詠み人知らず、言わずと知れて。

立花伊作

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事実は小説より奇なり

『愛娘』

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「物語の中に入れたらどうする?」



貴方は言った。



「本は好きだよ。
   物語には、救いがあるからね。」



僕は、ただ聞いていることしか
出来ないでいた。



貴方は有名な小説家で有られる。



貴方の作品はどれも素敵だけれど、
僕が貴方の作品で一番好きな物語は
『愛娘』という話だ。


貴方の処女作で、
他のどの作品よりも悲しい話。

そして、他のどの作品よりも
あたたかい話。




主人公の男には、
たった一人の娘が居た。

妻は病気で亡くなっており、
頼る当てもない。

男の唯一の生きる希望は、
貧しい暮らしの中で、
文句一つ言わず、
たくましく育って行く
娘の笑顔だった。

そんなある日のこと、
男がいつも通り家に帰ると、
娘が部屋で首を吊って自殺する。

理由は分からない。

男はそれきり
部屋に閉じこもるようになった。

そして自分を責め立てた。

何故、何故、と、
ただただ娘の死を嘆いていた。

そしてふと、
いつだか娘の言っていたことを
思い出した。



「何かあったら、
    文字を書くようにしてるの。
    書いているうちにね、
    心の中の霧が晴れて、
    落ち着くんだ。」



男は紙とペンを取り出し、
文字を書いた。

ひたすら、胸の内をさらけ出して、
娘への愛を綴った。


そして気づいた。

娘は、生きている。

生かせてやれる。

此処(文字の上)で。


そうして文字を書き連ねて文章にし、
一冊の本を作り上げた。

その本の題名は『愛娘』。

これまでの生活と、
娘のこれからの幸せな生活を描いた作品だ。

それは全国の人々の手に渡り、
感動の嵐を巻き起こしたという。

それから男の書く作品には決まって、
愛娘に似た面影の少女が
描かれているのだ。




「先生…。
   僕、先生の作品好きですよ。」

「…………君は、
   もう幾つになるんだい?」

「え?
   …………26ですけど。」

「私の娘も、
   君と同じくらいの年頃でね。
   娘が生きていたら、
   君みたいな人と
   幸せになってほしかったものだ。」

「……ありがとう、ございます。」



一人の娘が、
一人の小説家を生み出した。

一人の死が、
一人の生を導いた。



男の中で、
まだこの話は
完結していないのだろう。


きっとこの男は、
死ぬまで娘を書き続けるのだろう。



「先生。
   原稿、ありがとうございました。
   これから本社へ戻って
   チェックさせて貰いますね。」

「あぁ、よろしく。」



大事な大事な愛娘が息絶える
その日まで。
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