第三王女の婚約

MIRICO

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3、兄姉

「あら、起きてたんですか? 王より朝食をご一緒にすると連絡がありました。さっさと着替えてください」

 普段ならこの時間に来ないボニーが、朝早く部屋にやって来て、そんなことを言う。
 ボニーはいそいそとドレスを放り、髪を結うために櫛を探す。メイドが櫛を探すなど、聞いたこともない。引き出しの中にしまってあることに気付いて、それを手に持ち、エリアーヌの髪をとかしはじめた。
 力強く動かすので、櫛の先が地肌に刺さって、頭皮ごと削られるような気分になってくる。

「痛いわ。もう十分よ」
「あら、そうですか? まあ、好きにしてください」

 そうやって櫛を放り投げてくる。この態度はいつものことだ。王女を王女とも思っていない。
 髪を抜かれるよりましだと、エリアーヌは自分で髪をとかした。
 ボニーは気にもしないと、鼻歌を歌い始める。
 ボニーの態度は、年々悪くなっていた。メイドの仕事を何だと思っているのか。一度聞いてみたいものだ。

 それにしても、王はなぜ朝食を一緒にしようなどと言い出したのか。そちらの方が気になる。
 エリアーヌがパーティに出席することはほとんどない。前に出席したのはいつだったか。今回はジュリエッタの結婚が決まったため行われるが、一番上の姉であるアンゲリカの結婚パーティには呼ばれなかった。それなのに、朝食まで同じにするとは。

 気分が悪い。
(碌なことではないわね。今日はやることがあるというのに)

 呼び出しに少なからず思い当たることがあって、エリアーヌは仕方なしに部屋から出ることにした。





 エリアーヌが朝食に顔を出すと、既に席にいたヘンリッキとジュリエッタがじろりとこちらを睨んだ。

「ダサい格好」

 ボソリと言われた言葉に、後ろにいたボニーが吹き出す。ヘンリッキがジュリエッタを睨んだが、ジュリエッタは鼻で笑うだけだ。

「その衣装はどうにかならなかったのか?」
「持っているものが少ないので」
「町に出ているのならば、それなりのドレスを店で購入したらどうだ」
「どなたが購入するのですか?」
「お前に賄われている費用で購入すれば良いだろう」
「私に賄われている費用があるとは存じませんでした」

 言い返せば、ヘンリッキがグッと口を噤む。

 エリアーヌにどれだけの予算が割り当てられているのか、ヘンリッキは知っているだろうに。忘れられた第三王女に与えられる費用など、雀の涙だ。

 エリアーヌは日陰の子。
 王だけでなく、城の者たちですらエリアーヌを透明人間のように扱っている。誰も彼も助けずにいるのに、どうやって本物の王女になるのだろう。

 ヘンリッキはエリアーヌに王族の矜持を持てと言う。だが、どうにもできないとわかっているため、憐れむふりをする。ふりだけだ。ヘンリッキは、王に楯突く勇気を持っていない、ただの臆病者だから、建前だけは一丁前に言葉に出す。

(何もする気はないくせに)
 そんな兄の言葉は聞く耳を持たない。ただただバカにするだけしかできない、ジュリエッタの言葉もだが。

 王がやってきて、ヘンリッキとジュリエッタが立ち上がる。エリアーヌも立ち上がり、上辺だけの礼をとる。
 こう見ると、エリアーヌは王や兄姉たちと血が繋がっているように見えなかった。

 王は真っ黒な髪で、髭まで濃い黒だ。全員母親が違うため、ヘンリッキは金。ジュリエッタは濃い赤色。嫁いでここにはいないアンゲリカは濃い茶色。三人三様の髪色だ。ただ、瞳の色は皆同じで、淡褐色である。
 違うのはエリアーヌだけ。皆が癖のある髪に比べて、真っ直ぐな髪。色は淡い水色。瞳の色は月白色をしていた。母親と同じで、この地ではとても珍しい色である。母親の出身が雪国で、ほとんど雪に埋もれている土地だからか、色素がとても薄かった。

 似ていないというだけで、こんなに嬉しくなってくる。昔は皆と違うことが辛くて悲しかったのに。
 エリアーヌが家族の誰にも似ていないから、皆にいじめられていると思っていたからだ。

(バカみたいだこと)

 同じ髪色だろうが目の色だろうが、エリアーヌの立場は変わらないのに。

 無言のまま着席してから運ばれてきた食事に、エリアーヌは目を眇めた。
 毎朝エリアーヌに運ばれてくる食事は、パンと冷え切った具のないスープのみ。ボニーがわざと冷やしてくるのか、それしか出てこない。昼食は時折忘れ去られ、夜はそれに肉がつくかつかないか。
 しかし目の前にある食事は違い、何種類かのパン、湯気の立った汁だけではないスープにサラダ、鴨肉のソテー、それ以外にも皿が運ばれて、まるで夕食、それこそパーティのような豪華な食事だった。

 子供の頃はそこまで質素な食事ではなかった。当時、面倒を見てくれていた乳母がまともだったからだ。
 冷遇される末娘を見かねて、乳母は力を尽くしてくれた。
 隣国のレヴィーナ公国出身の乳母は、魔法に秀でており、教師のいないエリアーヌに魔法の概念を教えてくれた。レヴィーナ公国は特に魔法を重要視している国だ。乳母は幼いエリアーヌに才能があると、年齢以上の学びを教えてくれた。

 そのせいで乳母は、第三王女に過分な真似だと追い出されてしまったが。
 代わりにやってきたボニーのおかげで、過分だったエリアーヌの待遇は、底辺を目指し始める。
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