第三王女の婚約

MIRICO

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1、告白

「好きです。お付き合いしてくれませんか?」
 花束を差し出してきた男性を前にして、エリアーヌは目を瞬かせた。
 王宮から程近い森の先にある、子供たちのための施設に手伝いに来ていたところ、見知らぬ男性に声をかけられた。

 服装からして平民。おそらく平民でも商人やそれなりにお金のある者だろう。
 その男が、いかにも平民の服装をして子供達と遊んでいる、エリアーヌに告白をしてきた。

「あの、聞こえていますか?」
「え? ええ。聞こえています」
 子供たちに囲まれながら、エリアーヌはすっと立ち上がった。シワになったスカートを直し、男をまっすぐに見つめる。
 さてどう答えようかと算段する前に、施設の院長が割って入った。

「リカードさん、こちらは第三王女、エリアーヌ様ですよ」
「えっ!? 第三王女って、まさか、あの……?」

 男はポカンと口を開けてから、すぐにその口を手で覆う。さすがにその後は口にできなかったようだ。 
 院長の睨みに体を竦めると、リカードは平謝りをして逃げていった。

「申し訳ありません。エリアーヌ様。最近よく子供たちに贈り物をよこすと思っていたら、下心があったようです。男性には気を付けていたのですが」
「気にしないで。院長」
「平民のような格好をしているんですもの、仕方ありませんわ」

 エリアーヌの後ろで、メイドのボニーが口を挟む。
 いつの間にか馬車で迎えにきていたボニーは、硬そうな黒髪を払いながら、さっさと乗ってください、と一言言うと、面倒そうな顔を隠しもせず、先に馬車へ戻っていく。
 その様を見て、院長が眉間に皺を寄せた。エリアーヌはボニーを気にせず、ふわりと笑う。

「それでは、院長。また、お会いしましょうね。子供たちも、よろしくね」
「ええ、ええ。どうか、お気を付けて」

 祈るように見送ってくれる院長と子供たちに手を振って、馬車に乗り込むと、ボニーがだるそうにして迎えた。ため息をついてから右の口端を上げる。嫌味を言う前の、ボニーの癖だ。

「よく飽きずに通いますよね。いっそ、一緒に住んだらいかがですか? 平民と結婚するとか。さっきの男には逃げられたみたいですけれど、平民と結婚して平民になるって手もありますよ? エリアーヌ様は顔だけはいいから、また誰か告白してくれるかもしれませんし」

 一国の王女に言う話ではないが、ボニーは気にもしない。エリアーヌが答えずにいると、ふん、と鼻を鳴らした。

「さっきは平民。前は、子供に告白されていましたよね。何歳年下か知りませんけれど、生意気そうだった、あの子供と結婚されたらいかがですか? どっちにしろ、平民ですけれど」

 エリアーヌが黙っていれば、ボニーは面倒臭くなったのか、もう一度鼻を鳴らして口を閉じた。やっと静かになった馬車の中で、エリアーヌは窓の外を見つめる。森の中を走る馬車は、時折ひっかかる石を気にして、スピードを緩めた。

 丁度この辺りだった。子供がふらりと現れたのは。
 子供は道に倒れて、そのまま気を失ってしまった。どれだけさまよっていたのか、満足な食事をしていなかったのだろう。サイズの合っていない、黒く汚れたシャツとズボンを履き、顔や腕は傷だらけで、いかにも訳ありだった。
 急いで施設に連れて行き医者を呼び、治療をしてもらったが、目を覚ました男の子はすさんだ顔をしながら、エリアーヌを睨み付けた。

 男の子の名前は、リオ。
 家を追い出され誰も頼る者がおらず、森の中をさまよっていたという。
 森で食べられる物を見つけ、なんとか生き延びていたが、ついに力尽きて倒れたのだ。
 行く当てもないため、リオは施設で過ごすことになった。年齢はわからない。身長から十歳前後と思われるが、本人が年齢を知らなかった。

 リオは太陽のような金髪と、冷たい湖の底のような紺碧の瞳を持ち、聡明で利発そうな雰囲気があった。
 施設では子供たちに交じることなく、遠巻きにして読書をするのが常だ。部屋の窓際で、外の木の根元で、リオは静かに座って、魔法の本などを眺めていた。

 大人しい子供というより、年不相応な落ち着きを持っていた子供だ。澄ました顔で本を読み、周囲を相手にしないような、人を寄せ付けない子供。
 時折訪れる貴婦人や令嬢に笑顔を見せつつも、子供たちに物を与えながら、かわいそうと言う女性たちを蔑んでいるように見えた。
 けれど、エリアーヌが子供たちと一緒に遊び、勉強を教える様を見て、リオは一層不快そうな顔をした。

『なぜ、慈善事業らしく、物を与えるだけにしないのか?』 
 むしろそんなことに疑問を持つことに驚いた。だから言ったのだ、『憐れむだけが良いことなのか?』と。

 施してそれで終わりならば、子供たちに会う必要などない。ただ物を贈れば良いだけなのだから。けれどエリアーヌは違う。子供たちの未来のために、学びを与えたいのだと。

『ずっと同じ場所にいるのではないのよ。先を見据えて、進まなければならないのだから』
 その答えにリオが何を思ったのかはわからない。けれど、その日からリオはエリアーヌの手伝いをするようになった。

 そうして、彼を助けて一年後、そのリオから、真剣な告白を受けた。

『私と結婚してくれませんか?』

 十歳前後の姿でも、エリアーヌはその告白に心が温かくなるのを感じた。だから、こう答えたのだ。

『あなたが大きくなれたとき、その告白をもう一度聞かせてくれるかしら』

 エリアーヌの返事に、うやうやしく首を垂れたリオ。
 しかし、リオはもういない。
 彼が施設から出て行って、また一年。彼と出会ってから、二年の月日が流れていた。
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