花の記憶

Yonekoto8484

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ハイビスカス

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どういう経緯で決まったのかは、はっきりと記憶している者はいないが、ある時、長女の梨沙と次女の加奈に会いに、恵美一家と沖縄旅行をすることになった。沖縄行きをこの時期に決意したのは、幸子が行けなくなる前に梨沙と加奈に会いに行っておきたいというのも、一つの理由だったし、恵美たちが一緒なら、幸子が混乱したりイライラしたりする時に力になるから、安心だと哲雄が思ったからでもある。

哲雄と幸子は、恵美一家に先立って出発することにした。みんなで宿泊するお宿に移動する前に、空港近くに住む加奈の自宅で泊めてもらい、幸子がゆっくりと新しい環境に慣れる時間を持つというのが目的だった。そして、数日後に、恵美一家と合流し、梨沙が待つお宿へみんなで移動するという計画であった。

ところが、加奈の家に着いて、加奈が玄関で出迎えてくれると、幸子は、意外な反応をしたのである。

「こんにちは。私たちは、娘の加奈に会いに来たんですが、おられませんか?」
幸子が加奈の顔を真っ直ぐに見て、丁寧に尋ねた。

環境が変わると、幸子が少々混乱することを想定していたものの、娘の顔を見てもわからないくらい混乱する可能性があると思ってもみなかった哲雄は、幸子の発言を聞いて、加奈には申し訳ないと思いつつ、やるせない気持ちでいっぱいになり、つい幸子を叱ってしまった。
「何を言ってるんだ⁉︎加奈だよ!娘の顔を見てもわからないか⁉︎」

幸子は、哲雄に叱られると、どうすればいいのかわからなくなり、口をつぐんで、恥ずかしそうに俯いてしまった。

「おい、顔から火が出そうなのは、こっちだよ!」
哲雄が幸子をまたたしなめた。

「いいから、中入って。荷物、運ぶよ。」
加奈は、久しぶりに見る両親の有様に胸を痛めながらも、冷静に対応した。長年作業療法士として働きながら、一人で子供を二人育て上げたシングルマザーの加奈は、しぶとくて、論理的で、ちょっとしたことで動じない性格である。

数日後に恵美たちが加奈の自宅に着いた頃には、幸子の様子は少し落ち着いていたが、慣れたと言えるほどではなかった。それでも、予定通り、お宿へ移動し、様子を見ながら過ごすことがにした。

ところが、お宿に着いてみると、周りをコントロールし、仕切るのが大好きな梨沙は、一番広い寝室を自分の家族用に確保した上で、みんなの泊まる部屋を勝手に決めていた。

「お母さんとお父さんは、ここね。恵美たちはここね。」
梨沙は、自分の家にお客さんを迎えるかのように振る舞い、全てを仕切ろうとし出した。梨沙のこの行為が恵美の怒りを買い、着いて早々揉め出した。

「なんで、いつも仕切らないといけないの⁉︎」
恵美が11歳も年上の姉に喧嘩を売るような口ぶりで言った。

「仕切っていないわよ!」
梨沙がすぐにムキになり、怒鳴り返した。

「仕切っていないと言いながら、この1週間の献立まで勝手に決めているじゃん!」
恵美が、梨沙が台所の壁に貼りつけた1週間の献立表を指さして、責めた。

仕切りたいという性格が共通点の梨沙と恵美が一緒になると、いつもこうして争いが起きるのである。

お宿は、海のすぐ側に位置していて、快適だった。哲雄と幸子は、毎朝、5時台に起き、恵美夫婦と一緒に日の出を見た。子供たちも、見たいというのだが、起こそうとしても、起きてくれないから、大人だけで日の出を楽しんだ。梨沙と加奈は、沖縄暮らしが長いから、日の出も珍しくなく、わざわざ早起きをしてまで見たいとは思わないようであった。

着いた日は揉めたものの、梨沙と恵美は、すぐに冷戦状態になり、適度な距離を置きながら、平和に過ごすことにしたようだった。ところが、梨沙の仕切りたがり性格は、恵美だけではなく、哲雄の癪に触るものである。

ある日、哲雄が宣言した。
「今日の晩、フライドチキンをやるよ!」

「お父さん、ダメよ!今日をスパゲッティの日って前から決めているじゃないの?」
梨沙がすぐに父親を止めようとした。

「スパゲッティと一緒に食べたらいいじゃん!フライドチキンは、スパゲッティとの相性が抜群じゃ!」
哲雄は、すぐに反論した。

「ダメよ、お父さん!余計な食材を使うと、予定が狂ってしまう!私は、この献立を作るだけしか、食材を買っていないの!」
梨沙は、相変わらず自分の言い分を絶対に通すつもりでいるようであった。

「食材がなくなれば、また買いに行けばいい!大体、なんであなたの指図を聞かないといけないの?」
哲雄は、長女の言いつけに振り回されるつもりは全くなかった。

哲雄と梨沙は、よく似た性格であるため、どちらも一歩も譲らずに、しばらく言い合いを続けてから、「どうしようもない!」と互いに言い捨て、口をきかなくなった。二人の間に入ろうとする勇気のある者はいなかった。

梨沙がスパゲッティを作り始めると、哲雄がすぐにグリルを用意し、肉を焼き始めた。

「お父さん、だから、まだだってば!」
梨沙が注意しても、哲雄はシカトした。

「梨沙、もういい加減にして。肉ぐらい人に任せたらいいじゃん。」
加奈も、とうとう頭に来て、梨沙を叱った。

イタリア料理が大好きな幸子は、幸せそうにスパゲッティとフライドチキンを食べ始めた。

「梨沙、もう少し粉チーズをもらってもいい?」
幸子が長女にお願いをした。

「もうないの。」
梨沙が慌てて断った。

ところが、残りの粉チーズを、誰も使わないように、みんなが食べ始めてすぐに、梨沙が冷蔵庫に仕舞うのを見た恵美の怒りには、またもや火がついた。

みんなが食べ終わると、恵美が刺々しい口調で梨沙に言った。
「なんで、お母さんに、チーズはもうないと嘘をついた⁉︎」

「だって、なくなればまた買いに行かなければならないから!」
梨沙が説明した。

「私が買いに行くから、お母さんがチーズを食べたいと言うなら、食べさせてあげて!」
恵美は、怒りをむき出しに、姉に言った。

「わかったわよ!」
梨沙は、仕方なく賛成した。

一週間が早々と過ぎてしまい、とうとう沖縄での滞在が後2日を切ってしまった。最後の2日ぐらいを平和に過ごせるだろうと思っていたところへ、大事件が発生した。

加奈が彼氏をお宿に誘ったのはよかったのだが、一緒にシャワーを浴びているところをどうやら梨沙が目撃したらしい。

「加奈、一体、何を考えているの⁉︎子供がいるのに!恵美の子たちはまだ小さくてわからないかもしれないけど、うちの子は13歳でもう年頃だよ!」
梨沙が油を絞った。

「誰も見ていないし、別にいいんじゃないの?私のプライベートまで仕切ろうとするの⁉︎」
加奈は、滞在中、四六時中姉の指示を聞かないといけないことにストレスを感じ、そろそろ限界だった。

「しかも、あなたの子が私の釣り道具を勝手に使ったでしょう!もう明後日帰るから、しまっといたのに!」
梨沙が問いただした。

加奈は、姉の尋問に答える代わりに、小さく溜息をついた。梨沙と加奈は、性格が違いすぎるため、いつも、理解し合えずに、こうなるのである。

沖縄旅行を一番楽しんだのは、親戚のごたごたや揉め事の内容を知らない、争いが起きていることにも気づいていなかった幸子なのかもしれない。幸子は、毎朝の日の出に癒され、日中は、孫と貝殻拾いをしたり、散歩したりして、ほっこりした。

「おばあちゃん、この花は何?」
直美が尋ねた。

「ハイビスカスというよ。」
幸子が孫娘に教えた。

「私が住んでいるところにはない花だね?」
直美がさらに訊いた。

「そうだね。こういうところにしか咲かない花だからね。今のうちに沢山見て楽しんでおこう。」
幸子が笑顔で言った。

「沖縄での一連の出来事は、幸子の記憶にも、妹たちの記憶にも残らないだろうけれど、ずっと見ていたハイビスカスの花は、覚えてくれるだろう。」
大人が隠そうとしても、隠しきれない争い事に気がつくくらい成長していた悠美は、密かに思った。


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