詠み人知らず、言わずと知れて。

立花伊作

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届けたい想いがある

枯れた白いヒースの花

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「自分から人を求めない者は、
   人から求められることはない。」


近所に住んでいた一人暮らしのお爺さんが、
昔、そんなことを言っていたのを、
今でもはっきりと、
昨日のことのように覚えている。

その頃の僕はまだ小学生で、
その言葉の意味はよく分からなかったけど、
そのお爺さんのことは好きだったから、
いろんな意味のわからない話を
学校帰りに聞きに行っていた。


「お、来たのか。
   どれ、菓子でも用意するか。」

「おじさん、いつも外にいるんだね。」

「今日もお前が来ると思って、
   待ち伏せしてやったのさ。」


口ではそう言ってたけど、
僕が来た時のお爺さんの顔は
いつも嬉しそうだった。

そして、
車の止まっていない家の駐車場に
木製のベンチを出して、
座布団を敷いて、
お菓子を間に挟んで並んで座る。

僕はお菓子を貰うために
通っていた訳ではないのだが、
差し出されるままに貰うしかなかった。

一度いらないと言ったら、
悲しそうな顔をしたから、

「今日は、お腹が痛かったんだ。」

って言った。

そしたらお爺さんはそうか、と言って
暖かい麦茶をくれた。

それから、お爺さんは
町内でも有名なか"おいで爺さん"
だったことが分かった。

"おいで爺さん"と言うのは、
自分の家の前を通る人に声をかけて
あのベンチに座らせ、
少し会話をした後、
立ち去る客に向かって決まって

「またおいで。」

と言うところから付いた名前だそうだ。

普通に考えて、
年寄りの気まぐれに付き合ってられないと
迷惑がるだろうが、
あのベンチに腰掛けた人は皆、
笑顔で「また来るね」と言って
立ち去るという。

僕が行く時にも、
必ず誰かしら先客がいる。

確か今日は、
学ランを着たお兄さんだった。


「人を求めて、人に求められる。
   それが、かけがえのないものになる。
   若いうちは、
  そうやって生きているのが、
  一番いいもんだ。」


僕はやっぱり分からなかった。

お爺さんには一体何が見えているのか、
一体何を見て言っているのかが、
分からなかった。


「人を求めないやつは、
   ずっと一人ぼっちなんだぞ。
   来てくれるのばっかり待ってたら、
   ずっと、一人ぼっちなんだ。
   相手の気持ちを探ってばっかで
   黙っていたら、
   ずっと、ずっと、
   本当の一人ぼっちのままなんだぞ。」


それは、少しだけ分かった。

お爺さんが、
僕にも分かりやすいように、
簡単な言葉を使ってくれているのも
分かった。


「いいか、常に人を求めるんだ。
   そして、相手にもそれを
   気づいてもらわないといけない。
   誰でもいいんだ
   って思わせてしまったら、
   お前は一人ぼっちになる。
   あなただけなんだ
   って分かってもらえないと、
   お前は一人ぼっちだ。」


お爺さんは、僕にだけは、
こう言う話をする。

僕はずっと、
お爺さんの言葉にうん、うん、と
答えていただけだったけれど、
今よくよく考えてみると、
あのお爺さんも、
きっと一人ぼっちだったんだな。

どれだけ多くの人とお知り合いになって、
好かれていても、
結局はみんな、最後は離れていく。


「あなたには、あなたを好いてくれる人が
    他にもたくさんいるじゃない。」


だから、何回も何回も、
自分の失態を
悔やんでいたのかもしれない。


真実はまるで分からない。

そのお爺さんは去年、
天国へと旅立ってしまったから、
知ることもできない。


久々にお爺さんの家に立ち寄ってみると、
あのベンチには、
たくさんの花が供えられていた。


地域の人に愛されていた孤独な老人。


僕はそのベンチに、
寒空の下に咲いていた珍しい花を
供えて来た。


「あなたの与えた愛は、ちゃんと、
   みんなに届いていたんですよ。」


地域の人気者は、孤独に怯え、
自分を孤独だと思い込んでいた。


あなたが思うなら、そうなのだろう。


でも、もし孤独だと思っていたのが
あなただけだったなら、
きっとあなたは孤独じゃなかったんだ。
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