元・聖女候補は不器用に恋を紡ぐ

透告ユキ

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神聖で普遍的な朝

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朝は、冬の日が昇るより早く始まる。

「一番、アリーナ」
「はい」

きっぱりとした声がして、ひとりの女性が列から前へ進み出た。両手を組み合わせ、目を伏せたまま。儀礼通りだ。

「二番、エレン」
「はい」

ひそやかな声。衣擦れの音だけが鳴り、やはり両手を組み合わせ目を伏せた女性が前に出る。

「三番、ミシェル」
「はい」

ミシェルは柔らかな、ただし意志を感じさせる凛とした声で応じ、前に進み出る。彼女もまた、祈るように両手を組み合わせ、瞼を伏せながら。

腰まで届く長いブロンドを一本の三つ編みにして肩から前に垂らし、髪を純白のヴェールで覆っている。

衣装は簡素な白のワンピースで、首もとからくるぶしまで、腕は手首の辺りで絞られた長袖。露出を控えた衣服に手の甲から中指に繋がる白の手袋、足も白い膝上まで伸びる靴下を合わせている。

聖女候補として、一点の曇りもない制服姿だった。

アリーナ、エレン、ミシェルは、この森奥にひっそりと建つ教会の本部、オフィーリア教団の聖女、その候補として育てられていた。

その清らかな日課が、日も昇りきらぬ凍てつく寒い朝の清廉な空気中、始まろうとしていた。

短い点呼を終えると、いよいよ日課が始まる。森奥の湖にての清めがそれだ。寒さをしのぐには心許ない薄手の衣服を脱ぎ、湖にて心身を清める。──異性である、司祭の目前で。

最初こそは、まだ幼いながらに抵抗があったミシェルだが、清めの“儀式”と思えば割り切れた。そういうものなのだ、と。彼女より年長だったアリーナとエレンも当然のように行っていたから、やはりそういうものなのだと理解が出来た。

彼女らにとって、するべきことは心身清く正しく、人々を、そして信徒らを見守り導く聖女として恥じないよう学び、仕えることだった。恥じらい、誘惑するように顔を伏せて身をくねらせることではない。

一糸纏わぬ姿の三人の乙女が、湖の前に膝をつく。その様子は絵画のようだった。

ミシェルは湖に右手を浸す。指先が痛むほどに冷たい水──ミシェルの体が無意識に強張った。何年行おうとも、冷たい水にも痛みにも慣れることはなかった。苦痛を予期して、少女の体はひきつるように震える。

浸した右手に掬い上げた水を、体にかける。水に少しでも慣らし、気持ちを落ち着かせるために。丁寧に。

数十秒ほどそうしていただろうか。ミシェルはひと呼吸置くと、右足、左足と湖に浸す。そして、腰まで浸かれる深さまで歩むと、体を丸めるようにして屈み、肩までを水に浸からせた。

「っ……」

思わずうめき声が出そうになるのを、喉の奥で押し留める。神聖な儀式に、声はいらない。静寂と沈黙と平静の中、乙女たちは身を清め、心の居住まいを正すのだ。

乙女たちはまだ知らない。

十七歳の少女が、あるいは二十歳の女性が、二十二の処女が、異性の前に水浴びをすることの異質さを。それを世間は清らかとは正反対のこととして扱うことを。
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