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第二章 使えない治療術師
楽ではない修行
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早朝、まだ日も完全には上がっていない頃から我の一日は始まる。
「では諸君、我は今日も遅くなるだろうが……よろしく頼んだぞ」
「……え? 今日も……? そ、その……ご飯、とかは――――」
「ご飯? そんなものは宿でも出てるだろう?」
朝から良く分からない質問を投げかけてくるシーラ。
心なしかしょんぼりとしている気がするのだが、う~む……我の作る素人料理より、プロのもの方がいいだろうに。
何が不満なのだろうか?
……い、いや……勿論、神にも等しい我が手で作られたものを口にしたいという気持ちはわかるのだが! ……イマイチ腑に落ちんな。
「とにかく、その辺は上手くやっておいてくれ。我は今日も忙しいのでなっ!」
「…………わかったわよ、もう! どこへでも行けばっ! レギのアホ、バカ、カスッ!」
「なっ……!? 貴様っ、カスは言いすぎ――――」
言い返そうとしたら、とびっきり大きな音を立てて扉が閉められてしまった。
……全く、シーラの奴……後で覚えていろよ。
ちょっと気落ちし……てはいないが、我は宿を出て西にある”白虎の森”へと足を向けた。
◇◆◇
「あっ! レギさんっ! おはようございます」
森の入り口にある巨木の下で、白い髪が揺れていた。
我もまた、少し急ぎ足でそこへ近づき手を上げる。
「うむ、テトよ! 朝からご苦労」
「いっ、いえ……こちらこそ申し訳ありません……こんな時間しか空いていなくて……」
相変わらず必要以上に畏まってくるテト。
しかし、こうも露骨だといい加減やりづらいところである……
シーラのアホあたりと足して、二つに割れば丁度いいのだが……
「え、ええっと……今日は……」
「おお、そうだな。昨日の続きと行こう……確か”ウッドネット”の習得の続き――――」
「あっ! それなら昨日、こっそりと習得してきました! ほらっ、見てください! ウッドネット!」
自信満々で蔦の網を出して見せるテト。
我と共に皆技の修行を始めたのがつい先日だというのに、もう一つマスターしてしまうとは……
中々侮れぬ娘である。
「レ、レギさん……? あの……どうでしょう?」
「あっ? ああ……いや、完璧だな。これに関しては言う事が無い。しかし……この短時間で習得まで漕ぎつけるとは……中々大変だったのではないか?」
「そ、そうですね……あはは……」
テトのぎこちない笑いに、我は少し引っかかってしまう。
まさかとは思うが……
「他のメンバーに戦いを押し付けられたのか?」
「…………」
黙り込んでいるところを見ると、どうやら図星のようである。
皆技か職技かに関わらず、スキルを習得するためには特定のスキルブックにサインし、一定数の魔物を倒して経験を積まなければならない。
パーティ内で戦闘を丸投げされたのだとしたら、それはそれは……膨大な経験値が獲得できるだろう。
「……すみません…………」
「……? 何故貴様が謝る?」
「いえ……わたし……勝手な事して――――」
どうやら、テトは責められていると勘違いしているようだ。
……うむ、この失礼な勘違い……どうしてくれようか。
気づくと我は、テトの頭に手を置いて、髪をぐしゃぐしゃにかき回していた。
「ちょ……レギさん……!? いきなり何をっ――――」
「バカか、貴様は……何故、いつもいつも……直ぐに謝罪から入るのだ!?」
「え……? それは――――」
「今回の事など言語道断だ! 我の見ていぬところでスキルを習得してきたのだから、謝罪どころか……むしろ、誇っていいのだぞ!」
またしても遂、感情的になってしまう。
すると、テトもまた……謝るような姿勢に移り始めた。
……これは、少し念を押したほうが良さそうだな。
「テトよ!」
「はっ、はい!」
「次から、我に謝罪を行う事は……一切許さん!」
「………………え?」
「もしも次、謝る素振りの一つでも見せたら……さっき以上にめちゃくちゃな髪型にしてやるからな! いいか!?」
「……は、い?」
「返事が小さいっ! もっとはきはきと答えろ!」
「はいっ! すみませ――――あっ……」
ふふっ……どうやら仕置きが足りんようだな。
この後、(テト髪型を)めちゃくちゃにした。
◇◆◇
「ううっ……ひどいです、レギさん……」
「ふんっ、自業自得だろう? これに懲りたら、もう二度と我に謝罪せぬことだ」
頭の上に蜘蛛を乗せたような髪型のテトと共に、我は森の奥深くへと潜っていく。
いざという時、彼女のパーティメンバーと遭遇したりしたらまずいからな。
……奴らを見返す、その日が来るまでは。
「あっ、そういえばレギさん」
「ん? どうした?」
「次にわたしが習得する皆技って……」
「おおっ、そうだったな! 今回はそれなりに実用性の高いものを教えようと思っていたのだ」
皆技に癖の強いものが多いというのは世間の常識だが、下級スキルのいくつかには扱いが簡単なものも少なくない。
先日教えたウッドネットもその一つだ。
魔力の蔦で敵の足止めや、罠を作る程度の軽い効果だが……応用できれば大きな戦力となる便利なスキルなのである。
そして、今回教えるのは――――
「レギさん……前も気になっていたんですが、その”スキルブック”って……どこで手に入れた物なのですか?」
「……ん? これか?」
我がスキルブック”皆技全典”をぱらぱらめくっていると、テトが首を傾げながら中を覗いてきた。
しかし……
「別に普通のスキルブックだろう? そこらの店にも売っているものだと思うが?」
「……そう、なのですか? パッと見た感じだと……聞いたことの無い皆技ばかり載っている気がするのですけど……」
うーむ、そんな事は無い筈なのだがな。
この本は我が師に、修業の一環として頂いたもの……
その師匠本人が、市販のスキルブックと何ら変わらないと言っていたのだから間違いなく普通の本だろう。
テトの勉強不足か……或いは、勘違いだと思われ――――っと、考えている内に、目的のページへとたどり着いてしまった。
「よし、今日教えるのはこれだ……出でよ、追標蜻蛉!」
スキルを発動すると、我が両手には青と赤に発光する蜻蛉が現れた。
そして、内一体の赤い蜻蛉は自然と我が足元にとまる。
「……これは――――」
「よし、もう少し奥へと進むぞ!」
「えっ……ちょ、待ってくださいレギさん!」
別に急ぐ必要は無いのだが、全速力で森の深部へと向かう。
一応テトの方も、息を切らしながら付いてきたようだ。
「……はあ……はあ……レ、ギさん……一体これに……何の意味が……」
「ふっ、とくと見よ!」
我がずっと握っていた右手を緩めると、ふわりと空へ舞い上がる青の光。
そして――――
「これ……もしかして……」
「うむ、あの青い蜻蛉は、先程スキルを使った場所へと向かっているのだ」
追標蜻蛉の使い道は主に、帰還の道しるべ。
深く入り組んだ迷宮や、こういった森でも……入口に設置しておくだけで、後は青の蜻蛉を開放すればどこからでも帰り道が分かるのである。
「……凄い、これがあれば……もう道に迷う事もありませんね。でも……やっぱり初めて見るスキルですよ? レギさん……」
「何……? うーむ、貴様……些か勉強が足りなすぎるのでは無いか? このスキルは我が本にも大きく載っているのだから、有名な筈だろう?」
「……はあ」
「まあ……それは良いわ。とにかく! 今回習得するスキルはこの追標蜻蛉で問題ないな?」
「あっ、はい! それは是非、わたしも覚えたいですっ!」
「よし、では早速……更に奥へと進むぞっ!」
「……えっ? ちょ、レギさん!? なんでまた走るんですかああああああああ!?」
後ろで聞こえたテトの絶叫を追い風に、我は悠々と森を走り抜けたのだった。
「では諸君、我は今日も遅くなるだろうが……よろしく頼んだぞ」
「……え? 今日も……? そ、その……ご飯、とかは――――」
「ご飯? そんなものは宿でも出てるだろう?」
朝から良く分からない質問を投げかけてくるシーラ。
心なしかしょんぼりとしている気がするのだが、う~む……我の作る素人料理より、プロのもの方がいいだろうに。
何が不満なのだろうか?
……い、いや……勿論、神にも等しい我が手で作られたものを口にしたいという気持ちはわかるのだが! ……イマイチ腑に落ちんな。
「とにかく、その辺は上手くやっておいてくれ。我は今日も忙しいのでなっ!」
「…………わかったわよ、もう! どこへでも行けばっ! レギのアホ、バカ、カスッ!」
「なっ……!? 貴様っ、カスは言いすぎ――――」
言い返そうとしたら、とびっきり大きな音を立てて扉が閉められてしまった。
……全く、シーラの奴……後で覚えていろよ。
ちょっと気落ちし……てはいないが、我は宿を出て西にある”白虎の森”へと足を向けた。
◇◆◇
「あっ! レギさんっ! おはようございます」
森の入り口にある巨木の下で、白い髪が揺れていた。
我もまた、少し急ぎ足でそこへ近づき手を上げる。
「うむ、テトよ! 朝からご苦労」
「いっ、いえ……こちらこそ申し訳ありません……こんな時間しか空いていなくて……」
相変わらず必要以上に畏まってくるテト。
しかし、こうも露骨だといい加減やりづらいところである……
シーラのアホあたりと足して、二つに割れば丁度いいのだが……
「え、ええっと……今日は……」
「おお、そうだな。昨日の続きと行こう……確か”ウッドネット”の習得の続き――――」
「あっ! それなら昨日、こっそりと習得してきました! ほらっ、見てください! ウッドネット!」
自信満々で蔦の網を出して見せるテト。
我と共に皆技の修行を始めたのがつい先日だというのに、もう一つマスターしてしまうとは……
中々侮れぬ娘である。
「レ、レギさん……? あの……どうでしょう?」
「あっ? ああ……いや、完璧だな。これに関しては言う事が無い。しかし……この短時間で習得まで漕ぎつけるとは……中々大変だったのではないか?」
「そ、そうですね……あはは……」
テトのぎこちない笑いに、我は少し引っかかってしまう。
まさかとは思うが……
「他のメンバーに戦いを押し付けられたのか?」
「…………」
黙り込んでいるところを見ると、どうやら図星のようである。
皆技か職技かに関わらず、スキルを習得するためには特定のスキルブックにサインし、一定数の魔物を倒して経験を積まなければならない。
パーティ内で戦闘を丸投げされたのだとしたら、それはそれは……膨大な経験値が獲得できるだろう。
「……すみません…………」
「……? 何故貴様が謝る?」
「いえ……わたし……勝手な事して――――」
どうやら、テトは責められていると勘違いしているようだ。
……うむ、この失礼な勘違い……どうしてくれようか。
気づくと我は、テトの頭に手を置いて、髪をぐしゃぐしゃにかき回していた。
「ちょ……レギさん……!? いきなり何をっ――――」
「バカか、貴様は……何故、いつもいつも……直ぐに謝罪から入るのだ!?」
「え……? それは――――」
「今回の事など言語道断だ! 我の見ていぬところでスキルを習得してきたのだから、謝罪どころか……むしろ、誇っていいのだぞ!」
またしても遂、感情的になってしまう。
すると、テトもまた……謝るような姿勢に移り始めた。
……これは、少し念を押したほうが良さそうだな。
「テトよ!」
「はっ、はい!」
「次から、我に謝罪を行う事は……一切許さん!」
「………………え?」
「もしも次、謝る素振りの一つでも見せたら……さっき以上にめちゃくちゃな髪型にしてやるからな! いいか!?」
「……は、い?」
「返事が小さいっ! もっとはきはきと答えろ!」
「はいっ! すみませ――――あっ……」
ふふっ……どうやら仕置きが足りんようだな。
この後、(テト髪型を)めちゃくちゃにした。
◇◆◇
「ううっ……ひどいです、レギさん……」
「ふんっ、自業自得だろう? これに懲りたら、もう二度と我に謝罪せぬことだ」
頭の上に蜘蛛を乗せたような髪型のテトと共に、我は森の奥深くへと潜っていく。
いざという時、彼女のパーティメンバーと遭遇したりしたらまずいからな。
……奴らを見返す、その日が来るまでは。
「あっ、そういえばレギさん」
「ん? どうした?」
「次にわたしが習得する皆技って……」
「おおっ、そうだったな! 今回はそれなりに実用性の高いものを教えようと思っていたのだ」
皆技に癖の強いものが多いというのは世間の常識だが、下級スキルのいくつかには扱いが簡単なものも少なくない。
先日教えたウッドネットもその一つだ。
魔力の蔦で敵の足止めや、罠を作る程度の軽い効果だが……応用できれば大きな戦力となる便利なスキルなのである。
そして、今回教えるのは――――
「レギさん……前も気になっていたんですが、その”スキルブック”って……どこで手に入れた物なのですか?」
「……ん? これか?」
我がスキルブック”皆技全典”をぱらぱらめくっていると、テトが首を傾げながら中を覗いてきた。
しかし……
「別に普通のスキルブックだろう? そこらの店にも売っているものだと思うが?」
「……そう、なのですか? パッと見た感じだと……聞いたことの無い皆技ばかり載っている気がするのですけど……」
うーむ、そんな事は無い筈なのだがな。
この本は我が師に、修業の一環として頂いたもの……
その師匠本人が、市販のスキルブックと何ら変わらないと言っていたのだから間違いなく普通の本だろう。
テトの勉強不足か……或いは、勘違いだと思われ――――っと、考えている内に、目的のページへとたどり着いてしまった。
「よし、今日教えるのはこれだ……出でよ、追標蜻蛉!」
スキルを発動すると、我が両手には青と赤に発光する蜻蛉が現れた。
そして、内一体の赤い蜻蛉は自然と我が足元にとまる。
「……これは――――」
「よし、もう少し奥へと進むぞ!」
「えっ……ちょ、待ってくださいレギさん!」
別に急ぐ必要は無いのだが、全速力で森の深部へと向かう。
一応テトの方も、息を切らしながら付いてきたようだ。
「……はあ……はあ……レ、ギさん……一体これに……何の意味が……」
「ふっ、とくと見よ!」
我がずっと握っていた右手を緩めると、ふわりと空へ舞い上がる青の光。
そして――――
「これ……もしかして……」
「うむ、あの青い蜻蛉は、先程スキルを使った場所へと向かっているのだ」
追標蜻蛉の使い道は主に、帰還の道しるべ。
深く入り組んだ迷宮や、こういった森でも……入口に設置しておくだけで、後は青の蜻蛉を開放すればどこからでも帰り道が分かるのである。
「……凄い、これがあれば……もう道に迷う事もありませんね。でも……やっぱり初めて見るスキルですよ? レギさん……」
「何……? うーむ、貴様……些か勉強が足りなすぎるのでは無いか? このスキルは我が本にも大きく載っているのだから、有名な筈だろう?」
「……はあ」
「まあ……それは良いわ。とにかく! 今回習得するスキルはこの追標蜻蛉で問題ないな?」
「あっ、はい! それは是非、わたしも覚えたいですっ!」
「よし、では早速……更に奥へと進むぞっ!」
「……えっ? ちょ、レギさん!? なんでまた走るんですかああああああああ!?」
後ろで聞こえたテトの絶叫を追い風に、我は悠々と森を走り抜けたのだった。
応援ありがとうございます!
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