25 / 50
25 ー再会ー
しおりを挟む
夕日も隠れ、夕日で山の頂きがほのかに明るい。
頬に流れた雫に視界がぼやけ、羽を失った小鳥のようにただ虚ろに歩いた。
急な段差に声をあげる間もなく転げると、溢れていた涙で更に視界が弛んだ。地面に触ったつもりが擦った手は溝に入り、そのまま一回転して道の下に落ちた。
傷んだのは胸だけでなく手足もだ。擦り切れて服も汚れてしまった。腕で涙をこすって見上げた道は、ロンの身長よりずっと高かった。あんな高い所から転げたのだ。
窪んだ土地に作られているのは遥か彼方に続く庭園で、見知った薬草達がひしめき合ってその葉を伸ばしている。
王宮の庭園かもしれない。
どこかしこにも薬草園があるので、どれが王宮のものか覚えていない。けれどこんな広い庭園でロンは育った。
まともな薬もいたずらの薬も薬師の為に植えられた植物を使い、それをセウに披露した。
「そこで何をしている」
惚けていたロンに声が届いて、ロンはそちらを向いた。
余光に滲んで赤く煌めく長い髪、水色の瞳は闇に溶け込んで見えなかったが、ロンはその色をすぐに思い出せた。
「お前は、薬師の…」
ロンは無造作に目もとを拭った。向こうもロンを覚えていたようだ。
「何故ここに。あの後こちらへ来たのか」
リングの怪訝な目つきからは、嫌悪の類いは感じられなかった。
どこか確かめる様な視線に、ロンはもう一度顔を拭う。
「ここは許可がなければ入れない。警備の者に見付かれば面倒なことになるぞ」
「ごめんなさい。坂から転げ落ちた」
指差した場所が中々高所であるのを見て、リングは無言で手を差し伸べた。伸ばされた手は白く、長い指が幽霊みたいだ。その手をとるか一瞬躊躇したが、リングが先に手をとった。触ればひんやりとし、力を借りて立ち上がると、ぶつけたところがじんじん痛んだ。
「出口を案内しよう。外から眺めるのは構わないが、入り込むのは許されていない。薬草を一つでも抜けば牢獄行きになる」
「まだ、ひっこぬいてないよ。珍しい薬草もあるみたいだけど」
「ほしいのか?」
問われてロンは首を振った。
「ううん。こんな重病人用の薬とか、使い勝手ないし」
足元に咲いているのは強力な止血剤になる薬草だ。傷口を補助し、なおかつその細胞を再活性させる価値の高い薬草。これ一枚で小さな切り傷なら何度でも元に戻せる。
前にシェインに使った薬よりずっと高い効能を得ることのできる薬草だ。
重病人用で緊急用。効果がある分高額な物である。
「レストリアは戦争とかに使う薬草でしょ。致命傷でも命を助けられるくらいの」
リングは微かに細目にして、ロンの足元を見つめた。伏せる瞳は物悲しく、諦めを感じる光りなき瞳だった。
「逆だ」
「え?」
「これは毒に使う。調合次第で猛毒になる薬草だ。その葉一枚で何人も殺められる」
残酷な言葉とは裏腹に、確かな嫌悪の表情を見せた。
ロンを正面から見る姿は偽りなく、断罪を乞うようにその時を待ち続けているみたいだ。だから呪いの言葉を口にしても、彼から恐怖は感じなかった。
「使い方を間違えてはいけない。私達は力を得るけれど、他を傷つける力ではない。あなたは守る力を得たのに、傷つける力しか使わないの?」
瞬ぎもせず言い放ったロンに、リングは一驚するとロンを見据えた。
風が薙いでリングの銀の髪がさらりと揺れた。闇が彼の回りを包み込み、白のマントも銀の髪も暗闇に溶け込んでしまう。けれどそれすら美しく、典雅な姿にみとれた。
「ここにはもう来るな。次に訪れれば兵を呼ぶ」
「待って!」
咄嗟に腕を掴むと、リングは払い除けることなく、掴んでいるロンの手首に視線を注いだ。
「お前、女か?」
何故と思うよりも、見られた手首の薬に気付かれた方が驚いた。
掴んだ手を放せばもう既に走りはじめて、水色の瞳から逃げるように走り続けた。
庭園を抜けて全速力で道を駆け抜けて門を越えると、ロンは小さな水路の橋に辿り着き、やっと息をつくと足を止めてそこに腰をかけた。
驚くべき洞察力に焦って逃げてきてしまった。
手首にしめたベルトに幾つも小さな瓶をはめているが、走っても落ちずけれど簡単にとれるように、瓶のくぼみを紐で引っ掛けているだけだ。だから瓶の中身はそのままで見える。
調合したものでも独特の色や香りでどんな薬か分かるのだが、まさかあんな軽く見ただけで何の薬か気付くなど、腕が良い云々のレベルではない。
「天才なんだ、あの人…」
リングは何故あんな話をロンにしたのか。
あの言葉をティオが聞けば、証拠も何もなく、彼を捕らえるだろう。
母に支持していたリングは、望んで第一王子暗殺を手伝っているのだろうか。彼の表情からは想像できない。
考えて座っている間に、辺りは随分暗くなってしまった。街灯の光で足元は見えるが、空は暗く、星も月も見えない。
シェインが心配しているかもしれない。帰ろうと腰を浮かせた時だった。遠くから悲鳴が届き、ロンはそちらを見やった。
「離れろ!」
怒鳴り声をあげたのは、鴉の服を着た男。良く見れば、ドイメの町で出会ったユタだ。
彼は何かと戦っている。ひるがえしたマントに鋭い物が刺さり、ユタはそれを気にせずマントを裂いて相手を斬り付けた。相手はそれをぎりぎり避けて壁にぶつかった。
「何、あれ…」
悲鳴をあげて逃げる人々の中、ロンは目を疑った。
頬に流れた雫に視界がぼやけ、羽を失った小鳥のようにただ虚ろに歩いた。
急な段差に声をあげる間もなく転げると、溢れていた涙で更に視界が弛んだ。地面に触ったつもりが擦った手は溝に入り、そのまま一回転して道の下に落ちた。
傷んだのは胸だけでなく手足もだ。擦り切れて服も汚れてしまった。腕で涙をこすって見上げた道は、ロンの身長よりずっと高かった。あんな高い所から転げたのだ。
窪んだ土地に作られているのは遥か彼方に続く庭園で、見知った薬草達がひしめき合ってその葉を伸ばしている。
王宮の庭園かもしれない。
どこかしこにも薬草園があるので、どれが王宮のものか覚えていない。けれどこんな広い庭園でロンは育った。
まともな薬もいたずらの薬も薬師の為に植えられた植物を使い、それをセウに披露した。
「そこで何をしている」
惚けていたロンに声が届いて、ロンはそちらを向いた。
余光に滲んで赤く煌めく長い髪、水色の瞳は闇に溶け込んで見えなかったが、ロンはその色をすぐに思い出せた。
「お前は、薬師の…」
ロンは無造作に目もとを拭った。向こうもロンを覚えていたようだ。
「何故ここに。あの後こちらへ来たのか」
リングの怪訝な目つきからは、嫌悪の類いは感じられなかった。
どこか確かめる様な視線に、ロンはもう一度顔を拭う。
「ここは許可がなければ入れない。警備の者に見付かれば面倒なことになるぞ」
「ごめんなさい。坂から転げ落ちた」
指差した場所が中々高所であるのを見て、リングは無言で手を差し伸べた。伸ばされた手は白く、長い指が幽霊みたいだ。その手をとるか一瞬躊躇したが、リングが先に手をとった。触ればひんやりとし、力を借りて立ち上がると、ぶつけたところがじんじん痛んだ。
「出口を案内しよう。外から眺めるのは構わないが、入り込むのは許されていない。薬草を一つでも抜けば牢獄行きになる」
「まだ、ひっこぬいてないよ。珍しい薬草もあるみたいだけど」
「ほしいのか?」
問われてロンは首を振った。
「ううん。こんな重病人用の薬とか、使い勝手ないし」
足元に咲いているのは強力な止血剤になる薬草だ。傷口を補助し、なおかつその細胞を再活性させる価値の高い薬草。これ一枚で小さな切り傷なら何度でも元に戻せる。
前にシェインに使った薬よりずっと高い効能を得ることのできる薬草だ。
重病人用で緊急用。効果がある分高額な物である。
「レストリアは戦争とかに使う薬草でしょ。致命傷でも命を助けられるくらいの」
リングは微かに細目にして、ロンの足元を見つめた。伏せる瞳は物悲しく、諦めを感じる光りなき瞳だった。
「逆だ」
「え?」
「これは毒に使う。調合次第で猛毒になる薬草だ。その葉一枚で何人も殺められる」
残酷な言葉とは裏腹に、確かな嫌悪の表情を見せた。
ロンを正面から見る姿は偽りなく、断罪を乞うようにその時を待ち続けているみたいだ。だから呪いの言葉を口にしても、彼から恐怖は感じなかった。
「使い方を間違えてはいけない。私達は力を得るけれど、他を傷つける力ではない。あなたは守る力を得たのに、傷つける力しか使わないの?」
瞬ぎもせず言い放ったロンに、リングは一驚するとロンを見据えた。
風が薙いでリングの銀の髪がさらりと揺れた。闇が彼の回りを包み込み、白のマントも銀の髪も暗闇に溶け込んでしまう。けれどそれすら美しく、典雅な姿にみとれた。
「ここにはもう来るな。次に訪れれば兵を呼ぶ」
「待って!」
咄嗟に腕を掴むと、リングは払い除けることなく、掴んでいるロンの手首に視線を注いだ。
「お前、女か?」
何故と思うよりも、見られた手首の薬に気付かれた方が驚いた。
掴んだ手を放せばもう既に走りはじめて、水色の瞳から逃げるように走り続けた。
庭園を抜けて全速力で道を駆け抜けて門を越えると、ロンは小さな水路の橋に辿り着き、やっと息をつくと足を止めてそこに腰をかけた。
驚くべき洞察力に焦って逃げてきてしまった。
手首にしめたベルトに幾つも小さな瓶をはめているが、走っても落ちずけれど簡単にとれるように、瓶のくぼみを紐で引っ掛けているだけだ。だから瓶の中身はそのままで見える。
調合したものでも独特の色や香りでどんな薬か分かるのだが、まさかあんな軽く見ただけで何の薬か気付くなど、腕が良い云々のレベルではない。
「天才なんだ、あの人…」
リングは何故あんな話をロンにしたのか。
あの言葉をティオが聞けば、証拠も何もなく、彼を捕らえるだろう。
母に支持していたリングは、望んで第一王子暗殺を手伝っているのだろうか。彼の表情からは想像できない。
考えて座っている間に、辺りは随分暗くなってしまった。街灯の光で足元は見えるが、空は暗く、星も月も見えない。
シェインが心配しているかもしれない。帰ろうと腰を浮かせた時だった。遠くから悲鳴が届き、ロンはそちらを見やった。
「離れろ!」
怒鳴り声をあげたのは、鴉の服を着た男。良く見れば、ドイメの町で出会ったユタだ。
彼は何かと戦っている。ひるがえしたマントに鋭い物が刺さり、ユタはそれを気にせずマントを裂いて相手を斬り付けた。相手はそれをぎりぎり避けて壁にぶつかった。
「何、あれ…」
悲鳴をあげて逃げる人々の中、ロンは目を疑った。
23
あなたにおすすめの小説
拝啓、聖騎士様。もうすぐ貴方を忘れるから離縁しましょう
花虎
恋愛
「はぁ?嫁に逃げられたぁ!?」
世界を救った召喚聖女リナリアと彼女を守り抜いた聖騎士フィグルドは世界に祝福されて結婚した。その一年後、突然リナリアは離縁状を置いてフィグルドの元を去った。
両想いで幸せだと思っていたフィグルドは行方不明になった妻を探し出すが、再会した彼女は、自分に関する記憶を全て、失っていた。
記憶を取り戻させたいフィグルドに対して、リナリアは困惑する。
「……でも、私は貴方のことを忘れたくて忘れたのかもしれないですよ?」
「もし君が、俺のことを忘れたくて忘れたとしても……、記憶を取り戻せなくても……俺は君に心を捧げている」
再び愛する彼女と共に生きるため、記憶の試練が始まる――――。
夫のことだけ記憶を失った妻の聖女リナリア(21)×両想いだと思い込んでいた夫の聖騎士フィグルド(24)のすれ違い追いかけっこラブコメ
離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない
柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。
バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。
カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。
そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。
愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。
完結·異世界転生したらアザラシ? でした〜白いモフモフでイケメン騎士たちに拾われましたが、前世の知識で医療チートしています〜
禅
恋愛
ネットでアザラシを見ることが癒しだった主人公。
だが、気が付くと知らない場所で、自分がアザラシになっていた。
自分が誰か分からず、記憶が曖昧な中、個性的なイケメン騎士たちに拾われる。
しかし、騎士たちは冬の女神の愛おし子を探している最中で……
※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿しています
※完結まで毎日投稿します
二度目の初恋は、穏やかな伯爵と
柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。
冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。
【完結/番外追加】サリシャの光 〜憧れの先へ〜
ねるねわかば
恋愛
彼女は進む。過去に囚われた者たちを残して──
大商会の娘サーシャ。
子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダと共に商会の看板娘として注目を集めていた。
華々しい活躍の裏で、着実に努力を重ねて夢へと向かうサーシャ。しかし時には心ないことを言う者もいた。
そんな彼女が初めて抱いた淡い恋。
けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。
サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。
新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女が夢を諦めることはない。
一方、光に囚われた者たちは後悔と執着を募らせていき──
夢を諦めない少女が、もがきながら光を紡いでいく軌跡。
※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。
※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。
噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される
柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。
だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。
聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。
胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。
「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」
けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」
噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情――
一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる