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第5話 引っ越し
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「ただいまー」
私はそう言って部屋に入った。
すると、リビングのソファに仲良く座ってくつろいでいた、神奈さんと鈴さんが驚いて私を見る。
「ベルちゃん、こんな時間にどうしたの? って、なんで睦と一緒?」
聞いたのは神奈さんだ。
「睦さんとは中華料理屋で偶然に会ったんです」
私はそう説明しながら、神奈さんと鈴さんの間に、無理やり座った。
「ちょっと梢、狭いからっ」
鈴さんが、まだしっかりと座れていない私の背中を押してソファから突き落とす。
「うわっ、なにするんですか。鈴さん乱暴ですよ」
「なにするも何も、あんたが無理やり入るからでしょう」
「そんな乱暴者だと、神奈さんにフラれますよ」
「そんなこと絶対にないから。ね、神奈ちゃん」
私と鈴さんのバトルを神奈さんはひきつった笑みを浮かべながら傍観している。
「ところで、ベルちゃんは今日は来れないんじゃなかったの?」
神奈さんが私に聞いた。
「大学の部活の新歓コンパの場所が、ここの近くの居酒屋だったんです」
「近くでコンパがあったからって、ここに来る理由にならないでしょう。私と神奈ちゃんはこれからエッロいことする予定なんだから、帰ってよ」
鈴さんが憮然とした顔で言うと、神奈さんが赤い顔をして「ないない」と両手を振って否定した。
「だったら、私も混ぜてくださいよ」
私が言うと、鈴さんはあごに手を当てて考える仕草をする。
「混ざる? ふむ、それもなかなか……」
「なっ、何言ってるの、ベルちゃん! リンリンも真剣に考えないで!」
赤い顔をますます赤くして慌てる神奈さん。
「だったら、オレも混ざろうか?」
ボソリと言って、女性陣に蹴られる睦さん。
この部屋で、この四人でのやり取りはとても楽しい。これだけで、大学でたまったストレスが解消されていくようだ。
ひとしきり楽しいじゃれ合いをした後、私はお風呂に入らせてもらった。神奈さんたちはすでに入ったらしい。
お風呂から出て、いつものように神奈さんの寝室に入ると、神奈さんと鈴さんがベッドに座って何かを話していた。
私が寝るための布団も、ベッドの横に敷いてある。
私が布団の上に座ると、鈴さんが言った。
「それで、何なの?」
「へ?」
「何か愚痴りたいことがあったから、遅い時間でもここに来たんでしょう?」
童顔で、いつも私と口喧嘩をしている鈴さんだが、やはりアラサー。お姉さんっぽい態度で私を見ている。
鈴さんのこういう所を見ると、私では絶対に鈴さんには勝てないんだと実感してしまう。だけど、それは不愉快ではない。
私をフッた神奈さんが選んだ人が鈴さんで良かったと思える。
「この間もちょっと話した、『そっち系の人』発言をした友だちと、ひと悶着ありまして……」
私は、しず香とのことを二人に話す。
聞き終えると、鈴がつまらなそうに言う。
「その子は、自分が好きな男子を梢に取られると思ってムキになってるだけでしょう?」
「だからって、その子の言うことは酷いよ。ベルちゃんを傷つけることを言うなんて許せないな」
神奈さんが頬を膨らませた。
「でも、心無いことを言う人はどこにでもいるし、言葉の通じない人もいるから。距離を置くようにするしかないんじゃない」
鈴さんの言う通りだと思う。私も、できればそうしたい。こんな争いにエネルギーを費やしたいとは思わない。
「私のことはいいんですよ。神奈さんのことを好きになったのは本当のことですから」
神奈さんをチラッと見ると、照れたように頭を掻いている。鈴さんはそれを肘で小突いていた。
「色々言われれば嫌な気持ちにはなります。それでも、こうして話を聞いてくれる人がいますからね」
これは私の率直な気持ちだ。嫌なことがあったとしても、私にはこの場所がある。それは、私にとって何よりも心強い。
「だけど、関係のない先輩まで巻き込んでしまうのは嫌なんです」
「先輩っていうのは、ベルちゃんをモデルに写真を撮ってる、あの先輩?」
神奈さんの言葉に私は頷く。
「私がレズビアンだと、私と一緒にいる先輩や女友だちも同じように言われちゃうんですかね。それだと、怖くて友だちも作れないですよ」
すると、鈴さんが突然枕を私にぶつけた。
「馬鹿じゃないの? そんなの男女だって一緒でしょう? 気にしすぎなのよ。現に、梢がナントカくんと話してただけで、その女に嫉妬されたんでしょう? モテる女は、いつでもどこでも、誰かから嫉妬されて陰口を叩かれるものなの。諦めなさい」
鈴さんの口ぶりに思わず笑ってしまう。
でも、そう考えると少し気が楽になる。
まあ、自分がモテるとは思わないけれど。現に、目の前の神奈さんにはフラれている。
「まあ、もしも先輩のこととか大変だったら、もっと睦を利用してもいいし、私たちで力になれることがあったら協力するからね」
神奈さんがやさしい声で言いながら、私の頭をなでてくれた。
すると、鈴さんが神奈さんの手をつねる。
「痛いよ、リンリン」
「神奈ちゃんは梢を甘やかしすぎ。だから、いつまでもこの部屋に入り浸るんでしょう」
鈴さんはプリプリしながら言う。私は思わず声を上げて笑ってしまう。
「あ、そういえば、先輩のことも納得できないんですよ」
私は、写真部での映子先輩のことを思い出す。
そして写真部での映子先輩の扱いを話して聞かせた。
「いくら恩のある先輩の言葉だからって、そんな扱いをされてまで写真部にいる意味が分かりません」
話し終えた私の顔を、鈴さんがニヤニヤしながら見ている。
「梢、その映子先輩のこと、好きなんじゃないの?」
「え? 別に好きじゃないですよ」
私は首をひねった。
映子先輩のことは好きだが、鈴さんの言う「好き」は恋愛としての「好き」だ。そういう意味では好きではない。
「そうかなあ、自分でも気づいてないだけじゃないの?」
「いやいや、ないですよ」
「好きでもない人にご飯食べさせてあげたりしないと思うけど」
鈴さんはピラニアのごとく食いついて離さないつもりらしい。
「単に、私が食べきれない分をあげているだけです。ボランティアですよ」
「写真部の人たちがその先輩を呼び捨てにするのが嫌なんでしょう?」
「呼び捨てじゃなくて、失礼なニックネームなのが嫌なんです」
「先輩の先輩っていう人に嫉妬してるじゃない」
「嫉妬じゃないですよ。ただ、そこまで義理を果たす意味が分からないだけです」
私は、鈴さんの言葉を一つずつ撃ち落としていく。
「鈴さん、私に神奈さんを諦めさせたいからって、無理やり先輩とくっつけようとするの止めてくださいよ」
「別に、そういうつもりじゃないけど。梢って、時間をかけて相手を好きになるタイプでしょう?」
「そんなことないですよ。神奈さんのことはひと目で好きになりました」
「違うでしょう? 長い時間メッセージのやり取りをする中で好きになったんじゃないの? ねえ、神奈ちゃん……」
鈴さんが神奈さんに話題を振ると、神奈さんはすでにベッドに横たわって寝息を立てていた。
神奈さんが話に入ってこないと思ったら、寝落ちしていたようだ。
「もう遅いし、私たちも寝ましょうか」
鈴さんの言葉に頷いて、私はベッドにもぐりこんだ。
目を閉じて、鈴さんの言葉を考えて見る。
私が先輩のことを好き?
確かに、先輩は見ていて面白いと思う。他の人たちに馬鹿にされているのを見ると腹が立つ。
だけど、これは、神奈さんに感じた「好き」という気持ちとは全然違うと思う。
やっぱり、鈴さんの言い掛かりに過ぎないのだろう。
翌朝、四人で遅い朝食をとっているとき、私は明るい話題も提供した。
昨夜は愚痴ばかりだったので、大学生活にも楽しいことはあると伝えたかった。
話題は、佑夏のことだ。
しず香たちとは、もう友だちにはなれないかもしれない。だけど、佑夏とはいい友達になれそうな気がした。
すると、神奈さんはうれしそうに笑った。
「よかったね。いい友達ができそうで」
私も笑顔で頷く。
「大学講師と生徒の年の差? ちょっとそれ、萌えるじゃない」
鈴さんは神奈さんとは違ういい笑顔で言う。
「私の友だちで萌えないでください」
「私、その子と話したいわ。ウチに誘いなさいよ」
「いや、リンリン、ここ、私のウチだから」
神奈さんは苦笑いを浮かべる。
「それに、私の寝室に四人も寝れないよ」
神奈さんの住むマンションの部屋は1LDKなので、一人暮らしとしては広いと思う。だが、リビングには居候の睦さんが陣取っている。
女性四人が泊まるとなれば、神奈さんの部屋で寝ることになるが、さすがにちょっと手狭だ。
「あ、オレ、ここ出て行くから大丈夫だよ」
「えっ?」
驚きの声は、女性陣三人から同時に上がった。
「ちょっと、睦、私聞いてないよ」
「言ってないからな」
「どうして、突然?」
「何?引き留めたいの?」
睦さんは少しニヤリとしながら言う。
すると鈴さんが「そんなわけないでしょう」と叫んだ。
睦さんを威嚇する鈴さんをなだめて神奈さんが続ける。
「引き留める気はないけど、実家に帰るの?」
「いや、一人暮らしする」
「うそっ」
そう叫んでしまったのは私だ。睦さんは自称小説家志望のフリーターで、ほぼ引きこもりのような生活をしている。一人暮らしをするだけの生活力があるようには思えない。
そして、その懸念は神奈さんも鈴さんも同じだったのだろう。
心配そうな顔で睦さんを見つめている。
「大丈夫だよ。バイトは続けるし、在宅でやってたちょっとした書き物の仕事も安定してきた。借りた部屋の家賃も安いしね」
「もう部屋を借りたの?」
「ああ。今日引っ越す」
「ちょっと、それはさすがに急すぎない?」
神奈さんにとってはかわいい弟だ。扱いが少々ぞんざいなところがあったとしても、こういったときは心配になるのだろう。
「荷物も少ないからすぐに引っ越せる。メシを食い終わったら出て行くよ」
睦さんは淡々と言う。
そして朝食を食べ終えると、睦さんは宣言通りに荷造りをはじめた。と言っても、キャリーケースに着替えを詰め込んだだけだ。
そしてこれまで使っていた来客用の布団も持って行くと言った。
「荷物運ぶの手伝わなくていい?」
玄関の外まで見送る神奈さんが心配そうに言う。
「近いから問題ない」
睦さんは表情を変えることなく言うと、私たちに背を向けて歩き出した。
一歩、二歩、三歩と進んだところで睦さんが立ち止まった。
そしておもむろにポケットから鍵を取り出すと目の前のドアの鍵穴に挿す。
「はあっ?」
睦さんを見送っていた三人が同時に叫ぶ。
そこは神奈さんの部屋のすぐ目の前にあるドアだったからだ。
睦さんは振り返ってニヤリと笑う。
「ここ、引っ越し先」
私は思わず脱力した。神奈さんも同じ気持ちだろう。
そして、鈴さんは微妙な顔をしていた。
睦さんに続いて、睦さんの引っ越し先となった部屋に入ってみた。
その部屋は、神奈さんの部屋とは違ってワンルームだった。
「こっち側はワンルームだから家賃も安いんだ」
睦さんはそういって、ふとんとキャリーケースを部屋の真ん中に置いた。
「よし。引っ越し完了」
「このシスコン! 意地でも神奈ちゃんから離れないつもりね。神奈ちゃんの部屋の合鍵を返しなさい」
鈴さんが睦さんに掴みかかる。
「メシは神奈の所で食うから返さない」
「これのどこが一人暮らしなのよ」
二人のやり取りに、私は神奈さんと目を合わせて笑ってしまった。
鈴さんは睦さんとの言い争いをやめて、神奈さんの腕に抱きつく。
「それじゃあ神奈ちゃん、睦くんも出て行ったことだし、私、神奈ちゃんの家に引っ越していい?」
「え、それって、同棲じゃ……」
「週末はいつも来てたんだし、変わらないよ」
鈴さんの言葉に頷きそうになっている神奈さんの腕を私が引っ張る。
「騙されちゃダメです、神奈さん。週末泊まりに来るのと、同棲は全然違いますよ」
「あ、ああ、そうだよね」
「神奈ちゃん、私のこと、好きじゃないの?」
上目遣いで目をウルウルさせる鈴さんに、神奈さんは慌てる。
「好きに決まってるじゃない」
「だったら、私が引っ越してきてもいいよね?」
「神奈さん、そこで頷くから、押しに弱いって言われるんですよ」
私が横から鈴さん策略を阻止する。
「梢はなんで邪魔するのよ」
「神奈さんを守るために決まってるでしょう」
「ちょっと、二人とも、落ち着いて」
神奈さんは一人であたふたとしている。
睦さんは我関せずで、鞄を広げて荷物の片づけをはじめてしまった。
「鈴さんが神奈さんの部屋に住むのなら、私も神奈さんの部屋に住みます」
「なんでそうなるのよ」
私の提案に鈴さんが噛みつく。
「いや、だから、二人とも落ち着いて」
神奈さんの部屋に私も一緒に住む。これは鈴さんに嫌がらせをするために発した言葉だ。
本当にそうするつもりはない。
きっと、遅かれ早かれ、神奈さんと鈴さんは一緒に住むことになるだろう。
私はそこに遊びに行くことはあっても、三人で一緒に暮らすことはない。
だけど、もしも三人で一緒に暮らせたら、それは楽しいかもしれないと思う。
嫌なことがあっても、辛いことがあっても、家に帰って、神奈さんと鈴さんがいてくれるなら、私はきっと頑張っていけると思う。
鈴さんは、神奈さんに「梢を甘やかしすぎ」と言っていたが、鈴さんだって、私を甘やかしていると思う。
二人と過ごす時間は心地いい。
この二人に出会えて、本当に良かったと思う。
だけど、いつまでも、この居心地のいい場所に甘えているわけにはいかないということは分かっていた。
睦さんが、神奈さんの部屋を出たように、私もいつか、自分の居場所を自分で作らなくてはいけないのだろう。
私はそう言って部屋に入った。
すると、リビングのソファに仲良く座ってくつろいでいた、神奈さんと鈴さんが驚いて私を見る。
「ベルちゃん、こんな時間にどうしたの? って、なんで睦と一緒?」
聞いたのは神奈さんだ。
「睦さんとは中華料理屋で偶然に会ったんです」
私はそう説明しながら、神奈さんと鈴さんの間に、無理やり座った。
「ちょっと梢、狭いからっ」
鈴さんが、まだしっかりと座れていない私の背中を押してソファから突き落とす。
「うわっ、なにするんですか。鈴さん乱暴ですよ」
「なにするも何も、あんたが無理やり入るからでしょう」
「そんな乱暴者だと、神奈さんにフラれますよ」
「そんなこと絶対にないから。ね、神奈ちゃん」
私と鈴さんのバトルを神奈さんはひきつった笑みを浮かべながら傍観している。
「ところで、ベルちゃんは今日は来れないんじゃなかったの?」
神奈さんが私に聞いた。
「大学の部活の新歓コンパの場所が、ここの近くの居酒屋だったんです」
「近くでコンパがあったからって、ここに来る理由にならないでしょう。私と神奈ちゃんはこれからエッロいことする予定なんだから、帰ってよ」
鈴さんが憮然とした顔で言うと、神奈さんが赤い顔をして「ないない」と両手を振って否定した。
「だったら、私も混ぜてくださいよ」
私が言うと、鈴さんはあごに手を当てて考える仕草をする。
「混ざる? ふむ、それもなかなか……」
「なっ、何言ってるの、ベルちゃん! リンリンも真剣に考えないで!」
赤い顔をますます赤くして慌てる神奈さん。
「だったら、オレも混ざろうか?」
ボソリと言って、女性陣に蹴られる睦さん。
この部屋で、この四人でのやり取りはとても楽しい。これだけで、大学でたまったストレスが解消されていくようだ。
ひとしきり楽しいじゃれ合いをした後、私はお風呂に入らせてもらった。神奈さんたちはすでに入ったらしい。
お風呂から出て、いつものように神奈さんの寝室に入ると、神奈さんと鈴さんがベッドに座って何かを話していた。
私が寝るための布団も、ベッドの横に敷いてある。
私が布団の上に座ると、鈴さんが言った。
「それで、何なの?」
「へ?」
「何か愚痴りたいことがあったから、遅い時間でもここに来たんでしょう?」
童顔で、いつも私と口喧嘩をしている鈴さんだが、やはりアラサー。お姉さんっぽい態度で私を見ている。
鈴さんのこういう所を見ると、私では絶対に鈴さんには勝てないんだと実感してしまう。だけど、それは不愉快ではない。
私をフッた神奈さんが選んだ人が鈴さんで良かったと思える。
「この間もちょっと話した、『そっち系の人』発言をした友だちと、ひと悶着ありまして……」
私は、しず香とのことを二人に話す。
聞き終えると、鈴がつまらなそうに言う。
「その子は、自分が好きな男子を梢に取られると思ってムキになってるだけでしょう?」
「だからって、その子の言うことは酷いよ。ベルちゃんを傷つけることを言うなんて許せないな」
神奈さんが頬を膨らませた。
「でも、心無いことを言う人はどこにでもいるし、言葉の通じない人もいるから。距離を置くようにするしかないんじゃない」
鈴さんの言う通りだと思う。私も、できればそうしたい。こんな争いにエネルギーを費やしたいとは思わない。
「私のことはいいんですよ。神奈さんのことを好きになったのは本当のことですから」
神奈さんをチラッと見ると、照れたように頭を掻いている。鈴さんはそれを肘で小突いていた。
「色々言われれば嫌な気持ちにはなります。それでも、こうして話を聞いてくれる人がいますからね」
これは私の率直な気持ちだ。嫌なことがあったとしても、私にはこの場所がある。それは、私にとって何よりも心強い。
「だけど、関係のない先輩まで巻き込んでしまうのは嫌なんです」
「先輩っていうのは、ベルちゃんをモデルに写真を撮ってる、あの先輩?」
神奈さんの言葉に私は頷く。
「私がレズビアンだと、私と一緒にいる先輩や女友だちも同じように言われちゃうんですかね。それだと、怖くて友だちも作れないですよ」
すると、鈴さんが突然枕を私にぶつけた。
「馬鹿じゃないの? そんなの男女だって一緒でしょう? 気にしすぎなのよ。現に、梢がナントカくんと話してただけで、その女に嫉妬されたんでしょう? モテる女は、いつでもどこでも、誰かから嫉妬されて陰口を叩かれるものなの。諦めなさい」
鈴さんの口ぶりに思わず笑ってしまう。
でも、そう考えると少し気が楽になる。
まあ、自分がモテるとは思わないけれど。現に、目の前の神奈さんにはフラれている。
「まあ、もしも先輩のこととか大変だったら、もっと睦を利用してもいいし、私たちで力になれることがあったら協力するからね」
神奈さんがやさしい声で言いながら、私の頭をなでてくれた。
すると、鈴さんが神奈さんの手をつねる。
「痛いよ、リンリン」
「神奈ちゃんは梢を甘やかしすぎ。だから、いつまでもこの部屋に入り浸るんでしょう」
鈴さんはプリプリしながら言う。私は思わず声を上げて笑ってしまう。
「あ、そういえば、先輩のことも納得できないんですよ」
私は、写真部での映子先輩のことを思い出す。
そして写真部での映子先輩の扱いを話して聞かせた。
「いくら恩のある先輩の言葉だからって、そんな扱いをされてまで写真部にいる意味が分かりません」
話し終えた私の顔を、鈴さんがニヤニヤしながら見ている。
「梢、その映子先輩のこと、好きなんじゃないの?」
「え? 別に好きじゃないですよ」
私は首をひねった。
映子先輩のことは好きだが、鈴さんの言う「好き」は恋愛としての「好き」だ。そういう意味では好きではない。
「そうかなあ、自分でも気づいてないだけじゃないの?」
「いやいや、ないですよ」
「好きでもない人にご飯食べさせてあげたりしないと思うけど」
鈴さんはピラニアのごとく食いついて離さないつもりらしい。
「単に、私が食べきれない分をあげているだけです。ボランティアですよ」
「写真部の人たちがその先輩を呼び捨てにするのが嫌なんでしょう?」
「呼び捨てじゃなくて、失礼なニックネームなのが嫌なんです」
「先輩の先輩っていう人に嫉妬してるじゃない」
「嫉妬じゃないですよ。ただ、そこまで義理を果たす意味が分からないだけです」
私は、鈴さんの言葉を一つずつ撃ち落としていく。
「鈴さん、私に神奈さんを諦めさせたいからって、無理やり先輩とくっつけようとするの止めてくださいよ」
「別に、そういうつもりじゃないけど。梢って、時間をかけて相手を好きになるタイプでしょう?」
「そんなことないですよ。神奈さんのことはひと目で好きになりました」
「違うでしょう? 長い時間メッセージのやり取りをする中で好きになったんじゃないの? ねえ、神奈ちゃん……」
鈴さんが神奈さんに話題を振ると、神奈さんはすでにベッドに横たわって寝息を立てていた。
神奈さんが話に入ってこないと思ったら、寝落ちしていたようだ。
「もう遅いし、私たちも寝ましょうか」
鈴さんの言葉に頷いて、私はベッドにもぐりこんだ。
目を閉じて、鈴さんの言葉を考えて見る。
私が先輩のことを好き?
確かに、先輩は見ていて面白いと思う。他の人たちに馬鹿にされているのを見ると腹が立つ。
だけど、これは、神奈さんに感じた「好き」という気持ちとは全然違うと思う。
やっぱり、鈴さんの言い掛かりに過ぎないのだろう。
翌朝、四人で遅い朝食をとっているとき、私は明るい話題も提供した。
昨夜は愚痴ばかりだったので、大学生活にも楽しいことはあると伝えたかった。
話題は、佑夏のことだ。
しず香たちとは、もう友だちにはなれないかもしれない。だけど、佑夏とはいい友達になれそうな気がした。
すると、神奈さんはうれしそうに笑った。
「よかったね。いい友達ができそうで」
私も笑顔で頷く。
「大学講師と生徒の年の差? ちょっとそれ、萌えるじゃない」
鈴さんは神奈さんとは違ういい笑顔で言う。
「私の友だちで萌えないでください」
「私、その子と話したいわ。ウチに誘いなさいよ」
「いや、リンリン、ここ、私のウチだから」
神奈さんは苦笑いを浮かべる。
「それに、私の寝室に四人も寝れないよ」
神奈さんの住むマンションの部屋は1LDKなので、一人暮らしとしては広いと思う。だが、リビングには居候の睦さんが陣取っている。
女性四人が泊まるとなれば、神奈さんの部屋で寝ることになるが、さすがにちょっと手狭だ。
「あ、オレ、ここ出て行くから大丈夫だよ」
「えっ?」
驚きの声は、女性陣三人から同時に上がった。
「ちょっと、睦、私聞いてないよ」
「言ってないからな」
「どうして、突然?」
「何?引き留めたいの?」
睦さんは少しニヤリとしながら言う。
すると鈴さんが「そんなわけないでしょう」と叫んだ。
睦さんを威嚇する鈴さんをなだめて神奈さんが続ける。
「引き留める気はないけど、実家に帰るの?」
「いや、一人暮らしする」
「うそっ」
そう叫んでしまったのは私だ。睦さんは自称小説家志望のフリーターで、ほぼ引きこもりのような生活をしている。一人暮らしをするだけの生活力があるようには思えない。
そして、その懸念は神奈さんも鈴さんも同じだったのだろう。
心配そうな顔で睦さんを見つめている。
「大丈夫だよ。バイトは続けるし、在宅でやってたちょっとした書き物の仕事も安定してきた。借りた部屋の家賃も安いしね」
「もう部屋を借りたの?」
「ああ。今日引っ越す」
「ちょっと、それはさすがに急すぎない?」
神奈さんにとってはかわいい弟だ。扱いが少々ぞんざいなところがあったとしても、こういったときは心配になるのだろう。
「荷物も少ないからすぐに引っ越せる。メシを食い終わったら出て行くよ」
睦さんは淡々と言う。
そして朝食を食べ終えると、睦さんは宣言通りに荷造りをはじめた。と言っても、キャリーケースに着替えを詰め込んだだけだ。
そしてこれまで使っていた来客用の布団も持って行くと言った。
「荷物運ぶの手伝わなくていい?」
玄関の外まで見送る神奈さんが心配そうに言う。
「近いから問題ない」
睦さんは表情を変えることなく言うと、私たちに背を向けて歩き出した。
一歩、二歩、三歩と進んだところで睦さんが立ち止まった。
そしておもむろにポケットから鍵を取り出すと目の前のドアの鍵穴に挿す。
「はあっ?」
睦さんを見送っていた三人が同時に叫ぶ。
そこは神奈さんの部屋のすぐ目の前にあるドアだったからだ。
睦さんは振り返ってニヤリと笑う。
「ここ、引っ越し先」
私は思わず脱力した。神奈さんも同じ気持ちだろう。
そして、鈴さんは微妙な顔をしていた。
睦さんに続いて、睦さんの引っ越し先となった部屋に入ってみた。
その部屋は、神奈さんの部屋とは違ってワンルームだった。
「こっち側はワンルームだから家賃も安いんだ」
睦さんはそういって、ふとんとキャリーケースを部屋の真ん中に置いた。
「よし。引っ越し完了」
「このシスコン! 意地でも神奈ちゃんから離れないつもりね。神奈ちゃんの部屋の合鍵を返しなさい」
鈴さんが睦さんに掴みかかる。
「メシは神奈の所で食うから返さない」
「これのどこが一人暮らしなのよ」
二人のやり取りに、私は神奈さんと目を合わせて笑ってしまった。
鈴さんは睦さんとの言い争いをやめて、神奈さんの腕に抱きつく。
「それじゃあ神奈ちゃん、睦くんも出て行ったことだし、私、神奈ちゃんの家に引っ越していい?」
「え、それって、同棲じゃ……」
「週末はいつも来てたんだし、変わらないよ」
鈴さんの言葉に頷きそうになっている神奈さんの腕を私が引っ張る。
「騙されちゃダメです、神奈さん。週末泊まりに来るのと、同棲は全然違いますよ」
「あ、ああ、そうだよね」
「神奈ちゃん、私のこと、好きじゃないの?」
上目遣いで目をウルウルさせる鈴さんに、神奈さんは慌てる。
「好きに決まってるじゃない」
「だったら、私が引っ越してきてもいいよね?」
「神奈さん、そこで頷くから、押しに弱いって言われるんですよ」
私が横から鈴さん策略を阻止する。
「梢はなんで邪魔するのよ」
「神奈さんを守るために決まってるでしょう」
「ちょっと、二人とも、落ち着いて」
神奈さんは一人であたふたとしている。
睦さんは我関せずで、鞄を広げて荷物の片づけをはじめてしまった。
「鈴さんが神奈さんの部屋に住むのなら、私も神奈さんの部屋に住みます」
「なんでそうなるのよ」
私の提案に鈴さんが噛みつく。
「いや、だから、二人とも落ち着いて」
神奈さんの部屋に私も一緒に住む。これは鈴さんに嫌がらせをするために発した言葉だ。
本当にそうするつもりはない。
きっと、遅かれ早かれ、神奈さんと鈴さんは一緒に住むことになるだろう。
私はそこに遊びに行くことはあっても、三人で一緒に暮らすことはない。
だけど、もしも三人で一緒に暮らせたら、それは楽しいかもしれないと思う。
嫌なことがあっても、辛いことがあっても、家に帰って、神奈さんと鈴さんがいてくれるなら、私はきっと頑張っていけると思う。
鈴さんは、神奈さんに「梢を甘やかしすぎ」と言っていたが、鈴さんだって、私を甘やかしていると思う。
二人と過ごす時間は心地いい。
この二人に出会えて、本当に良かったと思う。
だけど、いつまでも、この居心地のいい場所に甘えているわけにはいかないということは分かっていた。
睦さんが、神奈さんの部屋を出たように、私もいつか、自分の居場所を自分で作らなくてはいけないのだろう。
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楠富 つかさ
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中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
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4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
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