エレンディア王国記

火燈スズ

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第2章

91.仲間

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 夕暮れが近づき、裏庭にかすかに橙の光が差し込んでいた。木剣が乾いた音を立てるたび、ギルドの若者たちの肩と膝が揺れる。

「はっ、はっ……もう、無理だ……」

「腕が、上がらねぇ……」

 『風見の翼』のメンバーは、畳の上でほとんど潰れていた。汗だくの顔に土埃がつき、息をするたび胸が苦しげに上下する。

「……これで基礎稽古は終わりだ」

 木剣を納めるカイラの声は涼しかった。彼の額にうっすら汗は光っているが、息も乱れていない。ケニーが腕を組み、呆れ半分で言った。

「……あんた、鬼ですね」

 カイラは苦笑を浮かべた。

「基礎だ。これくらいで音を上げるようじゃ話にならん」

 ギルドの若者たちは「鬼だ……」「でも、なんか清々しい……」と呻きながら笑い、少しずつ立ち上がった。
 室内に戻ると、木の椅子が引きずられる音が響いた。薄暗いランプの光が揺れ、テーブルには水の入ったカップが並べられる。ケニーが椅子に腰を下ろし、手で風を送る仕草をした。

「いやぁ……こっちは見てるだけだったのに、なんか疲れましたよ」

「お前は口だけ動かしてたな」カイラが静かに突っ込むと、ケニーは肩をすくめて笑った。

 木のテーブルを囲み、自己紹介が始まった。茶髪で剣を腰に下げた青年が名乗る。

「俺はエルだ。……さっき、カイラさんに完膚なきまでに叩きのめされた奴な」

 ギルド内から小さな笑いが起きる。

「エルがあんなにやられるなんて初めて見たぞ」

「いやぁ、気持ちいいくらいに負けたな」

 続いて、眼鏡をかけた細身の青年が顔を上げる。

「俺はマリオ。斥候役だ。……見てのとおり、剣はあんまり得意じゃない」

「リリアです」小柄な少女がぺこりと頭を下げた。髪を後ろで結び、弓を背負っている。

「エルの幼なじみです。みんな……ほとんど幼なじみなんです」

 エルが笑って肩を竦めた。

「そういうわけで、『風見の翼』は全員ガキのころからの仲間なんだ」

 ケニーが感心したように目を丸くする。

「いいじゃないですか。仲良しギルドってやつですね」

 和やかな雰囲気になったところで、カイラが姿勢を正した。

「──本題に入ろう」

 ギルドの空気が少し引き締まる。

「俺たちエレンディア開拓団は、これから南方の未踏地を調査する。しかし、これまでの調査隊が全滅したのも事実だ。危険だし、手間もかかる」

 エルが頷いた。

「噂は聞いてる。エレンディアって場所は魔物だらけ、悪魔の荒野だってな」

 カイラは頷き、淡々と続けた。

「その事実が本当かどうかはわからないが…。だから──人手が必要だ」

 ギルドの面々が目を見合わせる。

「『風見の翼』を、開拓団の傘下に置きたい」

 数秒の沈黙。エルが先に口を開いた。

「……でもな、俺たちには、この村を守るって使命がある。俺たちの仲間や家族がここにいる。全部放り出してエレンディアに行くことは、できない」

 マリオも眼鏡を押し上げながら言葉を重ねた。

「この村に冒険者は俺たちしかいない。依頼が少ないとはいえ、守る責任はあるんだ」

 カイラは二人の目を見て、静かに頷いた。

「分かっている。だから──」

 カイラの声が低く響いた。

「俺がお前たちを鍛える。」

 ギルドの空気が揺れた。

「鍛える?」リリアが目を瞬かせる。

「そうだ」カイラは迷いなく言った。

「さっきの稽古は基礎だ。……あれで限界なら、村を守るのも、ましてエレンディアに関わることもできない」

 エルが苦笑する。

「ぐうの音も出ねぇな」

 カイラは彼を見据えた。

「俺が、お前たちを一人前の戦士にする。その代わり──エレンディア開拓に関する依頼は、優先して受けてほしい」

 ギルドの若者たちは、顔を見合わせた。やがて、エルが静かに頷いた。

「……悪くない話だな。こっちは強くなれるし、あんたの頼みも聞く。村を守るのも、エレンディアに関わるのも、両方やる」

 マリオも小さく笑った。

「……正直、俺たちには基礎から必要だ。鍛えてもらえるならありがたい」

 リリアも弓を撫で、しっかりとカイラを見る。

「強くなりたいです。……だから、お願いします」

 ケニーが横でニヤリと笑った。

「ほら、これでカイラさん、ギルドの師匠ですね」

「……言い方を考えろ」カイラは少しだけ照れたように眉をひそめた。

 こうして──『風見の翼』は、正式にエレンディア開拓団の『協力ギルド』となった。

 裏庭に置かれた木剣が夕陽に照らされ、影を落としていた。今日叩き込まれた痛みを、彼らはきっと忘れない。そして明日から、それが強さに変わっていくのだろう。
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