ロンガニアの花 ー薬師ロンの奔走記ー

MIRICO

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18 ー行く先ー

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 飛び起きて窓の外を見たが動く姿はない。急いで着替えて荷物を持つと宿を飛び出した。
 外は朝霧に包まれて視界がままならない。人気のない道はあまりに静かでぞっとした。

 早く出るとは言っていたが、一人で出ていくなんて聞いていない。先に出て王都に向かったのか、町を歩いても人陰はなかった。光の下でうろついている者を見たが、警備の兵士だ。彼等に見られないように隠れながら辺りを回ったが、シェインの姿はなかった。
 おいていかれたのだ。しかも随分前に。人が眠りについている間に、気付かれないように外へ出た。部屋にはシェインの服もなく、人の姿で外へ出てどこかへ行ってしまった。
 怪我が治って薬師の力が必要なくなったか。それとも何かがあって出なければいけなくなったのか。
 否。何か、なんて起きたら一緒に寝ていたロンだって気付くはずだ。何か、なんて起こっていない。だから、シェインは一人で王都へ進んだのだ。

 強行で来た為王都には近付いたが、今から踵を返して家に帰った方が早い距離。シェインがいないのだから家に帰ればいいのだ。今から家に帰っても、薬を売りに行っていたと言えば誰も疑問に思わない。例えリングに出会っても、シェインが一緒にいないのならどんなごまかしだってできる。
 だから家に帰ればいいのだ。おいていったのだから家に戻っても文句は言われまい。言われないはずだ。

 けれど、

 けれど、どうして自分は王都に向かっているのだろう。足はただ進んで、地面を睨み付けながら歩いた。霧の中に紛れてあぜ道に落ちそうになっても、町も道の先も見えなくなっても、とにかく自分の足を動かした。足を進めていく度、無性に腹が立って何かに当たりたい気がしてきた。
 そう、腹が立っているのだ。どんどん足の早さも増して、ムカムカもイライラも頭と胸の中でうねりを持って暴れはじめた。
 助けてやった恩を返すに、家まで送るのではなかったのか。大聖騎士団に追われて急ぐあまりそれも忘れたのか。理由なく共に連れられて混乱の中何も問わずについてきたのに、意味の分からないまま放られてたまるものか。まだパンドラが何かも聞いていない。どうしてそれを盗んだかも聞いていないのだ。何も知らず帰ることなんてできない。帰ってなんてやるものか。
 思えば思う程、足がどんどん進んだ。

 山の間にあるので霧がとても多いこの地方。朝になっても中々霧は消えない。道を挟む草の海原が風に揺られてまるで誰かが動いているみたいだ。
 草が擦れる音ばかりの中、微かに後方からがたごとと荷馬車の音が聞こえて、ロンは咄嗟に道から外れた。草むらに隠れて身を隠すと、馬一頭を繋げて荷馬車が走っていく。小さな荷馬車は幌をかけてそれを綱でしばっていた。樽や箱を包んでいるのか、荷物の形に布が覆ってあるので段差がある。業者が王都に荷物を持っていくのだろう。
 兵士でないと分かり、ロンは道に戻って歩きはじめた。
 草の中に入ったのでマントが濡れて顔に滴った。霧で草が濡れていたのだろう。フードを下ろして顔にかかる髪をかきあげながら進んでいくと、先程通っていった荷馬車が道の端に止まっているのが見えてロンは足を止めた。距離をおいて確かめると、馬車を運転していた者か、幌を引いて荷物を押している。
 あぜ道に入ったか、荷物がずれたらしい。

「大丈夫ですか?」
 うんうん唸って紐を引いているので、ロンは声をかけた。紐を引いていたのは黒髪を後頭部でまとめた、四十代ぐらいの女性だったのだ。
「ああ、段差で荷物がずれてね。すまないんだが、そっちの紐を引っ張ってくれない?」
 後部に幌と幌の合わせを閉じて結んである紐を指差されて、ロンはその紐を引いた。
 横に包んだ紐が緩くなって幌も歪んでいた。これでは風が吹けば飛ばされてしまう。
 幌を整えながら紐を引いていると、幌の隙間からにゅっと白い棒が出てきて、ロンは声をあげる間もなく中に引き込まれた。荷物と荷物の間に隙間があったのだ。誰かに口を塞がれ身体の動きを手や足で封じられて、ロンは力の限り抵抗しようとした。幌の向こうで女性が覗いて、その幌を閉じて紐を縛り直す音が聞こえる。
「兵士が来たよ。静かにさせておくれ」
 張り詰めた声にロンは暴れるのをやめた。後ろでロンを封じている者が、くくくと笑ったからだ。
「どうかしたのかー?」
 遠目から聞こえた男の声は、馬の蹄の音と共に近付いた。数人いるか、馬の嘶きと馬具の金属音が所々から聞こえる。
「いやー、紐が弛んで荷物がずれてね。もう大丈夫さ。今結び直したところだよ」
「そうか、王都へ行くなら気を付けてな。途中には細い道もある」
「ああ、道を封じちまったらそこらにいる兵士に手伝ってもらうよ」
「はは、そりゃいい」
 笑いながら男達は馬と一緒に過ぎていく。その内蹄の音も消えて、女がため息をついた。
「もう行った。私らも動くよ。おしゃべりはいいが、あまりでかい声はよしてくれ」
 そう言うと、馬車はすぐに動きだした。道は馴らされているので差程揺れない。暗闇に目も慣れてきて、ロンはゆっくりと放された腕に気付いて後ろを振り向いた。
 笑いを堪えている男は、目にかかる銀髪を気にせずロンを見つめている。口許を手の甲で隠して、大笑いをしないように我慢しているみたいだった。

「面白いぐらい簡単に引っ掛かったな」
「何がだよ。いきなり驚かすのがお前の趣味か」
「仕方ないだろ。後ろから兵士が来てた。大体、お前が勝手に宿を出るから悪い」
「宿を先に出たのはそっちだろ!」
 つい大声をあげたら、馬車の主にぴしゃりと怒られた。大声をあげるなと言っているのだ。
「いつもならもう少し寝てるだろ。戻ったらお前がいなくて、俺が焦った」
「だって、随分前からいなかったじゃないか」
 ほんのり目に涙がたまって、ロンは急いでそれをこすった。会えてうれしくて出たわけじゃない。ただびっくりしただけだ。
「さびしかったわけだ」
「そんなわけないだろ!」
 大声をあげた瞬間、今度はシェインがロンの口を封じた。頭を抱えられるように胸に押し付けられ身動きできない。
「俺は逃げたのかと思った」
 優しく頭を撫でてシェインは口付けた。まるで子供がぬいぐるみに愛撫するようだ。
「すぐ泣くから。泣いて家に帰ったのかと思った。けれどもし村に戻らず王都に向かったなら道は一つ。行けばすぐ見付かると思って町を出た」
 シェインの思い通り道をざかざか進む姿を見付けて、後ろからわざと追い抜いて待ち伏せた。困っている様子を見れば声をかけてくるとふんでいた。
 ロンは簡単にシェインの思惑に引っ掛かったのだ。ロンは無性に腹が立ったが、口にするのはやめた。またからかわれるのは目に見えている。

「あの女の人は?」
「仲間だ。朝方霧に紛れて彼女に馬車を出すように頼みに行った。戻ってきて宿に入ればお前はいない。荷物はない。俺がどれだけ焦ったか分かるか?」
 そんなこと言われても、焦ったのはこちらも同じだ。目が覚めれば誰もいない。服もない。おいていかれたと途方にくれて、考えもなしに飛び出した。思い付くまま町を出た。
 まるで親を認識した子鴨みたいだ。頭で理解する前に行動にうつして、とにかく追いかけようと思った。
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