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14.冥界
5.洪水の化身
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八岐大蛇はとても巨大な魔物だ。頭を一つ見ただけでもその巨大さが目に見えた。赤とオレンジの目は最初に見た4人以外を睥睨する。
横道から他にも首が出現する。
「八岐大蛇だと? 超危険生物の代表的な一角だぜ」
ホキトタシタから焦りの表情が窺える。あの隊長さえも余裕をなくしている。それほどまでにあの魔物は強力ということか。
「どんくらいヤベェ奴なんだ」
「見かけたらスルー安定。自衛隊が相手できる限度を超えている。シュルメ様がいれば違うんだがな」
「教祖様はそんなに強いのか」
「年の功ってやつかもな」
ホキトタシタが軽口を叩くと、八岐大蛇が口を開く。口を開けているのは首を覗かせる3つだけだ。3つの口から水球が発射される。レイドが受け止めようとするが、水球も巨大なため、一個で体が後ろに下がってしまう。そして、足元が水ということもあり、足を滑らせ尻餅をついてしまう。
コストイラとホキトタシタは壁面を走り、高い位置から武器を振り下ろす。ホキトタシタが首を半分斬り、残りをコストイラが切り落とす。首を落とせたことで喜ぶのも束の間、未だ空中にいる2人を水球がスナイプする。ついでに近くまで寄っていたアシドにも。
ズリリと体がすべて現れる。相当広いはずの洞窟が狭く感じるほどの巨体。想像していたはずなのに圧迫感と恐怖がアレン達を襲う。アレンとエンドローゼは体が硬直してしまう。八岐大蛇は追い打ちをかけるように、斬られたはずの首が再生していく。
「再生までするの? これ、逃げた方が」
「出来たらやってますよ」
アストロの意見にアンデッキが答える。よくもそんな奴を連れてきたなと思い睨もうとするが、原因は何となくアレンな気がするのでアレンを睨んでおく。悪寒でもしたのか、アレンは身をブルリと震わせた。アストロの勘は合っているので擁護できない。
「弱点はないの?」
「ないですね。地道に攻撃していくしかないです」
アンデッキの返答に舌打ちをすると、アレンからガレットの書を奪い取る。
「あれの名前は八岐大蛇だったわよね。や、や」
アストロは焦りながらも八岐大蛇のページを開く。あいつ、あの見た目で地属性なのか、と思いつつ弱点となりそうな記述を探す。アストロは最後の一文に目を張る。
「何か見つけたので?」
「弱点を探す暇があったら無心で攻撃していろ。いずれ倒れる、ですって」
「つまりどうしようもないと」
「そうね」
アストロは不機嫌そうに本を閉じると、アレンの方に放る。アレンは慌てながらキャッチする。本はもっと大切に扱ってほしいものだ。アレンがアストロを睨もうとしてアストロを見ると、アシドに指示され集約させていた魔力を一点に集中させていた。
「結局、攻撃しまくれってことでしょ。やってやろうじゃない。こっからは我慢比べよ」
アストロは魔力酔いをする宣言をすると、一気に魔力を解放する。その瞬間、世界から音が消えた。
キーンと遠くから耳鳴りが聞こえる。信じられない爆音が反響し、耳の機能を奪っていったようだ。アレンは鼻や口から液体が出ているが、そんなことを気にする余裕すらない。目を何度もパチクリとさせ、周りを確認する。
アレンよりも早く起きたコストイラ達が八岐大蛇と戦っていた。前線で戦うコストイラとホキトタシタはすでに多くの血を流していた。八岐大蛇が吐く水球を、紅い呼気を吐きながらコストイラが弾き、ホキトタシタは白銀のオーラを放ちながら散らしていく。
蒼いオーラを纏うアシドは頭の一つと対峙していた。全身を水に濡らしながら戦うアシドは再生する体に苦しんでいる。シキは白い花びらを舞わせ、八岐大蛇の視界を攪乱していた。シキは目を狙い攻撃するが、すぐに回復してしまい、意味をなさない。
ぺデストリとアンデッキは壁に凭れさせられており、エンドローゼが回復魔法を使っていた。無茶をしているのか、エンドローゼの顔が苦しそうに歪んでいる。それはアストロも同じだった。レイドに護られながら魔術を行使するアストロは、魔法も行使していた。
死者の顔。崩れ落ちる人々。嬉しそうな女。
「うぷ」
久し振りの感覚だ。魔力酔いとは違う吐き気。最近は魔法を使っていなかったのだ。いつもよりも応える。
「ハァ!!」
裂帛とともに剣を振るう。ホキトタシタが首を一つ落とすが、またしても再生する。
「あと何回落せばいい」
「体感、あと少しだと思いたいな」
両者ともに疲れが隠せない。上から水球が降り注ぎ、両者ともに壁面に避難するが、ここで初めて八岐大蛇が尾で攻撃してきた。八岐大蛇は頭だけでなく尾まで8本ある。
尾はシキ、コストイラ、ホキトタシタの脇腹を叩き飛ばす。3人とも血を吐きながらアレン達の頭上を越えていく。血の雨がアレンアストロの頬を濡らす。
絶望的だ。このパーティの火力を担っていた3人が消えた。次点でもぺデストリとアンデッキがリタイアしており、アシドとレイドしか残っていない。火力を出せるアストロも魔法の反動と魔力酔いのダブルパンチで頼りにできない。
アシドが槍をくるくる回し、八岐大蛇の横っ面を叩く。振り抜いた状態のアシドの背を叩く。ボギャと音が響く。背骨が砕けたのかもしれない。アシドが薄く水の張られた地面を転がる。アシドは震えるばかりで立ち上がることができない。ぺデストリとアンデッキの2人の回復が終わり、エンドローゼはアシドに駆け寄る。
エンドローゼを狙い、八岐大蛇が大きく口を開ける。その口内に炎が入り込む。アストロは吐き気を押さえようと、体を丸め口元を必死に覆う。エンドローゼの髪の白い部分が気持ち増えている気がした。
レイドはバシャバシャと走り、エンドローゼを護るように立つ。前衛としての攻撃をぺデストリとアンデッキが担う。
ぺデストリが力一杯、八岐大蛇の首を叩く。首が地面に叩きつけられ、水が飛沫を上げる。隊長と違い、首を斬れない。
アンデッキは風を纏い、飛んでくる水球を弾こうとするが、力負けする。同じく纏う形で戦うコストイラと同じように弾けない。替わるようにレイドが楯を構え、水球を防いでいく。
攻撃力が足りない。八岐大蛇を倒せない。突破できない。
「プハァ!?」
洞窟の外まで叩き出されたコストイラは、ゴボッと空気を吐き出し、自ら顔を上げる。ケホケホと咳込みながら辺りを見渡す。倒れているシキとホキトタシタ、そしてさっきまで中にいたはずの洞窟の入り口が見えた。
「クソ! ヤベェ!!」
コストイラはシキとホキトタシタの頭を掴むと水に突っ込む。シキとホキトタシタはゴバッと空気を吐き出す。コストイラが両手を離すと、2人は顔を上げて水を飛ばすように首を振るう。
「ここは」
「洞窟の入り口だ。早く戻るぞっていうかシキがもう行ってる」
「追うぞ!!!」
コストイラが言う中、シキは”入り口だ”のあたりで走り始めていた。それに気付かなかったホキトタシタは生涯出したことのないほどの大声を出し、剣を掴んで走り出す。コストイラも炎を纏いながら突っ走った。
ゴボリと粘性の液体から空気が漏れ出す。ビチャリと血が垂れ落ちる。アシドは槍を地に突き、杖の代わりにして何とか立ち上がる。頼みの綱であるエンドローゼは魔力酔いが行き過ぎて気絶してしまった。同じく魔力酔いで動けなくなってしまった。アストロが膝枕をしてあげている。
レイドも血を吐き出す。もしこれで相手の姿が同じようなものであればまだ希望が持てたかもしれない。しかし、八岐大蛇の再生はそれを許さなかった。
見た目が変わらない。心が折れそうだ。ぺデストリとアンデッキはすでに心が折れている。壁に凭れかかり死の瞬間を待っていた。
「アシド。いけるか?」
「いくしかねェだろ」
血を流しながら問うレイドに対し、アシドは反動を利用して背中を伸ばす。アシドはスピード重視の戦士だ。アシドのパワーではこれ以上八岐大蛇を追い詰めることができない。なるほど。自衛隊がスルーするのも分かる強さだ。
玉砕覚悟。今日、オレは死ぬ。
アシドはアストロを一瞥し、パチャリパチャリとゆっくりと死地に向かう。頭が一つ噛みつきに来る。何とか道連れにしようと槍を持ち上げる。今出せるすべての力で槍を振るう。
槍は空を切った。やはり駄目だったか。オレは結局、コストイラとは違うということか。最期くらいはこの目で見てやろう。
八岐大蛇の頭がこちらに来るかと思ったが、頭の頂点がめり込み破裂した。アシドの上から血が降ってくる。血の重みに負け、大の字に倒れる。上からシキが降ってきて、アシドの横に着地する。水飛沫がアシドに当たるが、反応できない。
目だけを動かしシキを見る。シキと目が合った。シキは相変わらずの無表情で、しかしとても逞しいことを言った。
「任せて」
シキの一言にアシドは安心し、意識を手放した。シキはそれを見届けると2本目のナイフを抜き、ナイトメアスタイルをとる。ナイトメアスタイルは対人の技術であるため、30mを超える巨体を相手するものではない。
八岐大蛇の頭が再生する。しかし、シキは見逃さない。再生が先ほどよりも遅かった。このままいけば再生しなくなるかもしれない。だが、1人で相手取れるかは怪しい。そう思った瞬間、1本の矢が飛んだ。
『グウォ!?』
再生したばかりのヘビの目に矢が刺さる。矢の威力は今までと比べ物にならず、目玉が破裂した。アレンだ。アレンが成長したのだ。アレンが先に進もうとしているにもかかわらず、自分は何をしているのだろうか。
ナイトメアスタイルは人に特化しており、魔物を相手できない。技を教えてくれた師匠が言っていた教えだ。これを魔物とも戦えるようにする。片目の潰れたヘビの頭がアレンを襲おうとする。横を通るヘビの首を左のナイフで切りつけながら飛びあがり、回転しながら背を超え、斬りながら反対側に回る。最後に逆手に持ったナイフを振り抜き、蛇の頭を切り落とす。
アレンはすでに次の一射を構えていた。いつものアレンと違い、攻撃に積極的だ。再生が先ほどよりももっと遅い。これならいけるかもしれない。
頭が再生する前に次の別の顔に矢を叩き込む。額に刺さった矢を落とそうと頭を振り、唾を飛ばしながら襲い掛かろうとする。シキはその唾ごとヘビの口端を割くようにナイフを入れ、ヘビの首側面を切り裂く。ヘビの頭はアレンに届く前に地に伏せた。
いける。そう思った時、シキの全身が弾き飛ばされた。超至近距離にヘビの頭が見える。シキは本能的にヘビの鼻頭を切り裂く。
飛ばされたシキはアレンと当たり、一緒に倒れる。倒れた隙に上がった水飛沫が顔に当たる。シキたちの上を白金と紅が通り過ぎた。
白金と紅は迫りくるヘビの頭を切り飛ばすそして再生してこないことに笑みを浮かべる。ヘビの口がガバリと開き、水球が発射される。コンマ0何秒のアイコンタクトで役目を分ける。
足首ほどまで水の張っている地面を蹴り、水球を弾く。着地を同時に紅い息を吐く。
一早く水球の雨を抜けたホキトタシタは、軽々と剣を振るい、ヘビの頭を一つ落とす。そして八岐大蛇の体を駆け上り、空気を引き裂きながらこちらに向かってくる尾を迎撃する。八岐大蛇の尾は他の体皮よりも硬く、歴戦の戦士でも切れる者は少ない。ホキトタシタでも一本斬るのに集中力が必要になる。しかし、今はそれで十分。八岐大蛇を倒せる人が他にいるから。
コストイラは燃えていた。八岐大蛇など神話の魔物だ。ヘビ信仰するナンバエッタ教では八岐大蛇は主神ナーガに次いで格式の高い神様である。
起こす洪水はすべてを洗い流し、世界に水の流れを作り出したと言われている。世界を創ることに貢献した神様だ。そんな神様が目の前にいる。違うかもしれない。しかしコストイラにはいる気がした。
燃える男コストイラは頭の数が半分まで減った八岐大蛇を見てもなお、最大限の警戒は崩さない。コストイラは壁に向かって走り出し、一気に駆け上がり、迫ってきていたヘビの眉間に乗り、裂くように刀を刺したまま走り出す。ヘビの頭からは脳みそが溢れ落ちた。
そのままの勢いで6つ目の頭を切り落とす。損傷が激しいからか、一つ目の頭が再生していない。後首は2つ。
今ならいけるかもしれない。コストイラは蒼いオーラを纏う。コストイラの新技は発動することなく、コストイラの意識を奪った。まだ駄目なのか。一体何が足りない?
全員が倒れた。残るのはホキトタシタだけか。期待外れだったか?ホキトタシタは髪を掻き上げ、本気を出そうか考える。しかし、思いとどまる。まだ立ち上がる者がいた。
凛として澄みやかな臭いが鼻を刺激する。立ち上がった少女の周りを白く楕円の花弁が舞っていた。髪は逆立ち、目は吊り上がっていた。いつもの無表情な少女でない。そこにいたのは英雄だった。この場にいる者を救わんとする英雄の姿だった。
シキはナイトメアスタイルをするが、腰は落とさない。姿勢が低くなったかと思うと、次の瞬間八岐大蛇に肉薄する。
鼻頭にバッテンがついているヘビの頭に着地すると、手早く頭を開いて中に爆弾ナイフを投げ入れる。ヘビの頭が内部から破裂し、内部を撒き散らす。
残り1つの頭が口を開け、水球を溜める。そして、力を失った首を巻き込んで水流を発射する。首は引きちぎれ、洞窟の岩が倒れていった。
シキの姿がない。まだ体の動かせるアレンやレイド、アストロが探すが見当たらない。
八岐大蛇は消し飛ばせたと思い、口角を上げる。アレン達には不安と心配が募っていく。ホキトタシタだけはシキの居場所が分かっていた。八岐大蛇の背からは見えなかったが、魔眼はシキの姿を捉えていた。
ヘビの頭が死にかけの者達に向く。口内に水球を溜め込もうとする。バシャリと、水が成形されず口から落ちていく。
「何だ?」
力なく楯を構えていたレイドが異変に気付く。ヘビの首が一部膨らんでいた。膨らみは徐々に登っていく。ビチャビチャとヘビの口の端から血が降っている。ヘビの目が恐怖に揺れる。揺れ方がおおよそ生物とは思えない。
ミリミリと口を端が裂けていく。八岐大蛇は必死に抵抗するが、頬からナイフが出現する。引っ込んだかと思うと別のところからナイフが出現する。何度も何度も繰り返され、ヘビの咬筋力が著しく低下していく。そして完全に裂けた。
シキは爆弾を4個投げ込み、その後ナイフを投げ込む。シキが口から脱出し飛び降りた瞬間、ヘビの首が爆発し、皮は破け骨は折れ筋肉は露出していた。
ヘビは白目を剥き、倒れる。その下にいたシキはナイフで穴だらけになった首を斬った。八岐大蛇全体から力が抜ける。尾も力が抜けていき、くたりと地に着いた。
ホキトタシタが魔眼で八岐大蛇を見つめる。
「おめでとう。八岐大蛇討伐完了だ」
アレン達は大の字に倒れる。
そして英気を養うために丸一日、その洞窟で休むことになった。
横道から他にも首が出現する。
「八岐大蛇だと? 超危険生物の代表的な一角だぜ」
ホキトタシタから焦りの表情が窺える。あの隊長さえも余裕をなくしている。それほどまでにあの魔物は強力ということか。
「どんくらいヤベェ奴なんだ」
「見かけたらスルー安定。自衛隊が相手できる限度を超えている。シュルメ様がいれば違うんだがな」
「教祖様はそんなに強いのか」
「年の功ってやつかもな」
ホキトタシタが軽口を叩くと、八岐大蛇が口を開く。口を開けているのは首を覗かせる3つだけだ。3つの口から水球が発射される。レイドが受け止めようとするが、水球も巨大なため、一個で体が後ろに下がってしまう。そして、足元が水ということもあり、足を滑らせ尻餅をついてしまう。
コストイラとホキトタシタは壁面を走り、高い位置から武器を振り下ろす。ホキトタシタが首を半分斬り、残りをコストイラが切り落とす。首を落とせたことで喜ぶのも束の間、未だ空中にいる2人を水球がスナイプする。ついでに近くまで寄っていたアシドにも。
ズリリと体がすべて現れる。相当広いはずの洞窟が狭く感じるほどの巨体。想像していたはずなのに圧迫感と恐怖がアレン達を襲う。アレンとエンドローゼは体が硬直してしまう。八岐大蛇は追い打ちをかけるように、斬られたはずの首が再生していく。
「再生までするの? これ、逃げた方が」
「出来たらやってますよ」
アストロの意見にアンデッキが答える。よくもそんな奴を連れてきたなと思い睨もうとするが、原因は何となくアレンな気がするのでアレンを睨んでおく。悪寒でもしたのか、アレンは身をブルリと震わせた。アストロの勘は合っているので擁護できない。
「弱点はないの?」
「ないですね。地道に攻撃していくしかないです」
アンデッキの返答に舌打ちをすると、アレンからガレットの書を奪い取る。
「あれの名前は八岐大蛇だったわよね。や、や」
アストロは焦りながらも八岐大蛇のページを開く。あいつ、あの見た目で地属性なのか、と思いつつ弱点となりそうな記述を探す。アストロは最後の一文に目を張る。
「何か見つけたので?」
「弱点を探す暇があったら無心で攻撃していろ。いずれ倒れる、ですって」
「つまりどうしようもないと」
「そうね」
アストロは不機嫌そうに本を閉じると、アレンの方に放る。アレンは慌てながらキャッチする。本はもっと大切に扱ってほしいものだ。アレンがアストロを睨もうとしてアストロを見ると、アシドに指示され集約させていた魔力を一点に集中させていた。
「結局、攻撃しまくれってことでしょ。やってやろうじゃない。こっからは我慢比べよ」
アストロは魔力酔いをする宣言をすると、一気に魔力を解放する。その瞬間、世界から音が消えた。
キーンと遠くから耳鳴りが聞こえる。信じられない爆音が反響し、耳の機能を奪っていったようだ。アレンは鼻や口から液体が出ているが、そんなことを気にする余裕すらない。目を何度もパチクリとさせ、周りを確認する。
アレンよりも早く起きたコストイラ達が八岐大蛇と戦っていた。前線で戦うコストイラとホキトタシタはすでに多くの血を流していた。八岐大蛇が吐く水球を、紅い呼気を吐きながらコストイラが弾き、ホキトタシタは白銀のオーラを放ちながら散らしていく。
蒼いオーラを纏うアシドは頭の一つと対峙していた。全身を水に濡らしながら戦うアシドは再生する体に苦しんでいる。シキは白い花びらを舞わせ、八岐大蛇の視界を攪乱していた。シキは目を狙い攻撃するが、すぐに回復してしまい、意味をなさない。
ぺデストリとアンデッキは壁に凭れさせられており、エンドローゼが回復魔法を使っていた。無茶をしているのか、エンドローゼの顔が苦しそうに歪んでいる。それはアストロも同じだった。レイドに護られながら魔術を行使するアストロは、魔法も行使していた。
死者の顔。崩れ落ちる人々。嬉しそうな女。
「うぷ」
久し振りの感覚だ。魔力酔いとは違う吐き気。最近は魔法を使っていなかったのだ。いつもよりも応える。
「ハァ!!」
裂帛とともに剣を振るう。ホキトタシタが首を一つ落とすが、またしても再生する。
「あと何回落せばいい」
「体感、あと少しだと思いたいな」
両者ともに疲れが隠せない。上から水球が降り注ぎ、両者ともに壁面に避難するが、ここで初めて八岐大蛇が尾で攻撃してきた。八岐大蛇は頭だけでなく尾まで8本ある。
尾はシキ、コストイラ、ホキトタシタの脇腹を叩き飛ばす。3人とも血を吐きながらアレン達の頭上を越えていく。血の雨がアレンアストロの頬を濡らす。
絶望的だ。このパーティの火力を担っていた3人が消えた。次点でもぺデストリとアンデッキがリタイアしており、アシドとレイドしか残っていない。火力を出せるアストロも魔法の反動と魔力酔いのダブルパンチで頼りにできない。
アシドが槍をくるくる回し、八岐大蛇の横っ面を叩く。振り抜いた状態のアシドの背を叩く。ボギャと音が響く。背骨が砕けたのかもしれない。アシドが薄く水の張られた地面を転がる。アシドは震えるばかりで立ち上がることができない。ぺデストリとアンデッキの2人の回復が終わり、エンドローゼはアシドに駆け寄る。
エンドローゼを狙い、八岐大蛇が大きく口を開ける。その口内に炎が入り込む。アストロは吐き気を押さえようと、体を丸め口元を必死に覆う。エンドローゼの髪の白い部分が気持ち増えている気がした。
レイドはバシャバシャと走り、エンドローゼを護るように立つ。前衛としての攻撃をぺデストリとアンデッキが担う。
ぺデストリが力一杯、八岐大蛇の首を叩く。首が地面に叩きつけられ、水が飛沫を上げる。隊長と違い、首を斬れない。
アンデッキは風を纏い、飛んでくる水球を弾こうとするが、力負けする。同じく纏う形で戦うコストイラと同じように弾けない。替わるようにレイドが楯を構え、水球を防いでいく。
攻撃力が足りない。八岐大蛇を倒せない。突破できない。
「プハァ!?」
洞窟の外まで叩き出されたコストイラは、ゴボッと空気を吐き出し、自ら顔を上げる。ケホケホと咳込みながら辺りを見渡す。倒れているシキとホキトタシタ、そしてさっきまで中にいたはずの洞窟の入り口が見えた。
「クソ! ヤベェ!!」
コストイラはシキとホキトタシタの頭を掴むと水に突っ込む。シキとホキトタシタはゴバッと空気を吐き出す。コストイラが両手を離すと、2人は顔を上げて水を飛ばすように首を振るう。
「ここは」
「洞窟の入り口だ。早く戻るぞっていうかシキがもう行ってる」
「追うぞ!!!」
コストイラが言う中、シキは”入り口だ”のあたりで走り始めていた。それに気付かなかったホキトタシタは生涯出したことのないほどの大声を出し、剣を掴んで走り出す。コストイラも炎を纏いながら突っ走った。
ゴボリと粘性の液体から空気が漏れ出す。ビチャリと血が垂れ落ちる。アシドは槍を地に突き、杖の代わりにして何とか立ち上がる。頼みの綱であるエンドローゼは魔力酔いが行き過ぎて気絶してしまった。同じく魔力酔いで動けなくなってしまった。アストロが膝枕をしてあげている。
レイドも血を吐き出す。もしこれで相手の姿が同じようなものであればまだ希望が持てたかもしれない。しかし、八岐大蛇の再生はそれを許さなかった。
見た目が変わらない。心が折れそうだ。ぺデストリとアンデッキはすでに心が折れている。壁に凭れかかり死の瞬間を待っていた。
「アシド。いけるか?」
「いくしかねェだろ」
血を流しながら問うレイドに対し、アシドは反動を利用して背中を伸ばす。アシドはスピード重視の戦士だ。アシドのパワーではこれ以上八岐大蛇を追い詰めることができない。なるほど。自衛隊がスルーするのも分かる強さだ。
玉砕覚悟。今日、オレは死ぬ。
アシドはアストロを一瞥し、パチャリパチャリとゆっくりと死地に向かう。頭が一つ噛みつきに来る。何とか道連れにしようと槍を持ち上げる。今出せるすべての力で槍を振るう。
槍は空を切った。やはり駄目だったか。オレは結局、コストイラとは違うということか。最期くらいはこの目で見てやろう。
八岐大蛇の頭がこちらに来るかと思ったが、頭の頂点がめり込み破裂した。アシドの上から血が降ってくる。血の重みに負け、大の字に倒れる。上からシキが降ってきて、アシドの横に着地する。水飛沫がアシドに当たるが、反応できない。
目だけを動かしシキを見る。シキと目が合った。シキは相変わらずの無表情で、しかしとても逞しいことを言った。
「任せて」
シキの一言にアシドは安心し、意識を手放した。シキはそれを見届けると2本目のナイフを抜き、ナイトメアスタイルをとる。ナイトメアスタイルは対人の技術であるため、30mを超える巨体を相手するものではない。
八岐大蛇の頭が再生する。しかし、シキは見逃さない。再生が先ほどよりも遅かった。このままいけば再生しなくなるかもしれない。だが、1人で相手取れるかは怪しい。そう思った瞬間、1本の矢が飛んだ。
『グウォ!?』
再生したばかりのヘビの目に矢が刺さる。矢の威力は今までと比べ物にならず、目玉が破裂した。アレンだ。アレンが成長したのだ。アレンが先に進もうとしているにもかかわらず、自分は何をしているのだろうか。
ナイトメアスタイルは人に特化しており、魔物を相手できない。技を教えてくれた師匠が言っていた教えだ。これを魔物とも戦えるようにする。片目の潰れたヘビの頭がアレンを襲おうとする。横を通るヘビの首を左のナイフで切りつけながら飛びあがり、回転しながら背を超え、斬りながら反対側に回る。最後に逆手に持ったナイフを振り抜き、蛇の頭を切り落とす。
アレンはすでに次の一射を構えていた。いつものアレンと違い、攻撃に積極的だ。再生が先ほどよりももっと遅い。これならいけるかもしれない。
頭が再生する前に次の別の顔に矢を叩き込む。額に刺さった矢を落とそうと頭を振り、唾を飛ばしながら襲い掛かろうとする。シキはその唾ごとヘビの口端を割くようにナイフを入れ、ヘビの首側面を切り裂く。ヘビの頭はアレンに届く前に地に伏せた。
いける。そう思った時、シキの全身が弾き飛ばされた。超至近距離にヘビの頭が見える。シキは本能的にヘビの鼻頭を切り裂く。
飛ばされたシキはアレンと当たり、一緒に倒れる。倒れた隙に上がった水飛沫が顔に当たる。シキたちの上を白金と紅が通り過ぎた。
白金と紅は迫りくるヘビの頭を切り飛ばすそして再生してこないことに笑みを浮かべる。ヘビの口がガバリと開き、水球が発射される。コンマ0何秒のアイコンタクトで役目を分ける。
足首ほどまで水の張っている地面を蹴り、水球を弾く。着地を同時に紅い息を吐く。
一早く水球の雨を抜けたホキトタシタは、軽々と剣を振るい、ヘビの頭を一つ落とす。そして八岐大蛇の体を駆け上り、空気を引き裂きながらこちらに向かってくる尾を迎撃する。八岐大蛇の尾は他の体皮よりも硬く、歴戦の戦士でも切れる者は少ない。ホキトタシタでも一本斬るのに集中力が必要になる。しかし、今はそれで十分。八岐大蛇を倒せる人が他にいるから。
コストイラは燃えていた。八岐大蛇など神話の魔物だ。ヘビ信仰するナンバエッタ教では八岐大蛇は主神ナーガに次いで格式の高い神様である。
起こす洪水はすべてを洗い流し、世界に水の流れを作り出したと言われている。世界を創ることに貢献した神様だ。そんな神様が目の前にいる。違うかもしれない。しかしコストイラにはいる気がした。
燃える男コストイラは頭の数が半分まで減った八岐大蛇を見てもなお、最大限の警戒は崩さない。コストイラは壁に向かって走り出し、一気に駆け上がり、迫ってきていたヘビの眉間に乗り、裂くように刀を刺したまま走り出す。ヘビの頭からは脳みそが溢れ落ちた。
そのままの勢いで6つ目の頭を切り落とす。損傷が激しいからか、一つ目の頭が再生していない。後首は2つ。
今ならいけるかもしれない。コストイラは蒼いオーラを纏う。コストイラの新技は発動することなく、コストイラの意識を奪った。まだ駄目なのか。一体何が足りない?
全員が倒れた。残るのはホキトタシタだけか。期待外れだったか?ホキトタシタは髪を掻き上げ、本気を出そうか考える。しかし、思いとどまる。まだ立ち上がる者がいた。
凛として澄みやかな臭いが鼻を刺激する。立ち上がった少女の周りを白く楕円の花弁が舞っていた。髪は逆立ち、目は吊り上がっていた。いつもの無表情な少女でない。そこにいたのは英雄だった。この場にいる者を救わんとする英雄の姿だった。
シキはナイトメアスタイルをするが、腰は落とさない。姿勢が低くなったかと思うと、次の瞬間八岐大蛇に肉薄する。
鼻頭にバッテンがついているヘビの頭に着地すると、手早く頭を開いて中に爆弾ナイフを投げ入れる。ヘビの頭が内部から破裂し、内部を撒き散らす。
残り1つの頭が口を開け、水球を溜める。そして、力を失った首を巻き込んで水流を発射する。首は引きちぎれ、洞窟の岩が倒れていった。
シキの姿がない。まだ体の動かせるアレンやレイド、アストロが探すが見当たらない。
八岐大蛇は消し飛ばせたと思い、口角を上げる。アレン達には不安と心配が募っていく。ホキトタシタだけはシキの居場所が分かっていた。八岐大蛇の背からは見えなかったが、魔眼はシキの姿を捉えていた。
ヘビの頭が死にかけの者達に向く。口内に水球を溜め込もうとする。バシャリと、水が成形されず口から落ちていく。
「何だ?」
力なく楯を構えていたレイドが異変に気付く。ヘビの首が一部膨らんでいた。膨らみは徐々に登っていく。ビチャビチャとヘビの口の端から血が降っている。ヘビの目が恐怖に揺れる。揺れ方がおおよそ生物とは思えない。
ミリミリと口を端が裂けていく。八岐大蛇は必死に抵抗するが、頬からナイフが出現する。引っ込んだかと思うと別のところからナイフが出現する。何度も何度も繰り返され、ヘビの咬筋力が著しく低下していく。そして完全に裂けた。
シキは爆弾を4個投げ込み、その後ナイフを投げ込む。シキが口から脱出し飛び降りた瞬間、ヘビの首が爆発し、皮は破け骨は折れ筋肉は露出していた。
ヘビは白目を剥き、倒れる。その下にいたシキはナイフで穴だらけになった首を斬った。八岐大蛇全体から力が抜ける。尾も力が抜けていき、くたりと地に着いた。
ホキトタシタが魔眼で八岐大蛇を見つめる。
「おめでとう。八岐大蛇討伐完了だ」
アレン達は大の字に倒れる。
そして英気を養うために丸一日、その洞窟で休むことになった。
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