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9 ー手当の仕方ー

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 ロンはシェインを肩で担いで、山道から離れて木の幹に連れた。
 道から見えないように気を使ったが、リングの力の前では無意味かもしれない。

 鞄から消毒薬と薬を出し、傷を拭った。傷の形が歪んで、塞がりかけたそこから出血している。身体が急いで傷を塞げようとしているみたいだ。

「やっぱり、豹の時に怪我してそれで人間に変化したから、肉が無理に再生しようとしてるんだ。治そうとしているのに筋肉から何まで形状を変えたせいで、どの細胞がどの細胞に繋がるのか身体の中で分からなくなったんだよ」
「それは初耳…」
 痛んだ傷に薬を発布すると、シェインは痛みに顔をしかめた。
 首にも汗をかいて、熱もあるかもしれない。
 家からほんの少しの距離でこれでは、追っ手が来ればとてもじゃないが逃げられないだろう。
「熱冷ましも飲んで。汗拭かないと身体が冷えて、もっと熱が出る‥‥‥」
「何だ?」
 手にある熱冷ましを飲ませようとして、ロンは手を止めた。シェインが怪訝な顔をしたが、ロンはその手を引いて薬を片付けた。
「嫌がらせか?」
「うん、ちょっと方法を変えよう。この傷じゃどっちにしろ、逃げられないよ。あの美人と戦って、無事でいられるわけがない」
「…家に帰ってもいいぞ。少し休んだら一人で山を下りる」
 そんな今更なこと、弱々しく言われて、放っておけと言う方が無理だ。
「言うのが遅いんだよ」
 シェインは小さく笑った。
 口端に残る嫌味な笑いではない、まともな笑い方だ。そんな顔ができるのならば、初めからやればいいのに。
 言ったところで、また口端笑いをするのは目に見えているが、その笑い方の方がずっといい。

 ロンはシェインを横にさせると、透明の液体が入った小さい瓶の蓋を開けて、その中に青の種を二つ入れた。すぐに蓋を閉めて数回振って、液体がワインのように真っ赤に変化するのを見ると、そのままシェインの顔をマントと一緒に両手で押さえたのだ。
 押し倒す様な形になって、シェインは前のにやり笑いをした。
「襲う気か?」
「近いかもね。このまま豹になれる?」
「顔は押さえたままでか?」
「そうだよ。荒療治だから、失敗しても文句言わないでよ」
 シェインは頷いて目を閉じると、身体をびくり、と動かせた。
 顔の形が段々ずれていく。手足の場所も肩や腰の位置も波打つようにずれて、あるはずのない尻尾が伸びてきた。
 完全な変型だ。
 あるものが他の形へ変化していく。着ていた服も破けそうになりながら、シェインの身体に合わせて着崩れる。
 顔の形、目鼻の位置、どんどんずれて完全に豹になる寸前、ロンは薬を口に含むと、押さえ付けた顔に口付けた。
 シェインの顔が豹になる、一瞬の間だ。
 口の隙間からもれないように、両手でシェインのマントも一緒に押し付けた。
 無理矢理飲み込ませた薬に、シェインはむせて吐き出しそうになったが、ロンはシェインの伸びた鼻と口を力ずくで押さえて飲み込ませる。
 ごくり、と飲み込んだ音が聞こえて、ロンはやっと手を離した。

「お前っ、何、すごっ、にがっ、」
 どうやら相当苦かったようだ。シェインは背中を丸めて咳き込んだ。白い毛並みが逆立っている。あまりの苦さか、前足で顔を何回もこすった。猫が顔を洗っているみたいだ。
「もっと優しくできないのか。噛み付かれるかと思った」
「うるさいよ。道具がなかったんだ、仕方ないだろ」
 苦いのはこちらも同じと、ロンは自分だけでうがいをする。
「豹の顔で口付けられてもうれしくない」
 ぶほっ、と音がなった。ロンが水を吐き出したのだ。
「今のは人命救助!それとは違う!」
「次は人間の時にしてくれ」
 臆面もなく言うシェインに、ロンがむせながらがなった。
「もう次はない!大体、これはあんま使っちゃ駄目な薬なんだ。緊急も緊急、大怪我用なんだから、他に処置ができる場合は絶対やらない」
「俺は全然構わないぞ」
「絶対やらない!」
 水袋の口をシェインの口に突っ込んで、ロンはさっさと瓶を片付けると、匂い消しの粉をばらまいた。これで少しは時間が稼げるはずだ。
 隣で立ち上がったシェインが、水袋をくわえてモゴモゴ言っている。
 飲むのに上を向いたり下を向いたりして、飲み終わると歯でくわえたまま、ロンが蓋を閉めてくれるのを待った。

「痛みは?」
「止まったな。何やった?」
「治療促進剤みたいなもの飲ませたの。本当は大怪我用なんだ。自然治癒の早送りができる。でも無理に治してるから、傷の部分だけ細胞が軟弱になっちゃうんだよ。そうすると次同じ所に怪我した時、今度は治りにくくなる。だからあんまり使いたくなかったんだけどさ」
「豹の姿にしたのは?」
「豹の姿で怪我したんだから、豹の姿で治した方がちゃんと治るはずなんだよ。でも、変身すると傷が悪化するみたいだから、完全に変身する前に服用しなきゃだめだったんだ。変身し終わってからだと、傷口が開いてもっと治りにくくなるからね。ついでに言えば、あの薬は一定温度が必要なんだよ。道具がなかったから口で飲ますしかなかったの」
 シェインはふうん、とつまらなそうに呟いた。
 傷付いた腹部の傷は、赤みを残して塞がっている。後ろ足は完全に塞がって、傷の跡になっていた。
 ロンはシェインの脱ぎ散らかした服を鞄に詰めて、シェインの鞄もロンが担いだ。
「少しの間はその姿でいろよ。これでまた変身したら、傷がまた変に動いて悪くなるから。それと次、同じ所に攻撃受けたら、どうなっても知らないからな。若い細胞だから作りが緩くなってる。もうちょっと日をおかないと、元に戻らない。だから、攻撃を受ける前にさっさと逃げろよ」
 ロンのため息まじりの口調に耳を傾けて、シェインが意志を強めたようにロンをしっかり見つめた。睨み付けた?だろうか。
「治せない傷なんて沢山あるんだからな。薬師が万能じゃないってことくらい、知ってるだろ?それに、この薬は体力のない奴には効かないんだ。無理に治療するからな。死にそうになってたら、他の手を考えなきゃならない。だから今同じ所をやられたら、傷も倍になると思えよ。そうなりたくなかったら、その足でさっさと逃げるんだ」
「俺は、お前を守るくらいの反撃はできる」
 はっきりと耳に届いて、冗談でも、必要無いよ、とは頭に浮かばなかった。
 返答にも、頭の中の考える人がいなくなってしまったので、はえ?と変な声が口から出た。
 真剣な声だったのだ。

「王都に連れていくからには、俺が必ず守る。お前を捨てて逃げたりはしない。助けてもらった恩は返す。王都の用を終えたら、お前を必ずここに連れて戻ることを約束する」
  頭の中でハトが鳴いた。
「ちゃんと俺の名前を伝えていなかった。俺の名前は、シェイン・ヴェル・アラキア。アドビエウ国家大聖騎士団所属、剣士だ」
 真面目な顔(多分)をされてそんなことを言われても、頭の中でカラクリ時計のハトがぽっぽー鳴いている。
 空になった頭の中は良く響いて、耳の外まで出てきそうだ。

「大聖、騎士団、ですか?」
 ロンはとぼけた声で聞いた。
 どこかで聞いたことのあるお名前に、頭を抱えて座り込みたくなった。
「大聖騎士団は、王都エンリル全てを直轄する、特別な警備騎士団だ。王族自らの指示を仰ぎ、それ以外の命令は聞かない。王族の言葉がない限り、何もかも独断で動く特権が許されている」
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