メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

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10.境目果て

12.深く昏い水の底から

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 アシドが引き返すのと同時に引き返させたのは他に2人。コストイラとシキだ。3人とも戦闘に特化した者だ。

 水に溶け、ぐちゃぐちゃになった雪原を走る。泥が跳ね、少し走りづらそうだが、問題なさそうに走る。

 シキに関しては地面を走っていなかった。木から木へと伝い、空中を移動している。

 ディープドラゴンは泡状の魔力の塊を吐き出す。

 前方3人は難なく躱す。というよりも、最初から狙われておらず、狙いの射線上にいたので巻き込まれたようだ。ならば本当の狙いは何だったのか。それは背を見せ逃げるレイド達である。背を見せるものを追いかけたくなるのは本能だ。レイドは反転すると楯を構え、受け止めていく。

「ぐぅ」

 ズズと後ろに押し込まれていく。アシドはディープドラゴンの首をくの字に曲げる。アシドはディープドラゴンの喉を叩き、魔術を止めさせる。

『キュウアァ!?』

 痛みに苦悶の表情をし、声を漏らす。

「ふ」

 下を向くディープドラゴンの顎を、シキが蹴り上げる。無理矢理折られた首をまたも無理矢理伸ばされ、いや逆側まで仰け反らされていた。無理矢理動かされたことでディープドラゴンの首は悲鳴を上げていた。この状態は首が痛い。ディープドラゴンは首を戻そうとするが、それを阻止するように影が現れた。

 コストイラだ。

 素早く木を駆け上り、高さ5mの位置にあるディープドラゴンの頭より上に跳びあがった。無防備に晒される下顎から首にかけての肉が目に入る。コストイラが狙わないはずがない。

「おらぁ!」

 ディープドラゴンの下顎に刀を思い切り叩きつける。ゴキリと鳴ってはいけない音が首から聞こえた。

『キシャアアッッ!!』

 ザパンとディープドラゴンが水に沈んだ。

「っし! って、あれ?」

 コストイラはグリードと違い空を飛べない。空中移動のできないコストイラは重力に従い、落ちるしかない。

「マジか」

 言い切る前にコストイラは湖に落ちた。





 冷たい水に入ることはお勧めしない。急な温度変化で血管やら心臓やらが縮み、命の危険があるからだ。氷点下の気温の地で0度近い水に入るのは以ての外だ。

 そんな馬鹿なことをやってしまったコストイラが辿る道は焚火とのにらめっこだ。何とか死ななかったものの、冷たく濡れた衣服と拍動の遅い心臓では、死に向かっているのは確実だ。濡れた衣服は脱がして干し、風への対策として6人が肉壁になっている。心臓を早く動かすためか、心臓があるであろう胸の位置をドンドンと叩いている。

「馬鹿なの?」
「ぐぬぬぬぬ」

 アストロに罵られても何も言い返せないコストイラは唸るしかない。コストイラに背を向け、顔を真っ赤にしているエンドローゼの横で、アレンは湖を眺めている。

「どうしたんだ、アレン。水が恋しくなったか? もう一回浸かりたくなったんなら言えよ。協力してやっから」
「お気遣いありがたいですが、そんなことを思っていないので大丈夫ですよ。ただ、先ほどの魔物がまだ生きているようでして」
「何?」

 和みつつあった空気がまたしっかりと引き締まる。

「ヤベェな。オレ、今半裸だぞ」

 コストイラが下着一枚の自身の体を見る。本来なら下着までぐっしょりで、息子が縮みあがっているので下着も脱ぎたがったが、止められてしまった。

「どうにかなさい」
「またそうやって無茶を言う。どうにかったってなぁ」

 コストイラが両肩を落とした。

 ザパァンと再びディープドラゴンが姿を現す。しかし、先ほどとは違う点がある。首が歪になっていた。





 体の中が何から壊れる音がした。

 ゴキリという首の骨が折れる音だけではない。何か別の壊れる音。その音の直後、首の皮が引っ張られるような感覚に陥った。しかも、複数個所だ。

 普段ならば、首を曲げ、その部位を見るのだが、今はその首が突っ張っているせいで見えない。

 今、首がどうなっているんだ。

 鰭には異常がない。
 泳ごう。
 上に行こう。
 水面へ。
 空へ。
 光へ。

 そうだ。あの眩く輝く光へと泳ごう。

 そうして、ディープドラゴンは水面を割った。






 皮は伸ばされ、少し薄くなっており、オレンジ色が透けて見えている。オレンジ色は幽かに明滅しており、どうやら脈拍に合わせて光っているらしい。

『アア。アア。アア』

 息切れ状態のような呼吸をしている。オレンジ色の凹凸が喉元を圧迫しており、呼吸するのがつらいのだろう。

 虚ろな目が7人の人間を映す。光のない瞳だ。どこを見ているのか分からず、何に焦点があっているのかもわからない。

 戦いにおける駆け引きは視線によるものが大きい。

 攻撃しようとする瞬間、攻撃しようとする場所に視線が向く。動く黒目が相手の視界を示しており、どのタイミングで動くか、どう動くかがそこで決まる。視線が分からないということは、それらが決められないばかりか、死角というものも生まれない。

 ディープドラゴンがゆるゆると首を振り始める。何かの攻撃の兆候か。レイドが前に出て楯を構える。どんな攻撃が来ようとすべてを受け止めんとする勢いで立ちふさがる。

『ジャアアアアアアアアアアッッッ!!』

 木に積もった雪を落とす大声を出し、前鰭を陸に上げ、噛みつきにかかった。ディープドラゴンの開いた口はレイドよりも大きく、このままいくとレイドは食べられてしまう。

 レイドは咄嗟に横に跳び、楯で水竜の横っ面を殴る。

「っしゃらっ!」

 晒されるオレンジの首が切りかかる。この世界に風船があったなら、コストイラは切った感触をそう形容しただろう。刃が首のオレンジ部分に切り込みを入れた瞬間、パシュァンと破裂した。オレンジと黒の混じった煙が噴き出した。

 プシューと煙が噴き出した。

 瞳からオレンジ色が抜けていく。瞳は徐々に元の黒に戻り、そして煙が出なくなる頃、光のない黒になった。

「倒す魔物はよ。この煙みたいなもんを出すけどよ。何なんだ、これ」
「さぁ? とある魔物学者も研究したけど、ついぞ分からなかったらしいわ」
「何も分かんねェんだな」

 コストイラは生乾き状態の衣服に頬を歪めながら疑問を口にし、アストロは学舎で習ったことを話すと、コストイラは服を肌から剥がすように引っ張りながら感想を述べる。アレン達は誰が何の合図を出したわけでもないが、歩き始める。すでに日が沈み始めており、影が前の方に伸びていく。また今日も夜がやってくる。温泉地まで辿り着いておきたい。
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