愛猫の願いで令嬢転生?~目指すべきゴールが見えません!~

梅雨野十

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6 昼下がりの景色に

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我がビスマルク領随一の・・・なんて言い回しは大袈裟すぎるかしら。時計塔のある広場はこの街ワーズルクのシンボルと呼べるものだ。

たくさんの人が集まって、繋がって、時にはすれ違って、また出会う場所。

ちなみにワーズルクというのはこのあたり一体の山を吹き飛ばして平地を作った伝説の巨人の名前だということを、アルベルトと話す中で思い出した。

「思いっきり力技よね巨人様ったら」
「ははっ、昔話を真に受けるなよ」

他愛のない話をしながら広場に着いてから、無意識に時計塔を見上げ、改めてその高さを確認する。
赤レンガ造りの由緒ある建物。

「お母様たちはまだ来てないみたいね」
「俺は師匠に届け物をしてくるよ」
「ね、せっかくだから付いていってもいい? 時計塔の中って入ったことないから」
「いいよ。入り口はあっちの裏にあるんだ」

アルベルトが指し示したのは広場からちょうど死角になっている細い路地。彼について路地に入ると、黒い鉄の扉があった。ところどころ錆びていて、いかにも年季が入った見た目。
建て付けも少々歪んでいるのだろうか、アルベルトが少々力づくで扉を開けると、そこには扉と同じく無骨な見た目の階段があった。

「ここも時計塔の1階部分だけど、表の部屋からは入れないんだ。時計の機関部まで直通の入口さ」
「へえ・・・」
「師匠はきっと上だな。登ろう」
「はーい」

カンカンカンと足音を響かせながら階段を登る。時計の歯車が噛み合う音が規則正しく続く中、上部を目指して進んでいった。
時計塔の高さは現代日本で言うところの6階建てマンションくらいだろうか。
どうやらエレベーターやエスカレーターみたいなものはないようなので、ひたすら登っていくことになった。
燭台の明かりとは別に、塔のあちこちに隙間があるのだろうか、白い光が差している。
はるか高い天井を見上げると、なんとも幻想的な光景だった。

「ちょっと、こんなに、階段登るの、初めてかも、うわあん」
「はは、お嬢様にはキツかったか? でも頑張ったらご褒美があるからな」
「え、ご褒美? なになにっ?」
「お楽しみだよ」

ご褒美と言われてちょっと元気になる私。我ながら調子のいい性格だ。

アルベルトはペースを落とすことなく登り続けている。その様子がちょっと悔しくて、私も負けじと彼のペースにくっついていくことにした。時には一段飛ばしたりして。

「着いたよ」
「ようやくゴールね、やったあ」

アルベルトに声を掛けられ、下ばかり向いて歩いていたことに気づく。
視線を上げると、そこは薄暗い屋根裏部屋のようなフロアだった。いくつかの巨大な歯車が手を伸ばせば触れられるくらいの距離でギシギシとゆっくり音を立てて回っていた。

「師匠、届け物です。工具が置きっぱなしでしたよ」
「おお? アルか。わざわざすまねえな」

アルベルトが声をかけると、歯車の背後から白髪のおじいさんが顔を出した。
髪だけじゃないわ。たくわえられた口髭も真っ白で、その浅黒い肌との対比が暗がりでも際立っていた。
あの人がアルベルトのお師匠様ね。
ドカドカと足音を立てて近づいてくるその人は、そばに立つとアルベルトを越すくらいの長身だった。
お顔はとっても柔和な表情を浮かべているけど、立ち姿も背筋がピンとして、うちのダニエラさんみたいだ。

「せっかく届けてもらったんだし、入念に点検しておこう。で、そっちのお嬢さんは」
「エミリーだよ。ビスマルク家の」
「男爵の娘さんか、そうかそうか。随分と立派になって」

お師匠さんは私に向き直り、変わらずの優しい笑顔で胸に手を当て一礼してくれた。

「お嬢ちゃんたちがまだ小さい頃、教会に通っていたの何度か見たことがあるんだ。ちゃんとお話するのは初めてだね。私はレオン。時計職人だ、よろしく」
「初めましてレオンさん。エミリー・ビスマルクです」

そつなく挨拶を返す私。お嬢様的な立ち振る舞いができているのか不安だけど、ちゃんとしなくちゃね。

「エミリー、こっち」
「え?」

アルベルトに呼ばれて振り向くと、扉が開いて空が見えていた。手招きされるまま歩み出ると、そこは時計塔の文字盤近くに作られた小さなバルコニーのようなところだった。
そして、眼前には街並みだけでなく遠くの山々や平原といった色鮮やかな景色が広がっていた。

「わあ、素敵!」
「だろ? ご褒美ご褒美。街が全部見える特等席だぜ」
「そういうことね!」
「いつかエミリーに見せたいなって、前から思っててさ。今日になるとは思わなかったけど」
「あはは、そうなの? 急でごめんね」

ふわりと吹く風に髪を押さえる。とてもさわやかで気持ちが良い。

「高いところから見る景色って久しぶりだわ」
「え、そうなんだ」
「うん、前は・・・ビル最上階のレストランに連れてってもらって、夜景デートみたいな」
「は?」

あ。
しまった、完全に高塚えみりの思い出話をしてしまった。
ビルだの夜景だの、全然通じないわよね、そんな話。

「ごめんごめん、なんか私変なこと言っちゃった」
「いや、デートって何だよ、誰と」
「え? あ、えーっと」

あれ?

苦笑いしながらアルベルトの顔を見て、私は固まった。
彼はとても真剣な表情に、困ったような、それでいてどこか悲しそうな目を浮かべてこちらを真っ直ぐ見ていたのだから。

これは、もしかして?

「アルベルト? ショック受けてる?」
「ショックって、な、何だよ! そんなの別に・・・ちょっと驚いただけだって!」

そのままアルベルトは私に背を向けると、俺、先降りるから!とバタバタと階段を降りていってしまった。

「ちょっと、アルベルトー! 置いてかないでよー!」
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