詠み人知らず、言わずと知れて。

事実は小説より奇なり

さながら

ある日、僕の働いている居酒屋に
毎週金曜、不思議な客が
来ていることが分かった。


不思議と言っても、
外見は普通のサラリーマン。


別に何をする訳でもなく、
日課のように店に現れては、
決まった席に腰を下ろした。



不思議なのはここから。


彼はメニューを開ける間もなく
店員を呼び、注文する。


何故か、二人分の食事を。



「店長。
   あの奥の席に座っているお客さん、
   常連さんですよね？」



店長は、細い目をより一層細くして
その客を見た後、
少し悲しそうな表情をした。



「あぁ、そうだ。
   あの客は知り合いだよ。」


「いつもお一人でいらっしゃるのに、
   二人分の食事を
   注文されるのですが
   どうしてなんでしょう？

   両方食べるのであれば納得なんですが、
   片方の料理はいつも
   手付かずなんですよねぇ…」



僕の探るような言葉に観念したように、
店長はぽつりぽつりと
その不思議な客の話をしてくれた。



「二年前に、
   奥さんを亡くしたそうだ。

   いつも金曜日のこの時間帯に
   二人で来ていたんだよ。

   結婚する前…いや、
   奥さんと出会う前から、
   旦那の方はこの店を
   大変気に入ってくれていてな。

   一人でカウンター席を利用する時は、
   いろいろな話をしてくれたよ。

   仕事の話とか、部長の愚痴とか、
   今気になっている子がいるんだとか、
   この店はメニューを
    もっと増やしたらどうかとか…。

    いつも楽し気にするもんだから、
    本当の息子の様に
    可愛がるようになった。

    彼女が出来た時も、
    この店に連れてきて
    わざわざ紹介してくれたよ。

    それが、亡くなった奥さんだ。

    本当に、綺麗で、いい人だった。
   
    毎週金曜、
    二人でこの店に通ってくれるようになって、
    いつも、いつも、あの奥の席で、
    仲良くお酒を飲んでいたよ。

    なかなかお似合いだったのに…。

    結婚の知らせを受けてから一年。
 
    たった一年だ…。」


そう言ったあと店長は口を結んだ。


僕も、無理に聞くようなことはしなかった。


それ以上、
言わせてはならない気がした。


もしかしたら、
あのお客が一人で食事をする理由を、
僕は聞いてはならなかったのではないだろうか。



あのお客が会計を済ます時、
必ず店長がレジを打つ。


「割り勘な。」


すっかり日課になってしまっている
店長のあの言葉の意味が、
僕はようやく理解出来た。