愛猫の願いで令嬢転生?~目指すべきゴールが見えません!~

梅雨野十

文字の大きさ
7 / 12

7 1日目の終わり

しおりを挟む
「どうしたんだエミリー、浮かない顔をして」
「あ、え?」

家族揃っての夕食の席。
少ししゃがれたその声に、私はぼんやりとした頭でただ反射的に返事をしていた。
見ると、お父様が心配そうにこちらの表情をうかがっていた。
清潔さを感じさせるブラウスに濃いブラウンのズボンというシンプルな出立ちだけれど、堀の深い凛々しい顔の造形、少し伸ばした顎髭が精悍さを感じさせる。シルバーの髪は額が見えるくらい上げていて表情がよくわかる。
端的に言えばまさにダンディ。素敵よお父様…!

そんな人が少々曇ったお顔でこちらを気にかけてくれたものだから、お母様や兄様も同様に私に視線を向けている。
元飼い猫の弟だけは、こちらを気にすることなく呑気に食事を続けていた。

「ごめんなさいお父様。少し考え事をしていて」

とりあえずの作り笑顔で曖昧な回答をしておく。

「そうか。今日は街に出かけたそうだな、何かあったのかね?」
「え? えーと…」

低く穏やかな声色で問いかけられると、つい何でも答えてしまいそうになる。しかし今の気持ちはなかなか説明しづらい。
私が態度を変えられずにいると、お父様はふうっと小さくため息をついた後、笑顔を浮かべながら続けた。

「ふむ、予期せぬ人物との出会いでもあったのかな? 大事がなければそれでいいのだ。ただ、食事の手はあまり止めないでおくれ。料理人たちが味つけに失敗したかと不安になるからな。はっはっはっ」
「ごめんなさい、ちゃんと、とっても美味しいわ! いただきます!」

お父様の笑い声にみんながつられて笑みをこぼし、しんとした雰囲気が明るくなっていく。
これ以上ぼーっとしているわけにはいかないわ。私は頭の中のモヤモヤをかき消すように食べ進めることにする。
わ、このお魚おいしいっ!

…もちろんモヤモヤの正体はわかっている。
時計塔から街を見下ろした夕暮れ時、高塚えみりとしては1秒も同じ時間を過ごしていないはずの同級生アルベルトが去り際に残していったあの態度。
それが私の心を…いや、むしろ脳内を駆け巡っているのだ。


部屋に戻って一息ついて。
淹れてもらった紅茶を口にしながら、私は今日という日を振り返っていた。
蝋燭は何本か火を灯してあるけれど、部屋全体をしっかりと照らすには至らない。夜の帷がとても静かに下りていた。

「愛猫との別れに悲しみにくれていたら、どこかの国の貴族に転生」
「すげーなあ」
「隣にはその愛猫が弟として転生」
「奇跡だなあ」
「はしゃいで街に遊びに行ったら同級生とバッタリ」
「奇遇だなあ」
「誘われた時計塔でまさかの恋愛ドラマ第2話あたりの展開」
「よくわかんないなあ」
「ていうかアレク、なんで私の部屋にいるのアンタ」
「まだ眠くないんだもーん」

そう言ってアレクは私のベッドに飛び乗る。ごろりと寝返りを打ってからこちらを見ると、にっこりと笑った。

「えみりにまたおやすみって言えるの嬉しいなー」
「き、急に何よ! 照れる!! 照れちゃう!!」

一瞬でニヤニヤしてしまった私の顔を見てアレクは満足気だ。
そうね、おやすみって言えるのは、嬉しいことね。

「ねーアレク。アルベルトのあの反応、もしかして、もしかしちゃうよね? ここ? ここで私にフラグが立っちゃった?」
「俺はよくわかんないよ」
「だってあんな映えスポットで、こっちの一言にあの態度だよ? 絶対気があるわよね彼」
「よくわかんないけど、もうちょっと言い方があるんじゃないかにゃー」
「スマホ持ってれば激写したのに」
「アルベルトを?」
「まずはあの風景ね。インスタに即アップ」

見渡した景色はとてもきれいだった。
どうやらここにはスマホもインスタも存在しないけど。

「で、エミリーは何がそんなに気になってんの?」
「どういうこと?」
「街から帰ってくる時も、ご飯の時も、なんか気になっててボンヤリしてるんでしょ?」
「気になってる…」

そうなのだろうか。気になること…気にしているのだろうか。
気にする。何を? アルベルトを?
ううん、これはきっと…。

「後悔かな」
「後悔?」
「そ。あー、やっちゃった!って」

ベッドでゴロゴロする弟から視線を外し、かと言ってどこを見つめるでもなく、住み慣れた見慣れない部屋を見渡す。

「高塚えみりが昔デートに誘ってもらったこととか、言わなくてよかったわよね。私の…もう前世って呼べばいいのかしら、その辺の経験は伝える必要なかったなー、って」
「そうなんだー」
「だってアルベルトも私も16歳よ。32歳のオトナの女としての経験なんて、説明されてもよくわかんないじゃない?
余計なこと言っちゃった」

ふうっとため息をついて天井を見上げる。
これからも前世の経験が邪魔になるってことなのかしら。
というか転生してまた一日も経ってない。

「朝からいろいろあったわね、どっと疲れたわ」
「そんな時は寝ちゃおうぜー」
「アンタは気楽ね」
「姉様がなんか悩んでるだけじゃん」
「まあそうなんだけど…よし、寝ちゃおう」
「寝よ寝よ、一緒に寝よー」
「それはちょっと恥ずかしいんですけど!?」


ベッドに居残ろうとする弟を部屋に追い返し、お風呂を済ませてネグリジェにお着替え。部屋の灯りを消すと一瞬で真っ暗になった。
明日起きたら高塚えみりに戻っちゃうのかしら。ふとそんなことを思いながらベッドに横になり、今日の出来事の記憶を反芻しようとして、しかし一瞬で眠ってしまった。
お疲れ様、私。

「エミリー」

アルベルトに呼ばれた。
ああ、これは夢の中ね。
これは夢だとはっきり認識するなんて、なんだか不思議。でも転生より不思議なことなんてそうそう無いわよね、これくらい平常心で向かわなくっちゃ。

「だったらさエミリー、俺はいつかお前のために、最高の時計を作ってやるよ!」

…思い出した。教会を出て、二人で時計塔を見つめながらお話をしたこと。
そう言ってくれたアルベルトの笑顔を思い出した。
そして自分の気持ちも。

「…そうだ」

私は…エミリー・フォン・ビスマルクは、アルベルトに恋をしていることを、はっきりと思い出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜

白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。  私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。  けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?  関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。  竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。 『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』 ❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。 *乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。 *表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。 *いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。 *他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...