エレンディア王国記

火燈スズ

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第2章

90.風見の翼

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 昼過ぎ、カイラとケニーは、村の石畳を並んで歩いていた。向かう先は、村唯一の冒険者ギルド、小さな建物だ。看板には『風見の翼』と殴り書きしてある。

「名前だけは立派ですね」ケニーが苦笑する。

「『風見の翼』って言われると、なんかすごい冒険者集団って感じしますけど」

 カイラは肩をすくめた。

「名前負けしていないといいがな」

 二人が戸を開けると、かすかな鐘の音が鳴った。
 中は思ったよりもこじんまりしていた。カウンターの奥で受付の少女が頬杖をつき、窓際のテーブルでは三人の青年がカードゲームをしている。壁に貼られた依頼書は数えるほどしかなく、内容も「畑の害獣退治」「荷物運び」「迷子の羊探し」など、肩の力が抜けるものばかりだった。

 ケニーが小声でつぶやいた。

「……暇そうですね」

 カイラもあたりを一瞥して小さく頷く。ギルドの空気は、戦場帰りの兵士であるカイラに言わせれば「牧歌的」の一言に尽きた。

「いらっしゃいませー」受付の少女がだるそうに声をかける。

「ご用件は?」

 カイラは一歩前に出て名乗った。

「エレンディア開拓団の一員だ。少し話を聞かせてほしい」

「おお?」

 カードゲームをしていた青年たちがこちらを振り向いた。三人のうち、一番元気そうな茶髪の青年が立ち上がった。年は二十歳そこそこ、剣を腰に下げているが、その身のこなしは軽すぎるほど軽い。

「おお、開拓団ってホントに来てたんだな!俺はエル!『風見の翼』の最強剣士だ!」

「最強?」ケニーが眉を上げる。

「そう、最強!」エルは胸を張り、勢いよくカイラの前に出る。

「なあ兄さん、手合わせしてくれないか?」

 カイラは目を細めた。

「手合わせ?」

「そうだよ!あんた軍人だろ?顔見りゃ分かる!」エルは笑顔のまま、木剣を二本持ってきた。

「ほら、これ使おうぜ!」

 ケニーが笑いをこらえて言った。

「なんか面白そうだから、やっちゃいましょうよ、カイラさん」カイラはため息をつき、木剣を受け取った。

「……分かった。少しだけな」

 ギルドの裏庭に移動すると、他のメンバーもぞろぞろとついてきた。七人ほどの若者が、まるで見世物でも見るかのように円を作る。エルは剣を振って肩を回し、にやりと笑った。

「手加減はしなくていいぜ!」

 カイラは無言で剣を構えた。
 合図もなく、エルが先に飛びかかる。速さはあるが、動きが雑だ。大きく振りかぶった斬り下ろし──それをカイラは片手で受け止め、簡単に弾いた。

「なっ──!?」

 エルが体勢を崩した瞬間、カイラの木剣が彼の手首を軽く叩き、次に膝、最後に肩へ。

「ぐあっ!」

 エルは三撃で地面に膝をついた。あまりのあっけなさに、ギルドの仲間たちは呆然とした。

「……もう終わりか?」

 カイラは淡々と尋ねる。エルは歯を食いしばり、再び立ち上がろうとするが、足が震えている。

「ま、待て……まだ!」

 次の瞬間、カイラが踏み込んだ。踏み込みの速さは矢のよう。木剣の切っ先がエルの胸前で止まる。

「……そこまでだ」

 エルは目を丸くした。そして、数秒後──

「……完敗だ」

 地面に木剣を落とし、肩で息をした。ギルドの仲間たちが一斉にざわめく。

「すっげえ……」

「エルがこんなに簡単に……」

 受付の少女まで裏庭に顔を出していた。

「……あの、エレンディア開拓団って、王都からの依頼があった…」

「ああ、その開拓団のメンバーだ。」

 カイラが木剣を戻しながら振り向くと、青年たちが目を輝かせて群がった。

「俺たちにも稽古をつけてください!」

「お願いします! 剣、もっと上手くなりたいんです!」

 ケニーが口元を押さえて笑いをこらえた。

「すごい人気ですね、カイラさん。弟子志願がこんなに」

 カイラは頭をかき、苦笑いを浮かべた。

「……稽古くらいなら、してやる」

 エルは悔しそうに笑いながら、手を差し出した。

「今日の借り、絶対返すからな。でも……ありがとう。俺たち、本気で強くなりたいんだ」

 カイラはその手をしっかりと握り返した。

「強くなりたいなら──まずは、基礎からだ」

 その言葉に、ギルドの若者たちは一斉に頷いた。裏庭に、夕方の風が吹き抜け、木剣の匂いがかすかに漂った。この日、暇だった『風見の翼』は──カイラの登場で、初めて剣を学ぶ者の顔つきになったのだった。
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