ロンガニアの花 ー薬師ロンの奔走記ー

MIRICO

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2 ー白豹ー

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「今回は、王都の方まで行ってくるからな」
「うん、じゃあ一ヶ月くらい戻らない?」
「そうだな。これ全部売り捌いて戻ってくるには、一ヶ月くらいはかかるだろうな」

 テーブルにあった大きな鞄に、セウは用意してあった薬の類いを丁寧に入れていく。
 山や庭に咲いた薬草を、ロンが調合したものだ。
 それは幾つかの葉や花が交じった粉末や液体で、その為容れ物が瓶のものから紙に包んだものと、色々ある。
 全てを詰めた頃には、随分大きな荷物になってしまっていた。

 セウはブーツの紐をしっかりと結び直して、腰のベルトに慣れた手付きで剣を固定した。
 剣は銀色で柄の部分が黒く滲んでおり、刻まれた紋章に土を固めてうめたせいで装飾が妙だ。
 十年以上も前からセウが愛用しているものだが、古くても威力に差し障りはないだろう。十年前に使用して以来使っていないはずだが、剣の手入れは毎日のようにしている。
 使う日がなければいいと願って、早十年。願いは届いているのか、セウが怪我をして戻ることは、まだない。

 薬草や薬を村で売るだけでも生活はできたが、他の村から効能の良さを聞き付けて訪ねてくる人が増え、それからセウが外へ売りに出るようになり、いつの間にか足をのばして、とうとう王都にまで売りに出るようになった。
 王都まで商売をしながら移動する為、到着に一週間以上かかるが、その分売り上げもいい。
 薬草でいっぱいだった鞄は土産に変わって、セウと戻ってくる。
 王都や途中の街で食料と日用品を買ってくるので、鞄の中は行きと同じくらい満杯になるのだ。

 王都に行けば一ヶ月は帰ってこない。もうそれにも慣れた。
 セウとロンが離れて過ごすことになっても、仕方のないことだと諦めている。

「さっきレノアが言ってたけど、外、兵士がうろついてるって。豹を捜してるらしい」
「豹?」
「うん。やっぱり、この大きな白猫、どっかで飼われてたのかも」
 レノアからは目にできなかったカウンターの後ろを、ロンは顔を傾けて覗き込んだ。
 
 階段の横に繋がった棚とカウンターの隙間に、深い森林のような緑色の瞳を持った白の毛並みの豹が、長い尻尾をはたはたと動かして寝転んでいる。
「もうちょっと気付くの遅かったら、レノアとはち合わせてたね、この猫」
 朝、ロンは目が覚めて、いつも通り新鮮な薬草を摘み取るつもりだった。
 庭にあるハーブ園から薬草を摘み取るのはロンの仕事だ。数々の薬草や野菜を手掛けるのは山奥で生きる為の糧で、大切な仕事だった。
 しかし、扉を開いたら白く大きな物体が植物の影でうずくまっていたのだ。
 良く見ればその足元と腹部が朱に染まり、所々にその色が地面にしみ込んでいた。
 眠気は一気に覚めて、肩の上ではねた黒の髪の毛が逆立ちそうになった。そうして急いで二階で寝ているセウをたたき起こしにいった。
 寝起きの悪いセウも大きな猫を目の前にして唖然としたが、状況が分かってすぐに家の中へ運ぼうと提案した。

 白猫は手足を伸ばして、およそセウと同じくらい。むしろセウより大きいかもしれない。間違ってもセウの身長が低いわけではなく、この白猫がばかみたいにでかいのだ。
 それをリヤカーで運び、やっと部屋の中で手当てを施すことに成功した。

「豹だとは思ったけど、本当に豹なんだね、この猫」
 この辺りで豹なんて見たことはなく、しかも白の毛皮に黒の斑模様を持っている。普通の豹とは明らかに違う色彩だ。
 山奥と言っても差程寒冷ではないこの南の土地に、白い豹がいるはずがなかった。けれどこの豹は本当に真っ白でふさふさの毛並みを持ち、厚く長い爪と鋭い牙をかくし持っていた。
「まあ、うちに転がり込んできたのは運がいいよ。お前がいるしな」
 ロンの身長に頭一つ分を足した身長を持つセウは、ロンの頭を軽く撫でると小さく笑んだ。
「薬師の家に飛び込んで来るとは、中々やるね。流れた血の割には怪我もそう重くなさそうだし、ロンの薬でしばらく休めばすぐ治るだろ。ま、元気になってお前を食っても困るから、檻でも作って出られないようにしておけよ。じゃれて爪で引っかかれたら、しゃれにならない」
 そう言われてロンも苦笑いをした。
 がぶりと食われる前に、その鋭い爪で傷つけられる方が有り得る。豹の前足はロンの足首より太く、爪も鋳物のように堅そうなのだ。

 ロンは言われた通り檻を作ることにした。
 棚の引き出しから茶色の粉の入った瓶を一つと、乾燥した蔦草の根を取り出す。
 寝転がった白豹に近付くと、持っていた瓶から茶色の粉を地面に落とした。白豹はロンの行動に、びくりと地面を睨み付けた。
 ロンは気にせず蔦草の根も地面に落とした。白豹は後ずさりしたが、それよりもずっと蔦草の動きの方が早かった。
 蔦草の根は音もなく一瞬で絡むように伸びると、部屋の隅をみっちりと封じたのだ。
 蔦草は、階段と棚とその上のロフトを、蜘蛛の巣がはるように網になって隔てた。
 白豹は驚きに飛び跳ねて後ずさり、棚にぶつかったが、唸りはせずに蔦草で出来上がった檻を見回した。

「お前、これじゃあ二階に上がれないだろうが。豹に寝床を使わせる気か?」
 セウの言う通り、二階のロフトは眠る専用の場所だ。そのロフトと階段も豹の檻の中に入ってしまっている。ただ部屋を分割しただけになってしまったのだ。
「寝る時に作り直すよ。狭すぎると可哀想だろ?」
「まあいいけど、俺はもう出るからな。一人で平気か?豹の怪我が治ったら、逃がしてやるんだぞ?」
 セウはテーブルに置いてあった荷物を持ち上げた。背中にある荷物はセウの身体をすっぽりと包む大きさだ。重さもあるのか、少しだけ腰を曲げてもう一度背負い直した。
 朝食を包んだ紙袋を渡してやると、するりと頭をなでてくれる。
「俺が戻ってくるまで、大人しくしてろよ」
 セウはそう言って、一重の目を細めると、軽く日焼けした顔に笑みを浮かべた。
 昔は色の白い人だったが、山奥に住むことになって健康的な肌色に変わってしまったのだ。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
 気を付けて…。
 口にはせず、ロンはセウが遠めに見えなくなるまで見送った。

 木漏れ日のさす、匂い香る花の回廊。咲き乱れる黄の花を横目に坂を下っていくセウは振り返りもせず、真直ぐ歩いて進んだ。
 いつも通りの姿に、ロンも深く考えるのはやめた。
 兵士が辺りをうろつくのは今までなかったが、自分達とは関係ない。
 村から離れ山林に囲まれたこの家は、村より上の山腹にあり、村を通過せずに下の町に下りられる。
 王都へ行くには下の町を通過して、次の山を越えなければならなかった。
 その途中で兵士に会わなければ、きっと平気だ。

 もう、あれから十年経っているのだから。
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