詠み人知らず、言わずと知れて。

立花伊作

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帰巣本能

寂しがり屋の罪人

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昔は、広く浅くの世界で生きていた。

知り合いもそこそこ多くいて、
廊下を歩けば何人かには声をかけられる。

挨拶程度の言葉を交わして、
すれ違っていくことが当たり前だった。

そんなもんだと、思っていた。

今仲が良くても、いつかは必ず、
離れて行くのだから。

表面の付き合いだけで、
深くは介入してこられたくない。

本当の自分を見せるのが怖い。

馴れ馴れしく接してくる奴もいる。

僕の内のものに触れてこようとする奴も。

僕はそれが酷く腹立たしくて、
でもそれは表に出さず、上手くかわしてきた。


「何も知らないくせに。」

「知っても、受け入れてはくれないくせに。」


そう、思っていたから。

本当の自分は酷くつまらない奴で、
面白味の欠片もない奴で。

個性だって、特徴だって、
どこにでもいる、溢れたやつ。

その事実を、自分は受け入れたくなくて、
いろんな自分を作ってみた。

突拍子もないやつ。

ポジティブなやつ。

病んでるやつ。

危険なやつ。


いつの間にか、どれが本当の自分だったか、忘れてしまった。


時が経って、環境が変わって、
周囲の人間も変わった。

隔離された広く浅くの世界。

以前の僕は、どうやって生きてきていたのだろうか。

取り繕うのをやめて、
ただがむしゃらに生きていると、自然と、見えてくる。

取り繕う暇もないくらい、忙しかったせいかもしれない。

でも、そのお陰かそのせいか、
随分と、生きやすい。

本当の自分を隠さなくていい場所というのは、心地よくて、安心できた。

それと同時に、酷く卑怯な奴にもなった。

自分を好きになってもらわなくてもいい奴らの側でだけ、本当の自分をさらけ出している。

逆に言うと、別に嫌われても仕方がないと思えるようになってしまった。

酷く冷たい人間になってしまったと、自分でも思う。

いや、冷たいのは、昔からか。

あの時は若かった。

嫌われたくない、嫌われないように、
と、必死に愛想を振りまいて、愛されたがっていた。

今も、その気持ちが無い訳では無い。

でも、それすらも諦めかけている。

どうせ、こんな自分を好いてくれる人なんていない。

きっと、こんな僕を好きになってくれる奴は、人を見る目がないか、物好きか、趣味が悪いか、
はたまた、何か企んでいる奴だろう。

僕は自分が嫌いだ。

自分を守るために、冷めた人間になってしまったことも、
他人に怯え、それでも他人に愛されたがっていることも。


「そうか、僕は、寂しかったのか。」


僕は営業スマイルが得意だった。

見ず知らずの他人でも、この場限りの付き合いだと思えば苦ではなかった。

気が利く、コミュニケーション能力の高い奴。

そんな僕を作り上げた。

その場を凌ぐには、それは丁度いい仮面だった。

ふと、心に残る空虚感だけが、僕を泣かせたけれど。

嗚呼いつか、いつの日か。

許される日がくるのだろうか。

こんな罪だらけの僕に「おかえり」と、
笑顔で迎え入れてくれる人が、出来るだろうか。

そんな日が来ることを夢見ながら、
今日も僕は枕を濡らして眠るのだ。
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