お前に『幸福』は似合わない

アタラクシア

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間章 雨の降る前

第51話 悲願

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「――――――お姉ちゃんの馬鹿!!!」

――――時雨が怒鳴った。

「仕事仕事って……私の誕生日は祝ってくれるって言ったじゃん!!」

今は何時なのか。何月何日なのかも忘れた。外は暗いので……おそらく夜。いつものバイトのエプロンを着ている途中のことだった。

「ずっとそう……授業参観も来てくれないし……卒業式も来てくれなかったし……」

なんで泣いているのかも分からなくて。なんで怒られているのかも分からなくて。村雨は言葉が出なかった。

怒ってほしくない。泣いてほしくない。笑ってて。笑っていて――あれ。いつだったか。最後にちゃんと時雨の笑顔を見たのは。いつだったっけ。寝顔以外に時雨の顔を見たのは。

声が出ない。喉が……動かない。冷静になってみると体のあちこちがしびれるような感覚がする。

「私は……お金よりも……お姉ちゃんと一緒にいる方が……」

泣き崩れている。ダメだ。泣かせたらダメだ。幸せにするって……決めていたのに……。

「――――お姉ちゃんの馬鹿!!」



――気がついた。時雨が幸せになるには自分が必要だったのだ。

祖父母が死んだのは自分だけでない。両親がいないのは自分だけでない。時雨も寂しかったのだ。なんでそんな単純なことに気がつかなかったのか。

馬鹿だ。馬鹿だバカだ。何を考えていたのか。全て自分の独りよがりだった。お金なんかいつでも手に入るのに。なのに……なんで時間を無駄にしてしまったのだろう。

「……もういい!!お姉ちゃんなんて嫌い!!」

村雨の言葉も聞かずに時雨は外へと出てしまった。


「……馬鹿だなぁ私」

自己嫌悪があった。自責の念があった。ただそれより――少しだけ嬉しかった。

時雨が自分のことを思っていてくれた。それが嬉しかった。それだけで今までの頑張りが報われたかのような気分になった。

「……こんな夜に女の子一人は危ないよね」

迎えに行こう。謝るのだ。そして失った日々を取り戻そう。

まずは誕生日会からだ。時雨が嫌というまで構い倒してやる。それに旅行にも行ってみたい。お金は結構溜まっているからどこへだっていける。

今度は――どうしようか。自分一人で考えてても意味がないか。

「時雨と一緒に。ゆっくりと考えようかな――――」





――扉が開かない。

「――――あれ」

鍵は開いている。なのに開かない。立て付けが悪いのか。ここもかなり古いからありえない話じゃない。

「でも時雨はスっと……」

違う。なんだか違う。立て付けが悪いというより――かのような感じだ。

「なんで――――」



背中に。視線が。真っ黒な。感じたことがある。昔に感じたことがある。

殺意を帯びたあの。『必ず殺す』っていう明確な殺意のある。あの視線が。後ろから――横へと――――。










『ようやく見つけたぞ』





――時雨のガラケーが振動した。着信音は流行りのコブクロだ。

「……村姉?」

画面には電話番号と『村姉』の文字が。心配でかけてきたのだろうか。

「……心配させちゃったな」

分かっていた。全部自分のためだと。だけど……やはり居てほしかった。お金よりも姉とずっと一緒に居たかった。

授業参観にも来てほしかった。
卒業式だって見に来てほしかった。
誕生日だって……祝ってほしかった。

……意地を張っててもダメだ。さっきは酷いことを言ってしまった。だから最初にまず謝ろう。そんなことを思いながら電話を手に取る。

「村姉――――」
『時雨』

――今までに聞いたことの無い声であった。真面目で。真剣で。――怖かった。

「村姉……?」
『帰ってこないで』
「え――――」

驚くほど冷たい声であった。

「な、なんで?――もしかして怒ってる?さっきあんなこと言っちゃったから……」
『……』
「何か言ってよ……さっきのことは謝るからさ!」
『……叔父さんの家は覚えてるでしょ。二度と帰って来ないで』

そう言うと電話はプツンと切れた――。


初めてのことだった。姉が自分を拒絶するなど。自分に対して怒ったことすらないのに。

「……」

――考える前に体は動いていた。真偽を確かめる。なんで。どうして。それが知りたくて。時雨は自宅へと戻った。



走る。学校の帰り道を走る。坂道を走る。曲がり道を走る。走って走って――アパートへとたどり着いた。

「はぁはぁ……」

汗がしたたり落ちる。――汗だけではない。天気予報では降らないと言っていた雨が降ってきた。

まだ小雨だが、大雨になる予感がする。それが今の状況と重なって――ダメだ。何も考えるな。

階段を駆け上がる。自分の部屋まで10歩半。ものの数秒で着く距離。――それなのに遠く感じた。

「……お姉ちゃん?」

それは昔に感じた――祖父母の家で感じた――体がような感覚。あの時の村雨はこんな気持ちだったのかと思考する。

目が痛い。近づく度に神経が逆立つような気分になる。吐き気も……どこか不快な気持ちも。生理の時みたいな腹痛もする。

だが――行かなくては。でも――行かなくては。時雨はドアに手をかける――――。
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