詠み人知らず、言わずと知れて。

立花伊作

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目頭が熱い

夏の終わりに

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ある夏祭りの終わりの時間。

駅のホームに群がる人の山を、俺はぼんやりと眺めていた。

柏組が牛耳るこの辺の土地に問題が起きた時のため、用心棒の意味も含めて、組長の護衛として祭りに来ていた。

決してガタイがいい方とは言えない俺は、同じ組の奴らからいじられはするものの、喧嘩の腕っぷしだけは強くて。

今日もこうして、組長の護衛を任されるくらいの実力はある。


「おい、なにぼーっとしてんだ?行くぞ」

「すいやせん」


組長に声をかけられて、電車に乗り込む。


「…にしても、凄い人っすね。組長、潰されてませんか?」

「ここで組長はやめろ。大丈夫だ、お前よりタッパあるからな。お前の方が心配だ」

「ははっ、へーきですよ俺は」


組長も、冗談交じりに俺をからかう。

確かに組長より身長は低いし、タッパも足りねぇと思っちゃいるが…。

悔しいもんだな。

電車に乗り合わせる人々が、俺らから少し離れるように立つ。

組長はタッパもあるし背もあるし、何より醸し出すオーラがまずおっかねぇからな。

俺は俺で、同業になめられねぇようにと見栄張って入れた手首の龍のタトゥーが、この季節になると余計に目立つ。

こんな暑苦しい季節に、長袖なんて着てられねぇからな。

…まぁ、そんなやべえ奴丸出しの2人の男が揃ってんだ。怖ぇよな。

ここらを牛耳るっつっても、それは裏の顔だ。表の社会の用心棒と言えば聞こえもいいが、実際は汚れ仕事を担う殺し屋集団みたいなもん。

この世界に入ったことを後悔はしてないが、たまに、普通に生きていく道もあったんじゃないかと思う時がある。

自分の出来ることを活かして、人から感謝されることなんて、この仕事をしていてそうそうあることじゃねぇ。


ヒーローになりたい訳じゃない。

ただ、誰かに褒められたり認められたい気がするだけだ。

俺にとって、その『認めてもらえる』場所が、ここだっただけ。


「…次で降りるぞ」

「へい」


最寄り駅のホームに降りて、改札を出る。

組長が厠に行ってくると言うので、改札の前で時間を潰していることになった。

駅のホームから、大勢の人が、改札を抜けて出てくる様を、ただぼーっと、手すりによっかかって眺めていた。

ふと、改札から出てくる中に、大量の荷物を抱えた婆さんが居るのが目に入った。

キャリーケース1つに、肩掛けバック1つ、巾着のような包みを2つ持って、よろよろしながらゆっくり歩いている。

少し気になって見ていたら、改札をぬけて出てきた後、カバンの中を探る婆さん。
タオルでも探しているのか。
今日は、蒸し蒸しして汗かくくらいの暑さだもんなぁ…その荷物もありゃ、そりゃ汗だくだろうよ。

その時、キャリーの上に積んでいた巾着のような包みがぐらついて、地面に中のものが散乱した。

婆さんは慌てたように「あぁ、すみませんすみません…」と言いながらかき集める。

周りにはたくさんの人。

その中の一人として、その婆さんを手伝おうとするやつはいなかった。

一体何人の人が、その婆さんの存在に気づいているのだろうか。

ま、そりゃあお忙しいだろうよ。世の表の人々は。社会でいい人ぶって疲れ果てて帰ってきたばっかだもんな。

他人に気を使ってる余裕なんてないか。

気づいているのだろう、何人かは。

それでいて、気づいていないふりをして、通り過ぎているのだろう。

つくづく、残念な世の中だよなぁ。


「……手伝いますよ、お婆さん」

「あらあら…すみませんねぇ…」


大体こういう場合、顔を見上げて俺の容姿を見れば、ビビって早々に去っていくものだ。

俺もその方が余計に関わらずにすむし、慣れているからいいんだが。

でも…初めはやっぱり、少しそれが寂しくて。

きっと、この婆さんもビビった顔してんだろうな。

俺の手首のタトゥーと、和柄のシャツ、胸元にイカついグラサン掛けてる、金髪の男なんて。


「ありがとう、坊や」

「ぼ、坊や!?」


何言ってんだこの婆さん、目悪いのか…?


「若い男の人は、みんな坊やですよぉ、私にとっては」

「へ、へぇ…?」


不思議な理屈の婆さんだ。

この容姿にビビらないどころか、俺の事を坊やと言う。

変な婆さん。

荷物を全て拾い終え、包みに戻す。


「これで全部ですか?」

「ええ、ありがとう…」

「ガキのおもちゃやらお菓子やら…お孫さんにとか?」

普段、自分から話を振るようなことはないのだが、柔らかい笑顔の婆さんにつられて、声が出た。


「そうよぉ、久しぶりに会うもんだから、張り切ってしまって…だめねぇ…ふふふ」

「かわいいんでしょうね」

「ええ!」

普通に、会話が出来ている。
恐れられることがほとんどの日々で、こんなに穏やかな心地なのは、久々だ。

たわいない会話を堪能していたら、組長が帰ってきた。


「わりぃな、遅れた」

「あ、おかえりなさい柏さん」

「あらお連れ様がいらっしゃったの。お時間を取らせてしまって、すみませんね」

「いえ…?」

組長がぽかんとした顔をしている。

それがちょっと、面白かった。


「じゃー行きましょう、柏さん」

「お、おお…」

「婆さん、ありがとうございました」

「え?お礼を言うのはこちらの方…」

「いえ、ほんとに。じゃ。」


婆さんと別れ、少し歩調が軽やかな俺を、組長は笑った。


「なんか分からんが、楽しそうだな」

「ええ、ちょっとね」

「…まぁ、いいけどよ」


手首には龍タトゥー、和柄のアロハシャツにサングラスをかけ、金髪の坊や。

お隣は和服の、強面のご老人。


「……組の人にも、お優しい方は居るのねぇ…」

あんなに、嬉しそうに、なんでもない世間話をする、優しい坊や。

あんなに柔らかい表情をする坊やが、
どうしてその世界にいるのか…知る由もないけれど、それはきっと、苦しい決断の末。

「ありがとう…なんて…」

遠くなる坊やの背中に、大荷物のご老人は深々と頭を下げた。

その背中が見えなくなるまで、ずっと、感謝の気持ちと、何かを祈るように、ずっと。

これは夏の終わりに出会った、
心優しい坊やの話。
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