霊体になったので嫌いな女のヒミツを覗いてみた。

悠生ゆう

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こんなにも嫌いな女を好きな理由(ワケ)。

高校二年<16歳> 約束

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 授業中、ノートに板書を書き写すフリをして斜め後ろの席のナナを覗き見る。ナナは机に突っ伏して眠っていた。せっかく登校してもほとんどの時間をそうして眠って過ごしている。そして先生もそれを注意しようとはしない。まるでクラスの中にナナが存在していないようだ。
 一年の頃には度々先生に声を掛けられ、注意される姿を見掛けた。だが、二年になった今はそんな姿もほとんど見かけない。まるで学校内で大きなトラブルさえ起こさない限りは無視しようとしているように見えた。
 ナナからクラスメートに話しかけることは一切ない。時間ギリギリに登校して、ほとんどの時間を寝て過ごす。私のこともまるで存在に気付いていないかのように、目を合わそうともしてくれなかった。
 そして少しずつ溜まったイライラが限界に達し、私はついに動いてしまう。
 休み時間にナナの席に近寄ると机に突っ伏しているナナの頭を叩いた。
「って。何すんだよ」
 ナナが眉根を寄せて凄む。けれどナナのそんな顔を見ても、私は怖いとは思わなかった。
「学校に来たときくらい寝てないで授業を聞きなさいよ」
「睡眠学習だよ」
「そんな訳ないでしょう」
「あー、うるせーな」
 ナナは吐き捨てるように言うと立ち上がって教室を出ていってしまった。
「ちょっと、どこ行くの? まだ話は終わってないでしょう。待ちなさいよ」
 私は迷うことなくナナの後を追った。おそらくクラスメートたちが奇異な目で見ていただろうがそれも気にならなかった。それくらい私は何かに腹を立てていた。
 ナナは一直線に上階を目指して歩いていく。ナナの歩く速度は速く私は小走りで追いかけるしかなかった。
 ナナは屋上の扉に手を掛けてそのまま屋上に出てしまう。私の記憶では立入禁止だったはずだ。一瞬迷ったが私も屋上に出た。
「なんでこんな所にまでついてくるんだよ」
 ナナが振り向いて言う。
「ナナが逃げるからでしょう」
「逃げてねーよ」
 キーンコーン……と授業の開始を知らせるチャイムが鳴りはじめた。
「ほら、優等生。授業はじまったぞ。さっさと行けよ」
「ナナも一緒でしょう」
「アタシはサボる。セイラにはそんなことできないだろう」
 ナナは挑発的な視線を送る。そんな言葉に私は動揺していた。
 授業をサボることに対してではない。体調不良で学校を休むことにすら罪悪感を抱いていた私が、ナナを追うことを優先優先して授業をサボることに少しも躊躇していない。そのことに驚いていた。
 私は一体どうしてしまったのだろう。どうしてこんなにナナのことが気になるのだろう。
 私の動揺を感じ取ったナナは「ほら、早く教室に戻れよ、優等生」と言って私に背を向けた。
 もちろん私は教室に戻るつもりはない。
 私はナナの背中に問いかけた。ナナは自分から話そうとしなくても、質問にはちゃんと答えてくれる。
「一年のときから、欠席や遅刻が多かったのはどうして?」
 私の声にナナは振り向いた。まだ教室に戻ろうとしない私に驚いているようにも見える。数秒考える素振りを見せてナナはゆっくりと口を開く。
「バイトをしてて、眠くて起きられない」
 答えてからそっぽを向くと、まだらに染まった茶色の髪を乱暴にかきむしった。
「どんなバイト?」
「朝の新聞配達と、夕方からファミレス」
 ナナが常に寝不足な理由が分かった。テストそれなりの成績を上げているとうことはその間に勉強もしているはずだ。それにナナの部屋には園の小さな子たちが遊びに来るとも言っていた。その子たちの相手もしているのだろう。ナナが睡眠時間をかなり削っていることは容易に想像できた。
「どうしてそんなにバイトをしてるの?」
「一人暮らしするための資金を貯めてる」
 おそらく遅くとも高校を卒業するときには、今住んでいる『てんま園』を出なくてはいけないのだろう。独り立ちするときにどんなサポートを受けられるのかは知らないが、ナナは独り立ちするときのことをすでに考えているのだ。なぜか急にナナに置いて行かれたような気がしてしまう。手段はともかくナナは私よりずっと先を見て行動をしている。それがとても悔しい。
「最近は毎日学校に来てたよね? バイト減らしたの?」
「……減らしてない」
 ナナの口が急に重くなる。けれど私はそれを無視して質問を続けた。
「どうして学校に出てくるようになったの?」
 ナナは一瞬私の顔を見て気まずそうに目を逸らした。
「……さすがに……、勉強がきつくなったから、授業を聞こうかと……」
 私と同じクラスになったから、なんて言うはずはないと思ったけれど、ナナの回答に少しがっかりする私がいた。だからついつい口調が荒くなる。
「居眠りしててまったく授業聞いてないじゃない!」
 ナナは頭を掻きながら苦笑いをした。私は小さく息を付いて心を落ち着かせる。
「学校には来た方がいいと思うけど、無理して倒れたらどうするの」
 するとナナは口もとを手で隠しながらボソリと言った。
「……おかんか」
「何か言った?」
「別に……」
「どうして急に勉強する気になったの? 今までもそこそこ点数は取れてたでしょう?」
「園長のおやじと約束したんだ。バイトをするなら学年五十位以内をキープするって」
 私はナナの言葉に驚いた。あの善良そうな塩原園長はなかなか無茶な条件をナナに突き付けていると思う。上位五十位は簡単ではない。それでもナナは一年間それを守り続けてきた。ナナは約束を守る。それを知っていて塩原園長は無理な条件を出したのかもしれない。バイトを辞めさせる、もしくは減らさせるために。
 一年最初のテストのときは十五位だったが最近のテストでは四十八位だった。
「この間、四十八位だったでしょう? ギリギリじゃないの?」
「だから授業を受けようかと思って学校に来てるんだろ。ってか、どうしてアタシの順位を知ってるんだよ」
「ぐ、偶然たまたま見たのよ」
 ナナの問いに動揺して『偶然』と『たまたま』を重ねてしまったが、正しい日本語だっただろうかとどこか冷静な部分で考える。なぜナナの順位を覚えていたかといえば、偶然でもたまたまでもなく毎回チェックしていたからだ。そしてなぜ毎回チェックをしているかといえば……なぜだろう。なぜだか気になるのだから仕方がない。
「今までのテストはどうしてたの?」
 私は誤魔化すように別の質問をした。
「教科書を一通り読んで丸暗記」
 ナナはさも当然というような顔で言う。私は息を飲んだ。そんなことが可能なのだろうか。もしかしたらナナはかなり頭が良いのではないのだろうか。
「暗記教科はいいんだけど、数学とかになると教科書だけじゃきつくなったから、授業を聞こうと思ったんだけどな……」
 きっとナナは地頭がいいのだ。記憶力もいい。塩原園長はそれが分かっていたから、賭けをしてレベルの高い高校にナナを入れ、上位五十番以内という無茶な条件でバイトを許可したのだ。けれどナナはどこか微妙にずれている。多分、頭の使い方がズレているのだ。
「状況を整理させて。一人暮らしの資金を貯めるためにバイトをしたい。そのためには、学年五十位以内を取らなくちゃいけない」
「うん」
「これまでは独学でできていたけど、難しくなったから授業を聞こうと思った。だけど睡眠不足で居眠りをしてしまう。これであってる?」
「ああ、まあ、そうだな」
「んー、何かいい方法はあるかな……」
 私は目を閉じて腕を組み、脳をフル稼働させる。
「バイトを減らすのは嫌なのよね?」
「そら、本末転倒だろう?」
 ごもっともだ。バイトがしたくて勉強しようというのに、バイトを減らすという選択肢があるはずもない。ふと見るとナナがキョトンとした顔で私を見ていた。
「……何よ」
 私は眉をしかめてナナを見た。
「いや、どうしてそんなに一生懸命考えてるのかなと思って。セイラには関係ないだろう」
「そ、それは……クラス委員だからよ」
「クラス委員って大変だな」
「べ、別に普通のことだし」
「そうなのか?」
 さすがに『クラス委員』という言い訳には無理があるような気がしたが、ここはそれで押し通すしかない。自分でもどうしてこんなに必死に考えているのかわからないのだ。
「と、ともかく、勉強をする気はあるのよね?」
「まあ、一応」
「バイトも辞めたくないのよね」
「もちろん」
「それじゃあ、私が勉強みてあげる」
「は? セイラが?」
「私、これでも今まで五位以下になったことないんだからね」
「それは知ってるけど」
 知っているのはなぜだろう、という疑問が浮かぶ。ナナも私の順位を気にしてくれていたということなのだろうか。けれど、それを聞く勇気はなかった。
「だったら問題ないわよね」
「いや、そうじゃなくて、どうしてそこまでしてくれるんだよ」
 ナナの顔は訝しんでいるように見える。もう一度「クラス委員だから」と言っても納得してもらえるような気がしない。
「クラス委員だからっていうのもあるけど、前に体調を崩したときに助けてもらったでしょう? そのお礼もちゃんとしてないし。私、借りは返す主義なの」
 半年ほど前の話になるがこれで何とか辻褄が合うのではないだろうか。理由なんて聞いてほしくはない。敢えて言うならなんとなく気が向いたからだ。
「勉強は昼休みと放課後にしましょう」
「放課後はバイトが……」
「バイトまで、三十分でも一時間でもいいから時間を取って。それくらいは妥協してよ」
「……分かった」
「学校に来たら居眠りをせずに授業を聞くこと。教えられる時間は短いから、それで足りない部分を私が補完する」
「いや、でも、眠くて……」
「どうしても眠いときは遅刻をしてもいいから毎日学校に来て。ナナが学校に来ないことには教えられないから」
「いや……でも……」
「バイト辞めたくないんでしょう! だったら素直に聞きなさいよ」
「あ、はい」
「約束だからね」
「分かったよ」
 ナナは私の勢いにたじろぎながらも約束をしてくれた。私は少しホッとした。だってナナは約束を守ると知っているから。
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