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最果てのエデン(ファンタジー)※
最果てのエデン※
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黒き森の深く、その魔法使いは暮らしていた。名をヴァイゼと言った。
ヴァイゼは赤子のころに、親から森に捨てられた。狼の餌食になるところだった彼を、老魔法使いが不憫に思い、育てあげたのだった。
老魔法使いの家には、時折近隣の村々から村人が訪れた。ある若い娘は予期せぬ妊娠をしたために堕胎薬を求めた。ある母親はこどもの病に効く薬を求めてやってきた。ある男は性的不能を治す薬を欲しがった。魔法使いは彼らの願いを叶えてやった。
お代は、森の中では得にくい、布であったり、小麦であったり、酒であったり、砂糖であったり、香辛料であったり、紙であったり、それらで受け取った。
ヴァイゼは客人がくると、ローブを羽織り、フードを目深に被って老魔法使いの手伝いをして、客のあしらいを学んだ。
老魔法使いは生きる術をヴァイゼに伝えきると、死んだ。まず第一に、薬の調合。そして、野菜の育て方、森の有用な植物とその利用の方法、狩りの仕方、狩った獣の捌き方、読み書き、家の建て方、補修の仕方、布の織り方、皮のなめし方、そのすべてをヴァイゼに教えた。
一人ぼっちになったヴァイゼは、その亡き骸を埋め、墓を作った。
ヴァイゼは、子供の時分に、一度こっそり森を出て村に行き、親兄弟を探したことがあった。老魔法使いに不満があったわけではない。時に厳しく時にやさしく育てられた。しかし母の手が優しく頬を撫でるのを夢想してもいた。
しかし、村に出向いた彼を、村人は悪魔と呼んで気味悪がり、ここはお前の来るところではないよと怒鳴りつけ追い払った。
老魔法使いは、泣きながら帰ってきたヴァイゼに何も言わず、ただいつまでも頭を優しく撫でてやった。
一人ぼっちになったが、ヴァイゼはもう、村に行こうとは思わなかった。老魔法使いのように、ひとり森に生き森に死のう。そう思っていた。
一人ぼっちになったヴァイゼだが、夜が明けると、老魔法使いの墓の前で祈り、いつものように森の女神にはちみつを捧げ、鳥がさえずり朝露に濡れる森を歩いていた。朝の森の清涼な空気で肺を満たした。仕掛けたくくり罠を見て回り、薬草を摘み、木苺を採った。
しかし、その日はいつもと違っていた。煤けて血まみれの子供がオークの樹の下にうずくまっていたのだ。
森の奥まで、村人が入ってくることはほとんどない。村人はせいぜい森の浅いところで豚にどんぐりを食わせてやり、落ちた枝を拾うぐらいしか立ち入らない。子供は決して森に入ってはいけないときつく言いつけられていた。
村の人間は森を恐れていた。狼や熊、盗賊のほか、魔女や魔物が住み着いていると信じていたからだ。
老魔法使いを訪ねてやってくるのは、その恐れをおして困り事や願いがあるものだけだった。
倒れている子供の様子を見るに、村はどうやら戦火に見舞われたようだった。
それが、遠く北の地から船でやってきて略奪の限りを尽くすならず者どもによるものなのか、春の訪れとともに隣国の強欲な王が引き連れてきた騎士団や傭兵たちによるものなのかはわからない。
ヴァイゼは、子供に近寄った。とりあえず、生きているのか死んでいるのかを確かめようと思った。子供は、かろうじて生きていた。ヴァイゼの気配を感じると頭を上げ、彼を見ると悲鳴を上げたので生きていることがわかった。年の頃は七、八歳ほどか。人に囲まれて育たなかった彼には、年の頃はよくわからなかった。
老魔法使いが自分にしてくれたように自分もこの子供を助けてやるべきだ、とヴァイゼは突然思った。村の人間には恨みすら抱いていたが、この少年はまだほんの子供だ。一度ぐらいは自分の受けた善行を、他人にも施すべきだと。
少年はずるずると必死の形相で這って逃げようとした。しかし、怪我と疲労の程度がひどいのかいくらも進まない。
これでは、すぐに熊や狼の餌食になるだろう。
「こら、とって食いやしないよ」
ヴァイゼは暴れる子供を肩に担ぎ、家に連れて帰った。
家につく頃には暴れる体力もなくなってしまった少年を、濡れた布で血や泥を拭って綺麗にしてやり、薬を塗って包帯を巻いてやった。
すると煤けた少年は、客がお代のかわりにおいていった本の挿絵に出てくる天使のように美しかった。熱が出て朦朧とした少年に薬を飲ませてやると少年は眠ってしまった。
少年が熱にうなされるのを、ヴァイゼは三日三晩、額の濡れたタオルを替えながら看病した。
目覚めた少年は、ひどく醜いヴァイゼを見ると恐慌状態に陥ってベッドから転げ落ちた。
「ば、化け物!」
子供が悲鳴を上げる。
「せっかく助けてやったというのに、恩知らずめ」
ヴァイゼは眉をしかめ、舌打ちをした。そして、子供を鎮めるのに最適な方法を思いついた。惚れ薬を飲ませてみよう、と。
調合済みの惚れ薬を口に含むと、ヴァイゼは子供の頭をがっちりと抑え込み、子供の口を自分の口で塞いで、薬を流し込んだ。子供の喉が動き、飲み込んだのを確認すると口を離した。
先程まで恐怖に見開かれていた子供の目は、今はとろんとしていた。どうやら薬が効いたらしく、ヴァイゼはほっと息を漏らした。
それから大人しくなった少年に水を飲ませ、粥を食べさせた。
「君、一体なにがあったんだい?」
少年はわっと泣き出し、その日は聞くことはできなかった。
それから、一月も経つと、少年は切れ切れに語りだした。
どうやらこういうことらしかった。
知らない言葉を話す略奪者が村を襲い、村の男たちは戦ったが敵わなかった。大人の男と老人はすぐに殺された。女は凌辱されてから殺された。子供は人買いに売るつもりで教会に閉じ込められた。それから略奪者は村に火をつけたが、教会にも火が移ってしまい、混乱に乗じてこの少年は森に逃げ込んだ、ということだった。
ヴァイゼはどうしたものかと思った。少年を帰すべき村はもうなくなってしまったらしいのだ。
「君、親戚はあるかい? 他の村に、おじいさん、おばあさん、おじさん、おばさんはいないかい?」
「おばさんがいるけど……おばさんは母さんに、僕を人買いに売ったらきっといい値がつくよって言っていたんだ。おばさんちには子供が八人いるんだ。だからおばさんのところに行ったら、僕は売っ払われてしまうよ」
どうしたものか。ヴァイゼはしばし天を仰いだ。
「お願いします。どうか僕をここに置いてください」
少年がヴァイゼに取りすがる。ヴァイゼは少年をここに置いてやることにした。
少年の名はジークと言った。歳は九歳だという。
置いてやる代わりにジークにも一人前の労働を要求した。野獣に襲われる心配の少ない家の周りの仕事はすぐにジークの仕事になった。ジークがへまをすれば怒鳴りつけた。老魔法使いに比べれば、若いヴァイゼは短気だった。
ジークはよく耐えた。よく働いた。勤勉だった。二人は肩寄せ合って暮らした。
黒い森の魔法使い、目深のフード、誰もその顔見たことない。彼の薬は最高の効き目。
彼の弟子は大層な美男。堕胎薬をもらいに行った娘はみんな彼に夢中になっちまう。
すると、魔法使いが言うのよ。ここは薬を売るところ、男は売っていないよ、と。
今日もヴァイゼはやっとのこと女を追い返した。女はジークに結婚してくれと迫っていたのだった。
「お前のそのいい男ぶりもまったく困ったものだ。昔はここもひっそりしていたんだがね」
ジークが困ったように微笑む。ヴァイゼは苛立たしく、テーブルを人差し指の先でこつこつと叩いた。人々の森を恐れる心さえ、ジークの美貌の前では霞んでしまうのか。
すっかり成長したジークは、それは美しい青年になっていた。金の髪は太陽の光をうつしたようだし、深い青い瞳はよく晴れた秋の空を思わせた。
森の中を一日中歩き回る肉体は引き締まり、物腰は穏やかだった。薬草についての知識もヴァイゼからすべて授けられていた。
もう、どこでだろうとやっていけるだろう。先ほどの娘は、結婚して村で薬屋を一緒にやりましょうとジークを誘ったのだ。
「ジーク、お前はもうどこでだってやっていけるさ。ここを出なさい」
さっきの女はジークにふさわしくないと判断して追い返したが、彼女の提案はジークにとって悪いものではなかった。
ジークを森の外の村へ買い出しにやっても、ジークに罵声を浴びせるものはいない。彼は、ヴァイゼと違って、森の外でも生きられる。
ヴァイゼはこのところ、ずっと虫の居所が悪かった。ジークのそばにいると、苛立って仕方がない。
「いいえ、師匠を置いてはどこにも行きませんよ」
「出て行けと言っているんだ!」
「カモマイルのお茶をご用意しましょうか、それともこの場合、ジョンズワートがよろしいですか?」
「どっちもいらん!」
何をこんなに苛立っているのだろう。ジークのおだやかな笑みにすら腹が立つ。
老魔法使いと暮らしていたころは、毎日がおだやかだった。こんなに心が波立つ日はなかった。
出て行けと言いながら、出ていってもらいたくはなく、それでいてジークが出ていけば平穏な日々が戻るような気がしていた。
ヴァイゼは立ち上がると大股で歩いていって、外へ出る扉を開けた。
「どこに行かれるのですか!」
背中にかかるジークの声は無視して、力任せに扉を締めた。
それからヴァイゼは、気を静めるため、森の中をでたらめに歩きまわった。
ヴァイゼは自慰というものを、自分で偶然発見した。
はじめはベッドに擦りつけると気もちがいいという気付きからだった。しかしそれだと、寝具が汚れてしまう。それで、手で扱くことを覚えた。その行為にはどこか後ろめたさがあったから、老魔法使いやジークから隠れてこっそりと処理していた。
野外で陰茎をしごく。そのときに、この頃はジークの裸体が思い浮かぶのだ。それはヴァイゼを困らせ、悩ませた。
男と男がどう肉体を繋げるのか、ヴァイゼは知識としては持ってはいた。時折、肛門性交をするための軟膏を求めて客が来るからだ。
つまり、ヴァイゼの望みは。
その先は、考えたくなかった。
「師匠!」
日没の直前、ヴァイゼはくたくたになって家に帰ってきた。それを玄関先でうろうろしていたジークが力強く抱きしめた。
「心配しましたよ、師匠!」
その肉体に、匂いに、力強さに、ヴァイゼは目眩がするようだった。突き飛ばしても、ジークは懲りずに再びヴァイゼの肩を抱いた。
「ああ、こんなに冷えて……早く火に当たりましょう」
抱きかかえるように家に入れられて、毛布にくるまれ暖炉の前の椅子に座らされた。
「春になったらここを出なさい、ジーク」
痛いほどにジークの視線を感じる。
「お前に恨みがあって言うんじゃないのはわかっておくれよ」
言い訳がましいヴァイゼの言葉に、ジークは返事をしなかった。
「出ていってくれ、ジーク。お前がいると女どもが騒々しくてかなわんのだ」
「師匠、嫌です」
「ジーク! お前といると気が狂いそうだ!」
ヴァイゼは椅子から立ち上がり、ジークに詰め寄った。
「お前など、どこへなりと行け! どこの女も喜んでお前を受け入れるだろうよ! お前は女相手にいつも媚びへつらって、しつこい女どもを追い返すのはいつも私の仕事だものな!」
ヴァイゼには、自分がどうしてこんなに酷いことばかりをまくし立てているのかわからなかった。
「それはお客だからですよ」
ジークは困った顔をして、どうヴァイゼをしずめたものか考えているようだった。それがさらにヴァイゼを苛立たせた。
「森に逃げ込んできたお前に、惚れ薬なんて飲ませたのが間違いだった!」
「ああ、あれは惚れ薬だったのですね」
「お前だって、私のこの醜い姿を気味悪がっていたというのに! 惚れ薬ひとつでこんなに図々しく居つかれるとは思わなかったよ! 惚れ薬の効用に付け加えなければなるまいな、子供を懐かせる効果があると!」
「ええ、書き加えるべきでしょうね」
ジークの賛成をきくと、ヴァイゼは急に我に返った。
「……ああ、ジーク、私はこんな酷いことを言いたいわけではないんだ、わかってくれるね?」
「ええ、わかります。師匠は、優しい人間です」
「ああそうだ、私は私の師匠が私にしてくれたように、お前にもしてやろうと思った」
「ええ、とてもよくしてくださいました」
「そうかい、何度お前を怒鳴りつけただろうね。だがね、私は一人が性にあうんだよ、ジーク」
ヴァイゼはとても疲れて、なんだか凍えるように寒くて、再び毛布に包まると暖炉の前の椅子に座った。体がひどく震えている。
「私は、一人で生きられるんだ」
「ええ、知っていますとも」
ヴァイゼには、ジークがいなくなったときの自分の暮らしを想像できなかった。老魔法使いを亡くした喪失感は、ジークとの忙しない日々が埋めてくれた。今思えば、ヴァイゼがジークを世話したのはただの親切心ではなかった。ヴァイゼは寂しかった。その寂しさを子供の世話をすることで紛らわそうとしたのだ。
しかし、ジークがいなくなった喪失感は、何が埋めてくれるのだろう。
きっと、時間だけが埋めてくれるのだろう。
春がやってきた。
森を白く覆っていた雪が溶け始め、川のせせらぎは音を増した。
森の中にも春の花がぽつぽつと咲きはじめた。冬眠から覚めた熊もうろつきだし、この冬に生まれた子熊を連れて柔らかな木の芽や野の草を食んでいる。
今日、ジークは森を出ていく。
近隣の村で空き家を借りられることになったのだという。その村の村長の娘に、ジークはすっかり気に入られたようだった。
ジークはその女と、もう寝たのだろうか。将来は、村長の孫娘と結ばれるのかもしれない。
ジークのおばだという女も、立派に成長したジークを見ればきっと家族に迎え入れたくなるだろう。いとこの誰かと結婚させようと考えるかもしれない。
はたまた、領主の耳に入って、魔法使いとして召し抱えられるかもしれない。
やはり、ジークには森の外に大きく可能性が広がっている。
「師匠、また会いに来ます」
「ああ」
「……師匠、惚れ薬の効果など、たかが知れています。せいぜいが半日心臓の鼓動を早める程度のことです」
「ああ……」
「僕が師匠をお慕いしているのは、あなたが辛抱強く僕を育ててくれたためです。僕は、あなたの親切を決して忘れません」
「ああ、ジーク……」
ヴァイゼはどうにか笑顔を作り出した。
ジークが強く、骨が折れるほど強く、ヴァイゼを抱きしめた。
「どうした、今生の別れでもあるまいに」
どんどんと拳を作って、ジークのたくましい背を二回叩いた。
やっとヴァイゼを解放したジークは、泣きそうな、切実そうな色を瞳にたたえていた。彼も不安なのだろう。
「お前ならうまくやるだろう」
そう言って、若者を送り出した。
ヴァイゼは自分の未熟さ故にまた一人ぼっちになった、と思った。
自分はいつになったら、老魔法使いのようになれるのだろう。墓の前で問うてみても答えはない。
何故、ジークに欲望を抱いたのだろう。欲望さえいだかなければ、いだいたところでそれをうまく抑えられれば、きっとジークはまだここに居てくれただろうに。
ヴァイゼは一人、森の中で暮らし続けた。
春には春の、夏には夏の、秋には秋の森の恵みを感謝し、冬は家を暖かくして春を待った。
朝が来て、夜が来て、時々はジークが顔を見せにやってくる。
客はだんだんと訪れなくなった。きっと、ジークの店にみんな行くのだろう。だれもこんな不愛想な男より、ジークのほうがいいに決まっているのだから。
幾度も季節は巡った。
そしてある夜、草木も眠る頃、森の中に草を踏み、枝を踏むたくさんの音がした。大勢の足音が、ヴァイゼの暮らす黒い森の家に迫っていた。
ひっそりと森の中に暮らすヴァイゼは知らなかった。今や魔女や魔法使いは兵士や村人の手で捕らえられ、異端の罪を着せられ、火炙りにされて大勢殺されているのを。
その異様な熱狂の手は、ついにヴァイゼのもとへ伸ばされた。
たくさんの松明に、夜の森が真昼のように煌々と照らし出された。
「あの男はおかしいと思っていたんだ。いつもフードで顔を隠してよ、あれは悪魔のたぐいに違いないぜ」
かつてヴァイゼの薬をよく求めてやって来た男が、皆を先導していた。
「ほら! あの小屋だよ!」
まだ魔の手の迫るのを知らぬヴァイゼの家の戸を、激しく打ち鳴らした。
「おい! 出てこい! この異端者め!」
ヴァイゼがそのけたたましい音に目を覚ます。
戸口が破壊され、男たちがなだれ込んできて、いきなりヴァイゼを殴りつけた。
そしてそのまま、小屋から引きずり出された。
「なんて醜い!」
「化け物め!」
男たちが口々に罵りながら、ヴァイゼを痛めつける。
その時、ヴァイゼを捕らえた男たちがうめき声を上げて地に倒れ伏した。男たちには弓矢が刺さっていた。
それから、虚をつかれた幾人もの男が素早く打ちのめされた。
ヴァイゼは腕を強く引かれた。
「走って!」
ヴァイゼは、息を飲んだ。それは、ジークだった。
二人は走り続けた。
「どうしたんだ、何があった!?」
「ああ! 家が!」
ジークの小さな悲痛な叫びにヴァイゼが振り返る。
怒り狂った男どもが追いかけてくる姿の後ろに、遥か後方で、もとは老魔法使いの家であり、ヴァイゼとジークの暮らした家が、赤々と燃えていた。
二人は森を奥へ奥へと逃れていった。森を知り尽くした彼らに村人はとうとう追いつくことができなかった。
遠い昔に打ち捨てられた集落のあとは、森の中に点々と存在していた。何らかの理由で人がいなくなり、森に飲み込まれた村の跡がいくつもあった。
幾日も幾日も逃げ続け、ようやくほっと息をついた。
「私はお前に助けられたのだな」
「いいえ、僕が師匠に助けられたのです。師匠の無事を確かめるまでは死ねないと思いましたから」
ジークは信じていた村の人々に裏切られて、聖騎士団に引き渡されるところを辛くも逃れて来たのだという。
「僕はまた師匠に生かされました」
そう言って、ジークが笑う。
哀れなジークが再び自分のもとに戻ってきた。ヴァイゼは場違いな喜びを感じていた。
古の住居跡の崩れた石造りの家の石を積み直し、屋根を掛け、二人はそこに住み始めた。
夜の帳が降りた頃。
「師匠……」
熱のこもった声で呼ばれる。
先に床に就いていたところを、後から入ってきたジークに後ろから抱き寄せられた。ジークの唇が項に触れ、手が衣服の中に入り込み素肌をまさぐった。
ジークがそっと乳首をつまみ、そっと引っ張った。そうすると、自分はジークにとって、女の代わりなのだろうと感じる。しかし、それで構わなかった。
乳首からじんとしびれるような快感が身体の奥深くへと根を張るように走っていく
「はっ……うっ……んッ……!! あっ、ああっ!
ンンッ!」
どうしても声が漏れてしまう。唇を噛みしめると、ジークが唇に触れて噛むのをやめさせられた。その指が唇を割って入って、口内を掻き回す。
ぞくぞくと、快感が背を駆け上った。
「はっ、うっ、ジークッ!」
「噛んじゃだめですよ、ね?」
乳首と口内を刺激されると、尻の中がむずむずと疼いて仕方がなくなる。
尻の割れ目に、猛々しいジーク自身が押し当てられていた。早く挿れてほしくてたまらない。
ジークは焦らすように、ヴァイゼの体をゆっくりと高めていった。
うなじや肩にキスが落とされ、優しく歯を立て肌を吸われた。
脇腹を撫でられ下腹をやんわりと押された。その下の性器をやわやわともみこまれ、睾丸をもてあそばれる。
閉じた太ももの間に手が差し込まれて、会陰を押し上げられた。
「あっ……うっ……! ああ、ジーク……ジーク!」
ヴァイゼの切実な声の響きに、ジークが小さく笑った。
ジークはヴァイゼに尻だけを上げた姿勢を取らせた。
獣脂が尻の穴に塗りつけられる。
もうこの行為を幾度したかわからないほどだが、その感触にはいまだに慣れなかった。
ぬちぬちと指が抜き差しされて、獣脂が体温に溶けて馴染んでいく。
ジークがヴァイゼの充血したしこりを優しく掻き出した。とんとんと揺すった。
「あっ! ああっ! あうっ、ジーク、ジークッ……!」
しこりが震え、どくどくと脈打つ。肉の穴はジークの指を美味そうにくわえ込み、逃がすまいと締め付けた。
名残惜しげに指が抜かれると、ジーク自身がゆっくりと、慎重に埋め込まれていった。尻の穴は襞の一本まで伸ばされ、肉の筒は目一杯ひろげられる。
最奥まで穿つと、抜き差しが始まった。
もうヴァイゼには声を抑えられなかった。揺らされるままに鳴いた。度重なる絶頂が、やがてジークをも絶頂に至らしめる。
ジークはずるりと自身を抜き去ると、ヴァイゼを仰向けにし、再び最奥まで貫いた。
ヴァイゼを見下ろすジークの青い目には、薪の燃える赤い火が揺らめいていた。
世界から追われ、世界には二人しかいない。
すべてを失った哀れなジークはヴァイゼに人肌を求めるほかない。
もう、お互いにはお互いしか残されていなかった。この世界にはたった二人しか存在しない。
ヴァイゼはようやく満たされ安らぎを得た気がした。
おわり
初出:2024/01/14
ヴァイゼは赤子のころに、親から森に捨てられた。狼の餌食になるところだった彼を、老魔法使いが不憫に思い、育てあげたのだった。
老魔法使いの家には、時折近隣の村々から村人が訪れた。ある若い娘は予期せぬ妊娠をしたために堕胎薬を求めた。ある母親はこどもの病に効く薬を求めてやってきた。ある男は性的不能を治す薬を欲しがった。魔法使いは彼らの願いを叶えてやった。
お代は、森の中では得にくい、布であったり、小麦であったり、酒であったり、砂糖であったり、香辛料であったり、紙であったり、それらで受け取った。
ヴァイゼは客人がくると、ローブを羽織り、フードを目深に被って老魔法使いの手伝いをして、客のあしらいを学んだ。
老魔法使いは生きる術をヴァイゼに伝えきると、死んだ。まず第一に、薬の調合。そして、野菜の育て方、森の有用な植物とその利用の方法、狩りの仕方、狩った獣の捌き方、読み書き、家の建て方、補修の仕方、布の織り方、皮のなめし方、そのすべてをヴァイゼに教えた。
一人ぼっちになったヴァイゼは、その亡き骸を埋め、墓を作った。
ヴァイゼは、子供の時分に、一度こっそり森を出て村に行き、親兄弟を探したことがあった。老魔法使いに不満があったわけではない。時に厳しく時にやさしく育てられた。しかし母の手が優しく頬を撫でるのを夢想してもいた。
しかし、村に出向いた彼を、村人は悪魔と呼んで気味悪がり、ここはお前の来るところではないよと怒鳴りつけ追い払った。
老魔法使いは、泣きながら帰ってきたヴァイゼに何も言わず、ただいつまでも頭を優しく撫でてやった。
一人ぼっちになったが、ヴァイゼはもう、村に行こうとは思わなかった。老魔法使いのように、ひとり森に生き森に死のう。そう思っていた。
一人ぼっちになったヴァイゼだが、夜が明けると、老魔法使いの墓の前で祈り、いつものように森の女神にはちみつを捧げ、鳥がさえずり朝露に濡れる森を歩いていた。朝の森の清涼な空気で肺を満たした。仕掛けたくくり罠を見て回り、薬草を摘み、木苺を採った。
しかし、その日はいつもと違っていた。煤けて血まみれの子供がオークの樹の下にうずくまっていたのだ。
森の奥まで、村人が入ってくることはほとんどない。村人はせいぜい森の浅いところで豚にどんぐりを食わせてやり、落ちた枝を拾うぐらいしか立ち入らない。子供は決して森に入ってはいけないときつく言いつけられていた。
村の人間は森を恐れていた。狼や熊、盗賊のほか、魔女や魔物が住み着いていると信じていたからだ。
老魔法使いを訪ねてやってくるのは、その恐れをおして困り事や願いがあるものだけだった。
倒れている子供の様子を見るに、村はどうやら戦火に見舞われたようだった。
それが、遠く北の地から船でやってきて略奪の限りを尽くすならず者どもによるものなのか、春の訪れとともに隣国の強欲な王が引き連れてきた騎士団や傭兵たちによるものなのかはわからない。
ヴァイゼは、子供に近寄った。とりあえず、生きているのか死んでいるのかを確かめようと思った。子供は、かろうじて生きていた。ヴァイゼの気配を感じると頭を上げ、彼を見ると悲鳴を上げたので生きていることがわかった。年の頃は七、八歳ほどか。人に囲まれて育たなかった彼には、年の頃はよくわからなかった。
老魔法使いが自分にしてくれたように自分もこの子供を助けてやるべきだ、とヴァイゼは突然思った。村の人間には恨みすら抱いていたが、この少年はまだほんの子供だ。一度ぐらいは自分の受けた善行を、他人にも施すべきだと。
少年はずるずると必死の形相で這って逃げようとした。しかし、怪我と疲労の程度がひどいのかいくらも進まない。
これでは、すぐに熊や狼の餌食になるだろう。
「こら、とって食いやしないよ」
ヴァイゼは暴れる子供を肩に担ぎ、家に連れて帰った。
家につく頃には暴れる体力もなくなってしまった少年を、濡れた布で血や泥を拭って綺麗にしてやり、薬を塗って包帯を巻いてやった。
すると煤けた少年は、客がお代のかわりにおいていった本の挿絵に出てくる天使のように美しかった。熱が出て朦朧とした少年に薬を飲ませてやると少年は眠ってしまった。
少年が熱にうなされるのを、ヴァイゼは三日三晩、額の濡れたタオルを替えながら看病した。
目覚めた少年は、ひどく醜いヴァイゼを見ると恐慌状態に陥ってベッドから転げ落ちた。
「ば、化け物!」
子供が悲鳴を上げる。
「せっかく助けてやったというのに、恩知らずめ」
ヴァイゼは眉をしかめ、舌打ちをした。そして、子供を鎮めるのに最適な方法を思いついた。惚れ薬を飲ませてみよう、と。
調合済みの惚れ薬を口に含むと、ヴァイゼは子供の頭をがっちりと抑え込み、子供の口を自分の口で塞いで、薬を流し込んだ。子供の喉が動き、飲み込んだのを確認すると口を離した。
先程まで恐怖に見開かれていた子供の目は、今はとろんとしていた。どうやら薬が効いたらしく、ヴァイゼはほっと息を漏らした。
それから大人しくなった少年に水を飲ませ、粥を食べさせた。
「君、一体なにがあったんだい?」
少年はわっと泣き出し、その日は聞くことはできなかった。
それから、一月も経つと、少年は切れ切れに語りだした。
どうやらこういうことらしかった。
知らない言葉を話す略奪者が村を襲い、村の男たちは戦ったが敵わなかった。大人の男と老人はすぐに殺された。女は凌辱されてから殺された。子供は人買いに売るつもりで教会に閉じ込められた。それから略奪者は村に火をつけたが、教会にも火が移ってしまい、混乱に乗じてこの少年は森に逃げ込んだ、ということだった。
ヴァイゼはどうしたものかと思った。少年を帰すべき村はもうなくなってしまったらしいのだ。
「君、親戚はあるかい? 他の村に、おじいさん、おばあさん、おじさん、おばさんはいないかい?」
「おばさんがいるけど……おばさんは母さんに、僕を人買いに売ったらきっといい値がつくよって言っていたんだ。おばさんちには子供が八人いるんだ。だからおばさんのところに行ったら、僕は売っ払われてしまうよ」
どうしたものか。ヴァイゼはしばし天を仰いだ。
「お願いします。どうか僕をここに置いてください」
少年がヴァイゼに取りすがる。ヴァイゼは少年をここに置いてやることにした。
少年の名はジークと言った。歳は九歳だという。
置いてやる代わりにジークにも一人前の労働を要求した。野獣に襲われる心配の少ない家の周りの仕事はすぐにジークの仕事になった。ジークがへまをすれば怒鳴りつけた。老魔法使いに比べれば、若いヴァイゼは短気だった。
ジークはよく耐えた。よく働いた。勤勉だった。二人は肩寄せ合って暮らした。
黒い森の魔法使い、目深のフード、誰もその顔見たことない。彼の薬は最高の効き目。
彼の弟子は大層な美男。堕胎薬をもらいに行った娘はみんな彼に夢中になっちまう。
すると、魔法使いが言うのよ。ここは薬を売るところ、男は売っていないよ、と。
今日もヴァイゼはやっとのこと女を追い返した。女はジークに結婚してくれと迫っていたのだった。
「お前のそのいい男ぶりもまったく困ったものだ。昔はここもひっそりしていたんだがね」
ジークが困ったように微笑む。ヴァイゼは苛立たしく、テーブルを人差し指の先でこつこつと叩いた。人々の森を恐れる心さえ、ジークの美貌の前では霞んでしまうのか。
すっかり成長したジークは、それは美しい青年になっていた。金の髪は太陽の光をうつしたようだし、深い青い瞳はよく晴れた秋の空を思わせた。
森の中を一日中歩き回る肉体は引き締まり、物腰は穏やかだった。薬草についての知識もヴァイゼからすべて授けられていた。
もう、どこでだろうとやっていけるだろう。先ほどの娘は、結婚して村で薬屋を一緒にやりましょうとジークを誘ったのだ。
「ジーク、お前はもうどこでだってやっていけるさ。ここを出なさい」
さっきの女はジークにふさわしくないと判断して追い返したが、彼女の提案はジークにとって悪いものではなかった。
ジークを森の外の村へ買い出しにやっても、ジークに罵声を浴びせるものはいない。彼は、ヴァイゼと違って、森の外でも生きられる。
ヴァイゼはこのところ、ずっと虫の居所が悪かった。ジークのそばにいると、苛立って仕方がない。
「いいえ、師匠を置いてはどこにも行きませんよ」
「出て行けと言っているんだ!」
「カモマイルのお茶をご用意しましょうか、それともこの場合、ジョンズワートがよろしいですか?」
「どっちもいらん!」
何をこんなに苛立っているのだろう。ジークのおだやかな笑みにすら腹が立つ。
老魔法使いと暮らしていたころは、毎日がおだやかだった。こんなに心が波立つ日はなかった。
出て行けと言いながら、出ていってもらいたくはなく、それでいてジークが出ていけば平穏な日々が戻るような気がしていた。
ヴァイゼは立ち上がると大股で歩いていって、外へ出る扉を開けた。
「どこに行かれるのですか!」
背中にかかるジークの声は無視して、力任せに扉を締めた。
それからヴァイゼは、気を静めるため、森の中をでたらめに歩きまわった。
ヴァイゼは自慰というものを、自分で偶然発見した。
はじめはベッドに擦りつけると気もちがいいという気付きからだった。しかしそれだと、寝具が汚れてしまう。それで、手で扱くことを覚えた。その行為にはどこか後ろめたさがあったから、老魔法使いやジークから隠れてこっそりと処理していた。
野外で陰茎をしごく。そのときに、この頃はジークの裸体が思い浮かぶのだ。それはヴァイゼを困らせ、悩ませた。
男と男がどう肉体を繋げるのか、ヴァイゼは知識としては持ってはいた。時折、肛門性交をするための軟膏を求めて客が来るからだ。
つまり、ヴァイゼの望みは。
その先は、考えたくなかった。
「師匠!」
日没の直前、ヴァイゼはくたくたになって家に帰ってきた。それを玄関先でうろうろしていたジークが力強く抱きしめた。
「心配しましたよ、師匠!」
その肉体に、匂いに、力強さに、ヴァイゼは目眩がするようだった。突き飛ばしても、ジークは懲りずに再びヴァイゼの肩を抱いた。
「ああ、こんなに冷えて……早く火に当たりましょう」
抱きかかえるように家に入れられて、毛布にくるまれ暖炉の前の椅子に座らされた。
「春になったらここを出なさい、ジーク」
痛いほどにジークの視線を感じる。
「お前に恨みがあって言うんじゃないのはわかっておくれよ」
言い訳がましいヴァイゼの言葉に、ジークは返事をしなかった。
「出ていってくれ、ジーク。お前がいると女どもが騒々しくてかなわんのだ」
「師匠、嫌です」
「ジーク! お前といると気が狂いそうだ!」
ヴァイゼは椅子から立ち上がり、ジークに詰め寄った。
「お前など、どこへなりと行け! どこの女も喜んでお前を受け入れるだろうよ! お前は女相手にいつも媚びへつらって、しつこい女どもを追い返すのはいつも私の仕事だものな!」
ヴァイゼには、自分がどうしてこんなに酷いことばかりをまくし立てているのかわからなかった。
「それはお客だからですよ」
ジークは困った顔をして、どうヴァイゼをしずめたものか考えているようだった。それがさらにヴァイゼを苛立たせた。
「森に逃げ込んできたお前に、惚れ薬なんて飲ませたのが間違いだった!」
「ああ、あれは惚れ薬だったのですね」
「お前だって、私のこの醜い姿を気味悪がっていたというのに! 惚れ薬ひとつでこんなに図々しく居つかれるとは思わなかったよ! 惚れ薬の効用に付け加えなければなるまいな、子供を懐かせる効果があると!」
「ええ、書き加えるべきでしょうね」
ジークの賛成をきくと、ヴァイゼは急に我に返った。
「……ああ、ジーク、私はこんな酷いことを言いたいわけではないんだ、わかってくれるね?」
「ええ、わかります。師匠は、優しい人間です」
「ああそうだ、私は私の師匠が私にしてくれたように、お前にもしてやろうと思った」
「ええ、とてもよくしてくださいました」
「そうかい、何度お前を怒鳴りつけただろうね。だがね、私は一人が性にあうんだよ、ジーク」
ヴァイゼはとても疲れて、なんだか凍えるように寒くて、再び毛布に包まると暖炉の前の椅子に座った。体がひどく震えている。
「私は、一人で生きられるんだ」
「ええ、知っていますとも」
ヴァイゼには、ジークがいなくなったときの自分の暮らしを想像できなかった。老魔法使いを亡くした喪失感は、ジークとの忙しない日々が埋めてくれた。今思えば、ヴァイゼがジークを世話したのはただの親切心ではなかった。ヴァイゼは寂しかった。その寂しさを子供の世話をすることで紛らわそうとしたのだ。
しかし、ジークがいなくなった喪失感は、何が埋めてくれるのだろう。
きっと、時間だけが埋めてくれるのだろう。
春がやってきた。
森を白く覆っていた雪が溶け始め、川のせせらぎは音を増した。
森の中にも春の花がぽつぽつと咲きはじめた。冬眠から覚めた熊もうろつきだし、この冬に生まれた子熊を連れて柔らかな木の芽や野の草を食んでいる。
今日、ジークは森を出ていく。
近隣の村で空き家を借りられることになったのだという。その村の村長の娘に、ジークはすっかり気に入られたようだった。
ジークはその女と、もう寝たのだろうか。将来は、村長の孫娘と結ばれるのかもしれない。
ジークのおばだという女も、立派に成長したジークを見ればきっと家族に迎え入れたくなるだろう。いとこの誰かと結婚させようと考えるかもしれない。
はたまた、領主の耳に入って、魔法使いとして召し抱えられるかもしれない。
やはり、ジークには森の外に大きく可能性が広がっている。
「師匠、また会いに来ます」
「ああ」
「……師匠、惚れ薬の効果など、たかが知れています。せいぜいが半日心臓の鼓動を早める程度のことです」
「ああ……」
「僕が師匠をお慕いしているのは、あなたが辛抱強く僕を育ててくれたためです。僕は、あなたの親切を決して忘れません」
「ああ、ジーク……」
ヴァイゼはどうにか笑顔を作り出した。
ジークが強く、骨が折れるほど強く、ヴァイゼを抱きしめた。
「どうした、今生の別れでもあるまいに」
どんどんと拳を作って、ジークのたくましい背を二回叩いた。
やっとヴァイゼを解放したジークは、泣きそうな、切実そうな色を瞳にたたえていた。彼も不安なのだろう。
「お前ならうまくやるだろう」
そう言って、若者を送り出した。
ヴァイゼは自分の未熟さ故にまた一人ぼっちになった、と思った。
自分はいつになったら、老魔法使いのようになれるのだろう。墓の前で問うてみても答えはない。
何故、ジークに欲望を抱いたのだろう。欲望さえいだかなければ、いだいたところでそれをうまく抑えられれば、きっとジークはまだここに居てくれただろうに。
ヴァイゼは一人、森の中で暮らし続けた。
春には春の、夏には夏の、秋には秋の森の恵みを感謝し、冬は家を暖かくして春を待った。
朝が来て、夜が来て、時々はジークが顔を見せにやってくる。
客はだんだんと訪れなくなった。きっと、ジークの店にみんな行くのだろう。だれもこんな不愛想な男より、ジークのほうがいいに決まっているのだから。
幾度も季節は巡った。
そしてある夜、草木も眠る頃、森の中に草を踏み、枝を踏むたくさんの音がした。大勢の足音が、ヴァイゼの暮らす黒い森の家に迫っていた。
ひっそりと森の中に暮らすヴァイゼは知らなかった。今や魔女や魔法使いは兵士や村人の手で捕らえられ、異端の罪を着せられ、火炙りにされて大勢殺されているのを。
その異様な熱狂の手は、ついにヴァイゼのもとへ伸ばされた。
たくさんの松明に、夜の森が真昼のように煌々と照らし出された。
「あの男はおかしいと思っていたんだ。いつもフードで顔を隠してよ、あれは悪魔のたぐいに違いないぜ」
かつてヴァイゼの薬をよく求めてやって来た男が、皆を先導していた。
「ほら! あの小屋だよ!」
まだ魔の手の迫るのを知らぬヴァイゼの家の戸を、激しく打ち鳴らした。
「おい! 出てこい! この異端者め!」
ヴァイゼがそのけたたましい音に目を覚ます。
戸口が破壊され、男たちがなだれ込んできて、いきなりヴァイゼを殴りつけた。
そしてそのまま、小屋から引きずり出された。
「なんて醜い!」
「化け物め!」
男たちが口々に罵りながら、ヴァイゼを痛めつける。
その時、ヴァイゼを捕らえた男たちがうめき声を上げて地に倒れ伏した。男たちには弓矢が刺さっていた。
それから、虚をつかれた幾人もの男が素早く打ちのめされた。
ヴァイゼは腕を強く引かれた。
「走って!」
ヴァイゼは、息を飲んだ。それは、ジークだった。
二人は走り続けた。
「どうしたんだ、何があった!?」
「ああ! 家が!」
ジークの小さな悲痛な叫びにヴァイゼが振り返る。
怒り狂った男どもが追いかけてくる姿の後ろに、遥か後方で、もとは老魔法使いの家であり、ヴァイゼとジークの暮らした家が、赤々と燃えていた。
二人は森を奥へ奥へと逃れていった。森を知り尽くした彼らに村人はとうとう追いつくことができなかった。
遠い昔に打ち捨てられた集落のあとは、森の中に点々と存在していた。何らかの理由で人がいなくなり、森に飲み込まれた村の跡がいくつもあった。
幾日も幾日も逃げ続け、ようやくほっと息をついた。
「私はお前に助けられたのだな」
「いいえ、僕が師匠に助けられたのです。師匠の無事を確かめるまでは死ねないと思いましたから」
ジークは信じていた村の人々に裏切られて、聖騎士団に引き渡されるところを辛くも逃れて来たのだという。
「僕はまた師匠に生かされました」
そう言って、ジークが笑う。
哀れなジークが再び自分のもとに戻ってきた。ヴァイゼは場違いな喜びを感じていた。
古の住居跡の崩れた石造りの家の石を積み直し、屋根を掛け、二人はそこに住み始めた。
夜の帳が降りた頃。
「師匠……」
熱のこもった声で呼ばれる。
先に床に就いていたところを、後から入ってきたジークに後ろから抱き寄せられた。ジークの唇が項に触れ、手が衣服の中に入り込み素肌をまさぐった。
ジークがそっと乳首をつまみ、そっと引っ張った。そうすると、自分はジークにとって、女の代わりなのだろうと感じる。しかし、それで構わなかった。
乳首からじんとしびれるような快感が身体の奥深くへと根を張るように走っていく
「はっ……うっ……んッ……!! あっ、ああっ!
ンンッ!」
どうしても声が漏れてしまう。唇を噛みしめると、ジークが唇に触れて噛むのをやめさせられた。その指が唇を割って入って、口内を掻き回す。
ぞくぞくと、快感が背を駆け上った。
「はっ、うっ、ジークッ!」
「噛んじゃだめですよ、ね?」
乳首と口内を刺激されると、尻の中がむずむずと疼いて仕方がなくなる。
尻の割れ目に、猛々しいジーク自身が押し当てられていた。早く挿れてほしくてたまらない。
ジークは焦らすように、ヴァイゼの体をゆっくりと高めていった。
うなじや肩にキスが落とされ、優しく歯を立て肌を吸われた。
脇腹を撫でられ下腹をやんわりと押された。その下の性器をやわやわともみこまれ、睾丸をもてあそばれる。
閉じた太ももの間に手が差し込まれて、会陰を押し上げられた。
「あっ……うっ……! ああ、ジーク……ジーク!」
ヴァイゼの切実な声の響きに、ジークが小さく笑った。
ジークはヴァイゼに尻だけを上げた姿勢を取らせた。
獣脂が尻の穴に塗りつけられる。
もうこの行為を幾度したかわからないほどだが、その感触にはいまだに慣れなかった。
ぬちぬちと指が抜き差しされて、獣脂が体温に溶けて馴染んでいく。
ジークがヴァイゼの充血したしこりを優しく掻き出した。とんとんと揺すった。
「あっ! ああっ! あうっ、ジーク、ジークッ……!」
しこりが震え、どくどくと脈打つ。肉の穴はジークの指を美味そうにくわえ込み、逃がすまいと締め付けた。
名残惜しげに指が抜かれると、ジーク自身がゆっくりと、慎重に埋め込まれていった。尻の穴は襞の一本まで伸ばされ、肉の筒は目一杯ひろげられる。
最奥まで穿つと、抜き差しが始まった。
もうヴァイゼには声を抑えられなかった。揺らされるままに鳴いた。度重なる絶頂が、やがてジークをも絶頂に至らしめる。
ジークはずるりと自身を抜き去ると、ヴァイゼを仰向けにし、再び最奥まで貫いた。
ヴァイゼを見下ろすジークの青い目には、薪の燃える赤い火が揺らめいていた。
世界から追われ、世界には二人しかいない。
すべてを失った哀れなジークはヴァイゼに人肌を求めるほかない。
もう、お互いにはお互いしか残されていなかった。この世界にはたった二人しか存在しない。
ヴァイゼはようやく満たされ安らぎを得た気がした。
おわり
初出:2024/01/14
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