エレンディア王国記

火燈スズ

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第1章

9.エレンディアという土地

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 誰もが息をのむ。キースの宣誓も、ユリオスの言葉も、シャリスの言ったことだって、この瞬間はみな忘れていたのだろう。

「…エレンディアだと?」

 国王が低く声を漏らす。その声には、驚きと戸惑いが入り混じっていた。国王ですらその真意が見抜けていないのだ。

「はい。国王陛下。あのエレンディア、でございます。」

 なぜ全員が息をのんだのか。それを知るには、このエレニア王国の周辺地理について詳しく知っておく必要がある。
 エレニア王国は、大国だ。この国が存在する大陸の大半はこの国の領土である。歴史も長く、決して最近奪い取った土地というわけではない。隣国に大きな国ももちろんあるが、エレニア王国の土地の広さは随一である。
 しかし、この大陸のすべてが解明されたわけではない。エレニア王国以外の、エレニア王国と国交のある国や、国交は結んでいなくても認知してる国はエレニア王国北方、西方にある。東方は広大な海が広がっており、エレニアの土地の東端は極東と言っていいのだろう。そして南側には、背の高い山脈地帯があり、人々が住むことができないような廃れた土地が広がっている。国境として、エレニア王国は世界各国に、この山脈の手前にある町『レジェン』の領土を設定しているが、別にこの山脈から先が誰かの国、ということはない。住むも探索するも難易度が高すぎるこの土地は、他国からすると『エレニアの先にある謎の土地』であり、エレニアからすると、『探索困難なフロンティア』なのである。

「エレンディアとは、5年前にエレニア王国の超級冒険者ギルド『獅子の刻印』が山脈の最高峰テザの山に到達し、その先には広大な草原が広がっていたことを発見しました。」

 そして、その山脈の南方の土地をエレニア王国は『エレンディア』と名付け、自国の領土とすべくその地に言ったのだが…

「…その調査隊は5度送り、5度とも全滅したではないか。おぬしはその調査に行こうというのか。」

「はい。私は調査隊の指導者としてエレンディアに向かい、いまだ謎に包まれているあの土地を解明、そしてエレニア王国の国益となる情報、資源を発見し、あの地を治めて見せます。」

 誰も声を発することができなかった。それは、内容への驚きこそあれど、リアへの尊敬の念…そんなものではない。

 一言で言うなら、この部屋にいるほとんどの者の目は『蔑視』だった。
 トゥラメスが空気感に焦りを見せて言う。

「リア、それは本気で言っているのか?」

「ええ。もちろん。こんな儀式の場で嘘は吐きません。」

「だったらなおさら納得できないな。君はこの王城を出て、王族として、この地で政治に参加することを捨て、一介の領主になろうというのか?」

 そう。エレニア王族にとって、『王城の中で政治に参加する』ということは、誇り高いことであり、王城を出ることは恥ずかしいことであるとされているのだ。その土台には、王族とは、王都中枢にて政治を行い、常に一貫した立場を貫くべしという教えがある。
 王都の外にいる王族の血を引く者は、そのほとんどが何かをやらかして追放となった者であり、望んで出る者など一人もいないのだ。

「…恥ずべき行為だ。」一人の王族が口走る。それはレオンだった。その言葉にリアが振り返る。それを見て兄弟たちは口々にリアを非難した。

「そうだ!どういうつもりだリア!」

「王族の恥さらしめ!」

「国王よ、望み通りエレンディアに追放すべきです!」

 黙っていたのは、壇上のシャリス、後方で信じられないものを見る目でリアを見るユリオス、そして、第2王位継承者のキースだった。

「控えい!ここは儀式の場である!」

 突然王の怒鳴り声が響き渡る。途端に騒ぎは沈静化した。国王はリアの方をじっと見つめる。

「…リアよ。2つ問おう。1つは国王として問う。その宣誓は、エレニア王家のこれまでの伝統、考え方に反するものであるが、お前の言う通りエレンディアには大きな利益がある可能性も捨てきれん。しかし、その反面大きな災いをも連れ帰る可能性もあるのではないか?その時、お前はどのように責任を取るというのだ。」

「…王よ、このような儀式の場で言うべき言葉かどうか、きわめて迷うところではありますが…」

 リアは一瞬だけ言葉を紡ぐのを躊躇したが、思い切ったように言った。

「エレニア王家の基本理念、『王族は中枢で政治を進めるべきである』という考え方は、国の発展を阻害する悪しき伝統なのではないでしょうか。」

 部屋の空気が凍り付く。それでもリアは続ける。

「適材適所、という言葉がございます。キース兄上のように智に優れる王族もいれば、レオン兄上のように武に優れる王族もいます。冒険者に向いた才能をもつ王族もいるかもしれません。外に出ることで真価を発揮する王族もいるはずなのです。王族以外の者だけに外のことを任せるのは間違っている。」

「そしてお前は、その才能をもつ人間であると?」

「…はい。しかし、国王が言われる通り、この国に益をもたらすものではなく、害を持たらすものを発見してしまった場合は、徹底的に害を排除し、全責任を私がとるつもりでございます。」

「そうか。…ではもう一つ。これはお前の父としての問いだ。」

 国王は一瞬表情をやわらげた。威厳ある国王ではなく、父としてリアの方を見たのだ。

「リアよ、家族を、置いてゆくのか?」
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