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はじめての自転車レッスンの日。センパイはバスで帰り、私は自転車でバス停まで行った。そしてセンパイは一旦自宅に戻り、荷物を置いて着替えをすることにした。さすがに盛大に転ぶことはないだろうが、制服のまま練習するのは良くないだろうと思ったからだ。
そういえばセンパイの私服を見るのははじめてだな、とワクワクしながら待っていると、玄関が開いてセンパイが出てきた。
その姿に思わず吹き出す。なんとセンパイはジャージ姿だった。
「何笑ってるの?」
「いえいえ。やる気が感じられて素敵です」
「動きやすい服って、これくらいしかないんだよ」
センパイは少し頬を染めて唇を尖らせながら言った。
練習に使うのは私の自転車だ。
「じゃあ、まずは今のセンパイがどれくらい乗れるのか見てみましょうか」
私はセンパイに自転車を渡して横に立つ。
「え? いきなり?」
センパイは恐る恐る自転車にまたがる。そして妙に背筋の伸びたいい姿勢で固まった。
「はい、わかりました」
私はそう言うと自転車のハンドルを抑える。センパイはキョトンとした顔で私を見た。
「姿勢がすごくいいですね。両手でハンドルを持つって分かってますし、ペダルに足をかけるのも分かってる。大丈夫、ばっちりです」
「もしかして、バカにしてる?」
「まさか。私、褒めて伸ばす方なんです」
センパイは疑いの眼を私に向ける。
どうやらセンパイは転んだときの恐怖心が抜けず、全身が強張ってしまっているようだった。
自転車に乗ることよりも自転車に対する恐怖心を無くした方が良さそうだ。
センパイを自転車から降ろして、まずは私が見本を見せる。
「どうして倒れないのか、不思議だよね」
センパイは真面目な顔でつぶやいていた。
「ホントはダメだけど、ちょっとだけ二人乗りしましょうか」
「え?」
「自転車に乗って走る感覚をちょっと味わってみてください」
「え、でも……」
「はやく、後ろに座ってください」
幸いなことに私の自転車はいわゆるママチャリなので、リアキャリアが付いている。
センパイは少し渋りながらも私の指示に従ってリアキャリアにまたがった。
「はい、私の腰に捕まってください」
そうするとセンパイは私の制服の腰のあたりを摘まむ。
「その掴み方でもいいですけど、怖くないですか?」
センパイは「うー」と唸ると、今度はガバっと私の腰に抱きついた。
「痛い、強い、もう少しソフトにお願いします」
すると背中から満足気に「フン」と鼻を鳴らす音が聞こえた。
「いいですか、センパイ。今から、センパイは人間ではありません。荷物です」
「荷物?」
「はい。荷物は考えません。体を動かしてバランスを取ったりもしません」
「荷物」
「そうです。荷物です。ただリアキャリアに載っているだけの荷物です。いいですね」
「はい」
「じゃあ、行きますよ」
私はペダルを強く踏み込んで自転車を前に押し出す。できるだけ揺らさないように、でもスピードは出し過ぎないように自転車を走らせる。
背中から「荷物、荷物」というつぶやきが聞こえて笑ってしまいそうになるが、それを堪えて自転車を走らせた。
しばらく走った後、ゆっくりとブレーキをかけて自転車を停車させる。体を捻ってセンパイの顔を覗き込むと、目をキラキラさせていた。聞くまでもなさそうだが一応確認してみる。
「どうでした? センパイ」
「楽しい」
「自転車、気持ちいでしょう?」
「うん。もう一回」
「えー?」
私の声を無視して、センパイは私の腰に手を回しなおし「荷物」と呪文を唱えた。
「仕方ないなぁ」
そう言いながら私はもう一度ペダルに足をかけた。
そういえばセンパイの私服を見るのははじめてだな、とワクワクしながら待っていると、玄関が開いてセンパイが出てきた。
その姿に思わず吹き出す。なんとセンパイはジャージ姿だった。
「何笑ってるの?」
「いえいえ。やる気が感じられて素敵です」
「動きやすい服って、これくらいしかないんだよ」
センパイは少し頬を染めて唇を尖らせながら言った。
練習に使うのは私の自転車だ。
「じゃあ、まずは今のセンパイがどれくらい乗れるのか見てみましょうか」
私はセンパイに自転車を渡して横に立つ。
「え? いきなり?」
センパイは恐る恐る自転車にまたがる。そして妙に背筋の伸びたいい姿勢で固まった。
「はい、わかりました」
私はそう言うと自転車のハンドルを抑える。センパイはキョトンとした顔で私を見た。
「姿勢がすごくいいですね。両手でハンドルを持つって分かってますし、ペダルに足をかけるのも分かってる。大丈夫、ばっちりです」
「もしかして、バカにしてる?」
「まさか。私、褒めて伸ばす方なんです」
センパイは疑いの眼を私に向ける。
どうやらセンパイは転んだときの恐怖心が抜けず、全身が強張ってしまっているようだった。
自転車に乗ることよりも自転車に対する恐怖心を無くした方が良さそうだ。
センパイを自転車から降ろして、まずは私が見本を見せる。
「どうして倒れないのか、不思議だよね」
センパイは真面目な顔でつぶやいていた。
「ホントはダメだけど、ちょっとだけ二人乗りしましょうか」
「え?」
「自転車に乗って走る感覚をちょっと味わってみてください」
「え、でも……」
「はやく、後ろに座ってください」
幸いなことに私の自転車はいわゆるママチャリなので、リアキャリアが付いている。
センパイは少し渋りながらも私の指示に従ってリアキャリアにまたがった。
「はい、私の腰に捕まってください」
そうするとセンパイは私の制服の腰のあたりを摘まむ。
「その掴み方でもいいですけど、怖くないですか?」
センパイは「うー」と唸ると、今度はガバっと私の腰に抱きついた。
「痛い、強い、もう少しソフトにお願いします」
すると背中から満足気に「フン」と鼻を鳴らす音が聞こえた。
「いいですか、センパイ。今から、センパイは人間ではありません。荷物です」
「荷物?」
「はい。荷物は考えません。体を動かしてバランスを取ったりもしません」
「荷物」
「そうです。荷物です。ただリアキャリアに載っているだけの荷物です。いいですね」
「はい」
「じゃあ、行きますよ」
私はペダルを強く踏み込んで自転車を前に押し出す。できるだけ揺らさないように、でもスピードは出し過ぎないように自転車を走らせる。
背中から「荷物、荷物」というつぶやきが聞こえて笑ってしまいそうになるが、それを堪えて自転車を走らせた。
しばらく走った後、ゆっくりとブレーキをかけて自転車を停車させる。体を捻ってセンパイの顔を覗き込むと、目をキラキラさせていた。聞くまでもなさそうだが一応確認してみる。
「どうでした? センパイ」
「楽しい」
「自転車、気持ちいでしょう?」
「うん。もう一回」
「えー?」
私の声を無視して、センパイは私の腰に手を回しなおし「荷物」と呪文を唱えた。
「仕方ないなぁ」
そう言いながら私はもう一度ペダルに足をかけた。
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