間だ。何も考えずにボーっとして。ふと今日のご飯はなんだろうと思って。雲の形で妄想してみたりなんかして。
でもやっぱり――あの八月村のことを思い出してしまう。そしてずっと自分を嫌悪し続ける。自分を許せなくなる。
許せなくなって自分を怒る。何度も頭の中で自分を殴る。謝ってももう遅い。そんなことを分かった上で何度も謝る。
鏡を見る度に裂けた頬が痛くなる。自分の後ろにつーねぇの幻覚が現れる。現れてこう言う。
「なんで氷華は生きてるの?」
私は何も答えられない。何も答えられないままつーねぇは消える。
眠っている夢の中で。みんなが私を見つめている。殴るでもなく。蹴るでもなく。罵るでもなく。殺すでもなく。ただ見てくる。
私が「ごめんね」と言っても何も答えてくれない。私が「こんな私でごめんね」と言っても何も答えてくれない。
そうして私が「罰は受けるよ。みんなの分まで苦しむよ。みんなの分まで生きるから」と言った。その時に初めてつーねぇが口を開いた。
「生きてね。ちゃんと。私達も苦しむから。氷華は自分の苦しみと向き合って――」
私は全て気がついた。目を背けていた、の方が正しいのかもしれない。――私は桃也のことが好きになっていたのだ。
拷問されても何も思わなかったのはそのせいだ。ずっと桃也のことを想っているのはそのせいだ。桃也が美結の頬を撫でている時に胸がモヤモヤしたのもそのせいだ。
辻褄が合う。合ってしまった。好きになったってしょうがないのに。愛してくれるわけないのに。
「――ぅぅ」
桃也は人を殺しても平然としていた。私と違って言い訳もしなかったし、逃げもしなかった。きちんと向き合っていた。
それがいい事とは言わない。開き直ったとも言い直せる。しかし桃也は私とは違う。私なんかとは違った。
頬を伝って落ちる涙。何粒も。何十粒も。悲しくて泣いている。惨めで泣いている。初めての恋愛がこんなのになるなんて。
口に入った涙がしょっぱい。落ちる涙を止められない。泣いて泣いて。子供のように泣いて。でも泣いても誰も慰めてくれない。
慰めてくれる人は私が殺した。全員。もしかしたら――もしかしなくても、桃也は私の前から居なくなる。そういう人だ。
そうなったら完全にひとりぼっち。そんなの嫌だ。それなら死んだ方がマシだ。こんな重圧を一人で抱え込みながら生きるなんて。
でも生きないと。それが私に課せられた罰なんだから。人を愛して結ばれるなんて許されるはずがない。
私は病院に来てから初めて「桃也に会いたくなかった」と思った。こんな思いをするなら。こんな辛くなるのなら。
このまま私は報われない人生を送るのだろう。苦しみに満ちた人生を送るのだろう。それが罰なら、否が応でも受け入れなくてはならない。
――それが私の選んだ道だ。
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