美形×平凡 短編BL小説集2

鯛田オロロ

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オンリーユー(オメガバース・現代)※

オンリーユー※

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俺は、ずっと健人が好きだ。

健人が、小学五年生のときに転校してきて以来。

しかし、幼馴染の健人は、すっかりヤリチンになってしまった。



隣県から越してきた健人は、今でこそ身長一八〇センチを超えるが、当時は身長も低くて細くて、女の子と見間違われるくらい可愛かった。

転校してきた当初、一緒に帰る友人がいなかった健人は、一人で下校しているときに車で誘拐されそうになった。

健人に声を掛けようか迷いながら後方を歩いていた俺は、男に車に押し込まれそうになっている健人を見て、弾かれたように駆け出した。

俺は、誘拐犯にしがみついた。

『離せ! クソガキ!』

殴られても蹴られても俺は健人を守らなくちゃと必死だった。

諦めた誘拐犯が車で走り去った。

よかった、健人は無事だ。俺と違って華奢でかわいい健人が無事でよかった。

ほっとすると、俺は激痛に襲われた。俺はアドレナリンだかで痛みを感じていなかっただけで、頬骨とあばらを骨折していた。

健人がわんわん泣いていた。

『大丈夫、俺、空手やってるから』

そうやって精一杯かっこつけて安心させようとすると、健人はもっと泣いた。

でも、健人が冷静にナンバープレートと男の特徴を覚えていたから犯人はすぐに捕まったのだった。

健人はかわいいだけじゃなくて頭もいいんだな、と俺は感心しきりだった。

それから、健人も俺の通ってる空手道場に通うようになって、俺たちは仲良くなっていった。

お互いの家も行き来するようになって、親友のポジションも得た、と思う。

そして、中学入学前のバース検査で、健人がアルファであることが判明した。

一方の俺の検査結果は、オメガだった。まさかと思ったが、本当にオメガだった。

あんなにかわいい健人がアルファで、俺がオメガ?

俺の頭は大混乱だった。

ベータやアルファみたいに気軽に言えるものではないし、俺は健人にはベータだったって嘘をついた。

それから、健人はぐんぐんと身長を伸ばし、あっという間に俺の身長を追い抜いてしまった。

まあ、健人の両親とも高身長の美男美女のアルファの夫婦だから、当然と言えるかもしれないけど。

健人が男らしくかっこよく成長するにつれて、俺が健人のことを恋愛対象として、肉欲の対象として見ていることをはっきりと自覚するようになった。

可愛くて華奢だからどきどきしてしまうのだと思っていたのだが、違ったらしい。

俺は、もう、自分がオメガだなんて、健人には口が裂けても言えなくなってしまった、

オメガだって言ったら俺の下心が健人に伝わってしまう気がした。それで、こんな俺に好かれているのを健人が知れば嫌われてしまって、友達でもいられなくなる。

中学二年とき、健人に初めての彼女ができた。健人にお似合いの、学年で一番可愛い子。

健人が教えてくれたとき、俺は嫉妬心をひた隠して、へえ、よかったじゃん、と平静を装って祝福した。

でも、三ヶ月で別れていた。

それから、健人は、とっかえひっかえ、かわいい女の子、いかにもオメガな綺麗な男と付き合うようになっていった。

勉強も学年トップクラスを維持して、陸上部の活動にも打ち込みながら。

高校もこの辺りで一番の進学高校に入って、大学も誰もが知る、国内最高峰の私大に合格した。

健人は、もう立派なヤリチンだ。

顔よし、スタイルよし、頭よし、運動神経よし。誰もが放っておかないだろう。

都内でひとり暮らしをはじめて、とっかえひっかえ連れ込んでいる、らしい。

遊びに行くと、片方だけのピアスとか、髪留めとか、化粧品とか、女の子の痕跡が見つかるし、これ見よがしにローションやコンドームが置いてある。

首筋に鎖骨に手首など見えるところに、キスマークがいつもどこかしらに付いている。きっともっと際どいところにも。

あの可愛かった健人はどこへ行ったのか。

一回なんて、約束して遊びに行ったら、健人とオメガのヤッてる声がした。

さすがにその時は、怒って俺も帰った。

それに、部屋でゲームしてても、スマホをいじってても、思い出したように、俺に猥談を振ってくる。

俺にこのまえ寝た相手の写真なんて、どうして見せてくるんだ? この子、クリトリスにピアス入れててさ、なんて聞かされても、ふーん、としか言えない。

「俺、そういう話は好きじゃない」

そう伝えても、こういう話にも慣れとかないと、とかなんとか言われて笑われる。

相手に彼氏がいて、殺されかけた話なんて聞きたくない。

『特定の相手がいる人とは寝ない主義なの、俺は』

なんて言われても。

俺と遊んでるところにセフレが忘れ物を取りに来たことがある。

その男のオメガは、小柄で可愛くて、ぱっちりした大きな目が印象的だった。

俺は頭のてっぺんから爪先にいたるまで、不躾に見られて、最後に鼻で笑われた。

帰るときに、健人にしなだれかかって、甘えた声で、またね、と言って、俺に向かって勝ち誇ったみたいな笑みを浮かべていた。

俺は、もう、健人と関わるたび、頭が変になりそうだった。

健人は、かわいい女の子、いかにもオメガな綺麗な男、そういう顔がいい人たちとセフレっていうか、乱れた性生活を送っていた。

やっぱり、俺は対象外なんだって、思い知らされる。俺はお前のタイプじゃないんだって、いつも突きつけられる。

俺はオメガなのに、かっこよくも、かわいくも、きれいでもない。背もオメガの平均身長が一六五であるところ一七五もあるし、骨格だってオメガにしてはがっちりしていてベータと大差ない。

俺は、健人のお眼鏡にはかなわない。健人は絶対に俺を抱かない。

可愛くなければ、健人には愛されない。

健人は、俺のこと、友達としか思ってない。

だから俺は、頑張って友達みたいに振る舞う。

でも、それももう、耐え難いほど苦しくなっていた。



そんなときに出会ったのが、アルファの悠一さんだった。

健人を忘れたくてやけくそになった俺は、めちゃくちゃに抱いてほしいってアプリでセフレを募集した。

実際に会ってみると、悠一さんは、アルファらしいアルファだった。背が高く、すらりとしていて、かっこいい。大人の男性といったかんじで、身につけているものもシンプルで品がいいな、と思った。

悠一さんは、相手を頭も体もおかしくなるほど攻めるのが好きらしい。それで、俺はどうですか、とメッセージが来たのだ。

こんなフツメンの俺が、めちゃくちゃに抱いてほしいなんて、本当に失笑もの。そもそも、俺相手にこの人は勃つのか? 俺は騙されているのか?と、疑ってしまった。

でも、悠一さんは、俺の希望をかなえてくれた。



俺は、当然、ラブホテルに入るのは初めてだった。

俺の希望で別々にシャワーを浴びて、バスローブを羽織って、促されるまま、悠一さんのとなりに腰掛けた。

「嫌だったら言ってね」

そうして、そっとベッドに押し倒された。

悠一さんは、がっちがちにこわばっている俺の耳を舐めながら、バスローブの上からかりかりと乳首を刺激する。

恥ずかしい、とにかく、恥ずかしい。会ったばかりの人に。

俺は、他に好きな人がいるのに、会ったこともない人とセックスするのか。

本当に、いいのか?

俺は、そんな人間だったのか?

もう、健人のことは、忘れるんだ。ここまで来て、引き下がれない。

耳が、こそばゆい。唇が、歯が、舌が。耳がこんなに敏感だとは知らなかった。濡れた音が、やばい。何だこれ。

悠一さんの息がかかる。

体重を掛けないように気を使いながら、のしかかってくる体の重さや熱さ。

「んっ……あっ……」

「康平くん、かわいい」

俺がかわいいって言われるなんておかしいけど、嬉しかった。

俺の体もすぐに熱くなっていった。

すっかり痛いくらいに立ち上がった乳首が甘い痺れを体の奥に伝えていく。

かりかりと、もどかしい刺激に俺は堪らず身をくねらせた。自分でいじったときは、よくわからなかったのに。

「んんっ、あっ、あっ、あう……!」

「いい声だね」

かりかりかりかりと、執拗に乳首を指先が責める。

そのうちに、きゅっきゅとつままれて、くりくりといじくられ、親指の腹でそっと転がされて、タオル地の摩擦に俺は狂わされていった。

耳も、駄目だ。耳の縁を甘噛されて、舌がちゅぷちゅぷと音を立てた。

「いっ、あっ……はひっ!」

耳と乳首への刺激が止まる。

俺は不安になった。やっぱりやめたと言われはしないかと。

悠一さんは俺のローブをはだけさせた。

「きれいだね、康平くん」

きれい? 俺が? オメガのくせに華奢でもなんでもない、俺が?

つう、と悠一さんの指先が、俺の鎖骨の中央から胸の間、へそまでを、すうっと撫でた。

悠一さんが、本当に、うっとりしたように、俺を見下ろしていた。

「……ふっ、あ……!」

なんだ、これ。

悠一さんの触れたところから、ぞくぞくと震えが全身を走った。

それは、喜びだった。

「康平くん、セーフワード、決めておこうか?」

「セーフ、ワード?」

「康平くんが、もう本当に嫌で、やめて欲しいときは、『おしまい』って言って。そしたら、やめるから」

「わかりました」

俺が言うと、悠一さんにっこりと笑った。

悠一さんが、乳首を口に含んだ。

「んっ! はうっ……!!」

まったく別種の刺激だった。

滑らかな熱い舌、硬い歯が、すっかり敏感になった乳首を愛撫する。

もう片方の乳首を今度は直接指がつまんだ。

「あっ、あっ……! んんっ……はうっ!」

気持ちよすぎて、怖い。俺の体はどうなってしまったのか。

「敏感だね、ほんとうに、かわいい」

吸われ、甘噛みされ、舌で弾かれる。

悠一さんのものが、バスローブ越しに俺の太ももにあたっている。

少し、いや、大分、怖い。それ以上に、恥ずかしい。でも、期待もしていた。

「ゆう、いち、さん!」

「どうしたの? いや?」

「いやとかじゃ、なくて……」

本当に嫌じゃない。

もう、腹の奥がうずいて仕方がない。間断なく、ひくついてしまっている。

「ん?」

悠一さんが、余裕の笑みを浮かべながら、俺の両方の乳首をくりくりと親指の腹でくりくりと転がした。

もう挿れて欲しい。それが恥ずかしくて言えなくて、涙がにじむ。

「言ってごらん」

「……下も、触って……ください」

「下って、どこかな?」

「はうっ……!!」

悠一さんが、もじもじとすり合わせている俺の太ももを撫でた。

なんで、こんなところが声が出るほど気持がいいんだ?

「足、開いて」

桁違いの恥ずかしさがあった。かっと体が一段と熱くなる。

悠一さんは、太ももをさすりながら、微笑みを浮かべて待ってくれている。

めちゃくちゃに抱いてくれって言ったのは俺なのに、優しくされてほっとしている。

この人は、信じても良さそうだ。

どうにかぴったりと閉じていた震える足を開いていった。



アナニーには慣れているとはいえ、他人に触られるのは初めてだ。

悠一さんは、ローションを指先にとって俺のすでにひくついているそこに塗りつけた。

羞恥心で死にそうだ。

俺は、なんてことをしているんだろう。

悠一さんの指が、第一関節あたりまで侵入する。

「んっ……うっ……あっ……」

ごく浅いところを、ぬぷぬぷと指が抜き差しされる。

ここって、そんなに気持ちよかったか?

体が過敏に反応している。きゅんきゅんと、浅いところにある悠一さんの指を締め付けている。

指がゆっくりと、その奥に進んでいく。

「あっ……!」

俺のすっかり充血した前立腺を悠一さんの指先が優しく撫でる。

撫でられて、そこの感覚が鋭くなっていくのがわかる。

撫でられて、とんとんと優しく叩かれて、そっと腹側に押し上げられる。じんじんと熱が集まっていく。

腹がびくびくと締まって、中がうねる。腰が跳ねて、ぞくぞくと全身が震えだす。

思わず体をよじる。

「んんっ……! あっ……やっ……!」

「いや?」

俺は目をぎゅっと閉じて、首を横に振った。嫌だっていったら、悠一さんがやめてしまうかと思ったから。

「あっ、ああっ……! い、いく、いっちゃ……!」

前立腺が震えて、どくんどくんと脈打った。

直腸が強く締まって、腰ががくがくと跳ねて、全身が大きく震えた。

アナニーではイけないときもあるのに。こんなに、あっけなく?

「かわいいね、康平くんは」

悠一さんは、獲物を見つけたみたいに笑った。



指が増やされて、その度に前立腺でイかされた。

しこりを掻き出されるみたいにされると、俺は情けないくらい簡単に絶頂した。

「これ、好き?」

「わ、かんない! わかんない!! あっ、ああ!! ああーーッッ!!」

ローションと腸液が混ざり合って、ぐちょぐちょと卑猥な水音がしていた。

「いい子だね、またイけたね」

「あっ、また、また、くる! ひあっ、ンあーーッッ!!!」



悠一さんの、指の動きが変わる。

三本の指が、根本まで差し込まれて、また入口付近まで戻る。

それが、延々と繰り返される。粘膜がこすられて、前立腺に当たって気持ちいい。

指が開かれて、中が広げられる。

中が暴かれるようで、恥ずかしい。

「はうっ、ゆう、いちさん?」

「康平くん、挿れてもいい?」

俺は、うなずいた。



あらわになった、悠一さんの男性器に息を飲む。

俺が持っているシリコンの張形とは比べ物にならなかった。

こんなことを言うのもなんだが、きれいだ、と思った。男性器にそんな感想を持つ日が来るとは思わなかった。

怖いけど、初めて会った人だけど、俺は、それを挿れて欲しくてたまらなかった。

この人は、俺相手に性的に興奮している。そのことに、俺は細胞レベルで歓喜していた。

悠一さんがコンドームをつけて、ローションをなじませた。

「挿れるよ、楽にして」

ゆっくりと力を掛けられて、俺の入口が開かされていく。

「うっ……」

ぐぷりとそこを抜けると、悠一さんは慎重に粘膜を押し広げながら、奥に進んでいった。

なんだこれ、もう、気持ちいい。粘膜も、圧迫される前立腺も。

悠一さんが、最奥まで到達する。

押し上げられている奥が、じんわりと熱くなる。

圧倒的な雄に、中がみちみちに満たされている。

悠一さんは、俺が落ち着くのを待つように、動かないでいてくれている。

それなのに、俺は勝手に気持ちよくなって、うねった直腸が勝手に悠一さんを締め付けて、止まらない。

「あっ……あっ……ん!? あうっ……!」

「康平くん、煽るの上手いね」

悠一さんは、少し余裕をなくしたように見えた。

「たまんないな……もう、動くよ」

悠一さんが、動き出した。



「あ゛あ゛ーーッッ!! お゛、お゛ぐ、だ、め、だめえっ……!」

悠一さんの亀頭が俺の結腸兼子宮口を、押し上げて、捏ね回す。

体ががくがくと震えて、腹の奥が熱くて、脳がとろけてしまうような感覚がしていた。

「『おしまい』ってこと?」

「あ゛ひっ! ち、がう、わかんないっ……こわ、い……!!」

だって、こんなに気持ちいいの、知らない。頭も体もおかしくなる。

『おしまい』にしたいのに、『おしまい』にしたくない。

「よかった、俺もね、『おしまい』にするのは難しいって、思ってたとこ」

延々と、悠一さんが結腸を優しく捏ね回す。

「あっ、あ゛あ゛ーーッッ!! お゛っ、ふぎっ、ふに゛ゃあ゛ああーーーッッ!!」

「かわいい、すごくかわいいよ、いい子だね」

悠一さんが、ピストンし始める。

俺の体はがくがくと揺さぶられる。子宮口も、粘膜も、前立腺も揺さぶられる。

悠一さんは、俺の一番奥で果てた。



そのあと、体位を変えて三回戦まで、した。後背位と背面座位で。

俺は結局、泣きながら身悶えても、『おしまい』とは言わなかった。

すさまじかった。こんな頭がおかしくなるほど絶頂させられる経験は、もう二度とないだろうと思えた。

当分、自慰のネタに困らないだろう。

こんなイケメンのアルファが俺と寝てくれるなんて一回だけだろうと思ったが。

「『おしまい』って言わなかったの、康平くんが初めてだよ」

悠一さんは、きらきらと目を輝かせて言った。

「体力あるね! なにか、スポーツやってた?」

「空手を……」

「どおりで! 康平くんさえよければ、また会いたいな」

そう、言ってくれた。



本当に足腰の立たない俺のために、その日はラブホテルに泊まった。

そこで、寝しなに、健人のことを洗いざらいぶちまけていた。

悠一さんは聞き上手で、うんうんと聞いてくれた。辛かったね、と抱き締めてくれた。

俺は、そのまま寝てしまった。



それから、俺たちは、ちょくちょく会ってセックスするようになった。

俺の中の、健人の占める割合は悠一さんに急速に置き換わっていった。

セフレとしか言えない関係なのに、俺ってちょろい。

悠一さんには特定の相手がいないが、悠一さんのセックスの虜になった人たちがたくさんいて、その人たちと楽しいセックスライフを送っているようだ。

はあ、また結局、俺はこういう人を好きになってしまうのか。性に奔放な男は、健人でこりごりだったのに。

俺は、どうせ悠一さんの一番になれない。俺はどうして、身の程がわきまえられないのだろう。

俺は、悠一さんと寝ている他の人に嫉妬するようになっていってしまった。悠一さんの恋人でもなんでもないのに。

そろそろ悠一さんといるのも苦しくなってきた、離れなきゃかもしれない、そう思っていた時だった。

悠一さんは、俺のことを好きだって言ってくれた。

たくさんのセフレは俺のために切ってくれた。

「康平くん、俺と、付き合ってくれませんか」

俺は、喜びに震えながら、うなずいた。こんなことが、こんな喜びが、あっていいのだろうか。

散々セックスはしてきたのに、初めてキスをした。それがおかしくて俺はこっそり笑った。

形のいい滑らかな唇、熱い舌。舌は途方もなく甘かった。

健人への恋愛感情は、完全に過去のものになっていた。



悠一さんは六つ上の社会人だ。

デートしたり、講義のレポート見てもらったり、買い物したり。

悠一さんといると、俺は本当の俺に戻れる気がした。

健人とは、もう遊ばなくなった。

健人に会うと、悠一さんに悪い気がするから。それに、もう会いたいって思わない。

健人と、ゲームしたり買い物したりはまだいい。

だけど、その合間合間の猥談が苦痛だ。なんで、俺にこんな話を振るんだ? 嫌だって言っているのに。

健人ってこんなにつまらなかったっけ?

そう思えてならない。

なんであんなに苦痛なのに、会わずにいられなかったんだろうと、今となっては思ってしまう。

俺とは恋愛に関する価値観が全然違ったんだな、と改めて実感している。



悠一さんのことを、付き合えば付き合うほど好きになっていった。

今日は悠一さんの車で、高原の牧場にアイスクリームを食べに来ていた。

ダブルにしようかって言っていたのを、注文の列に並んでいる間に、悠一さんが、

「やっぱさ、トリプルにしようよ」

と言い出した。

「えっ!? トリプル!? 無理でしょ」

「ええ、いいじゃん、トリプルにしようよ! 康平くんも、昔、トリプル憧れたでしょ?」

「うーん、まあそうかなあ。もう、しょうがないなあ」

店のお姉さんに、三種選んで注文する。

ワッフルコーンに盛られたトリプルは迫力があった。子供のころに憧れた、夢のような光景にわくわくした。

悠一さんも、ご満悦だ。

しかしだ。現実は、そう甘くない。

「やっぱ、三つは多いよ! 悠一さん」

もう、アイスは溶け始めている。

「やばい、垂れる、垂れる!」

悠一さんの端正な顔が慌てた表情になって、垂れそうなアイスを一生懸命舐め取っている。

「何やってんの、悠一さん!」

俺はそれを見てげらげら笑った。

かっこよくて大人の悠一さんは、見た目と違ってかわいいところがあった。

この前、アヒルボートに乗った時は、車の運転は上手なのにアヒルボートの操作は何故かてんで駄目で、湖岸に突っ込んでいってしまった。あれも楽しかった。アヒルボートの運転は俺のが上手かった。

それで、ベッドではああなんだから。

あのアイスを舐める舌が俺の肌を這うときの感触を思いだし、下腹部がうずいてしまった。

「康平くんのも垂れてるよ!」

「わ、やば!」

俺は、悠一さんが、好きだ。



付き合い始めて五年が経って、俺の実家に、悠一さんと向かっていた。

俺と悠一さんは、結婚することにしたから、その挨拶に。

先週、悠一さんがひざまずいて、指輪を差し出し、プロポーズをしてくれた。

「康平くん、結婚してください」

「本当に、俺でいいの?」

「康平くんがいいんだよ。康平くん以外、考えられない」

俺は、ぎゅうっと悠一さんを抱き締めた。悠一さんが、苦しいってギブアップするまで。



電車を降りて、実家に向かって歩いていると、たまたまばったりと健人に会った。

相変わらずイケメンだな、と思うけど、どきりともしなかった。

俺は、もう本当に普通になったんだ。それ以上でもそれ以下でもない、幼馴染に。

健人とは、たくさんの思い出がある。今なら思い出話だって出来そうだ。

「お、健人、久しぶり」

自分から普通にあいさつできた。

「……久しぶり。ええと、隣のかたは?」

「はじめまして、前島です」

悠一さんが微笑んで会釈した。

「あ、吉岡です」

健人も頭を下げる。

不思議だな、二人が挨拶してるなんて。

健人が俺を、わずかに眉根を寄せて見た。健人の目が、誰って言っている。

「今度、俺たち、結婚することになったからさ。実家に挨拶に来たとこ」

健人が驚いた顔をしている。

「……どういう、こと?」

「あっ、言ってなかったよな。俺、本当はオメガでさ」

ベータだと思っている俺が、見るからにアルファとなんで?ってそりゃ思うか。

ベータ男性が結婚できるのは、女性と、オメガ男性だけのはずだから。

悠一さんは、どこからどう見てもアルファにしか見えないし。

健人が目を見開いた。

「は、はあ!? なんで、言わなかったんだよ! なんで!」

健人がめっちゃくちゃ怒っている。やばい、友達なのになんで言わなかったのか、って思うか。

でも、オメガは不利益も多くて、周囲の人に黙っていることも多いんだから、そんなに変なことでもない。

「ごめんって! 友達には逆に言いにくくてさ」

「友達……!?」

「ごめんって。お前のこと、一番大事な友達だと思ってるから」

「康平くんからあなたの話、よく聞いてますよ。大事なお友達だって」

悠一さんが俺をフォローしてくれる。

健人がきっと悠一さんを睨んだ。

「健人、なんだよ! 何、にらんでんだよ、感じ悪いぞ!」

なんだよ、まったく。俺の大事な人を睨みつけるなんて、許せない。

ああ、もう。構ってられない。父さんも母さんも家で待ってるし。

「ごめんね、悠一さん。行こう」

悠一さんの手を引いて、実家に向かった。

突き刺さるような視線を背中に感じたが、俺は振り返らなかった。

健人のやつ、何がそんなに気に入らないんだ。



挨拶は無事に終わった。

そりゃそうだ、悠一さんが気に入られないはずがないんだから。

今度は、俺が悠一さんさんの実家に挨拶に行く番だ。ちょっと不安だ、悠一さんは大丈夫って言ってくれてるけど。

俺たちは、電車に乗って、俺たちの家に帰った。

帰るなり、セックスして、そのまま裸でベッドでひっついていた。悠一さんの肌が好きだ、体温が好きだ、ほんのりする悠一さんの匂いが好きだ。安心する。

悠一さんが俺の髪をくしゃりとさせながら言う。

「康平くん、吉岡さんとは二人きりで絶対に会わないでね」

「えっ? いや、もう会わないと思うけど……なんで?」

「吉岡さんって、絶対に康平くんのこと、好きでしょ」

「ええ? ありえないよ。俺が一方的に好きだっただけだし」

悠一さんに出会った最初の晩に、俺は健人への片思いの話を洗いざらい話していたから、事情は知っている。

それなのに、なんで悠一さんはこんなとんちんかんなことを言うのだろうか。

「いや、前からそうなんじゃないかって思ってたけど、確信したよ」

「いや、ないって! ここんとこずっと会ってなかったし」

「彼もアルファでしょ? アルファ同士だから、わかるんだよ」

「……いや、違うと思うけど。でも、悠一さんが言うなら、もう会わないよ」

「よしよし、いい子いい子」

悠一さんがぎゅって抱き締めて、よしよししてくれる。

「……人からもらったラブレター見せたって、駄目だよな」

悠一さんがぼそりと呟いた。

「なに? なんの話?」

「ん? なんでもないよ」

悠一さんの声は、明るくてやわらかい、いつものトーンに戻っている。

もしかして、嫉妬してくれているのだろうか?

なんだよ、かわいいな、悠一さんは。

でも、見当違いだよ。

もう悠一さん以外、目に入らないのに。



おわり



初出:2024/08/31
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