12 / 197
第1章
9.エレンディアという土地
しおりを挟む誰もが息をのむ。キースの宣誓も、ユリオスの言葉も、シャリスの言ったことだって、この瞬間はみな忘れていたのだろう。
「…エレンディアだと?」
国王が低く声を漏らす。その声には、驚きと戸惑いが入り混じっていた。国王ですらその真意が見抜けていないのだ。
「はい。国王陛下。あのエレンディア、でございます。」
なぜ全員が息をのんだのか。それを知るには、このエレニア王国の周辺地理について詳しく知っておく必要がある。
エレニア王国は、大国だ。この国が存在する大陸の大半はこの国の領土である。歴史も長く、決して最近奪い取った土地というわけではない。隣国に大きな国ももちろんあるが、エレニア王国の土地の広さは随一である。
しかし、この大陸のすべてが解明されたわけではない。エレニア王国以外の、エレニア王国と国交のある国や、国交は結んでいなくても認知してる国はエレニア王国北方、西方にある。東方は広大な海が広がっており、エレニアの土地の東端は極東と言っていいのだろう。そして南側には、背の高い山脈地帯があり、人々が住むことができないような廃れた土地が広がっている。国境として、エレニア王国は世界各国に、この山脈の手前にある町『レジェン』の領土を設定しているが、別にこの山脈から先が誰かの国、ということはない。住むも探索するも難易度が高すぎるこの土地は、他国からすると『エレニアの先にある謎の土地』であり、エレニアからすると、『探索困難なフロンティア』なのである。
「エレンディアとは、5年前にエレニア王国の超級冒険者ギルド『獅子の刻印』が山脈の最高峰テザの山に到達し、その先には広大な草原が広がっていたことを発見しました。」
そして、その山脈の南方の土地をエレニア王国は『エレンディア』と名付け、自国の領土とすべくその地に言ったのだが…
「…その調査隊は5度送り、5度とも全滅したではないか。おぬしはその調査に行こうというのか。」
「はい。私は調査隊の指導者としてエレンディアに向かい、いまだ謎に包まれているあの土地を解明、そしてエレニア王国の国益となる情報、資源を発見し、あの地を治めて見せます。」
誰も声を発することができなかった。それは、内容への驚きこそあれど、リアへの尊敬の念…そんなものではない。
一言で言うなら、この部屋にいるほとんどの者の目は『蔑視』だった。
トゥラメスが空気感に焦りを見せて言う。
「リア、それは本気で言っているのか?」
「ええ。もちろん。こんな儀式の場で嘘は吐きません。」
「だったらなおさら納得できないな。君はこの王城を出て、王族として、この地で政治に参加することを捨て、一介の領主になろうというのか?」
そう。エレニア王族にとって、『王城の中で政治に参加する』ということは、誇り高いことであり、王城を出ることは恥ずかしいことであるとされているのだ。その土台には、王族とは、王都中枢にて政治を行い、常に一貫した立場を貫くべしという教えがある。
王都の外にいる王族の血を引く者は、そのほとんどが何かをやらかして追放となった者であり、望んで出る者など一人もいないのだ。
「…恥ずべき行為だ。」一人の王族が口走る。それはレオンだった。その言葉にリアが振り返る。それを見て兄弟たちは口々にリアを非難した。
「そうだ!どういうつもりだリア!」
「王族の恥さらしめ!」
「国王よ、望み通りエレンディアに追放すべきです!」
黙っていたのは、壇上のシャリス、後方で信じられないものを見る目でリアを見るユリオス、そして、第2王位継承者のキースだった。
「控えい!ここは儀式の場である!」
突然王の怒鳴り声が響き渡る。途端に騒ぎは沈静化した。国王はリアの方をじっと見つめる。
「…リアよ。2つ問おう。1つは国王として問う。その宣誓は、エレニア王家のこれまでの伝統、考え方に反するものであるが、お前の言う通りエレンディアには大きな利益がある可能性も捨てきれん。しかし、その反面大きな災いをも連れ帰る可能性もあるのではないか?その時、お前はどのように責任を取るというのだ。」
「…王よ、このような儀式の場で言うべき言葉かどうか、きわめて迷うところではありますが…」
リアは一瞬だけ言葉を紡ぐのを躊躇したが、思い切ったように言った。
「エレニア王家の基本理念、『王族は中枢で政治を進めるべきである』という考え方は、国の発展を阻害する悪しき伝統なのではないでしょうか。」
部屋の空気が凍り付く。それでもリアは続ける。
「適材適所、という言葉がございます。キース兄上のように智に優れる王族もいれば、レオン兄上のように武に優れる王族もいます。冒険者に向いた才能をもつ王族もいるかもしれません。外に出ることで真価を発揮する王族もいるはずなのです。王族以外の者だけに外のことを任せるのは間違っている。」
「そしてお前は、その才能をもつ人間であると?」
「…はい。しかし、国王が言われる通り、この国に益をもたらすものではなく、害を持たらすものを発見してしまった場合は、徹底的に害を排除し、全責任を私がとるつもりでございます。」
「そうか。…ではもう一つ。これはお前の父としての問いだ。」
国王は一瞬表情をやわらげた。威厳ある国王ではなく、父としてリアの方を見たのだ。
「リアよ、家族を、置いてゆくのか?」
34
あなたにおすすめの小説
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~
さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。
全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。
ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。
これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる