94 / 197
第2章
91.仲間
しおりを挟む夕暮れが近づき、裏庭にかすかに橙の光が差し込んでいた。木剣が乾いた音を立てるたび、ギルドの若者たちの肩と膝が揺れる。
「はっ、はっ……もう、無理だ……」
「腕が、上がらねぇ……」
『風見の翼』のメンバーは、畳の上でほとんど潰れていた。汗だくの顔に土埃がつき、息をするたび胸が苦しげに上下する。
「……これで基礎稽古は終わりだ」
木剣を納めるカイラの声は涼しかった。彼の額にうっすら汗は光っているが、息も乱れていない。ケニーが腕を組み、呆れ半分で言った。
「……あんた、鬼ですね」
カイラは苦笑を浮かべた。
「基礎だ。これくらいで音を上げるようじゃ話にならん」
ギルドの若者たちは「鬼だ……」「でも、なんか清々しい……」と呻きながら笑い、少しずつ立ち上がった。
室内に戻ると、木の椅子が引きずられる音が響いた。薄暗いランプの光が揺れ、テーブルには水の入ったカップが並べられる。ケニーが椅子に腰を下ろし、手で風を送る仕草をした。
「いやぁ……こっちは見てるだけだったのに、なんか疲れましたよ」
「お前は口だけ動かしてたな」カイラが静かに突っ込むと、ケニーは肩をすくめて笑った。
木のテーブルを囲み、自己紹介が始まった。茶髪で剣を腰に下げた青年が名乗る。
「俺はエルだ。……さっき、カイラさんに完膚なきまでに叩きのめされた奴な」
ギルド内から小さな笑いが起きる。
「エルがあんなにやられるなんて初めて見たぞ」
「いやぁ、気持ちいいくらいに負けたな」
続いて、眼鏡をかけた細身の青年が顔を上げる。
「俺はマリオ。斥候役だ。……見てのとおり、剣はあんまり得意じゃない」
「リリアです」小柄な少女がぺこりと頭を下げた。髪を後ろで結び、弓を背負っている。
「エルの幼なじみです。みんな……ほとんど幼なじみなんです」
エルが笑って肩を竦めた。
「そういうわけで、『風見の翼』は全員ガキのころからの仲間なんだ」
ケニーが感心したように目を丸くする。
「いいじゃないですか。仲良しギルドってやつですね」
和やかな雰囲気になったところで、カイラが姿勢を正した。
「──本題に入ろう」
ギルドの空気が少し引き締まる。
「俺たちエレンディア開拓団は、これから南方の未踏地を調査する。しかし、これまでの調査隊が全滅したのも事実だ。危険だし、手間もかかる」
エルが頷いた。
「噂は聞いてる。エレンディアって場所は魔物だらけ、悪魔の荒野だってな」
カイラは頷き、淡々と続けた。
「その事実が本当かどうかはわからないが…。だから──人手が必要だ」
ギルドの面々が目を見合わせる。
「『風見の翼』を、開拓団の傘下に置きたい」
数秒の沈黙。エルが先に口を開いた。
「……でもな、俺たちには、この村を守るって使命がある。俺たちの仲間や家族がここにいる。全部放り出してエレンディアに行くことは、できない」
マリオも眼鏡を押し上げながら言葉を重ねた。
「この村に冒険者は俺たちしかいない。依頼が少ないとはいえ、守る責任はあるんだ」
カイラは二人の目を見て、静かに頷いた。
「分かっている。だから──」
カイラの声が低く響いた。
「俺がお前たちを鍛える。」
ギルドの空気が揺れた。
「鍛える?」リリアが目を瞬かせる。
「そうだ」カイラは迷いなく言った。
「さっきの稽古は基礎だ。……あれで限界なら、村を守るのも、ましてエレンディアに関わることもできない」
エルが苦笑する。
「ぐうの音も出ねぇな」
カイラは彼を見据えた。
「俺が、お前たちを一人前の戦士にする。その代わり──エレンディア開拓に関する依頼は、優先して受けてほしい」
ギルドの若者たちは、顔を見合わせた。やがて、エルが静かに頷いた。
「……悪くない話だな。こっちは強くなれるし、あんたの頼みも聞く。村を守るのも、エレンディアに関わるのも、両方やる」
マリオも小さく笑った。
「……正直、俺たちには基礎から必要だ。鍛えてもらえるならありがたい」
リリアも弓を撫で、しっかりとカイラを見る。
「強くなりたいです。……だから、お願いします」
ケニーが横でニヤリと笑った。
「ほら、これでカイラさん、ギルドの師匠ですね」
「……言い方を考えろ」カイラは少しだけ照れたように眉をひそめた。
こうして──『風見の翼』は、正式にエレンディア開拓団の『協力ギルド』となった。
裏庭に置かれた木剣が夕陽に照らされ、影を落としていた。今日叩き込まれた痛みを、彼らはきっと忘れない。そして明日から、それが強さに変わっていくのだろう。
33
あなたにおすすめの小説
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる