114 / 148
届けたい想いがある
貴方に、成長した僕を見て欲しかった。
しおりを挟む
お久しぶりです。
お元気でしたか?
ここに来るまでに、
結構な時間がかかってしまいました。
貴方に出会ってしまったのは
ちょうど二十年前、
僕がまだ子供だった頃。
確かその日の空は、
雲一つない青空だったと
記憶しております。
確か貴方は
色鮮やかに汚れた白衣を羽織り、
焼け焦げた匂いを漂わせて、
地面にしゃがみ込んでいる僕に
声をかけてきた。
僕はその時、
大人と呼ぶには
まだ幼すぎるくらい我儘で、
理想に縋っているような
子供だったと、
貴方は言っていましたね。
僕は自分の愚かさに気づくことが
出来なかったのかもしれません。
自分以外のものは全て悪で、
愚かで、
くだらないものだと
思っていましたから。
自分だって、
大して利口な奴だとも
思えませんでしたが、
他のものは
そんな自分より劣っているものだと、
思い込みたかったのだろうと思います。
でも、
貴方はそんな僕を哀れだと
笑っていましたね。
そして、世界は広いと、
人は素晴らしいと、
僕に言い聞かせていました。
その時僕は正直、
それを否定したくて
仕方がありませんでした。
人は所詮、人を殺すのだと。
貴方が言う広い世界の中に、
それを正義と称する人々も
少なくない。
貴方が言う素晴らしい人は、
一体その中の何%なんでしょう?
そう、逆に問いかけた事も
ありました。
それが、
貴方に返した初めての言葉でした。
すると貴方はふっと笑い、
こう言いました。
「君は、早くに大人になり過ぎた。」
その言葉に、
僕は呆然とするしかありませんでした。
でも、何か言わないと
自分が負けているような気がして
なりませんでした。
「…それは、僕の所為じゃない。」
だから、
どうすることも出来ないじゃないか。
貴方はすぐ、
僕に言葉を返してきました。
会話は言葉のキャッチボール
と言いますが、
僕と貴方のあの時の会話は、
会話なようで、
会話ではなかったような、
そんな気がします。
「自分の所為じゃないというならば…
誰の所為?」
「周りの…周囲の人間の所為だ。」
「…君は、
自分より劣っている人々によって
自分が振り回されている事に
敗北感を味わったりは
しないのかい?」
「…!?」
「自分より劣っていると他人に、
自分が影響を及ぼされている現状に
不満はない?」
「及ぼされてなんか…。」
「おかしいね、
君はついさっき自分で言ったんだ。
周囲の人間の所為だと…。
自分で言った事を、
私の一言で手のひらを返したように
あっさりと
自分の敗北を認めると言うのかい?
君らしくもない…。」
「…っ、うるさい!!」
気づけば僕ら堅く握った拳を
貴方に向かって突き出していました。
貴方は感情に任せた僕の小さな拳を
大きな手に包み込んで、
叱るような口調で強く言ったのです。
「本当に、
らしくないことを
しているんじゃないか?
暴力に走るという事は、
君は自分の言葉での敗北を
認めたということになる。
何も言い返せなくなったから、
暴力に走るしかなくなったんだ。
この意味、君なら分かるはずだ。
君は、今、この時点で、
私より劣っている…。」
全身の力が抜け、
地面に倒れそうになった僕を、
貴方は包み込んだ拳を引き寄せて
優しく僕を抱きしめてくれた。
「………。」
頭の中が真っ白になり、
僕は何もかも分からなくなった。
「…君は、私より劣っている。
でも、それでいいんだ。
君は大人と呼ぶにはまだ幼すぎる。
きっと、君に勝る大人が、
君の周りに居なかっただけなんだよ。
背伸びしなくていい、
気取らなくていい。
ゆっくりでいいんだ。
確かに成長してくれさえすれば、
それだけでいいんだよ。
君はもっと広い世界を知るべきだ。
君より優れている人は、
私の他にもわんさかいる。
人を知り、学びなさい。
人の持つ感情、言葉、
未来や希望を。
闇や絶望を知るのは、その後でいい。
私のところに来なさい。」
「……………。」
その時、僕はとにかく
泣きたい衝動に駆られた。
自分より優れている人間が
存在したことへの嫌悪なのか。
それとも、
自分より優れた人間が
存在したことへの安堵なのか。
自分でも、分かっていたはずだった。
僕は、他の誰よりも、
愚かな子供だったろう。
貴方と出会って十年間、
僕の日々は、毎日が新鮮でした。
貴方を失って十年間、
僕の日々は、毎日が宝物です。
貴方に出会えたから、
僕は世界を知ることが出来ました。
貴方に出会ってしまったから、
僕は死を恐れるようになりました。
僕は貴方に負けてしまったから、
自分の愚かさに気づきました。
僕は貴方に負けたから、
貴方の言葉を聴こうと思いました。
貴方に勝ってしまったら、
僕は自分というものを知らずに
生きていたと思います。
貴方に勝っていたら、
僕は自分を殺していたと思います。
貴方は何時だって、
僕の道標だったんです。
僕に希望を教えてくれて、
ありがとうございました。
僕に声をかけてくれて、
ありがとうございました。
僕より優れていた貴方だったからこそ、
僕は憧れることが
出来たのかもしれません。
また来ます。
次は、そう時間は
かからないだろうと思いますから。
待っていてください。
まだ、
僕に追いつかれないで下さいね?
お元気でしたか?
ここに来るまでに、
結構な時間がかかってしまいました。
貴方に出会ってしまったのは
ちょうど二十年前、
僕がまだ子供だった頃。
確かその日の空は、
雲一つない青空だったと
記憶しております。
確か貴方は
色鮮やかに汚れた白衣を羽織り、
焼け焦げた匂いを漂わせて、
地面にしゃがみ込んでいる僕に
声をかけてきた。
僕はその時、
大人と呼ぶには
まだ幼すぎるくらい我儘で、
理想に縋っているような
子供だったと、
貴方は言っていましたね。
僕は自分の愚かさに気づくことが
出来なかったのかもしれません。
自分以外のものは全て悪で、
愚かで、
くだらないものだと
思っていましたから。
自分だって、
大して利口な奴だとも
思えませんでしたが、
他のものは
そんな自分より劣っているものだと、
思い込みたかったのだろうと思います。
でも、
貴方はそんな僕を哀れだと
笑っていましたね。
そして、世界は広いと、
人は素晴らしいと、
僕に言い聞かせていました。
その時僕は正直、
それを否定したくて
仕方がありませんでした。
人は所詮、人を殺すのだと。
貴方が言う広い世界の中に、
それを正義と称する人々も
少なくない。
貴方が言う素晴らしい人は、
一体その中の何%なんでしょう?
そう、逆に問いかけた事も
ありました。
それが、
貴方に返した初めての言葉でした。
すると貴方はふっと笑い、
こう言いました。
「君は、早くに大人になり過ぎた。」
その言葉に、
僕は呆然とするしかありませんでした。
でも、何か言わないと
自分が負けているような気がして
なりませんでした。
「…それは、僕の所為じゃない。」
だから、
どうすることも出来ないじゃないか。
貴方はすぐ、
僕に言葉を返してきました。
会話は言葉のキャッチボール
と言いますが、
僕と貴方のあの時の会話は、
会話なようで、
会話ではなかったような、
そんな気がします。
「自分の所為じゃないというならば…
誰の所為?」
「周りの…周囲の人間の所為だ。」
「…君は、
自分より劣っている人々によって
自分が振り回されている事に
敗北感を味わったりは
しないのかい?」
「…!?」
「自分より劣っていると他人に、
自分が影響を及ぼされている現状に
不満はない?」
「及ぼされてなんか…。」
「おかしいね、
君はついさっき自分で言ったんだ。
周囲の人間の所為だと…。
自分で言った事を、
私の一言で手のひらを返したように
あっさりと
自分の敗北を認めると言うのかい?
君らしくもない…。」
「…っ、うるさい!!」
気づけば僕ら堅く握った拳を
貴方に向かって突き出していました。
貴方は感情に任せた僕の小さな拳を
大きな手に包み込んで、
叱るような口調で強く言ったのです。
「本当に、
らしくないことを
しているんじゃないか?
暴力に走るという事は、
君は自分の言葉での敗北を
認めたということになる。
何も言い返せなくなったから、
暴力に走るしかなくなったんだ。
この意味、君なら分かるはずだ。
君は、今、この時点で、
私より劣っている…。」
全身の力が抜け、
地面に倒れそうになった僕を、
貴方は包み込んだ拳を引き寄せて
優しく僕を抱きしめてくれた。
「………。」
頭の中が真っ白になり、
僕は何もかも分からなくなった。
「…君は、私より劣っている。
でも、それでいいんだ。
君は大人と呼ぶにはまだ幼すぎる。
きっと、君に勝る大人が、
君の周りに居なかっただけなんだよ。
背伸びしなくていい、
気取らなくていい。
ゆっくりでいいんだ。
確かに成長してくれさえすれば、
それだけでいいんだよ。
君はもっと広い世界を知るべきだ。
君より優れている人は、
私の他にもわんさかいる。
人を知り、学びなさい。
人の持つ感情、言葉、
未来や希望を。
闇や絶望を知るのは、その後でいい。
私のところに来なさい。」
「……………。」
その時、僕はとにかく
泣きたい衝動に駆られた。
自分より優れている人間が
存在したことへの嫌悪なのか。
それとも、
自分より優れた人間が
存在したことへの安堵なのか。
自分でも、分かっていたはずだった。
僕は、他の誰よりも、
愚かな子供だったろう。
貴方と出会って十年間、
僕の日々は、毎日が新鮮でした。
貴方を失って十年間、
僕の日々は、毎日が宝物です。
貴方に出会えたから、
僕は世界を知ることが出来ました。
貴方に出会ってしまったから、
僕は死を恐れるようになりました。
僕は貴方に負けてしまったから、
自分の愚かさに気づきました。
僕は貴方に負けたから、
貴方の言葉を聴こうと思いました。
貴方に勝ってしまったら、
僕は自分というものを知らずに
生きていたと思います。
貴方に勝っていたら、
僕は自分を殺していたと思います。
貴方は何時だって、
僕の道標だったんです。
僕に希望を教えてくれて、
ありがとうございました。
僕に声をかけてくれて、
ありがとうございました。
僕より優れていた貴方だったからこそ、
僕は憧れることが
出来たのかもしれません。
また来ます。
次は、そう時間は
かからないだろうと思いますから。
待っていてください。
まだ、
僕に追いつかれないで下さいね?
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる