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23.大空洞
13.父と子/師と弟子/そこにもう一人
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エンドローゼは目玉が飛び出すほどの衝撃を受けた。コストイラの左手に竹串が貫通しているのだ。何があったのか分からないが、エンドローゼの思考は一色に染まる。
エンドローゼ、キレる!
その光景を足の不自由な少女が見つめる。この医者でも直せないことが確定しており、河童の技術が搭載された機械を外付けするしかない状態らしい。
感情を爆発させながら理論的に追い詰めるエンドローゼに、青行燈は若干引き気味だ。
「こ、これで収めてくれませんか?」
差し出されたのは馥郁たる香りを放つアップルパイ。叱っていた口からスゥーと涎が垂れていく。
「ハッ! こ、これで、わ、わ、わ、わ、私は釣られると、おー、思わないでください! も、貰いますけど!」
その様子を見ていた医者が、コリコリとこめかみ辺りを掻く。開瞼器と開口器を取り付けて、体中を血液や肉で染めている非常識な見た目をした医者が、極めて常識的なことを言った。
「病院内は食事が禁止だぞ」
横から矢が飛んできた。アレンが腰を床につけた状態で、矢を放ったのだ。
レンは心の中で称賛する。その体勢から正確にこちらを射抜いてくる技量は、何とも素晴らしいことだ。
爪を鏃に当てる。完全に弾いてしまおうと力を込めた時、気付いた。鏃が白い。これは白瓏石? 切り出したばかりの、ごつごつした石。
気付いた時にはもう遅い。
大爆発。
「何だ、今の?」
コストイラが天井を見る。医者も何も知らないと首を振る。こんな揺れは初めてなのだとか。
しかし、コストイラ達には馴染みのある揺れだった。
「爆発ね」
「誰かが戦ってんのか?」
「こんな街中でか?」
「はぁーっ、はぁー……っ!?」
ガラリと石材を押し退けて、姿を現す。レンは全身を発熱させる。
シキと相対した建物は、屋上部分が消失していた。白瓏石の爆発により、屋上ごと爆砕されたのだ。
「くそっ! 白瓏石か」
黒い装束をぼろぼろにさせ、汚れた髪を振り乱しながら、レンが怨言を漏らす。
白瓏石を割った瞬間、間を置かずに爆炎がレンの視界を焼き、弾け飛んだ無数の破片とともに階下に墜落した。今や周囲一帯は瓦礫の山と化し、視界を遮る膨大な砂塵が充満している。
「アレンめ」
怒りがありながら冷静さを欠かずに、辺りを観察する。アレンもシキもいない。周囲で残っているのは自分のみ。
「どこだ?」
ナイフを装備し、呟く。
あの少女はまだ生きている、と自分を穿つ殺意を捉え確信する。
この立ち込める煙のどこかに身を潜め、レンの首を狙っている。
何度も回転させる己の視界と体。平静さを取り戻していく思考。いくつもの展開が予測できる。
やがて、上空の太陽の光が、砂塵を切り裂き、徐々に散らしていく。
「――」
揺れ乱れる空気の流れ。
背後の煙の奥で、翠玉エメラルドの眼光が輝く。そして、凛として澄みやかな匂い。
手負いの獣の如き気配に、全身が戦いた。
次の瞬間、煙を突き破って襲い掛かるシキに、レンは振り向きざま爪を薙ぐ。
魔剣と魔剣が再び、火花を散らして激突した。
「…………っ!?」
放たれる斬撃。二振りのナイフ。速く鋭い攻撃が眼前を通過し、一度防げば次には三度目の斬閃が迫りくる。正面で向き合った瞬間、銀髪が疾走し、懐へ、側面へ、死角へ、視界外へと回り込み、怒涛の乱打を畳みかけた。
防戦を強いられ、反撃が許されない。
武器の上から確かな衝撃が打ち抜き、痺れさせる。こんなパワーがシキにあったのか。両手に同種のナイフを装備し切りかかってくるシキに、シキと同色の瞳が揺れた。
激しく打ち合う爪とナイフ。遅れ始めているのはレンの対応。
力はレンの方が上。速さも上。にもかかわらず、押されている。
技をもってしても捌ききれず、そして瞬速の駆け引きが展開される。
今までの交戦の記憶が霞むほどの、尋常ではない速度。そして駆け引き。
成長、などという言葉は生温い。目を疑うような変貌を遂げた弟子むすめの姿に、レンは内心微笑んだ。
――誰だ? お前は?
能力も、技も、駆け引きも、そのすべてが一線を画している。攻撃の威力、体の切れ、真っ直ぐなまでに純粋な技、一瞬の閃き。たかが1年ちょっと前、何もできていなかった少女は、もうどこにもいない。
別人に成り果てた眼前の勇者に、強引に腹を蹴って、距離を作らせる。
「アナ・アルクァティル」
レンの上半身から闇の中に消えていく。
シキが目を張る。消えたレンの行方を追おうとすると、高威力の蹴り技に少女の体は吹き飛んだ。
「ガッ!?」
吹き飛んだ体が瓦礫の上を何度も跳ねて、壁で跳ね返る。体が舞い、血の粒を散らしながら転がっていく。同時に響く、カランッ、と左手の中から零れ落ちるナイフの音。
シキは何とか立ち上がるが、左肩がピクリとも動かない。まるで関節が外れてたかのように、無残に刻まれた左腕はだらりと垂れさがっている。
「ふっ!」
魔剣の収められている右手の爪を構え、レンが突撃する。
凄まじい速度で迫りくる敵の姿に、左肩を潰されたシキは動けない。
立ち尽くす彼女に向かって、太陽の光を反射する魔剣がギラリと輝いた。
シキの体感時間が極限まで引き延ばされる中、いつか父に聞いた話を思い出す。
人は隙を見つけると、動きが単調になる。その為、止めの一撃は油断に最も近い。追い込まれたその先が、一番の好機にもなる。だから、ここから。
「シキさん!」
アレンの声にシキが奮起し、魔剣を振るう。
三度魔剣同士がぶつかり合う。シキの左肩は外れている。単純に考えれば、その分だけ体のバランスが崩れているということだ。
このまま押し込む。
グッと力を加えた時、シキの顔が歪んだ。右腕だって、左に負けずの傷具合だ。このままいけば押し切れる。勝てる。
「シキさん! 勝って!」
その声を聴き、ぐわっ、と目を見開いた。
ピシリと音が鳴る。その音は爪から鳴った。闇の魔剣が仕込まれた爪が割れたのだ。
「馬鹿な」
ポツリと呟くレンの右腕が切れた。
最強と謳われた暗殺者”ナイトメア”は、この日は敗北した。心からの敗北である。
しかし、この業界、負けた者にあるのは死のみが与えられる。
自殺でも構わない。だが、最期くらいは娘の手で死にたい。
ゆえに、最期まで抗うことにした。
右腕を止血すらせず、スペアのナイフを抜いた。
最速で娘の喉を狙う。ナイフはシキの喉に辿り着き、先端が僅かに入り込む。
そこでシキは首を捻った。出血を最小限に抑え、躱してみせた。
そして、魔剣で父の喉と、その延長線上にあった左腕を切った。
レンは、父として娘の成長を、師として弟子の成長を喜ばしく思いながら、瓦礫に沈んだ。
エンドローゼ、キレる!
その光景を足の不自由な少女が見つめる。この医者でも直せないことが確定しており、河童の技術が搭載された機械を外付けするしかない状態らしい。
感情を爆発させながら理論的に追い詰めるエンドローゼに、青行燈は若干引き気味だ。
「こ、これで収めてくれませんか?」
差し出されたのは馥郁たる香りを放つアップルパイ。叱っていた口からスゥーと涎が垂れていく。
「ハッ! こ、これで、わ、わ、わ、わ、私は釣られると、おー、思わないでください! も、貰いますけど!」
その様子を見ていた医者が、コリコリとこめかみ辺りを掻く。開瞼器と開口器を取り付けて、体中を血液や肉で染めている非常識な見た目をした医者が、極めて常識的なことを言った。
「病院内は食事が禁止だぞ」
横から矢が飛んできた。アレンが腰を床につけた状態で、矢を放ったのだ。
レンは心の中で称賛する。その体勢から正確にこちらを射抜いてくる技量は、何とも素晴らしいことだ。
爪を鏃に当てる。完全に弾いてしまおうと力を込めた時、気付いた。鏃が白い。これは白瓏石? 切り出したばかりの、ごつごつした石。
気付いた時にはもう遅い。
大爆発。
「何だ、今の?」
コストイラが天井を見る。医者も何も知らないと首を振る。こんな揺れは初めてなのだとか。
しかし、コストイラ達には馴染みのある揺れだった。
「爆発ね」
「誰かが戦ってんのか?」
「こんな街中でか?」
「はぁーっ、はぁー……っ!?」
ガラリと石材を押し退けて、姿を現す。レンは全身を発熱させる。
シキと相対した建物は、屋上部分が消失していた。白瓏石の爆発により、屋上ごと爆砕されたのだ。
「くそっ! 白瓏石か」
黒い装束をぼろぼろにさせ、汚れた髪を振り乱しながら、レンが怨言を漏らす。
白瓏石を割った瞬間、間を置かずに爆炎がレンの視界を焼き、弾け飛んだ無数の破片とともに階下に墜落した。今や周囲一帯は瓦礫の山と化し、視界を遮る膨大な砂塵が充満している。
「アレンめ」
怒りがありながら冷静さを欠かずに、辺りを観察する。アレンもシキもいない。周囲で残っているのは自分のみ。
「どこだ?」
ナイフを装備し、呟く。
あの少女はまだ生きている、と自分を穿つ殺意を捉え確信する。
この立ち込める煙のどこかに身を潜め、レンの首を狙っている。
何度も回転させる己の視界と体。平静さを取り戻していく思考。いくつもの展開が予測できる。
やがて、上空の太陽の光が、砂塵を切り裂き、徐々に散らしていく。
「――」
揺れ乱れる空気の流れ。
背後の煙の奥で、翠玉エメラルドの眼光が輝く。そして、凛として澄みやかな匂い。
手負いの獣の如き気配に、全身が戦いた。
次の瞬間、煙を突き破って襲い掛かるシキに、レンは振り向きざま爪を薙ぐ。
魔剣と魔剣が再び、火花を散らして激突した。
「…………っ!?」
放たれる斬撃。二振りのナイフ。速く鋭い攻撃が眼前を通過し、一度防げば次には三度目の斬閃が迫りくる。正面で向き合った瞬間、銀髪が疾走し、懐へ、側面へ、死角へ、視界外へと回り込み、怒涛の乱打を畳みかけた。
防戦を強いられ、反撃が許されない。
武器の上から確かな衝撃が打ち抜き、痺れさせる。こんなパワーがシキにあったのか。両手に同種のナイフを装備し切りかかってくるシキに、シキと同色の瞳が揺れた。
激しく打ち合う爪とナイフ。遅れ始めているのはレンの対応。
力はレンの方が上。速さも上。にもかかわらず、押されている。
技をもってしても捌ききれず、そして瞬速の駆け引きが展開される。
今までの交戦の記憶が霞むほどの、尋常ではない速度。そして駆け引き。
成長、などという言葉は生温い。目を疑うような変貌を遂げた弟子むすめの姿に、レンは内心微笑んだ。
――誰だ? お前は?
能力も、技も、駆け引きも、そのすべてが一線を画している。攻撃の威力、体の切れ、真っ直ぐなまでに純粋な技、一瞬の閃き。たかが1年ちょっと前、何もできていなかった少女は、もうどこにもいない。
別人に成り果てた眼前の勇者に、強引に腹を蹴って、距離を作らせる。
「アナ・アルクァティル」
レンの上半身から闇の中に消えていく。
シキが目を張る。消えたレンの行方を追おうとすると、高威力の蹴り技に少女の体は吹き飛んだ。
「ガッ!?」
吹き飛んだ体が瓦礫の上を何度も跳ねて、壁で跳ね返る。体が舞い、血の粒を散らしながら転がっていく。同時に響く、カランッ、と左手の中から零れ落ちるナイフの音。
シキは何とか立ち上がるが、左肩がピクリとも動かない。まるで関節が外れてたかのように、無残に刻まれた左腕はだらりと垂れさがっている。
「ふっ!」
魔剣の収められている右手の爪を構え、レンが突撃する。
凄まじい速度で迫りくる敵の姿に、左肩を潰されたシキは動けない。
立ち尽くす彼女に向かって、太陽の光を反射する魔剣がギラリと輝いた。
シキの体感時間が極限まで引き延ばされる中、いつか父に聞いた話を思い出す。
人は隙を見つけると、動きが単調になる。その為、止めの一撃は油断に最も近い。追い込まれたその先が、一番の好機にもなる。だから、ここから。
「シキさん!」
アレンの声にシキが奮起し、魔剣を振るう。
三度魔剣同士がぶつかり合う。シキの左肩は外れている。単純に考えれば、その分だけ体のバランスが崩れているということだ。
このまま押し込む。
グッと力を加えた時、シキの顔が歪んだ。右腕だって、左に負けずの傷具合だ。このままいけば押し切れる。勝てる。
「シキさん! 勝って!」
その声を聴き、ぐわっ、と目を見開いた。
ピシリと音が鳴る。その音は爪から鳴った。闇の魔剣が仕込まれた爪が割れたのだ。
「馬鹿な」
ポツリと呟くレンの右腕が切れた。
最強と謳われた暗殺者”ナイトメア”は、この日は敗北した。心からの敗北である。
しかし、この業界、負けた者にあるのは死のみが与えられる。
自殺でも構わない。だが、最期くらいは娘の手で死にたい。
ゆえに、最期まで抗うことにした。
右腕を止血すらせず、スペアのナイフを抜いた。
最速で娘の喉を狙う。ナイフはシキの喉に辿り着き、先端が僅かに入り込む。
そこでシキは首を捻った。出血を最小限に抑え、躱してみせた。
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