ベルが鳴る

悠生ゆう

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第4話 新歓コンパ

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 写真部の新歓コンパは、偶然にも神奈さんの住むマンションの最寄り駅にある居酒屋で行われた。
 この駅はいくつかの大学からの乗り換え駅となっているからか、比較的安価な居酒屋や定食屋が多い。
 このまま神奈さんのところへ遊びに行きたい気持ちがムクムクと湧き上がってくる。
「みんな、明るい人たちだから……。緊張しなくて、大丈夫、だよ……」
 ついつい居酒屋の中に入らず立ち止まってしまっていた私に、映子先輩が声を掛ける。
「あ、はい」
 私は諦めて居酒屋の中に入った。
 写真部員はすでにほとんど揃っていたようだ。
 総勢四十名近い。どこから湧いて出たんだと言いたくなる。
 これだけの人数がいて写真部の展示室に映子先輩一人だったことを考えると、こうした飲み会以外できちんと活動している部員の少なさが伺い知れる。
 とはいえ、私もたまに映子先輩に写真を撮られる以外のことはしていないので批判することもできない。
「遅いぞ、エーコ。この子が新入生か?」
 やたらと声の大きな男性が私と映子先輩に気付いて声を掛けてきた。
 映子先輩が返事をするのも待たず、男性は私の肩を抱いて座敷の奥の席へと誘導する。
 横目で映子先輩を確認すると、入り口近くの空いた席にちょこんと座っていた。
「じゃあ、そろそろはじめようか」
 声の大きな男性がますます大きな声で言う。
「オレが部長の蜂谷(はちや)です。今日は集まってくれてありがとう」
 そんな言葉を皮切りに、交流を深めようとか、盛り上がろうとかそんなあいさつをして乾杯となった。
 そして新入生が一人ずつ自己紹介をすることになった。
 私は辟易としたが、映子先輩の顔を潰すわけにもいかない。
 私の順番になって仕方なく愛想笑いスキルを発動。
「清水映子先輩に誘われて入部しました。写真のことは全然わかりませんが、よろしくお願いします」
 とあいさつをした。
 すると「エーコなかなかやるな」とか「でかした、エーコ」と言うような声があちこちで上がる。
 八名の新入生のあいさつが終わると、あとはそれぞれが好き勝手に飲んだり食べたりしながら、周囲の人たちと歓談をはじめる。
 座敷の中をざっと見回した。
 映子先輩は入り口に近い席で料理を黙々と頬張っている。誰かに話しかけたり、話し掛けられたりする様子はない。
 座敷の一番奥の端の方を見ると、三人の男性が固まって談笑していた。三人ともが手元に大きなカメラを持って熱心に話している。おそらく、彼らが写真部内でも撮影活動に精を出す写真オタクグループなのだろう。
 そして料理が運ばれてくるたびに、料理の角度を調整しながらスマホで写真を撮っている人たちも点在する。この人たちが、スマホ写真を撮る活動をしている部員だろう。
 そのどちらにも分類されない人たちが大多数だった。鑑賞中心の人たちなのか、写真部に所属はしているが、特に活動していない人たちなのかは分からない。
 特徴的なのは女性部員の比率が低いことだ。先ほど私が自己紹介した時に、映子先輩に称賛の声が上がったのは、私が女性だったからだろう。
 そのため先ほどからひっきりなしに先輩部員たちが話しかけてきて、料理を食べる暇もない。
 さて、この中の誰が映子先輩の言っていた写真部を大きくしたやり手の先輩なのだろうか。
 あのときの話しぶりから、映子先輩はすぐにその「先輩」に話しかけると思っていたのだが、料理に夢中のようだ。
 可能性があるのは蜂谷部長だ。でも、なんとなく私が抱いていたイメージとは違う気がする。
 私から少し離れた場所に座っていた蜂谷部長の様子を伺っていると、目が合ってしまった。
 すると蜂谷部長が立ち上がる。
 そしてクルッと辺りを見回して、「エーコ、飲み物追加注文」と大きな声で言う。
 すると映子先輩が箸を置いてあたふたと店員を呼びに行き、辺りの注文を取り始めた。
 映子先輩が動き始めたのを見届け、蜂谷部長は一仕事終えたといった雰囲気で私の隣に移動してドカリと座った。
 注文を取るなら、映子先輩に指示せず自分でやればいいのに。なんだか蜂谷部長の態度が気に入らない。
「どう、楽しんでる? 遠慮しないでどんどん食べてよ」
 蜂谷先輩の顔はお酒のせいで赤く染まっている。そして声は最初のときよりもさらに大きくなっていて耳が痛い。
 蜂谷部長の気の利く先輩風を装った口ぶりが鼻についたが、私は笑顔を浮かべて「楽しんでますよ」と答えた。
「映子先輩って、皆さんに呼び捨てで呼ばれてるんですね。仲がいいんですか?」
 私が聞くと蜂谷部長は豪快に笑いだした。
「呼び捨てじゃなくてあだ名だよ。演劇とか、脇キャラはA子とかB子だろう? そのA子。あいつに似合ってると思わないか?」
 そうしてさらに楽しそうに笑った。
 不愉快なだけで一ミリも面白くない。作った笑顔が崩れてしまいそうだ。
 映子先輩の様子をチラッと伺うと、先ほどの蜂谷部長の号令から、次々とオーダーする人が現れて、映子先輩はあたふたと走り回っていた。
 こうなると分かっていたから、序盤からガツガツとご飯をたべていたのか。
 周りに影響された新入生までもが「エーコ、ここにウーロン茶とオレンジジュース」という声を上げている。名前は憶えていないが、顔は覚えた。あいつは今度殴る。
 ほんの一時間ほどの飲み会で、映子先輩が写真部でどんな風に扱われているのか分かってしまった。
 確かに映子先輩はもっさりしている。でも、写真の腕はここにいる誰よりも上だと、私は思う。
 写真が撮りたいだけなら、写真部にいなくてもいいはずだ。
 こんな扱いをされながら、どうして写真部に在籍しているんだろうか。
「カメラのこと分からないなら、今度オレが教えようか?」
 蜂谷部長が言う。やはり部長ということで、多少はカメラに詳しいのかもしれない。それでも映子先輩よりも詳しいとは思えない。
「入部しておいてなんですけど、あんまりカメラに興味はないんですよ」
「だったら、なんで写真部に入ったの?」
 隣から別の男性が話しかける。
「たまたま映子先輩の写真を見て、きれいだなって思ったからです」
「あー、エーコは写真だけはきれいだからな。本人はアレだけど」
 蜂谷部長が大きな声で言ってガハガハと笑う。
「だったら、オレが写した写真でも見に来るか?」
「梢ちゃん、やめた方がいいよ、ハチは部長だけど腕は全然だから。それより、ボクの写真見てよ」
「写真見るよりさ、ボクの専属モデルになってよ。キレイに撮ってあげるからさ」
「何言ってるんだよ、一眼も使えないヤツが偉そうなこと言うなよ」
「スマホだってキレイに撮れるんだよ」
「梢ちゃんは彼氏いるの? 僕と付き合ったら、最高にきれいな梢ちゃんを写真に残してあげられるよ」
 名前すら覚えていない人たちから次々とアピールされた。
 写真部とは、写真を小道具にして恋人を作る部活なのだろうか。
 この中には映子先輩の言っていたやり手の先輩はいないと確信する。
 話を聞いているのも面倒になったので「私、彼氏いるから」と笑顔で答えた。
「えー、その彼氏より、絶対にオレの方がやさしいよ」
 尚も食い下がる名前も知らない男子A。
 私の彼氏を知らないのに、どうして自分の方がやさしいと言い切れるのだろうか。
 一応、映子先輩の顔を潰さないようにと笑顔を繕ってきたが、そろそろ限界だ。
「あの、私ちょっと……」
 私はそう言って立ち上がる。
「梢ちゃん、早く帰ってきてね」
 という声には答えず、私は素早くトイレに避難した。
 飲み会が始まってから、すでに一時間半ほどが過ぎている。
 もう、そっと帰っても怒られないだろう。
 しかしバッグを持ってこなかった。取りに戻れば引き留められるに決まっている。
 私がどうしようかと思案していると映子先輩がトイレに現れた。
「大丈夫?」
 映子先輩は心配そうな口調で聞いた。
「大丈夫じゃありません。そろそろ限界です」
 私は不機嫌さを隠すこともなく映子先輩に言う。
「みんな、盛り上がりすぎちゃってるけど、悪い人たちじゃないよ……」
 自分のことを『A子』呼ばわりする人たちを「悪い人たちじゃない」と言える映子先輩は、心が広いのか、鈍感なのか。ともかく私は、たとえ悪い人たちでなくても、仲良くしたいとは思わない。
「映子先輩。お願いを聞いてください」
 私は契約を発動する。
「帰りたいので、私のバッグを持って来てくれませんか」
「えっと、でも……もう少しだけ……」
「お願いします」
 しず香たちの件も含めて、今日の私は疲れている。これ以上あの場で愛想笑いを続けるのは無理だ。
 すると映子先輩は頷いてトイレから出て行った。
 オーダーのたびに「エーコ」コールが巻き起こっていたが、うまくバッグを取ってこれるだろうか。
 でも映子先輩の存在感をゼロにする特殊スキルを発動すれば、うまく気付かれずに持ってこられるかもしれない。
 数分すると、映子先輩がトイレに戻ってきた。
「それじゃあ、帰ろうか……」
 私にバッグを渡しながら映子先輩が言う。
 映子先輩も自分のバッグを持っていた。
「映子先輩まで帰らなくてもいいですよ。まだ、ご飯ものとデザートが出てませんよね」
「ううん……。大丈夫。もう、いっぱい食べたから……さ、行こう」
 そう言うと、映子先輩は私の手を引いて店の外に連れ出してくれた。
 外の空気を吸うと少し気分が晴れた。
「鈴原さんは……駅の方で、いいのかな?」
 映子先輩はそう言って駅に向かって歩き出そうとする。
 だが私は反対の方向に向かって足を進めた。
「あ、あれ? どこいくの?」
 映子先輩が慌てて私の後を追ってくる。
 私は少し歩いた先の路地裏にある小さな中華料理屋の前で立ち止まった。神奈さんたちと何度か来たことのあるお店だ。
 振り返って映子先輩に言う。
「私、何も食べてなくてお腹がペコペコなので、ちょっと食べてから帰ります。お疲れさまでした」
 私は映子先輩に頭を下げる。そして、店へと足を進めると、映子先輩も付いてくる。
「あの、映子先輩は付き合わなくてもいいですよ」
「あ、えっと、私も……」
「……おごりませんよ」
「わ、分かってる……」
 結局映子先輩も一緒に中華料理屋に入ることになった。
 テーブルに着くと、私は麻婆豆腐をオーダーする。辛いものが食べたい気分だ。
 映子先輩は散々悩んだ挙句、一番安い中華そばを頼んだ。
 食べたりないのなら、新歓コンパに残ればよかったのに。私に気を使ったのだろうか。少し申し訳なく感じた。
 そして私たちは、特に会話もすることなく、目の前に出された料理を食べはじめた。
「あの……無理させたみたいで……ごめんなさい」
 半分ほど食べたときに映子先輩が言った。
「行くって決めたのは私ですから、先輩が気にする必要はありませんよ。食べ足りないのならあそこに残ってもよかったのに」
「いや、違……。あの、デザートと、思ったけど……杏仁豆腐で四百円より、ラーメンで五百五十円の方がお得だと思ったから……」
「何ですか、その理由」
 私は思わず吹き出してしまう。
 映子先輩は、そんな私をジッと見ていた。
「どうかしましたか?」
「あ、いや……元気が、出たみたいで良かったと思って。新歓に行く前から、ちょっと疲れてるみたいだったから……」
 しず香とのトラブルで消耗した状態での新歓はちょっときつかった。
 新歓だけならば、もう少しうまく立ち回れたかもしれない。そうすれば、映子先輩はデザートまでちゃんと食べられたのに。
「新歓前にちょっと色々あって疲れてたんですよ。心配させてしまってすみません」
「そんなこと……。私の方が、先輩なのに、いつも鈴原さんに迷惑をかけてるんじゃないかなって……」
「別に迷惑はかけられてないですよ。お願いはきいてもらえませんけど。あ、映子先輩はどうしてそんなに髪を切るのを嫌がるんですか?」
「嫌がってるわけじゃないよ……ただ、お金がないだけで……」
「でも、お金がないだけって言うなら、今食べてるデザート代わりのラーメンも使う必要のないお金ですよね?」
 すると映子先輩は俯いて黙ってしまった。
 食い意地が張っていると言っているように聞こえてしまったのだろうか。
 誰だって自分の中で優先順位がある。
 食べることよりも趣味に金を使いたいとか、何よりファッションに使うお金が優先だとか。映子先輩の場合は、第一がカメラ、第二が食、ファッションや髪型は最も低い優先度なのだろう。
 映子先輩がうつむいたまま固まってしまったので、話題を変えることにした。
「そういえば、写真部を大きくした映子先輩の先輩って、あの新歓にいたんですか?」
 すると、映子先輩はパッと顔を上げる。
「いない、よ。先輩は、留学中だから……」
「なんだ、会えると思って期待してたんだけどな。その先輩は何年生なんですか?」
「去年三年生だったけど、もう留学して半年以上たつし。四年生になれてるのかな? 先輩じゃなくて同級生になっちゃうかもしれないね」
 映子先輩がクスクスと笑った。
 やはり、この先輩の話をするとき、映子先輩の声は少し大きくなる。
「その先輩と仲が良かったんですね」
「高校のときからの先輩なの。写真をはじめたのも先輩の影響なんだ。あ、鈴原さんが好きだって言ってくれた、ビル群の写真もね、先輩の写真を参考にしたんだよ」
 映子先輩は、その話し方だけで好きなモノがよくわかる。映子先輩は、写真とその先輩のことが大好きなのだろう。
 そして、もう一つの疑問を映子先輩に投げた。
「映子先輩は写真部にいて楽しいですか?」
「あ、えっと……」
 途端に映子先輩の顔が曇る。やはり楽しいとは思っていないようだ。
「みんなにいいように使われているように見えたんですけど」
「でも、ああいうことはたまにだから」
 新歓のことだけではない。写真展のときもそうだ。きっと、私が知らないそれ以外でも、映子先輩は部長をはじめとした部員たちに、あまり好ましくない扱いを受けていると思う。
「写真が撮りたいだけなら、写真部にいる必要はないですよね」
 いい写真を撮るための情報交換やネットワークになるならば、写真部に在籍する意味はあるだろう。
 だが映子先輩は、そう言ったことが唯一できそうな写真オタクグループとも交流していないように見えた。
「留学する前に、先輩が写真部を頼むって言ってたから。先輩が帰ってくるまでは、ちゃんと写真部で頑張ろうって思ってるんだ」
 先輩のために、『A子』扱いも甘んじて受け入れるというのか。
 それは、なんだかとてもイライラする話だ。
 しず香たちとの一件といい、写真部との一件といい、今日はどうもイライラすることばかりだ。厄日なのかもしれない。
「あ、そ、そういえば……」
 私が不機嫌になったことに気付いたのだろうか。
 珍しく映子先輩が話題を振ろうとしてくれている。
「鈴原さん……、か、彼氏が、いるんだね……」
 あまりに唐突な話題転換に私は思わずキョトンとしてしまう。
 そういえば、先ほどの新歓でそんなことを言ったような気がする。
 単にあの場で一番切り抜けやすそうなキーワードを選んだだけのことだ。
 席も遠かったし、周囲から次々とオーダーを受けて忙しそうにしていたが、映子先輩は私の様子をちゃんと見ていてくれたようだ。
 それが少しだけうれしいと思ってしまう。
 私はその場の嘘だと伝えようと思った。
 しかし、しず香のこともある。ここは「彼氏がいる」で通した方がいいのかもしれない。
「まあ、そうですね。いますね、一人」
「一人って、一人じゃないこともあるの?」
 映子先輩は言葉尻に食いついてきた。
「いえ、そういう意味じゃありません。なんとなく言っちゃっただけです」
「そう、なんだ……いいね、彼氏。私なんて全然だもん……。鈴原さん、かわいいもんね……。そりゃ、彼氏くらいいるよね」
 映子先輩に『かわいい』と言われて、ちょっとくすぐったい気持ちになる。ご飯を食べさせてくれる人と思われているだけじゃなくてよかった。
「いいな、リア充ってやつだね……。うらやましいなあ……彼氏って、どんな人、なの?」
 映子先輩がこういった話に食いついてくるとは思わなかった。
 いくらもっさりしていても、やはり年頃の女子ということなのだろうか。
「彼氏がいるからリア充だとは思いませんけどね。私は、先輩の方がリア充だと思いますよ」
「え? 私?」
「はい。食べるのを我慢してまで写真に打ち込むってすごいと思います。それだけ熱中できるものがあるって、それこそリア充じゃないですか。私にはありませんからね」
 映子先輩は照れているのか、下を向いてしまった。
 これは率直な気持ちだ。何かを我慢してでもやりたいことなどない。
 モデルを引き受けてしまったのは、それほど熱中できるものを持っている映子先輩がうらやましかったからかもしれない。
「それに、彼氏が欲しいのなら、映子先輩、髪をきれいに切ったらどうですか?」
「あ、え、そ、それは……」
 話が髪の毛に戻って、映子先輩はバツの悪そうな顔をした。
 そのとき料理店の入り口にある人物の姿が見えた。
「あ」
 私の声に、その人物も私の存在に気付いたようだ。
「映子先輩、彼氏がどんな人かって聞きましたよね? あんな人ですよ」
 私は入り口を指さす。
 映子先輩は振り返って入り口を見た。
 そして、その人物は少し首をひねりながら私たちが座っていた席まで歩いてきたので、隣の席を勧める。
「彼氏の渡月睦(とげつあつし)さんです。それで、こちらが大学の清水映子先輩です」
 私が紹介すると、睦さんは少し首をひねりながら、ペコリと頭を下げた。そして五目チャーハンをオーダーする。
 もちろん睦さんは彼氏ではない。
 なんだか絶妙のタイミングで睦さんが現れてしまったのでそのまま利用させてもらうことにしただけだ。
 睦さんは無口で慌てて否定しようともしない。何も考えていないのかもしれないが、話が早くていい。
 映子先輩は何も言わず、睦さんを見ている。
 やっぱり私と睦さんでは並んでしまうと不自然だろうか。他からどう見えるか分からないが、私が想像するに、恋人同士には見えないような気がする。
 仕方がない。無理やりにでも恋人っぽい話をしてみようか。
「睦さん、今日、このあと睦さんの部屋に行ってもいい?」
「ん? ああ、いいけど」
 テーブルに置かれたばかりのチャーハンをフーフーと冷ましながら睦さんが答える。
 すると映子先輩がハッとしたように立ち上がった。
「あ、じゃあ、お邪魔しちゃうのもアレだから、私、帰るね」
 焦っているのか声も大きく早口になっている。
 そして、バタバタとお会計を済ませて店を出て行った。
 あんなに慌てなくてもいいのに。取り敢えず恋人同士に見えたと思っていいのだろうか。
「で、彼氏って、何?」
「ごめんなさい。ちょっと大学でややこしいことになりそうなので、保険です」
「ふーん」
 睦さんは興味なさそうだ。
「今日も鈴さんは来てるんですか?」
「うん」
「じゃあ、本当にこれから行っちゃおうかな」
「うん」
「じゃあ、早く食べ終わってくださいよ。急いで」
「ゆっくり食わせろ」
「私は一刻早く神奈さんに会いたいんです」
 神奈さんと鈴さんに会って、今日のことを聞いてもらおう。そして、二人をからかって楽しく過ごせば、きっと月曜日からはまた元気に大学に通えるはずだ。
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