群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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 流れているのは聞き慣れた歌で、バックにはヴァイオリンの音色が響いた。
 好きな歌手のアルバムで、これだけやけにクラシカルだったが、自分は好んでよく聞いている。
 しんみりした音の中で別の音が混ざると、途端に耳が覚醒した。

 伸ばそうとしてきた手に、理音はすぐ様反応した。

 それを奪われる前に手元に引き寄せると、飛び起きる。
 寝台に寝そべっていたら、そのまま眠ってしまったらしい。
 音楽をかけっ放しで眠っていたので、扉が開く音に気づかなかった。

 そこにいるのは、男の織姫だ。

 伸ばした手はスマフォにいっていたが、それを奪われるわけにはいかない。すぐに音楽を止めると、男の織姫は伸ばす手をやめた。
 無表情な顔。
 その美貌をしながら目を眇められると、やけに寒気を感じる。

 嫌いなタイプだ。決定的に好みではない。

 女性であれば、なんて美しい人なんだろうと惚けるところだが、男なら話は別だ。綺麗と言うより、気持ちが悪い。
 これはただの好みの問題なのだが、女顔は趣味じゃない。
 本人にとって、理音の好みなど関係ないだろうが、理音からしてみればどこの誰かもわからないのに、顎クイされて気分がいいわけがなかった。
 だから鋭く睨んだ。それで気づいた。

 さっきと格好が違う。
 先ほどは織姫風で、裾も袖もびらびらな服を着ていた。体の線もわからない、足元も見えない。出ている肌は顔だけで、指先は顎クイされるまで見えなかった。髪も垂らしており、それが織姫をイメージさせていたのだが、今は違う。
 髪は頬にかかる分だけ残してまとめられている。頭の上にちょこんと乗った帽子は彦星と同じで、それが帽子ではなく髪をまとめるためのものだとわかった。ポニーテールにお団子と言うところだろう。
 重ね着をしているのは同じだが、こちらは腰周りをしっかりと帯で結んでいた。
 着物の帯のように、太めのものだ。
 帯留めが中央で下に垂れていて、銀細工が重そうにぶら下がっている。
 足元は裾が長かったが、地面にはついていない。膝下の長さで、中にはズボンとブーツが見えた。

「織姫の格好じゃない」
 彦星の格好に近いだろうが、それでも布の豪華さは比べるものではなかった。
 彦星の豪華バージョンだ。
 これなら、男だとわかる。
 髪を垂らして、ずるずるした服を着ているだけで女に見えたわけではないが、それでもこちらの格好は何とか男と思えた。髪をまとめて、首元をすっきりさせているからかもしれない。
 まじまじと遠慮なく見つめた理音に対して、織姫は呪文を唱える。

 いやだから、何言ってるのかわからないって。
 それは相手もわかっているか、理音が言葉を口にすると、うんざりするように息を吐いた。

「感じ悪」

 相手も理音のことをそう思っているだろう。だからもう一度息を吐いた。大きく吐いて、さっさと部屋を出ていったのだ。
 あいつ、一体何しに来たんだ。
 そして、究極に感じが悪い。
 目線が上から目線だ。見下すような目線だった。
 何で話せないんだよ、この野郎。的なことでも思ったのかもしれない。
 それはこちらのセリフでもあるのだが。
 
 理音は、立ち上がって扉の外へ向かった。
 扉は開くのだろうか。
 そろりと引き戸を引いてみる。するりと開いた。大して力も入れていないのに。とても滑りがいいのだ。そのためかなり開いてしまったが、その扉の前には誰もいなかった。
 顔を出して右左右。さすがに人がいる。
 理音が顔を出したことで、女性たちは慌てるように織姫を呼んだ。立って誰かと話していた織姫が女性の声で振り向いたので、織姫を呼んだのは間違いない。
 けれど軽く頷くと、何も言わず話していた相手に向き直した。
 相手はやはり女性で、少し年配に見えた。少々体格のいいその人は、織姫の話を真剣に聞いている。
 よくわからない状況だ。大体、自分をこの部屋に連れてきて何になるのだろう。自分は保護されたのだろうか。それもわからない。
 
 なので気まぐれで外に出てみた。もちろん荷物を持ってだ。これを手放すわけにはいかない。
 側にいた女性たちは、おろおろしながらも理音を放置した。
 否、一定の距離をあけてついてきた。
 けれど、女性だけなのだ。男がいない。槍を持っているわけでもない。

「何だろな…。一応見張りってことかな」
 外はすでに暗くなっていて、衛星がやけに明るかった。
 何とも不思議な光景だ。青白い月が二個、空を陣取っているのだから。
 ここから見る大きい方の月は、暗くなるとことさら大きく見えた。
 大月と小月と命名して、庭園をうろつきながら空を眺めた。星はある。ただ星たちの並びはよくわからなかった。
 時期として、日本から見たとして、あるべき星があるべき方向にない。
 方向は、どちらが東西南北かわからなかったけれど、この庭にいれば四方八方の星が見えた。そのため、知っている星を見れば、時間的にどちらがどの方向かわかるのだ。
 日本であれば。

「まあ、ないよね」
 大月小月があるのだから、星の位置も種類も違うものだろうに。それでも、空を見上げれば、知っている星が見えるのではないかと錯覚を起こす。
 何と言っても夜空が美しい。
 本来なら昨夜見るはずの天の川銀河が見えるのではないかと思うくらい、多くの星が瞬いている。
 地上の光が少ないのだろう。闇が濃いおかげで、星の数が段違いに多く見えた。
 その星々の名前はわからない。あんなに勉強して多くの星の名を覚えたのに、ここでは何の意味も持たないのだ。
 気落ちすることはないだろうが、心が沈む。
 それは、ここがどこなのかわからないだけではなく、自分の知識が通用しないことにだ。それなりに覚えたことなのに、形にならないのは地味にくる。
 かといって、星を見ないわけではない。
 よく見える星、一等星のようなものはないかと探してみる。
 ここでは、星の色も目で確認できた。橙か赤かそれは微妙だが、どことなく色は違う。光の明るさももちろん違う。天の川銀河のように、繋がって見える星雲は見受けられないが、満点の星空と言う言葉にふさわしい空だ。

 その時だ、突如悲鳴が轟いたのは。
 女性の一人が、空を指して何か言った。見上げた先、他の女性たちも悲鳴を上げる。
 それが伝染すると、逃げるように皆建物へ走りだす。
 実際、何かから逃げたのだろう。けれど、それが理音には何だかわからなかった。
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