エレンディア王国記

火燈スズ

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第2章

89.ウァリウス=オグド

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 オグド家の屋敷は、ティグリス家よりも華やかで、少しけばけばしい。門柱には装飾過多な彫刻、庭先には見慣れない石像が並んでいる。

(……威張りたいのが透けて見えるな)リアは心の中でため息をついた。

 扉が開き、声が弾ける。

「おおお……! これはこれは、王家の光輪をお持ちということは、エレニア王家のお二人ですな!お待ちしておりました!」

 現れたのは、丸々とした体型の男だった。赤銅色の法衣をまとい、太い指には金の指輪がいくつもはまっている。
にやけた笑顔を絶やさず、声は無駄に大きい。

「私はこの村の司祭にして村長、ウァリウス=オグドでございます!」

 彼は大仰に両腕を広げ、恭しく頭を下げる。だが、その目は計算高い光を放っていた。
 案内された応接室には、上等なワインと菓子が並んでいた。リアが座ると、ウァリウスは椅子ごと前に滑り寄り、笑顔を崩さぬまま、ほとんど机に覆いかぶさるように話し出した。

「いやぁ、王族様がこのような村に足をお運びになるとは……感激ですとも! ──なに、ここだけの話ですがね、私、王族とのご縁を心から望んでおりまして…ね?」

(……素直すぎるな)リアは心の奥で呟いた。

 リアは礼を言い、本題に入った。

「オグド家にも、エレンディア開拓の件で協力をお願いしたい」

 ウァリウスは手を打ち、顔を輝かせる。

「もちろん! もちろんですとも、リア様!オグド家に限らず、ケルナ村総出でお手伝いいたしますよ!」

 しかしその後、まるでついでのように話を変えた。

「──ところで、ご存じでしょうか? この村の豊穣の祭りがもうすぐなんですよ」

 リアが首を傾げると、ウァリウスは笑いながら続ける。

「いやぁ、この祭り、毎年やってはいるんですがね──そろそろ『形だけの神事』はやめようと思ってるんです」

 室内の空気がわずかに揺れた。シャリスが眉をひそめる。

「……やめる?」

 ウァリウスはまるで悪びれもせず、むしろ胸を張って答えた。

「そうですとも! ティグリス家とリグレン家はまだ古い神事を重んじていますが……今の時代、神に祈るより祭りを楽しむ方がよほど村のためになると思いませんか?」

 リアは目を細めた。

「……つまり、来年からは…」

 ウァリウスはあっけらかんと笑った。

「今年は最後にちょこっとやって、これで終わりにする予定でございます!来年からは──神事自体をなくすつもりでいます」

 リアの視線が鋭くなる。だが、声はあくまで冷静だった。

「……信仰をなくして、本当に村のためになると思うのか?」

 ウァリウスは笑顔を崩さず、わざとらしく肩をすくめた。

「リア様、村の若い者は神事なんて退屈がるだけですよ。祈りだの供物だのより、楽しい催しと酒があればいい。──その方が村に人も金も集まる!」

(……完全に信仰も神も切り捨てるつもりだな)

 リアは胸の奥に重いものを感じたが、今ここで噛み付くことはしなかった。ウァリウスはにこにこ笑ったまま、話を切り替える。

「ですから──ぜひ、豊穣の祭りに参加してほしいのでございます!王族様が来てくだされば、今年は盛り上がりますとも!」

 リアは少しだけ間を置き、短く答えた。

「……分かりました。参加します」

 ウァリウスは喜びを隠しもせず、手を叩いた。

「ありがたい! これで祭りは最高のものになる!」

 リアはわずかに笑みを浮かべ、しかし棘のある声を落とした。

「──最高かどうかは、本当に高貴な者が来るだけで成り立つのかは、わかりかねますがね。」

 だがウァリウスはまるで聞こえていないかのように陽気に笑い飛ばした。

「はっはっは! いやぁ、リア様は真面目だ! ですが今年はぜひ新しい祭りをご覧になってください!」

 屋敷を出るとき、リアは軽く頭を下げた。

「……では、祭りのときに。」

 ウァリウスは大きな声で笑い、太い手でリアの肩を叩いた。

「期待していますぞ、リア様!」

 屋敷を出た瞬間、リアは深く息を吐いた。

(……協力は取り付けた。だが──)

 胸の奥に、もやもやとした感覚が渦を巻いていた。神事を捨て、信仰を利用するだけに変えようとしている男。
表向きは丁寧にへりくだりながらも、本音は信仰を切り捨てる自信家。

 リアは空を見上げ、胸元のペンダントをそっと握りしめた。

(……この村の風が、本当にこれで守れるのか?)

 夕方の風が吹き、オグド家の門前に積もった砂埃を巻き上げた。
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