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遍歴せよ、遍歴せよ
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その日、騎士団長は窓から王都の雪景色を眺めていた。軍服に剣帯、肌寒い日の緋色のコートの上に、豊かな銀髪交じりの白髪が流れている。街は真っ白に覆われ、降り積もった雪が幽玄な趣を醸し出していた。彼は長年この騎士の詰め所で、そのホールを通る若い騎士たちを訓練し、教育してきた。彼は街を眺めながら感慨深さに浸っている。かつて戦争と貧困の重圧に苦しんでいた王都が、今はこの大陸でも一二を争うほどの栄華を誇っている。街の人々は飢えや寒さに悩むこともなく安心して日々を過ごしている。しかし、この平和と繁栄は誰の功績によるのか? 騎士団だろうか。それとも王国の末端で嵐に怯えている人々の望まぬ献身によるのだろうか。
私は平和に貢献できたのだろうか。窓の外で舞う雪を見ていると、数々の懐かしい記憶が街道の馬車のように去来する。冬の撤退戦で王の影武者を務め上げ、その後不敬罪で首を刎ねられた美しい赤髪の騎士、イェンスのこと。名誉と勇気を以て国と民を守ることを夢見ていた若い頃の残虐な戦争。先代イルノリア国王に見出された馬上試合の決勝戦で戦ったあの女。四人の騎士に今夜も話すことになるだろう、ロゲルトとの奇妙な生活。彼は雪に覆われた街を眺めながら、今の座を譲った後のことを考えていた。騎士団長という地位にあって、私はこの国で何かを成し遂げただろうか。私はこの部屋で、この椅子で、この机で何を為すべきだったのか。彼の人生は戦いの連続だった。彼は今でも、自分の人生には意味があったと信じたいと思っている。それは本当なのだろうか。実は彼以外の誰であってもよい役割で、蜃気楼か雲の影に向かって剣を振り回していたのではなかっただろうか。私の人生は実りのない徒労だったのではないか? 彼は考えることを止められなかった。いずれ私は何の判断もつかなくなり、騎士団長の席に老いさらばえた醜い男が座るのだろうか。
この国の平穏を乱すものがあれば、例えそれが私自身であったとしても容赦はすまい。彼は腰の鞘から剣を抜き、窓から差し込む光に照らされた刀身をじっと見つめる。遍歴の旅が私を誘っていた。昔の記憶を辿る度、私の魂の一部は今もなお、それらの地に留まっているような気がする。
騎士団長は深呼吸をして目を閉じ、次のようなことを考える。確かに、それらの地域にも私の魂はあるかもしれない。しかし、それでも今はこの役職にあるではないか。王都と若い芽を守り、龍眼王のもとでこの国をさらに力強くするという使命が、この老いた両腕に課せられているのだ。全ては過ぎ去ったことで、過去にこだわっても良いことはない。私にはまだ為すべきことがある。その代わり、今この瞬間に集中し、窓の外に広がる雪の街の美しさに目を向けよう。
目を開けると、安らぎを感じた。数々の武勲に彩られた剣が冷たく輝いていた。世界には徐々に波紋が広がっている。だが、この都市には未だに多くの美しさがあるのだ。家々の窓から漏れる暖かい灯。ウルバの大鐘楼と時計塔。窓を開けると強い風と共に雪の薄片が吹き込んでくる。空気はそう乾いてはいない。皴の増えた手を伸ばすと、冷たい雪が彼の手の中で蜜のように溶ける。緋色のコートの肩回りには、金糸の刺繡に交じっていくつもの雪の結晶がついている。彼には、そのひとつひとつが個性的で完璧に思えた。
騎士団長はどこか影のある表情で、だが確かに微笑んだ。彼は熱せられてゆく世界の中で、この静寂のひと時をありがたく感じた。私は再び若き騎士たちに語るだろう。いずれ王を支え、散っていくだろう騎士たちに。彼らもまた、いずれは私と同じ道を辿り、同じ情熱を抱くかもしれない。しかしそれは遥か先のことだ。騎士団長は執務室で騎士たちを待っている。蛮族の斧を磨きながら、彼は部下たちにこう言うだろう。
では、私は再び子供に戻ることにしよう。昨日はどこまで話したのだったか――
私は平和に貢献できたのだろうか。窓の外で舞う雪を見ていると、数々の懐かしい記憶が街道の馬車のように去来する。冬の撤退戦で王の影武者を務め上げ、その後不敬罪で首を刎ねられた美しい赤髪の騎士、イェンスのこと。名誉と勇気を以て国と民を守ることを夢見ていた若い頃の残虐な戦争。先代イルノリア国王に見出された馬上試合の決勝戦で戦ったあの女。四人の騎士に今夜も話すことになるだろう、ロゲルトとの奇妙な生活。彼は雪に覆われた街を眺めながら、今の座を譲った後のことを考えていた。騎士団長という地位にあって、私はこの国で何かを成し遂げただろうか。私はこの部屋で、この椅子で、この机で何を為すべきだったのか。彼の人生は戦いの連続だった。彼は今でも、自分の人生には意味があったと信じたいと思っている。それは本当なのだろうか。実は彼以外の誰であってもよい役割で、蜃気楼か雲の影に向かって剣を振り回していたのではなかっただろうか。私の人生は実りのない徒労だったのではないか? 彼は考えることを止められなかった。いずれ私は何の判断もつかなくなり、騎士団長の席に老いさらばえた醜い男が座るのだろうか。
この国の平穏を乱すものがあれば、例えそれが私自身であったとしても容赦はすまい。彼は腰の鞘から剣を抜き、窓から差し込む光に照らされた刀身をじっと見つめる。遍歴の旅が私を誘っていた。昔の記憶を辿る度、私の魂の一部は今もなお、それらの地に留まっているような気がする。
騎士団長は深呼吸をして目を閉じ、次のようなことを考える。確かに、それらの地域にも私の魂はあるかもしれない。しかし、それでも今はこの役職にあるではないか。王都と若い芽を守り、龍眼王のもとでこの国をさらに力強くするという使命が、この老いた両腕に課せられているのだ。全ては過ぎ去ったことで、過去にこだわっても良いことはない。私にはまだ為すべきことがある。その代わり、今この瞬間に集中し、窓の外に広がる雪の街の美しさに目を向けよう。
目を開けると、安らぎを感じた。数々の武勲に彩られた剣が冷たく輝いていた。世界には徐々に波紋が広がっている。だが、この都市には未だに多くの美しさがあるのだ。家々の窓から漏れる暖かい灯。ウルバの大鐘楼と時計塔。窓を開けると強い風と共に雪の薄片が吹き込んでくる。空気はそう乾いてはいない。皴の増えた手を伸ばすと、冷たい雪が彼の手の中で蜜のように溶ける。緋色のコートの肩回りには、金糸の刺繡に交じっていくつもの雪の結晶がついている。彼には、そのひとつひとつが個性的で完璧に思えた。
騎士団長はどこか影のある表情で、だが確かに微笑んだ。彼は熱せられてゆく世界の中で、この静寂のひと時をありがたく感じた。私は再び若き騎士たちに語るだろう。いずれ王を支え、散っていくだろう騎士たちに。彼らもまた、いずれは私と同じ道を辿り、同じ情熱を抱くかもしれない。しかしそれは遥か先のことだ。騎士団長は執務室で騎士たちを待っている。蛮族の斧を磨きながら、彼は部下たちにこう言うだろう。
では、私は再び子供に戻ることにしよう。昨日はどこまで話したのだったか――
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