メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

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11.妖怪の山

16.河童の隠れ里

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 パチリと目を開ける。

 知らない天井だ。

「ん」

 エンドローゼが体を起こす。エンドローゼのいいところは2度寝しないことだ。早くに起きて働いている人に交じって、お手伝いをしていた。かか様にも褒められたことがある。当時は大人数の部屋に住んでいたので起きると、掛布団を剥ぎ取られていたり、お腹の上に誰か乗っていたりしたものだ。

「ふふ」

 懐かしくなったエンドローゼは笑いながら自身のお腹に触れる。

「ん?」

 自身の手が触れたものが、自分の腹ではない。これは髪の毛か。そういえば、何かがお腹に乗っている。慎重に掛け布を持ち上げると、緑の肌をした子供がいた。気持ちよさそうにすぴーと寝ている。可愛らしい女の子だ。

「だ、誰だろう。そ、そ、そ、そういえばここはどこだろう」

 地元では見たことのない植物の家。枯草の茎か幹か、何かは分からないが屋根や壁はそれで形成されていた。

 エンドローゼは体を動かせないので、どうしてここにいるのか思い出してみる。

 深紫の肌の巨大な悪魔から逃げた際、足を滑らせて河に落ちた。思い出すと非常に恥ずかしくなってしまい、顔を両手で覆った。

「お、んだよ。起きてんじゃねェかよ」

 ジャラッと音がすると、粗野な声が聞こえてくる。

「は、はい。ほう、ほう、ほ、報告できず、も、もう、も、申し訳ありません」
「おいおいおい。アンタにゃ言ってねェよ」

 急な謝罪を受け、緑の肌の男が困り顔になる。

 エンドローゼは男をじっと見る。どこでも見かけることのできる一般的な短パンに特徴的な腰蓑。冬が近づいているというのに薄手のシャツを着ており、それを破らんばかりに盛り上がった筋肉。頂点を囲むように生えるザンバラな髪。その頂点に存在する小さな凹み。

「か、河童?」
「ん? おぉ、そおだぜ。オレ達ァ河童だ。吃驚したぜェ、こいつが河で遊びたいっつーからついてったら、川上からアンタがドンブラコだぜ」

 それは、このお腹に乗っている子を褒めて、感謝しなければなるまい。エンドローゼは、一本ずつずらした状態で両指を合わせる。左人差し指と右親指に合わせ、その後もずらした状態にした形だ。トッテム教式の祈りだ。

「珍しい祈り方だな」
「え」

 エンドローゼは思わず身構えてしまう。宗教の違いから戦争とはよくある話だ。

「ん? あー、身構えなくていいぞ」

 男はガリガリと頭を掻く。

「オレ達ァクロゴロ教だが、どっかと戦争する気なんかねェしよ」

 さっきから驚かしてしまっていることを後ろめたく思っているのか、視線が合わない。しかし、苛立ちはあるのか頬が赤い。微妙な空気が流れているところに外からヒトが入ってくる。綺麗な女の河童だ。

「さっきから騒がしいが、何かあったんか」
「はい。実はお客様です」
「客~~~~? コイツといい客といい、珍しいな、ったく」

 男は立ち上がり、出て行こうとする。

「っと、そういや、アンタもう動けるのか?」
「え? あ、は、は、はい」
「じゃあ、ついて来い。里長に会わせてやる。オレァ、ゴードン。よろしくな」

 ゴードンと名乗った河童の男は、グータッチを求めるが、エンドローゼは求めていることが分からず困惑してしまった。





 知っている者が見れば、ゲルと答えるであろう形の家から出ると、すでに日は沈んでおり、月の時間になっていた。エンドローゼが覚えている最後の記憶は夕刻だ。どれだけ眠っていたのだろう。

「あの、わー、私は、ど、ど、どれだけ眠って」
「え、んん? いつから寝てたのか知らねェが、ここに着いてからなら1時間もたったかどうかぐらいだな。よな?」
「よな、とおっしゃられても、私は知りませんよ」

 ゴードンと呼びにきた女は、バッサリと切り捨てる。ゴードンはまた頭を掻いている。癖なのだろうか。

「あそこが村長の家だ。まァ耳の遠い爺さんだ。気をつけろよ」
「は、はぁ」

 何に気を付けるのだろう。助兵衛なのだろうか。それちょっと嫌だな。孤児院では4,50代の男がよくお尻を触ってきたものだ。声が大きいのだろうか。カラカラ邸にいた時、当主様に用のあるお爺さんが声が大きかった。

「エンドローゼ!」
「ふぇ?」

 名を呼ばれ、エンドローゼは振り返る。皆がいた。エンドローゼを追って走ってきてくれたのだろう。アレンはまだ息が上がっている。感極まったエンドローゼはアストロに抱き着こうとするが、手前でこけて、地面とキスをする。顔を上げると、頬を挟まれた。アストロだ。

「相変わらず鈍臭いわね。鼻血出てるわよ」

 言われてエンドローゼは袖で鼻を拭う。

「感動の再会中に悪いんだが、里長が待ってんだ。来ちゃくれねェか?」
「誰?」
「ご、ごゴ、ゴードンさんです。わ、わ――、私を助けてくださった方です」
「そう」

 アストロはエンドローゼの頭に手を置く。

「仲間を助けて下って感謝いたします」
「いいってことよ。てか、マジで早く入ってくれ。里長が寝ちまう」

 ゴードンのセリフで、アレン達は急いで家に入っていった。






 家の中にいた里長はうつらうつらと舟を漕いでいた。待たせてしまってすまない気持ちになる。里長が隣にいる美しい河童に起こされる。ちなみに河童の美女の条件は胸が小さく、尻がでかいことらしい。里長の隣にいる女はまさにその条件に当てはまっていた。

「おぉ、寝てしまった。ん? おぉ、ふむ」

 里長は目を見開いたが、すぐにしゅんとなった。好みの女がいなかったのだろう。

「この里には物が少ない。見て回る名所もない。君達はどれだけの期間滞在するのだね」

 鬚が邪魔でフゴフゴと言っており、かなり聞き取りづらい。

「レイドさん」
「あぁ」

 レイドはへこんだ楯を見せる。

「随分と使い込んだの。それで?」
「直すならここが良いと、レイベルスさんに」
「ヒェッ!!?」

 里長は大きな声を出し、隣にいた女に抱き着く。女は里長の頭を撫で、慰めている。

「あの方は?」
「あの方?」
「レイベルス様はいらっしゃっているのですか?」
「いえ」
「っよしっ!!」

 里長は大きくガッツポーズをとる。

「武具を直したいならモーマに言えばいい。アイツは里一の実力者じゃ」

 里長にすぐに家を追い出されてしまった。出る瞬間の里長は隣の女を押し倒していた。これはお楽しみタイムに突入なのだろう。

「話し合いは終わったようだな」
「あ、ゴードンさん」

 ゴードンはアレン達を待っていたわけではなく、外でご飯を食べていたらアレン達に会ったという方が近い。手にしているの器の中身は何かの野菜のスープだ。

「アンタらも食うかい?」
「いただきます。ところで、モーマさんとはどなたでしょう。分かりますか?」
「アイツを知らねェ奴はこの里にはいねェな。ほら、あそこで飯食ってるデケェ奴だ」

 ゴードンは器を持ったままの手で一人の河童を指し示す。

 デカい。レイドよりもデカいのではないだろうか。ご飯が少なかったのか、少し肩を落としているようにも見える。

「おい、モーマ」

 モーマにゴードンが近づく。

「この前打ってやったものでも壊したのか?」
「違ェよ! 用があんのはオレじゃねェ、こいつらだ」

 紹介され、少し会釈しながら会話に入る。

「アレンです。実は楯を直してほしくて」
「楯?」
「私の楯です。魔物の攻撃を受け、こうなってしまいました。直していただきたく」
「報酬は?」

 報酬を要求するのは当たり前だ。レイドは腰につけていた布袋から透き通るような輝きの白銀の鉱石を取り出す。レイベルスからもらったものだ。

「これは月天石」
「受けてくれるか?」
「十分すぎる」

 モーマは月天石と楯を両手に持ち、工房に篭った。手持無沙汰になったアレン達は里を見て回ることにした。






 翌日、アレン達は予定通り河童の里を歩いていた。里長の言う通り、本当に何もない。娯楽施設らしいものは一つもない。飲食店すらも。

「おい、お客さん」

 アレンが振り返ると里長がいた。

「何でしょうか」
「この里を出た後、どこか行く当てはあんのかね」

 行く当てと聞いて、アレンは考える。

「考えてなかったですね。旅の途中なので」
「そうかえ。なら、世界樹でも見に行くといい。絶景だっちゅう話だで」
「世界樹ですか」

 アレンは見たこともない世界樹を想像する。思い浮かぶのは天まで届く巨大な樹木。ちょっと見てみたい。いや、かなり見てみたい。

「世界樹、良いですね」
「なら、行ってみると良い。戻ってくるなよ。客とはいえ、結局は部外者だからな」
「………はい」

 里親が離れていく。工房からモーマが出てきた。

「楯が完成したぞぉ!」

 そう宣言するモーマの手には、透き通るような白銀の楯があった。








 パキ、パキ。
 何か中身のない、硬いものが折れたような音。いや、内部で発生した空気の破裂音か。
 枯れ木のような何かが、自身の腕を伸ばす。

『ゴ、オアァ』

 腕はガーゴイルを掴み、捕らえる。ガーゴイルは必死に抵抗するが、無駄に終わる。枯れ木のような何かがガーゴイルを口に含む。それなりに硬い皮膚を持つはずのガーゴイルを噛み潰す。
 口の端から血が垂れた。この何かは口を完全に閉じていても穴が開いているため、血どころかガーゴイルの肉も落ちる。

 枯れ木のような何かが空を見上げる。空は灰色の雲で覆われている。

 月は見てくれない。
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