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第2章 複合社会における民族間の歪み

2-(3) 各民族の考え方と価値観

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 複合社会マレーシアにおいて、マレー人、華人、タミル人の間に様々な歪みが存在する。民族ごとの言語、文化、宗教の違い。民族ごとの経済格差。そして次の要因となるのは、各民族それぞれの考え方、すなわち価値観の違いである。

 クアラ・ルンプールの華人が経営する靴屋では、非華人の店員は現金を扱うレジに触れることはできない。それは華人オーナーが非華人の店員の事を信用しないからである。華人は非華人の民族を根本的に信用しない。その反面、同族意識は非常に強い。華人の家族制度が拡大家族であることから考えても血縁を非常に重んじる民族である。そして血縁と同じくらい地縁も大切にする。地縁とは同じ出身地のことである。マラッカにあった「漳州会館」(写真9)は中国の漳州出身の華人ばかりが集まる集会場なのである。
華人は血縁や地縁を徹底的に利用して企業グループや財閥を築き上げた。同族間の結びつきの強さこそが華人の発展の基盤だったとも言ってよい。しかし、それは他の民族の介入を許さない、極めて排他的なものであった。
 
 その反面、特に農村に住むマレー人は、ただ農業活動に従事することにのみ関心のある者が多い。マレー人農民は農村部を中心として生活しており、事実、一度もクアラ・ルンプールや近郊の大都市を訪れたことの無い者もいる。また都市部のマレー人も教育が欠如しており、事業を起こすために資金を調達してもその効果的な使い方を理解していない場合がある。マレー人の中には「ブミ・プトラ政策」(注6)で過保護に甘やかされてきたため、やる気に欠けている者も多い。さらにイスラム教の熱心な信者は宗教活動に専念し、余暇の殆どを礼拝もしくはくつろぎの時間に費やしてしまう。そしてマレー人は、かれらよりも非マレー人の方が経済的に裕福で幸せだと考えているのである。
 華人にしてみれば、そのようなマレー人は「怠け者」であり、ブミ・プトラ政策で保護されているマレー人の方が幸運であると思っている。経済的に裕福なものと貧しい者。政策で保護される者とされない者。両者が互いに『相手のほうが自分たちよりも恵まれている』という、他人に厳しく自分に甘い考えを持ち続ける限り、両者の溝が埋まることはなく不満は増すばかりである。

 図6は民族間(特にマレー人と華人)における歪みを表すモデルである。言語、文化、宗教の違いと、民族間の経済格差、そして民族ごとの考え方。これらが重なった結果導き出されるものが反目と反感であり、更なる火種へと繋がりかねない。その先にあるのは暴動なのである。民族同士の反目や反感が暴動に繫がるプロセスには複数の要因が必要ではあるが、その中の1つが今回述べた「民族間における歪み」であることは間違いない。複合社会マレーシアは、民族間の歪みという起爆剤を抱えた不安定な社会でもある。




注6 マレー人優先政策。マレー人は様々な面で非マレー人よりも優位な立場にある。


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