忘却の海辺

da8

文字の大きさ
3 / 30

英雄は死なず

しおりを挟む
 ロゲルト・オッリはあの夜、自らの墓標となる地へ運ばれた。敵を前に戦った体は毒に侵され、髪の毛から肌の隅々まで腐敗の緑色を帯びていた。生きたまま地獄に落ちた魂のように、傷口には虫が群がっていた。エファイマの者でこれを悲しまない者は居なかったはずだ。彼らはこの勇士に敬意を示し、せめて華々しい最期を飾らせようと、新しい地を彼に捧げることを決めた。私の村が選ばれたのだ。ことは慎重に運ばれた。勇士に相応しい最期を遂げるために準備されたのだ。エファイマの離れ小島に住む蛮族たちは夕暮れに旅立ち、真夜中には村を滅ぼし終えていた。彼らは英雄のための儀式を行った。満月が血に染まる中、疵と威厳に満ちた皮の鎧をはがし、代わりに聖なる衣をまとわせて、魔術師の髪と蜘蛛の糸で編まれた縄で彼を縛り上げた。獣の香に火をつければやがて幻獣が死体を貪り、ロゲルトはその血肉となって永遠に生き続けるはずだった。エファイマの蛮族たちはつつがなく儀式を執り行った。彼らにとっての英雄はこのように埋葬されるべきだったのだが、そうはならなかった。
 彼らの誤算はいくつかある。真っ先に挙げられるのは、その英雄が生きたまま目を覚ましてしまったことだろう。しかし死んでいても同じことだろう。確かに、香の匂いに誘われてワイバーンが彼を見つけたかもしれない。だがそれは村の死体の山を片付けた後のことで、ロゲルトの屍には一足先に蒼い虫がひっついているだろう。それに村の近くのワイバーンはもの病みだった。それに喰われたとして、彼の魂が永遠に生き続けたか怪しいものだ。ともかく、この男は生き延びてしまった。

 ロゲルトが忘却の海辺で目を覚ましたのは夜明け前だろう。彼は着慣れた皮鎧ではなく、幻獣に捧げるための一枚布を着せられて海岸に横たわっているはずだ。すぐ傍で獣の匂いが染み着いた枯草のかたまりが燃え、この地に巣食う幻獣たちを呼び寄せようと煙を天高く昇らせている。彼が振り回していた斧が波打ち際で凍えている。その柄には誰かの血と肉片に砂がこびりつき、月光を浴びて青白く輝いていたことだろう。
 その日ロゲルトの傍にあったのは、燃えかすと濡れた斧、ほどけた縄、あとは肌寒さぐらいのものだろう。体にまとわりつく獣の匂いに気付いて、最初彼は不思議に思ったことだろう。いったい何が起こっているのか、とな。しかし起き上がろうと目の前に手を伸ばしたあたりでだんだんと気付くに違いない。彼も全くの馬鹿ではなかった。彼が鎧をつけていないことや、辺りは静かで波の音だけが聞こえること。つい先ほどまで聞こえていたはずの仲間たちの声や、彼らが死んでいく音がまったくしないことなどから、なにかまずいことが起こったと考える。そういう時に彼はまず自分の手を見る癖があった。次は足や腹、胸や首に触れるだろう。最後に顔を撫でた時、彼は額から頬にかけて斜めに入った深い切り傷に気付くだろう。それは次第に塞がっていくが、そのときはまだ膿んだような液体をにじませていただろう。
 やがて彼は自らが生死の境を彷徨っていたことを思い出すだろう。重く感じる斧を引きずりながら、彼は海風の和らぐ場所を探して村の方へ向かう。彼は廃墟と化した私の村を視界に捉え、この地に仲間が来ていたことに気付くだろう。そしてまた、なぜ自分はこの村を襲っていないのかと疑問に思う。ロゲルトは原因を探るため、海岸や土手の風景を思い出そうとするに違いない。野蛮だが優れた戦士だった彼は、敵の動きや癖を見抜いて斧を叩きつける時のように、すぐにその原因に思い当たるだろう。彼はよろめきながら村の方にやってくる。私が死体の山を見て呆然としていた時だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

異世界子供ヤクザ【ダラムルバクト】

忍絵 奉公
ファンタジー
孤児院からスラムで育ったバクト。異空間収納と鑑定眼のダブルギフト持ちだった。王都西地区20番街では8割を縄張りとする先代のじいさんに拾われる。しかしその爺さんが死んだときに幹部同士のいざこざが起こり、組は解散。どさくさにまぎれてバクトが5・6番街の守役となった。物語はそこから始まる。7・8番街を収めるダモンとの争い。また後ろ盾になろうと搾取しようとする侯爵ポンポチーコ。バクトは彼らを越えて、どんどん規格外に大きくなっていく。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...