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29① ー紹介ー
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(さきほどの男は……)
すれ違った馬車の中。見たことのある男が乗っていた。
こんなところでのんびり馬車に乗るような男ではなく、いつも青白い顔をして王宮の魔法使いのいる学び舎の研究所に閉じこもっている。
(ノエル・ブランシェ? なぜセレスティーヌの店に)
ノエルが菓子を食べるなど見たことがない。甘いものを好むうんぬんの前に、腹が膨れれば茹でたジャガイモと水だけで良いなどと言う、不健康な男だ。研究所では没頭するあまり水しか取らずにいることも度々。
それが、セレスティーヌの菓子の店にいた。
(セレスティーヌが呼んだのか……? そうだとしたら誰かから紹介を?)
馬車の中でアロイスと窓の外を眺めているセレスティーヌは、笑顔でアロイスの指さす物に説明をしている。
セレスティーヌがノエルと知り合うきっかけなどない。
ノエルは貴族でもパーティなどに出席することはなく、王宮からもほとんど出ない。
そのノエルの紹介を得られるとしたら……。
(ジョゼから紹介を得たのか? ……なんのために?)
ジョゼット・デュパール公爵夫人の母親は魔法師だったこともあり、ジョゼットの実家はノエルと懇意にしている。
ノエルは薬を作ることも得意で、医療の促進にも貢献していた。クラウディオの父親の体調に合わせて、良い薬を何度も調合してもらったこともある。
魔法や薬に長けた、若き天才。十一歳で魔法師になったほどの実力があった。
年齢は二十七歳だが、まだ結婚しておらず、学び舎の研究所で過ごしている。そこからほとんど出てこないと言われているのに。
(なんだかもやもやする)
「おばたま、あれは、あれはなあに?」
アロイスが何か見つけるたびにセレスティーヌに質問し、セレスティーヌは丁寧にそれを教えてやる。アロイスの身長では窓が高く外がよく見えないため、膝に乗せてやっているあたり、彼女の優しさが見えた。
その姿を眺めているだけで、心が暖かくなる気がする。
(ノエルに聞くこと……。なにがあるだろうか)
考えれば考えるほど、気になってくる。
魔法? 薬? 薬であれば、昔は妙な薬を手に入れて倒れたふりをしていたが、今はそんな真似は行わない。それに、そんな妙な薬を、真面目なノエルが渡すわけがなかった。
「セレスティーヌ。その腕はどうしたのですか!?」
セレスティーヌはなんのことかと腕を見遣る。上げた左手の袖が少しだけ黒ずんでいた。焦げた痕だ。
「どこか火傷を!?」
「え、いえっ。火傷なんてしてませんよ! えっと、ちょっと、魔法の真似事をして、焦げちゃった……、かしら?」
「魔法の、真似事? あなたの前で魔法を使用した者が!?」
「いえ、えーっと」
セレスティーヌはごまかそうとしたが、ごまかす言葉がないと言葉を濁す。
(あいつか。なぜそんな真似をしたんだ)
「いえ、あの、いえ、お菓子を作るのに、やってみようかと思っただけで。たくさん作るのに便利かなって、思いまして!」
「……。魔法を学ぶには許可がいります。もし仮に学ぶ気があるのでしたら、王より許可を頂かなければなりません」
「そうですよね。えーと、魔法を教えてくれる学校に行くんですよね」
「特別な学び舎が王宮にあります。入学すれば情報を遮断するために寄宿舎に寝泊まりします。攻撃魔法など危険な魔法を学ぶため、学ぶ間は年に一度の休み以外家には帰れません」
「へー。それだけ厳重なんですね」
セレスティーヌはとぼけた声を出す。最近多い、初めて知った時にする不思議そうな顔と間延びした声。前には見たことのない表情と返事だ。
いくらセレスティーヌが魔法に興味ないとはいえ、それくらいならば知っていると思うのだが、彼女は初めて聞いた情報だと、頷きながらこちらの言葉を聞く。
「許可なく魔法を教えれば罪になります」
(見様見真似で魔法は行うことは難しい。だが、ノエルが教えることはない。魔法に関して厳格な男だ)
「とにかく、危ないので、真似などで行わないように」
「分かりました」
セレスティーヌは良い返事をよこす。アロイスが会話に入られないと、セレスティーヌの髪を引っ張り再び窓の外を見遣った。
学ばずに炎を出したとなると、相当な才能があることになる。
(能力がありながら、学びを得られなかった可能性もあるな。学び舎に通いたいのか?)
望むならば通わせることはできるが、年に一度帰れるか帰れないか。卒業せずにノエルのように研究生になれば、普通ならば五年以上学び舎にいることになる。
「ま、学びたいのですか?」
「いえ、そういうわけでは」
きっぱりとした否定に、クラウディオはホッと安堵する。セレスティーヌはそれほど興味がないと、アロイスと笑いながら窓の外を眺めた。
(余裕がない。こんなに、余裕がなくなるものなのか)
内心冷や汗をかきそうになる。今まで散々邪険にしておいて、今さら、会えなくなることを嫌がるのか。
だが、それが今の本心で、間違いのない自分の心の思いだった。
今のセレスティーヌはクラウディオと共にいる時間を減らしているのに。
(それは分かっている。もうそれにも気付いた。だが……)
後悔しても過去は戻ってこない。これからの態度を改めるしかクラウディオにできることはなかった。
それにしても、ノエルのことが気になる。
(ジョゼに、確認するか)
ノエルが菓子のために店に訪れるなどあり得ない。欲しがっても誰かによこさせるはずだ。時間を無駄にしないために、研究以外で時間を費やす真似はしないはずだった。
すれ違った馬車の中。見たことのある男が乗っていた。
こんなところでのんびり馬車に乗るような男ではなく、いつも青白い顔をして王宮の魔法使いのいる学び舎の研究所に閉じこもっている。
(ノエル・ブランシェ? なぜセレスティーヌの店に)
ノエルが菓子を食べるなど見たことがない。甘いものを好むうんぬんの前に、腹が膨れれば茹でたジャガイモと水だけで良いなどと言う、不健康な男だ。研究所では没頭するあまり水しか取らずにいることも度々。
それが、セレスティーヌの菓子の店にいた。
(セレスティーヌが呼んだのか……? そうだとしたら誰かから紹介を?)
馬車の中でアロイスと窓の外を眺めているセレスティーヌは、笑顔でアロイスの指さす物に説明をしている。
セレスティーヌがノエルと知り合うきっかけなどない。
ノエルは貴族でもパーティなどに出席することはなく、王宮からもほとんど出ない。
そのノエルの紹介を得られるとしたら……。
(ジョゼから紹介を得たのか? ……なんのために?)
ジョゼット・デュパール公爵夫人の母親は魔法師だったこともあり、ジョゼットの実家はノエルと懇意にしている。
ノエルは薬を作ることも得意で、医療の促進にも貢献していた。クラウディオの父親の体調に合わせて、良い薬を何度も調合してもらったこともある。
魔法や薬に長けた、若き天才。十一歳で魔法師になったほどの実力があった。
年齢は二十七歳だが、まだ結婚しておらず、学び舎の研究所で過ごしている。そこからほとんど出てこないと言われているのに。
(なんだかもやもやする)
「おばたま、あれは、あれはなあに?」
アロイスが何か見つけるたびにセレスティーヌに質問し、セレスティーヌは丁寧にそれを教えてやる。アロイスの身長では窓が高く外がよく見えないため、膝に乗せてやっているあたり、彼女の優しさが見えた。
その姿を眺めているだけで、心が暖かくなる気がする。
(ノエルに聞くこと……。なにがあるだろうか)
考えれば考えるほど、気になってくる。
魔法? 薬? 薬であれば、昔は妙な薬を手に入れて倒れたふりをしていたが、今はそんな真似は行わない。それに、そんな妙な薬を、真面目なノエルが渡すわけがなかった。
「セレスティーヌ。その腕はどうしたのですか!?」
セレスティーヌはなんのことかと腕を見遣る。上げた左手の袖が少しだけ黒ずんでいた。焦げた痕だ。
「どこか火傷を!?」
「え、いえっ。火傷なんてしてませんよ! えっと、ちょっと、魔法の真似事をして、焦げちゃった……、かしら?」
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「いえ、えーっと」
セレスティーヌはごまかそうとしたが、ごまかす言葉がないと言葉を濁す。
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「……。魔法を学ぶには許可がいります。もし仮に学ぶ気があるのでしたら、王より許可を頂かなければなりません」
「そうですよね。えーと、魔法を教えてくれる学校に行くんですよね」
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「へー。それだけ厳重なんですね」
セレスティーヌはとぼけた声を出す。最近多い、初めて知った時にする不思議そうな顔と間延びした声。前には見たことのない表情と返事だ。
いくらセレスティーヌが魔法に興味ないとはいえ、それくらいならば知っていると思うのだが、彼女は初めて聞いた情報だと、頷きながらこちらの言葉を聞く。
「許可なく魔法を教えれば罪になります」
(見様見真似で魔法は行うことは難しい。だが、ノエルが教えることはない。魔法に関して厳格な男だ)
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「分かりました」
セレスティーヌは良い返事をよこす。アロイスが会話に入られないと、セレスティーヌの髪を引っ張り再び窓の外を見遣った。
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「いえ、そういうわけでは」
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