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9−3 外出
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「ご、ごちそうさまでした。ありがとうございます!」
「いや、送ろう」
「いえ! お手を煩わせるわけには参りません! ここで失礼します!」
ジョアンナは礼を言うと、逃げるように立ち去った。
「走るのが早いな」
そこまで露骨に逃げなくても良いだろうに。アルヴェールはつい唸り声をあげたくなった。
もう少し、違う誘い方をすれば良かっただろうか。
馬車で道を通っていれば、服のわりに背筋の伸びた女性が、ブティックのドレスを外から眺めていた。
衣装は平民のそれだが、立ち姿や仕草が平民とは思えない。一瞬顔が見えて、すぐに馬車を止めさせた。
こちらに気づいたようには思えなかったが、途端走り出し、道を逸れて問屋街へ逃げていく。それを追いかければ見失い、周囲を見回していたところ、ハンカチを落としたと声をかけられた。
帽子で顔を隠していたが、すぐにわかった。ジョアンナ・ラスペード。
外に出にくいからと、あのような格好をしていたのだろうか。そう思うと、ジョアンナの現状について聞くことができなかった。
「一人でうろついているとは。屋敷を抜け出しているのだろうか」
そうであれば納得する。閉じ込められて、外出を許されていないため、平民の服を着て外に出た。その理由ならば納得ができた。
孤児院で会ったときに比べて顔色は良いように思えた。それだけは安堵する。
「外で気晴らしができていればよいが」
「アルヴェール様。やっと見つけました。いきなり走り出して、ずっと探していたんですよ!」
「ホレス。ラスペード令嬢が外に出ていた」
「え、どこにですか? 外に出たという話は聞いていませんが」
「秘密裏に出ているかもしれない。危険があるといけないから、彼女を見つけて、屋敷まで守ってやってくれ。そちらの道へ入った」
「わかりました!」
「気づかれぬようにな」
「わかってます!」
ホレスは騎士に命じて、すぐにジョアンナを探させる。
(あの父親が外出を許すとは思えない。家の者にも秘密にしているのだろう)
前ほど聞くことはなくなったが、噂はまだ絶えない。噂が消えた頃に社交界に戻っても、強靭な心が必要だ。支える者がいなければ、すぐに心折れてしまう。
「私ならば、彼女を支えてやれるのに」
「アルヴェール様、まだ令嬢はいらっしゃったので、騎士が一人追っていきまし、た。なんです、その顔。真っ赤ですよ」
「な、んでもない」
「なんでもないって顔ではないですけれど」
「なんでもない」
今、なにを口にしただろうか。アルヴェールは無造作に顔をこする。
今までジョアンナをよく見かけていたわけではないが、パーティに参加していればすぐに目がいった。
大きな声ではないが、伸びる声。聞きやすく、耳に通る。その声が届けば誰が話しているのか、アルヴェールにはわかった。探さないでも気づけるほど。
ジョアンナが婚約したと聞いた時は、どこか残念に思った。
(どうかしている。彼女と話したこともなかったのに)
だが、ジョアンナが社交界に戻る気があるのならば、ジョアンナを貶める下らない噂や視線から守りたい。そんな気持ちが芽生えていることに気づいている。
「ホレス。ラスペード令嬢が、ジョアンナ嬢が屋敷内でどのような扱いになっているのか調べてくれ。屋敷を抜け出しているようならば、手助けがしたい」
「わかりました。遅い春、おめでとうございます」
「うるさい」
ホレスはわざとらしく拍手をしてきた。そのまま馬車から捨ててやろうか算段する。
「ラスペード令嬢をお選びになるのは構いませんが、噂はどうなさるんですか? 父親はただの喧嘩だと言い、元婚約者は自分を取り合って争ったと証言してます」
ラスペードはパーティなどには出てきていないが、事業相手などには顔を出し、姉妹で争いを起こしたことは認めていた。ただ、婚約者を奪い合ったなどの話はなく、ただの姉妹喧嘩で、二人とも反省するようにと外出を禁じているとのことだった。妹のクリスティーンが意識不明の重体であることなどは口にせず、軽い怪我をしただけだとも言っている。
レオハルト・セディーンの言い分では、二人が争って事故になった。男の前でつかみ合いの争いをするような令嬢と婚約は続けられない。だから婚約破棄を申し出た、だ。それ以上余計なことは口にしていないようだが、二人がレオハルトを取り合ったのは真実だったと断言した。粗暴な令嬢とは婚約を続けるのは難しいとまで言いのけたのだ。
「噂の元は十中八九、レオハルトだろう。自分の保身のために噂を流したのだろうな」
「妹が本気になり、もめた結果、滑落事故、ですか。魔道具を使って失敗したとなれば、レオハルトが唆した上、失敗したため、妹が意識不明であることをいいことに、自分のせいではないと噂されるように手引きした。ってとこですかね」
「おおむねそうだろうな。茶会で話題が出たところから、レオハルトの周囲の女性にそれとなく話したのかもしれない。婚約をよく思っていなかった女性ならば、茶会で話を盛ってでも話すだろう」
「姑息なやつですねえ」
問題は、すべての罪をかぶせられたジョアンナだ。
ジョアンナが妹を傷つけるような人物ではないと、彼女を知っている人間ならば否定するだろうが、知らぬ者たちはレオハルトの言葉をそのまま復唱するだろう。人々はレオハルトの言葉に興味を示す。社交界などその程度の集まりだ。
それらの噂を消すには、まずは真実を知る必要がある。
ジョアンナに聞いても、まともに話したことのないアルヴェールに話すとは思えない。内情をぺらぺら話す女性ではないだろう。
「レオハルト・セディーンを詳しく調べるしかないな」
「いや、送ろう」
「いえ! お手を煩わせるわけには参りません! ここで失礼します!」
ジョアンナは礼を言うと、逃げるように立ち去った。
「走るのが早いな」
そこまで露骨に逃げなくても良いだろうに。アルヴェールはつい唸り声をあげたくなった。
もう少し、違う誘い方をすれば良かっただろうか。
馬車で道を通っていれば、服のわりに背筋の伸びた女性が、ブティックのドレスを外から眺めていた。
衣装は平民のそれだが、立ち姿や仕草が平民とは思えない。一瞬顔が見えて、すぐに馬車を止めさせた。
こちらに気づいたようには思えなかったが、途端走り出し、道を逸れて問屋街へ逃げていく。それを追いかければ見失い、周囲を見回していたところ、ハンカチを落としたと声をかけられた。
帽子で顔を隠していたが、すぐにわかった。ジョアンナ・ラスペード。
外に出にくいからと、あのような格好をしていたのだろうか。そう思うと、ジョアンナの現状について聞くことができなかった。
「一人でうろついているとは。屋敷を抜け出しているのだろうか」
そうであれば納得する。閉じ込められて、外出を許されていないため、平民の服を着て外に出た。その理由ならば納得ができた。
孤児院で会ったときに比べて顔色は良いように思えた。それだけは安堵する。
「外で気晴らしができていればよいが」
「アルヴェール様。やっと見つけました。いきなり走り出して、ずっと探していたんですよ!」
「ホレス。ラスペード令嬢が外に出ていた」
「え、どこにですか? 外に出たという話は聞いていませんが」
「秘密裏に出ているかもしれない。危険があるといけないから、彼女を見つけて、屋敷まで守ってやってくれ。そちらの道へ入った」
「わかりました!」
「気づかれぬようにな」
「わかってます!」
ホレスは騎士に命じて、すぐにジョアンナを探させる。
(あの父親が外出を許すとは思えない。家の者にも秘密にしているのだろう)
前ほど聞くことはなくなったが、噂はまだ絶えない。噂が消えた頃に社交界に戻っても、強靭な心が必要だ。支える者がいなければ、すぐに心折れてしまう。
「私ならば、彼女を支えてやれるのに」
「アルヴェール様、まだ令嬢はいらっしゃったので、騎士が一人追っていきまし、た。なんです、その顔。真っ赤ですよ」
「な、んでもない」
「なんでもないって顔ではないですけれど」
「なんでもない」
今、なにを口にしただろうか。アルヴェールは無造作に顔をこする。
今までジョアンナをよく見かけていたわけではないが、パーティに参加していればすぐに目がいった。
大きな声ではないが、伸びる声。聞きやすく、耳に通る。その声が届けば誰が話しているのか、アルヴェールにはわかった。探さないでも気づけるほど。
ジョアンナが婚約したと聞いた時は、どこか残念に思った。
(どうかしている。彼女と話したこともなかったのに)
だが、ジョアンナが社交界に戻る気があるのならば、ジョアンナを貶める下らない噂や視線から守りたい。そんな気持ちが芽生えていることに気づいている。
「ホレス。ラスペード令嬢が、ジョアンナ嬢が屋敷内でどのような扱いになっているのか調べてくれ。屋敷を抜け出しているようならば、手助けがしたい」
「わかりました。遅い春、おめでとうございます」
「うるさい」
ホレスはわざとらしく拍手をしてきた。そのまま馬車から捨ててやろうか算段する。
「ラスペード令嬢をお選びになるのは構いませんが、噂はどうなさるんですか? 父親はただの喧嘩だと言い、元婚約者は自分を取り合って争ったと証言してます」
ラスペードはパーティなどには出てきていないが、事業相手などには顔を出し、姉妹で争いを起こしたことは認めていた。ただ、婚約者を奪い合ったなどの話はなく、ただの姉妹喧嘩で、二人とも反省するようにと外出を禁じているとのことだった。妹のクリスティーンが意識不明の重体であることなどは口にせず、軽い怪我をしただけだとも言っている。
レオハルト・セディーンの言い分では、二人が争って事故になった。男の前でつかみ合いの争いをするような令嬢と婚約は続けられない。だから婚約破棄を申し出た、だ。それ以上余計なことは口にしていないようだが、二人がレオハルトを取り合ったのは真実だったと断言した。粗暴な令嬢とは婚約を続けるのは難しいとまで言いのけたのだ。
「噂の元は十中八九、レオハルトだろう。自分の保身のために噂を流したのだろうな」
「妹が本気になり、もめた結果、滑落事故、ですか。魔道具を使って失敗したとなれば、レオハルトが唆した上、失敗したため、妹が意識不明であることをいいことに、自分のせいではないと噂されるように手引きした。ってとこですかね」
「おおむねそうだろうな。茶会で話題が出たところから、レオハルトの周囲の女性にそれとなく話したのかもしれない。婚約をよく思っていなかった女性ならば、茶会で話を盛ってでも話すだろう」
「姑息なやつですねえ」
問題は、すべての罪をかぶせられたジョアンナだ。
ジョアンナが妹を傷つけるような人物ではないと、彼女を知っている人間ならば否定するだろうが、知らぬ者たちはレオハルトの言葉をそのまま復唱するだろう。人々はレオハルトの言葉に興味を示す。社交界などその程度の集まりだ。
それらの噂を消すには、まずは真実を知る必要がある。
ジョアンナに聞いても、まともに話したことのないアルヴェールに話すとは思えない。内情をぺらぺら話す女性ではないだろう。
「レオハルト・セディーンを詳しく調べるしかないな」
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