詠み人知らず、言わずと知れて。

立花伊作

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目頭が熱い

この手を離して

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「この手に体重をかけなくても出来るようになったら、また呼んで?」



もう、5ヶ月も前の話だ。

いや、たった5ヶ月前の話だ。

一人の女の子が、一輪車を練習していた。
僕はそれの手伝いをしていたのだけれど、バランスを一人でとる事が出来なくて、僕の腕や手を掴んで離そうとしないしないんだ。
だからすごく体重をかけてきてね、僕は力が弱い訳では無いけれど、流石に1時間以上腕に小学生の女の子の体重を支えているとなると、それはもう凄い消費量でね。翌日、腕が筋肉痛になってしまうほど。それが1週間続くと流石に、僕も付き合いきれない気持ちになってしまって。腕は痛いし、他の子たちにも、やってやってとせがまれてしまう。両腕に2人を支えるのも無理があって、いっその事誰にもやらないのが平等だという結論に至った。

そして、冒頭のセリフに戻る。

女の子は少し悲しそうな顔をしながらも、少しうつむいて「分かった」と答えてくれた。

手を繋いで欲しいと、一緒にいたいと、遊んで欲しいと思ってくれることは、とても僕にとっても嬉しいことだが、それで体調が優れないようでは、それこそ本末転倒だと思った。

申し訳ないと思いつつも、それ以来、ほかの子供たちからもせがまれることは亡くなった。

自分で言ったくせに、少し残念なような気持ちを抱えながらも、その時々でかけられる声に答えていく日々が少し続いた。

その年の夏の1ヶ月間、僕はお休みをもらった。

夏休みにしては、少し長いような気分ではあったけれど。

そこから復帰して、1週間も立たない日に、あの女の子が話しかけてきた。

「ねぇ、今日、外遊びある?」

「あると思うよ、今日はとても天気がいいからね」

「じゃあ、一輪車!見てね」

「うん、分かったよ」

「約束よ!」

「はい、約束」


久々に来たから、また手を引いて欲しいのだろうか。体調も万全だし、今日くらいはいいか、なんて、思っていた。

外遊びの時間になって、女の子はいつも練習試合していた水色の一輪車を持って、鉄棒に捕まりながら乗り始めた。

乗るのは、だいぶ上手になったな。

鉄棒から少し離れたところからその子の様子を見ていた僕は、そろそろだろうと鉄棒に向かって歩き始めようとしていた。

その、瞬間だった。

「見てー!」

「!?」

その子は、手放しで1度も転ばず、僕のところまで真っ直ぐに、一輪車に乗ってきたのだ。

「着いたぁ!」

僕の腕を掴む力も、強くない。
触っているくらいの強さで。

少し前まで、あんなに、全体重をかけるくらい、乗りこなせてなんていなかったのに。

ほんの少し前まで、僕の腕にしがみついて、少しでも動くようなら転んでしまいそうなほど、アンバランスで、危うかったのに。

今では、1人で一輪車に乗って、校庭を何周もできるようになった。

この手を離して。

僕は不要になってしまったかと、少し寂しくもあり、あの一言で、ここまで出来るようになってくれたのかと言う誇らしさもあって。

僕はその姿を見つめながら、涙ぐんでしまった。

「出来てる出来てる…。あぁ、上手になった。たくさん練習したんだろう。僕がいない間に、見えない努力をして。なんて、逞しく…なったんだろう。頑張ったんだなぁ…凄いなぁ…」

しみじみ、その子の成長を感じていた。

「ね?上手くなったでしょ?もう、手、軽いでしょ?」

そんなこと、ちゃんと気にして…。
頼りない大人の弱音を、素直に受け止めて。なんて優しい子なんだろう。

「うん、そうだね、とっても軽いよ。頑張ってくれたんだね、ありがとう。」

ごめんね、僕の弱音が、君の心になにかわだかまりを与えてしまったようだ。

それを解消するために、なんの努力もしない僕に変わって、君が努力をしてくれた。

単純に、できるようになりたい気持ちも大きかっただろう。

女の子の成長の話を先生にすると、僕はまた新しいあの子の一面を耳にした。

「あの子ね、貴方が夏休みの間、一輪車すごく頑張っていたんだよ。私もあの子の一輪車の練習で、支えてあげたことがあるけれど、その時に、貴方のことを言っていたんだ。先生の腕が痛くならないくらい、上手になれば、褒めてくれるかなって。あの子はきっと、貴方に褒められたかったんだと思う。貴方に負担をかけずに、一緒にいてもらうために、頑張っていたんだよ。この夏ずっと。そっか、出来るようになったんだね。」

僕が言った、たった一言の弱音。

それを受け入れ、上達する努力をして、その努力を実らせた。

それは、当たり前のことかもしれないが、努力が1度だって実ったことの無い僕にとっては、本当に奇跡みたいなことで、それがとても嬉しかった。

僕の諦めを、あの子は達成し得た。

なんて、強いんだろう。

僕はあの日、自分よりも一回りも年下の小さな女の子を、心の底から尊敬した。

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