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第二章 使えない治療術師
危険の無い森
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白虎の森の奥地は、密かな修行の穴場だ。
青龍街道に比べて交通の便が悪いのが難点だが、何と言っても魔物の数が多く……尚且つ、危険度が低いものが大半なのである。
だが、流石に見晴らしの悪い茂みの中で魔物狩りを行うのは不安が付き纏う。
……数秒思考したのち、我は近くに見えた見晴らしの良い川沿いに陣取った。
すると、少し遅れてテトの奴も追いついてくる。
「……はあ……はあ……レギ、さん……ここ……は……?」
「うむ、ここなら不意打ちを食らう事も無いだろうからな」
テトの息が落ち着いてきた頃を見計らって、ゆっくりと指先を地面に落とす。
何てこと無いただの皆技の発動なのだが……何故かテトは、真横で凝視してくるのだった。
「貴様……昨日もそうだったが……このスキルを使うときだけやたらと目つきが鋭くなるな……」
「えっ……!? そ、そうでしょうか?」
「……無意識なのか……」
「あ、ええっと……その、何度見ても不思議なスキルだなあ……と、そう思っていまして。確か……魔寄せの印でしたっけ?」
「うむ、その通り。後ほど貴様にも伝授してやろう! はははははっ!」
普通のスキルである魔寄せの印の、何がそこまで不思議なのか……我にはイマイチ分からんのだが、このスキルが有用である事は間違いない。
魔物の基本戦術は不意打ちなので、通常……こういった見晴らしの良い場所で待っていても意味は無い。
しかし、このスキルを使えば話は別だ!
「行くぞ! 魔寄せの印!」
スキルの発動が確定すると、勢いよく砂ぼこりが立ち上がった。
そして……
「キイイイイイ!」
妖しく光りだした地面の刻印へ吸い寄せられるように、一匹の魔物が茂みから姿を現した。
「小牙獣……ですね」
そう言って、息を飲むテト。
が、別に、眼前の小さなネズミが怖いという訳ではないだろう。
なぜなら……
奴の後ろには、数えきれないほどの魔物が蠢いていたのだ!
これこそが魔寄せの印の真骨頂。
魔物どもを大量におびき寄せ、一気に稼ぐことができるのである!
「ふっ、テトよ……相手が下級の魔物だからといって油断するな? 一気に叩くぞ!」
「はい……わかりました!」
我らと魔物の大群は、数秒の睨み合いを続けたのち……数時間に渡って、激しい火花を散らしたのだった。
◇◆◇
「ぜえ……ぜえ……もう…………限界、ですっ……」
精根尽き果てたとばかりに、大きく倒れこむテト。
危険度の低い魔物とはいえ、数時間もぶっ通しで戦ったのだ……こうなるのもまた必然だろう。
しかも、数日前までは我の介入無しだと奴らを全滅させる事が出来なかったというのに……
今日はおびき寄せた魔物を全て倒しているのだから、彼女の成長は恐ろしいものだ。
辺りに散らばった無数の亡骸を見下ろしながら、我は少しばかり頬が緩む感覚を覚えていた。
「……レギさん? 何を笑っているのですか……?」
「ん……? いや、その……なんだ……」
不覚……非常にマズイ場面を見られてしまった。
ここは何とか誤魔化したいが、テトは未だに、まじまじとこちらを見つめてくる……
…………
「……すこし、ほんっっっとうにっ! 少しなのだがっ!」
「は、はいっ?」
「…………嬉しいと、感じてしまったのだ……」
「……?」
「だ・か・らっ! 貴様の成長が嬉しかったんだ!」
何言ってんだこいつ?的な態度で首を傾げてきたのが引き金となって、遂……大声で叫んでしまった。
勿論、我が恥を感じる筈など無いのだが……頬の辺りが不自然に熱を帯びている気がする。
「……ふふっ……あははははは」
「なっ……!? なぜ、貴様っ! 何故笑う!?」
ぐぬぬ……バカにされている気分だ。
悔しさに包まれながら、我は自然とテトの方を睨み返していた。
「あっ、えっと……ごめんなさい……」
そんな我の空気を感じ取ったのか、咄嗟にテトが頭を下げてくる。
しかし、これは……
「貴様……」
「は、い?」
「今……何と言った?」
「え? それは……ごめんなさ――――あっ!?」
自分で言ってようやく気付いたのか、テトの顔色がみるみる青く染まっていく。
「あっ、ちょっ……レギ、さん? 今のはその……不可抗力というか、条件反射というか……その、ごめんといっても謝罪では無く――――」
必死に弁面をしてくるが、もう遅い!
「貴様をとんでもない髪型に仕上げてやるからなっ! ”謝罪の報い”、覚悟しろ!」
「いやああああああああ」
テト(の髪型)を、まためちゃくちゃにした。
◇◆◇
「うっ……ひどい、あんまりです……レギさん……」
めちゃくちゃになった自らの髪を手鏡で確認し、嘆くテト。
蜘蛛に熊にウサギと亀……彼女の頭上には、様々な動物が見事に乗っかっていた。
勿論、全て髪の毛製であるが。
「……もう、絶対……謝ったりしませんからっ……うっ……」
涙目で睨みつけられる。
……流石にやりすぎたかもしれない、が――――
今はそれよりも何よりも、確認しておきたい事がある。
「貴様……さっきは何故いきなり笑った?」
「あ……そ、それは……」
そう言って気まずそうに目を伏せたテトは、少しの間を置いてから、決心したように深呼吸を始めた。
「そ、その……わたしも、嬉しかったんです……」
「……は?」
「こんな……こんな風に、楽しいって……思えたの、冒険者になってから初めてだったから…………」
噛みしめるように語る彼女の目には、薄っすらと雫が光っていた。
……冒険者になって初めて楽しいと思えた、か――――
「……これからは、きっと……自分のパーティでもそう思える日が来るさ」
自然と声が漏れていた。
何を隠そう、彼女の修行はそのためにあるのだから。
――皆技を身に付けて、パーティメンバーに認めてもらう。
それが、テトの望みだった。
だから……その日が来るまで、我はとことん付き合おう。
そう改めて決意を固めた瞬間の出来事だった。
「……!」
突如として、傍らの茂みが揺れ始める。
そして――――
「テト、危ないっ!」
「っ……レギさん!?」
反射的に右手を掲げ、茂みから現れた何者かの攻撃を受け止めた。
幸い、当初狙われていたテトは無事なようである。
「怪我が無くてよかっ――――」
そう、発すると同時。
受け止めた筈の右手から、耐え難い激痛が走った。
恐らく……痛みの種類からして毒だろうが、この感じ……
我はこの感覚を知っている。
――死毒……一度受けてしまえば、10分程度で全身に痛みが走り、死に至る毒攻撃だ。
魔物の攻撃の中でも特に危険なものであるが、その使い手は決して多くない。
ましてや、こんな安全な森で……こんな毒を受けるなんて――――
そんな疑問は、目の前の光景を前に全て消え失せていた。
「…………バカな……”スーサイド・スパイダー”……だと……!?」
背中から顔を出す大きな棘、脚に生えた無数の毛……そして、特徴的な髑髏の紋章……そこに居たのは、間違いなく……Sランク指定危険種――スーサイド・スパイダーであった。
青龍街道に比べて交通の便が悪いのが難点だが、何と言っても魔物の数が多く……尚且つ、危険度が低いものが大半なのである。
だが、流石に見晴らしの悪い茂みの中で魔物狩りを行うのは不安が付き纏う。
……数秒思考したのち、我は近くに見えた見晴らしの良い川沿いに陣取った。
すると、少し遅れてテトの奴も追いついてくる。
「……はあ……はあ……レギ、さん……ここ……は……?」
「うむ、ここなら不意打ちを食らう事も無いだろうからな」
テトの息が落ち着いてきた頃を見計らって、ゆっくりと指先を地面に落とす。
何てこと無いただの皆技の発動なのだが……何故かテトは、真横で凝視してくるのだった。
「貴様……昨日もそうだったが……このスキルを使うときだけやたらと目つきが鋭くなるな……」
「えっ……!? そ、そうでしょうか?」
「……無意識なのか……」
「あ、ええっと……その、何度見ても不思議なスキルだなあ……と、そう思っていまして。確か……魔寄せの印でしたっけ?」
「うむ、その通り。後ほど貴様にも伝授してやろう! はははははっ!」
普通のスキルである魔寄せの印の、何がそこまで不思議なのか……我にはイマイチ分からんのだが、このスキルが有用である事は間違いない。
魔物の基本戦術は不意打ちなので、通常……こういった見晴らしの良い場所で待っていても意味は無い。
しかし、このスキルを使えば話は別だ!
「行くぞ! 魔寄せの印!」
スキルの発動が確定すると、勢いよく砂ぼこりが立ち上がった。
そして……
「キイイイイイ!」
妖しく光りだした地面の刻印へ吸い寄せられるように、一匹の魔物が茂みから姿を現した。
「小牙獣……ですね」
そう言って、息を飲むテト。
が、別に、眼前の小さなネズミが怖いという訳ではないだろう。
なぜなら……
奴の後ろには、数えきれないほどの魔物が蠢いていたのだ!
これこそが魔寄せの印の真骨頂。
魔物どもを大量におびき寄せ、一気に稼ぐことができるのである!
「ふっ、テトよ……相手が下級の魔物だからといって油断するな? 一気に叩くぞ!」
「はい……わかりました!」
我らと魔物の大群は、数秒の睨み合いを続けたのち……数時間に渡って、激しい火花を散らしたのだった。
◇◆◇
「ぜえ……ぜえ……もう…………限界、ですっ……」
精根尽き果てたとばかりに、大きく倒れこむテト。
危険度の低い魔物とはいえ、数時間もぶっ通しで戦ったのだ……こうなるのもまた必然だろう。
しかも、数日前までは我の介入無しだと奴らを全滅させる事が出来なかったというのに……
今日はおびき寄せた魔物を全て倒しているのだから、彼女の成長は恐ろしいものだ。
辺りに散らばった無数の亡骸を見下ろしながら、我は少しばかり頬が緩む感覚を覚えていた。
「……レギさん? 何を笑っているのですか……?」
「ん……? いや、その……なんだ……」
不覚……非常にマズイ場面を見られてしまった。
ここは何とか誤魔化したいが、テトは未だに、まじまじとこちらを見つめてくる……
…………
「……すこし、ほんっっっとうにっ! 少しなのだがっ!」
「は、はいっ?」
「…………嬉しいと、感じてしまったのだ……」
「……?」
「だ・か・らっ! 貴様の成長が嬉しかったんだ!」
何言ってんだこいつ?的な態度で首を傾げてきたのが引き金となって、遂……大声で叫んでしまった。
勿論、我が恥を感じる筈など無いのだが……頬の辺りが不自然に熱を帯びている気がする。
「……ふふっ……あははははは」
「なっ……!? なぜ、貴様っ! 何故笑う!?」
ぐぬぬ……バカにされている気分だ。
悔しさに包まれながら、我は自然とテトの方を睨み返していた。
「あっ、えっと……ごめんなさい……」
そんな我の空気を感じ取ったのか、咄嗟にテトが頭を下げてくる。
しかし、これは……
「貴様……」
「は、い?」
「今……何と言った?」
「え? それは……ごめんなさ――――あっ!?」
自分で言ってようやく気付いたのか、テトの顔色がみるみる青く染まっていく。
「あっ、ちょっ……レギ、さん? 今のはその……不可抗力というか、条件反射というか……その、ごめんといっても謝罪では無く――――」
必死に弁面をしてくるが、もう遅い!
「貴様をとんでもない髪型に仕上げてやるからなっ! ”謝罪の報い”、覚悟しろ!」
「いやああああああああ」
テト(の髪型)を、まためちゃくちゃにした。
◇◆◇
「うっ……ひどい、あんまりです……レギさん……」
めちゃくちゃになった自らの髪を手鏡で確認し、嘆くテト。
蜘蛛に熊にウサギと亀……彼女の頭上には、様々な動物が見事に乗っかっていた。
勿論、全て髪の毛製であるが。
「……もう、絶対……謝ったりしませんからっ……うっ……」
涙目で睨みつけられる。
……流石にやりすぎたかもしれない、が――――
今はそれよりも何よりも、確認しておきたい事がある。
「貴様……さっきは何故いきなり笑った?」
「あ……そ、それは……」
そう言って気まずそうに目を伏せたテトは、少しの間を置いてから、決心したように深呼吸を始めた。
「そ、その……わたしも、嬉しかったんです……」
「……は?」
「こんな……こんな風に、楽しいって……思えたの、冒険者になってから初めてだったから…………」
噛みしめるように語る彼女の目には、薄っすらと雫が光っていた。
……冒険者になって初めて楽しいと思えた、か――――
「……これからは、きっと……自分のパーティでもそう思える日が来るさ」
自然と声が漏れていた。
何を隠そう、彼女の修行はそのためにあるのだから。
――皆技を身に付けて、パーティメンバーに認めてもらう。
それが、テトの望みだった。
だから……その日が来るまで、我はとことん付き合おう。
そう改めて決意を固めた瞬間の出来事だった。
「……!」
突如として、傍らの茂みが揺れ始める。
そして――――
「テト、危ないっ!」
「っ……レギさん!?」
反射的に右手を掲げ、茂みから現れた何者かの攻撃を受け止めた。
幸い、当初狙われていたテトは無事なようである。
「怪我が無くてよかっ――――」
そう、発すると同時。
受け止めた筈の右手から、耐え難い激痛が走った。
恐らく……痛みの種類からして毒だろうが、この感じ……
我はこの感覚を知っている。
――死毒……一度受けてしまえば、10分程度で全身に痛みが走り、死に至る毒攻撃だ。
魔物の攻撃の中でも特に危険なものであるが、その使い手は決して多くない。
ましてや、こんな安全な森で……こんな毒を受けるなんて――――
そんな疑問は、目の前の光景を前に全て消え失せていた。
「…………バカな……”スーサイド・スパイダー”……だと……!?」
背中から顔を出す大きな棘、脚に生えた無数の毛……そして、特徴的な髑髏の紋章……そこに居たのは、間違いなく……Sランク指定危険種――スーサイド・スパイダーであった。
応援ありがとうございます!
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