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序章

第6話 やべぇのが出てきた!

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「……ん?」

ヘキオンが何かを感じ取った。直後に2人もヘキオンと同様、何かを感じ取る。得体のしれない何かを――。





黒い唸り声。大木を馬鹿げた握力で握りつぶしながら、二足歩行で立っている黒狼が木々の隙間から顔を出した。

「――――」

大きさは5mほど。極端に大きいわけじゃない。だが3人の目には数十メートルはある幻覚が映りこんだ。

それは狼の殺意によるもの。凶暴性によるもの。大きな戦力差が幻覚となって見えていたのだ。

「ウルフィー……ロード……!?」

3人とも名前は聞いたことがあった。ウルフィーロード。狼の長。ウルフィーの群れの長が時間を経て強くなった姿。

「な、なんてデカさ……」
「これはヤバイ……!!」

しかし通常のウルフィーロードは大きくても3mほどしかない。ならば目の前の狼はなんだ。

運が悪かった。もはや『戦う』選択肢は3人の頭から消え去っていた。



「――ヴァインバインドつる縛り!」

ほんの少し。ほんの少しでも行動を阻害するためだった。この魔法を合図に全速力で走り出す。

「生き残ることが最優先だ!!仲間は見捨てる気持ちで行くぞ!!」
「……うん!」

合理的に考えなければ。このウルフィーロードを放置すればもっと酷いことになる。

「でもなんで――」



――突如、ミクが消えた。

「「――は?」」

目の前から消失した。消え去った。瞬間移動。目を離した隙に、とかじゃない。見ていたのに消えた。

真実はすぐ後――ミクがことを知るのは、数秒後の事だ。


「あ……い……あああああああ!!!」

叫び声。痛みに悶える声。ヘキオンとザックの数メートル前で声が聞こえる。

ウルフィーロードに前腕を噛みつかれ、宙ぶらりんになっていた。手に持っていた杖はどこへ。そんなことすら考えられない。

滴り落ちる血は地面に溜まりを作る。一説によると、ウルフィーロードの噛む力は約3トンにも及ぶという。

そんな力で噛まれれば重症は必至。ましてや耐久力のない魔法使いなら更にだ。

「助けてお兄ちゃん――!!」




「――ウォォォォォ!!!」

妹の叫び。正気……この場合は狂気かもしれない。とにかく妹の声に反応したザックが剣を握りしめて走り出した。

「ま、待って――」

――ヘキオンの声も虚しく、一撃でザックはフッ飛ばされる。鎧は軽く斬られて体もえぐれる。

実力差があった。凄まじい実力差だった。今の3人では逆立ちしても勝てない――つまり人の腕だって簡単に噛みちぎれる。


ドスンと落ちた体に右腕はなかった。滝のように流れる血があるだけだった。

「ぁ、ぁぁ……」

腰が抜ける。後ずさりするが、相手の歩くスピードの方が早い。鋭い眼光はヘキオンを捉えている。

「や……だ……」

怪物に言葉は通じない。説得は不可。逃げることも不可。ならば選択肢はひとつ。神に祈ることだけ。

「あ――」

キラリと輝く爪。狙いは定められた。起動は曲げられない。すぐ後に来る痛みを少しでも抑えるため、ヘキオンは目を瞑った――。





――いつまで経っても痛みがこない。死んだのか。ヘキオンは目を開ける。


「――」

ウルフィーロードの上半身が消し飛んでいた。さっきまで目の前全体に広がる大きさだったはず。

残った下半身は糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる。その奥には――が立っていた。

「――無事?」

剃りあがった茶髪の刈り上げ。手入れのされていない無精髭。身長は極端に大きくないが、威圧感のあるゴツゴツとした肉体をしている。

その低い声にヘキオンは無言で頷く。反応を見た男は、安心したように微笑んだ。

「他の2人は無事じゃ無さそうだな……立てるか?」

ヘキオンに向かって手を出した。傷の入った手からは、それだけで強さを感じさせてくる。

「カエデだ。よろしく」
「……ヘキオン……です」

震えながらもヘキオンはカエデの手を取った。
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