2 / 3
誘拐
ファウスト教団私有の森にて
しおりを挟む
少年は駆けていた。
黒々とした森はざわめき、ふたりの子供を飲み込もうとする。
月の白い光だけが、何か神聖な道標のようにふたりの行く先を照らしていた。
エリスは、小川のように清らかな長い銀の髪を翻し、繋いだ手の先を振り返る。
「っ……くるしいですか?」
半ば引き摺られるように走る美しい少年は、きつく目を瞑り、こくこくと首を振った。
「うん、わかりました」
エリスは弾んだ息をわずかに詰め、少年の手をぐんと引いた。前のめりに転げかけた細い肢体を、軽々と横抱きに抱えあげる。
「あ、あぶないな!」
「ハハ、あぶなくなんか」
エリスは心地よいアルトの声で軽やかに笑う。抱えられ、身を縮めてしがみついている少年を見下ろし、柔らかく笑み直す。
「私はエデン王国が騎士、星夜のエリスですから」
その息の乱れは、抱えられた彼よりもずっと冷静だ。不思議な金の瞳を甘く細める表情に、少年は沈黙した。やがて、小さく鼻を鳴らし、告げる。
「後方十メートルに三人、それから回り込んで前方に二人いるよ」
「うん、なるほど」
「勝算は?」
「九十パーセント、とお答えしたいですが」
若き騎士エリスは言葉を切った。ちいさく苦笑する。
「命の駆け引きはいつでもフィフティフィフティですからね……っ」
ざ、と土を踏み締め足を止める。その目前には、少年の予測通り二人の屈強な男。
「姫君、下ろします」
言葉と共に優しくも手早く少年を地に下ろし、エリスは腰の剣に手をやった。
「僕にはヴィオルって名前があるんだけど」
不満を洩らしながら、少年ヴィオルもポシェットのように紐で提げた分厚い古書を開いた。
「では、ヴィオル姫と」
「話は後で」短い嘆息をこぼし、ヴィオルは開いたページに指を馳せた。
「言いたいことがたくさんあるんだ──」
ボウ、と奇妙に羅列した文字らしきものが金色に光を宿し、宙へ浮かび上がる。ヴィオルが囁くように何事か呟き吐息を吹き掛ければ、それらは瞬く間に夜闇を薄橙に照らす蜜色の光の矢となり前方へと放たれた。
「僕はこちらを対処する。騎士さんは、」顎を背後へしゃくり、「あちらを」
「承知致しました」
エリスは力強くうなずいて、剣を鞘から引き抜いた。
細い音と共に氷柱のように鋭く冷涼な光が閃き、場の空気すら凍てつかせる。
束ねた銀の髪を揺らして踵を返せば、木々の間から異国風の片刃の剣を構えた男らが姿を現した。ひとり、ふたり、
「一人足りない」
闇の中に反射する剣の光と影の動きを目で数え、エリスは呟く。
「え?」
聞き取れなかったのか、ヴィオルが声高に聞き返した。
「一人足りません。剣の数と人影はふたり分」
「あっ、」
ヴィオルの声が、怯えに震えた。
「姫君?」
ヴィオルは答えない。ただ、震えた吐息がエリスの耳を掠めた。
「姫君、どうされました?」
「帰ら、なくちゃ」
「え?」
「教会に、帰らないと」
うわ言のように吐き出される淡い言葉に、エリスは険しい顔をした。背中を合わせた、少女のように美しい少年の手をさっと取る。握れば、薄い手のひらはつめたく、微かに震えていた
「帰しません」
ヴィオルが、拒むように首を振る。
「貴方の家は、帰るべき場所は、あの教団ではない。違いますか?」
「でも、帰らないと。じゃないとまた、……様が」
「どなたですって?」
その時、エリスの目前に立ち塞がる二人の剣士がわずかに左右に捌けた。その間を割くようにして姿を現したのは、すらりと背の高い、自身が剣そのもののようなつめたく張り詰めた気配を持った男だった。
夜闇に溶けるような漆黒の長い髪が、ぬらりと妖しく揺れる。
「司教……様」
ヴィオルの声が、恐怖に染め上げられた。
黒々とした森はざわめき、ふたりの子供を飲み込もうとする。
月の白い光だけが、何か神聖な道標のようにふたりの行く先を照らしていた。
エリスは、小川のように清らかな長い銀の髪を翻し、繋いだ手の先を振り返る。
「っ……くるしいですか?」
半ば引き摺られるように走る美しい少年は、きつく目を瞑り、こくこくと首を振った。
「うん、わかりました」
エリスは弾んだ息をわずかに詰め、少年の手をぐんと引いた。前のめりに転げかけた細い肢体を、軽々と横抱きに抱えあげる。
「あ、あぶないな!」
「ハハ、あぶなくなんか」
エリスは心地よいアルトの声で軽やかに笑う。抱えられ、身を縮めてしがみついている少年を見下ろし、柔らかく笑み直す。
「私はエデン王国が騎士、星夜のエリスですから」
その息の乱れは、抱えられた彼よりもずっと冷静だ。不思議な金の瞳を甘く細める表情に、少年は沈黙した。やがて、小さく鼻を鳴らし、告げる。
「後方十メートルに三人、それから回り込んで前方に二人いるよ」
「うん、なるほど」
「勝算は?」
「九十パーセント、とお答えしたいですが」
若き騎士エリスは言葉を切った。ちいさく苦笑する。
「命の駆け引きはいつでもフィフティフィフティですからね……っ」
ざ、と土を踏み締め足を止める。その目前には、少年の予測通り二人の屈強な男。
「姫君、下ろします」
言葉と共に優しくも手早く少年を地に下ろし、エリスは腰の剣に手をやった。
「僕にはヴィオルって名前があるんだけど」
不満を洩らしながら、少年ヴィオルもポシェットのように紐で提げた分厚い古書を開いた。
「では、ヴィオル姫と」
「話は後で」短い嘆息をこぼし、ヴィオルは開いたページに指を馳せた。
「言いたいことがたくさんあるんだ──」
ボウ、と奇妙に羅列した文字らしきものが金色に光を宿し、宙へ浮かび上がる。ヴィオルが囁くように何事か呟き吐息を吹き掛ければ、それらは瞬く間に夜闇を薄橙に照らす蜜色の光の矢となり前方へと放たれた。
「僕はこちらを対処する。騎士さんは、」顎を背後へしゃくり、「あちらを」
「承知致しました」
エリスは力強くうなずいて、剣を鞘から引き抜いた。
細い音と共に氷柱のように鋭く冷涼な光が閃き、場の空気すら凍てつかせる。
束ねた銀の髪を揺らして踵を返せば、木々の間から異国風の片刃の剣を構えた男らが姿を現した。ひとり、ふたり、
「一人足りない」
闇の中に反射する剣の光と影の動きを目で数え、エリスは呟く。
「え?」
聞き取れなかったのか、ヴィオルが声高に聞き返した。
「一人足りません。剣の数と人影はふたり分」
「あっ、」
ヴィオルの声が、怯えに震えた。
「姫君?」
ヴィオルは答えない。ただ、震えた吐息がエリスの耳を掠めた。
「姫君、どうされました?」
「帰ら、なくちゃ」
「え?」
「教会に、帰らないと」
うわ言のように吐き出される淡い言葉に、エリスは険しい顔をした。背中を合わせた、少女のように美しい少年の手をさっと取る。握れば、薄い手のひらはつめたく、微かに震えていた
「帰しません」
ヴィオルが、拒むように首を振る。
「貴方の家は、帰るべき場所は、あの教団ではない。違いますか?」
「でも、帰らないと。じゃないとまた、……様が」
「どなたですって?」
その時、エリスの目前に立ち塞がる二人の剣士がわずかに左右に捌けた。その間を割くようにして姿を現したのは、すらりと背の高い、自身が剣そのもののようなつめたく張り詰めた気配を持った男だった。
夜闇に溶けるような漆黒の長い髪が、ぬらりと妖しく揺れる。
「司教……様」
ヴィオルの声が、恐怖に染め上げられた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ
鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。
それが約50年前。
聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。
英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる