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誘拐
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「ヴィオル様」
男が声を発した。低く通るその声は、身も凍るようなつめたさを孕んでいる。繋いだヴィオルの手が、ひくりと揺れた。行くなというように、エリスはその手をしっかりと握った。
「お戻り下さいますね?」
有無を言わさぬ問いかけに、ヴィオルの吐息が白く漂った。
「姫君」
叱るように、鋭く呼びかける。ヴィオルは俯いていた。
「黙っていろ、小娘」
「こ、小娘」
私は男なんですが。これまでの十四年の人生で幾度口にしたかわからない言葉を飲み込み、エリスはヴィオルを横目で見た。
自分よりも小柄で華奢な身体、幽閉されていたせいか蒼いほどに白い肌、波打つ長い金の髪。
少女然とした容姿と言えばヴィオルの方が上を行っていたし、さらに言えばエリスはこの少年を自分の運命の姫君──守るべき少女だと信じて疑わないのだが、そんな『彼女』の目前でお嬢さん扱いされたのは甚だ不名誉だった。
「僕は」
沈黙していたヴィオルが声を絞り出した。その声は、痛みを伴って揺れている。
「帰りたく、ない……けど、」
自らの肩を抱き、震えを誤魔化しながら紡がれた言葉に、エリスは静かにうなずいた。口許には、強かな笑み。
「充分です」
素直に伸びた剣を構え、目前に燃えるような怒りの表情をたたえる男へ向き直る。ヴィオルを背後へ庇い、声を張り上げた。
「司教様か何か存じ上げませんが、お引き取り願えませんか。言っておきます、私はエデン王国が騎士、星夜のエリス。剣の使い手としては貴方がたにひけをとるつもりはございません」
男は静かにヴィオルを見ている。やがて、その薄い唇が重く動いた。
「それが答えか、ヴィオル」
「っ、」
背中に匿ったヴィオルが震えた。何かに怯えるその様子は、過去に彼らの意志に背いて恐ろしい思いをしたのかもしれなかった。
「よいでしょう、されば」
男は堅苦しい黒地のローブの胸元から何かを取り出した。その手には、分厚い古書。
ヴィオルのものと酷似したそれを開き、男が何事かを呟いた。魔術だ。何が来るのかと、冷や汗を感じながらも、エリスは剣を構えた。
「っ、」
突如、ぐっと肩を引かれた。
「え」
前に飛び出したのは、大きいローブを纏った華奢なシルエット。
「姫!」
細い背を向け、庇うように両腕を広げた姿が、逆光に霞んだ。ちいさなおとがいが、少し振り返る。笑っているように見えた。
辺りが、風と光に包まれた。
男が声を発した。低く通るその声は、身も凍るようなつめたさを孕んでいる。繋いだヴィオルの手が、ひくりと揺れた。行くなというように、エリスはその手をしっかりと握った。
「お戻り下さいますね?」
有無を言わさぬ問いかけに、ヴィオルの吐息が白く漂った。
「姫君」
叱るように、鋭く呼びかける。ヴィオルは俯いていた。
「黙っていろ、小娘」
「こ、小娘」
私は男なんですが。これまでの十四年の人生で幾度口にしたかわからない言葉を飲み込み、エリスはヴィオルを横目で見た。
自分よりも小柄で華奢な身体、幽閉されていたせいか蒼いほどに白い肌、波打つ長い金の髪。
少女然とした容姿と言えばヴィオルの方が上を行っていたし、さらに言えばエリスはこの少年を自分の運命の姫君──守るべき少女だと信じて疑わないのだが、そんな『彼女』の目前でお嬢さん扱いされたのは甚だ不名誉だった。
「僕は」
沈黙していたヴィオルが声を絞り出した。その声は、痛みを伴って揺れている。
「帰りたく、ない……けど、」
自らの肩を抱き、震えを誤魔化しながら紡がれた言葉に、エリスは静かにうなずいた。口許には、強かな笑み。
「充分です」
素直に伸びた剣を構え、目前に燃えるような怒りの表情をたたえる男へ向き直る。ヴィオルを背後へ庇い、声を張り上げた。
「司教様か何か存じ上げませんが、お引き取り願えませんか。言っておきます、私はエデン王国が騎士、星夜のエリス。剣の使い手としては貴方がたにひけをとるつもりはございません」
男は静かにヴィオルを見ている。やがて、その薄い唇が重く動いた。
「それが答えか、ヴィオル」
「っ、」
背中に匿ったヴィオルが震えた。何かに怯えるその様子は、過去に彼らの意志に背いて恐ろしい思いをしたのかもしれなかった。
「よいでしょう、されば」
男は堅苦しい黒地のローブの胸元から何かを取り出した。その手には、分厚い古書。
ヴィオルのものと酷似したそれを開き、男が何事かを呟いた。魔術だ。何が来るのかと、冷や汗を感じながらも、エリスは剣を構えた。
「っ、」
突如、ぐっと肩を引かれた。
「え」
前に飛び出したのは、大きいローブを纏った華奢なシルエット。
「姫!」
細い背を向け、庇うように両腕を広げた姿が、逆光に霞んだ。ちいさなおとがいが、少し振り返る。笑っているように見えた。
辺りが、風と光に包まれた。
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