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さよならが待ってる。

愛しいひと

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「じゃあ、ごめんね。」

そう言って彼女は泣きながら笑った。

静かに、でも、確かに大きく。

流れた涙を拭いもせず、
ただ流し続ける。


「え、そんな。待っ…。」

君にまだ、伝えてない事があるのに。

伝え切れない程の気持ちが
溢れているのに。

僕はまだ、何も君に挙げてない。

僕はこんなにも、
たくさんのものを貰ったというのに。

僕はまだ何も返していない。


君の姿が、段々と霞んでゆく。

君が何処から来たのかなんて
知らない。

君がどんな世界の人なのか
知らない。

そんなの、知りたくない。

知ったら、
君は更に僕から離れて行ってしまう。

心も体も。

そんなの、嫌だ。嫌だよ。


僕は彼女の方へ手を伸ばす。

掴もうとした瞬間、
彼女は居なくなってしまった。

目に涙の雫を溜めながら、
笑顔を崩すまいと必死に笑う顔が、
愛しかった。


頬を冷たい何かが伝う。

もう、君は居ないんだね。

あっちでも、元気でね。

僕を、忘れてもいいから。

幸せでね。


僕は手を強く握る。

手の平に爪が食い込む。

そんなの、構いやしない。

歯を食いしばって、
その後少し、口を緩ませる。

僕は必死に笑う。


「ありがとう…。」


さようなら、僕の愛しい人。
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