93 / 197
第2章
90.風見の翼
しおりを挟む昼過ぎ、カイラとケニーは、村の石畳を並んで歩いていた。向かう先は、村唯一の冒険者ギルド、小さな建物だ。看板には『風見の翼』と殴り書きしてある。
「名前だけは立派ですね」ケニーが苦笑する。
「『風見の翼』って言われると、なんかすごい冒険者集団って感じしますけど」
カイラは肩をすくめた。
「名前負けしていないといいがな」
二人が戸を開けると、かすかな鐘の音が鳴った。
中は思ったよりもこじんまりしていた。カウンターの奥で受付の少女が頬杖をつき、窓際のテーブルでは三人の青年がカードゲームをしている。壁に貼られた依頼書は数えるほどしかなく、内容も「畑の害獣退治」「荷物運び」「迷子の羊探し」など、肩の力が抜けるものばかりだった。
ケニーが小声でつぶやいた。
「……暇そうですね」
カイラもあたりを一瞥して小さく頷く。ギルドの空気は、戦場帰りの兵士であるカイラに言わせれば「牧歌的」の一言に尽きた。
「いらっしゃいませー」受付の少女がだるそうに声をかける。
「ご用件は?」
カイラは一歩前に出て名乗った。
「エレンディア開拓団の一員だ。少し話を聞かせてほしい」
「おお?」
カードゲームをしていた青年たちがこちらを振り向いた。三人のうち、一番元気そうな茶髪の青年が立ち上がった。年は二十歳そこそこ、剣を腰に下げているが、その身のこなしは軽すぎるほど軽い。
「おお、開拓団ってホントに来てたんだな!俺はエル!『風見の翼』の最強剣士だ!」
「最強?」ケニーが眉を上げる。
「そう、最強!」エルは胸を張り、勢いよくカイラの前に出る。
「なあ兄さん、手合わせしてくれないか?」
カイラは目を細めた。
「手合わせ?」
「そうだよ!あんた軍人だろ?顔見りゃ分かる!」エルは笑顔のまま、木剣を二本持ってきた。
「ほら、これ使おうぜ!」
ケニーが笑いをこらえて言った。
「なんか面白そうだから、やっちゃいましょうよ、カイラさん」カイラはため息をつき、木剣を受け取った。
「……分かった。少しだけな」
ギルドの裏庭に移動すると、他のメンバーもぞろぞろとついてきた。七人ほどの若者が、まるで見世物でも見るかのように円を作る。エルは剣を振って肩を回し、にやりと笑った。
「手加減はしなくていいぜ!」
カイラは無言で剣を構えた。
合図もなく、エルが先に飛びかかる。速さはあるが、動きが雑だ。大きく振りかぶった斬り下ろし──それをカイラは片手で受け止め、簡単に弾いた。
「なっ──!?」
エルが体勢を崩した瞬間、カイラの木剣が彼の手首を軽く叩き、次に膝、最後に肩へ。
「ぐあっ!」
エルは三撃で地面に膝をついた。あまりのあっけなさに、ギルドの仲間たちは呆然とした。
「……もう終わりか?」
カイラは淡々と尋ねる。エルは歯を食いしばり、再び立ち上がろうとするが、足が震えている。
「ま、待て……まだ!」
次の瞬間、カイラが踏み込んだ。踏み込みの速さは矢のよう。木剣の切っ先がエルの胸前で止まる。
「……そこまでだ」
エルは目を丸くした。そして、数秒後──
「……完敗だ」
地面に木剣を落とし、肩で息をした。ギルドの仲間たちが一斉にざわめく。
「すっげえ……」
「エルがこんなに簡単に……」
受付の少女まで裏庭に顔を出していた。
「……あの、エレンディア開拓団って、王都からの依頼があった…」
「ああ、その開拓団のメンバーだ。」
カイラが木剣を戻しながら振り向くと、青年たちが目を輝かせて群がった。
「俺たちにも稽古をつけてください!」
「お願いします! 剣、もっと上手くなりたいんです!」
ケニーが口元を押さえて笑いをこらえた。
「すごい人気ですね、カイラさん。弟子志願がこんなに」
カイラは頭をかき、苦笑いを浮かべた。
「……稽古くらいなら、してやる」
エルは悔しそうに笑いながら、手を差し出した。
「今日の借り、絶対返すからな。でも……ありがとう。俺たち、本気で強くなりたいんだ」
カイラはその手をしっかりと握り返した。
「強くなりたいなら──まずは、基礎からだ」
その言葉に、ギルドの若者たちは一斉に頷いた。裏庭に、夕方の風が吹き抜け、木剣の匂いがかすかに漂った。この日、暇だった『風見の翼』は──カイラの登場で、初めて剣を学ぶ者の顔つきになったのだった。
35
あなたにおすすめの小説
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
ドラゴネット興隆記
椎井瑛弥
ファンタジー
ある世界、ある時代、ある国で、一人の若者が領地を取り上げられ、誰も人が住まない僻地に新しい領地を与えられた。その領地をいかに発展させるか。周囲を巻き込みつつ、周囲に巻き込まれつつ、それなりに領地を大きくしていく。
ざまぁっぽく見えて、意外とほのぼのです。『新米エルフとぶらり旅』と世界観は共通していますが、違う時代、違う場所でのお話です。
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。
かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。
ついでに魔法を極めて自立しちゃいます!
師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。
痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。
波乱万丈な転生ライフです。
エブリスタにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる